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冴木学の場合
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「もちろん友人として、そんな恋愛やめろよって注意したの。人の家庭を壊してまですることじゃないってね」
「…………」
告げられたセリフを聞いた瞬間、古傷がじくりと痛む感覚を覚える。私の場合、いろんなものを壊されたせいか、トラウマになってるところがあるのかもしれない。
嫌な痛みに耐えながら、副編集長さんの話に耳を傾ける。
「だけどアイツ、聞く耳を持たなかったわ。大学時代もフラフラしていたところがあった一ノ瀬が、ここまで誰かにのめり込むことはなかったし、はじめての経験だったせいで、周りが見えなかったんでしょうね」
副編集長さんは悲しげに告げてから、ジョッキのビールを一気飲みした。
「やっぱり、うまくいかなかったんですか?」
私の問いかけに、ちょっとだけ遅れて相づちを打ち、静かに語りかける。
「半年くらい経った頃だったかしら、一ノ瀬が夜遅くにウチにやって来たの。かわいそうに、頬に殴られた痕があったわ」
言いながら副編集長さんは、自分の頬を撫でる。
「それって旦那さんにバレて、殴られたんですね?」
「なんでも忘れ物を取りに帰って来た旦那と、見事にブッキングしたそうよ。ちょうど行為の最中で、まんま昼ドラみたいな展開になったんだって、切なげに笑いながら涙を流してた」
「一ノ瀬さんが結婚したいと言ってたということは、その主婦も同じ気持ちでいたから、出た言葉だったんでしょうか……」
あまりに悲しすぎることに、わざと視点をズラした。
「一ノ瀬の話だと、主婦は旦那とうまくいってないから離婚して、成臣と再婚したいって言ったそうよ。それなのに、旦那に現場を押さえられたとき――」
副編集長さんは空っぽになったジョッキの取っ手を握りしめて、大きなため息をついてから、物言いたげに私を見る。目の前の様子から、最悪の事態が想像ついてしまった。
「あの一ノ瀬がさ、男泣きしながら言ったの。愛してる人に、まんまと裏切られたって。旦那に見つかった主婦が、泣き叫びながら言ったそうよ。『このコに裸の写真を撮られて、関係を強要された』ですって」
「酷い……」
愛する人に嘘をつかれて、裏切られたことがある私。浮気の証拠を自分で見つけたときのショックは、本当に悲しかった。
「私は泣き崩れる一ノ瀬を一晩中宥めて、次の日に安アパートの荷物を怒りにまかせて、引越ししてやったわ。そして大家の主婦に解約するって言ったあとに、往復ビンタをお見舞いしちゃた」
本当はグーで殴りたかったんだけどねと、やるせなさそうな顔で言った副編集長さんに、なんと言っていいのかわからず、残ったビールを飲むしかできなかった。
「そんな恋愛をしたのがキッカケで、今の一ノ瀬があるの。もう騙されないように、最新鋭のレーダーを装備して相手の人となりを判断、本気の恋をせずにワンナイトラブばかりする男に成り果ててしまったのよねぇ」
「でも一ノ瀬さんのアイデアで、私は助けられました」
過去の悲惨な恋愛で強くなった一ノ瀬さんのおかげで、私はこうして救われた。
「美羽ちゃんの復讐をフォローしたことで、アイツの中にあるその気持ちがなくなればいいんだけどね。白鳥から一ノ瀬のこと、なにか聞いてる?」
「なにも聞いてません」
学くんは仕事の話を一切言わない。扱ってるものが極秘なものが多いせいか、忙しいという言葉以外を出さなかった。
「最近、らしくないのよね。過去のことでなにかあったのを本人から聞いてはいるんだけど、なんのことか言わないのよ」
「副編集長さんに頼りたくなったら、きっとお話すると思います」
「まったく困った男よ。頭の良さがアダになってるのよねぇ。結局手に負えなくなってから、縋りついてくるんだから」
「ビール、注文しましょうか?」
副編集長さんの空になったジョッキを見ながら、私の残り少ないジョッキを掲げてみせた。
「美羽ちゃんと喋ってると、ついつい飲んじゃうのよねぇ。一ノ瀬よりも話が弾んじゃうわ!」
こうして副編集長さんと楽しいひとときを過ごすことができたおかげで、さっきまで陰っていた気持ちが、ちょっとだけ楽になったのだった。
「…………」
告げられたセリフを聞いた瞬間、古傷がじくりと痛む感覚を覚える。私の場合、いろんなものを壊されたせいか、トラウマになってるところがあるのかもしれない。
嫌な痛みに耐えながら、副編集長さんの話に耳を傾ける。
「だけどアイツ、聞く耳を持たなかったわ。大学時代もフラフラしていたところがあった一ノ瀬が、ここまで誰かにのめり込むことはなかったし、はじめての経験だったせいで、周りが見えなかったんでしょうね」
副編集長さんは悲しげに告げてから、ジョッキのビールを一気飲みした。
「やっぱり、うまくいかなかったんですか?」
私の問いかけに、ちょっとだけ遅れて相づちを打ち、静かに語りかける。
「半年くらい経った頃だったかしら、一ノ瀬が夜遅くにウチにやって来たの。かわいそうに、頬に殴られた痕があったわ」
言いながら副編集長さんは、自分の頬を撫でる。
「それって旦那さんにバレて、殴られたんですね?」
「なんでも忘れ物を取りに帰って来た旦那と、見事にブッキングしたそうよ。ちょうど行為の最中で、まんま昼ドラみたいな展開になったんだって、切なげに笑いながら涙を流してた」
「一ノ瀬さんが結婚したいと言ってたということは、その主婦も同じ気持ちでいたから、出た言葉だったんでしょうか……」
あまりに悲しすぎることに、わざと視点をズラした。
「一ノ瀬の話だと、主婦は旦那とうまくいってないから離婚して、成臣と再婚したいって言ったそうよ。それなのに、旦那に現場を押さえられたとき――」
副編集長さんは空っぽになったジョッキの取っ手を握りしめて、大きなため息をついてから、物言いたげに私を見る。目の前の様子から、最悪の事態が想像ついてしまった。
「あの一ノ瀬がさ、男泣きしながら言ったの。愛してる人に、まんまと裏切られたって。旦那に見つかった主婦が、泣き叫びながら言ったそうよ。『このコに裸の写真を撮られて、関係を強要された』ですって」
「酷い……」
愛する人に嘘をつかれて、裏切られたことがある私。浮気の証拠を自分で見つけたときのショックは、本当に悲しかった。
「私は泣き崩れる一ノ瀬を一晩中宥めて、次の日に安アパートの荷物を怒りにまかせて、引越ししてやったわ。そして大家の主婦に解約するって言ったあとに、往復ビンタをお見舞いしちゃた」
本当はグーで殴りたかったんだけどねと、やるせなさそうな顔で言った副編集長さんに、なんと言っていいのかわからず、残ったビールを飲むしかできなかった。
「そんな恋愛をしたのがキッカケで、今の一ノ瀬があるの。もう騙されないように、最新鋭のレーダーを装備して相手の人となりを判断、本気の恋をせずにワンナイトラブばかりする男に成り果ててしまったのよねぇ」
「でも一ノ瀬さんのアイデアで、私は助けられました」
過去の悲惨な恋愛で強くなった一ノ瀬さんのおかげで、私はこうして救われた。
「美羽ちゃんの復讐をフォローしたことで、アイツの中にあるその気持ちがなくなればいいんだけどね。白鳥から一ノ瀬のこと、なにか聞いてる?」
「なにも聞いてません」
学くんは仕事の話を一切言わない。扱ってるものが極秘なものが多いせいか、忙しいという言葉以外を出さなかった。
「最近、らしくないのよね。過去のことでなにかあったのを本人から聞いてはいるんだけど、なんのことか言わないのよ」
「副編集長さんに頼りたくなったら、きっとお話すると思います」
「まったく困った男よ。頭の良さがアダになってるのよねぇ。結局手に負えなくなってから、縋りついてくるんだから」
「ビール、注文しましょうか?」
副編集長さんの空になったジョッキを見ながら、私の残り少ないジョッキを掲げてみせた。
「美羽ちゃんと喋ってると、ついつい飲んじゃうのよねぇ。一ノ瀬よりも話が弾んじゃうわ!」
こうして副編集長さんと楽しいひとときを過ごすことができたおかげで、さっきまで陰っていた気持ちが、ちょっとだけ楽になったのだった。
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