上 下
28 / 126
冴木学の場合

23

しおりを挟む
「もちろん友人として、そんな恋愛やめろよって注意したの。人の家庭を壊してまですることじゃないってね」

「…………」

 告げられたセリフを聞いた瞬間、古傷がじくりと痛む感覚を覚える。私の場合、いろんなものを壊されたせいか、トラウマになってるところがあるのかもしれない。

 嫌な痛みに耐えながら、副編集長さんの話に耳を傾ける。

「だけどアイツ、聞く耳を持たなかったわ。大学時代もフラフラしていたところがあった一ノ瀬が、ここまで誰かにのめり込むことはなかったし、はじめての経験だったせいで、周りが見えなかったんでしょうね」

 副編集長さんは悲しげに告げてから、ジョッキのビールを一気飲みした。

「やっぱり、うまくいかなかったんですか?」

 私の問いかけに、ちょっとだけ遅れて相づちを打ち、静かに語りかける。

「半年くらい経った頃だったかしら、一ノ瀬が夜遅くにウチにやって来たの。かわいそうに、頬に殴られた痕があったわ」

 言いながら副編集長さんは、自分の頬を撫でる。

「それって旦那さんにバレて、殴られたんですね?」

「なんでも忘れ物を取りに帰って来た旦那と、見事にブッキングしたそうよ。ちょうど行為の最中で、まんま昼ドラみたいな展開になったんだって、切なげに笑いながら涙を流してた」

「一ノ瀬さんが結婚したいと言ってたということは、その主婦も同じ気持ちでいたから、出た言葉だったんでしょうか……」

 あまりに悲しすぎることに、わざと視点をズラした。

「一ノ瀬の話だと、主婦は旦那とうまくいってないから離婚して、成臣と再婚したいって言ったそうよ。それなのに、旦那に現場を押さえられたとき――」

 副編集長さんは空っぽになったジョッキの取っ手を握りしめて、大きなため息をついてから、物言いたげに私を見る。目の前の様子から、最悪の事態が想像ついてしまった。

「あの一ノ瀬がさ、男泣きしながら言ったの。愛してる人に、まんまと裏切られたって。旦那に見つかった主婦が、泣き叫びながら言ったそうよ。『このコに裸の写真を撮られて、関係を強要された』ですって」

「酷い……」

 愛する人に嘘をつかれて、裏切られたことがある私。浮気の証拠を自分で見つけたときのショックは、本当に悲しかった。

「私は泣き崩れる一ノ瀬を一晩中宥めて、次の日に安アパートの荷物を怒りにまかせて、引越ししてやったわ。そして大家の主婦に解約するって言ったあとに、往復ビンタをお見舞いしちゃた」

 本当はグーで殴りたかったんだけどねと、やるせなさそうな顔で言った副編集長さんに、なんと言っていいのかわからず、残ったビールを飲むしかできなかった。

「そんな恋愛をしたのがキッカケで、今の一ノ瀬があるの。もう騙されないように、最新鋭のレーダーを装備して相手の人となりを判断、本気の恋をせずにワンナイトラブばかりする男に成り果ててしまったのよねぇ」

「でも一ノ瀬さんのアイデアで、私は助けられました」

 過去の悲惨な恋愛で強くなった一ノ瀬さんのおかげで、私はこうして救われた。

「美羽ちゃんの復讐をフォローしたことで、アイツの中にあるその気持ちがなくなればいいんだけどね。白鳥から一ノ瀬のこと、なにか聞いてる?」

「なにも聞いてません」

 学くんは仕事の話を一切言わない。扱ってるものが極秘なものが多いせいか、忙しいという言葉以外を出さなかった。

「最近、らしくないのよね。過去のことでなにかあったのを本人から聞いてはいるんだけど、なんのことか言わないのよ」

「副編集長さんに頼りたくなったら、きっとお話すると思います」

「まったく困った男よ。頭の良さがアダになってるのよねぇ。結局手に負えなくなってから、縋りついてくるんだから」

「ビール、注文しましょうか?」

 副編集長さんの空になったジョッキを見ながら、私の残り少ないジョッキを掲げてみせた。

「美羽ちゃんと喋ってると、ついつい飲んじゃうのよねぇ。一ノ瀬よりも話が弾んじゃうわ!」

 こうして副編集長さんと楽しいひとときを過ごすことができたおかげで、さっきまで陰っていた気持ちが、ちょっとだけ楽になったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

処理中です...