上 下
10 / 126
冴木学の場合

しおりを挟む
「堀田課長のお手伝いをすることで、仕事を覚えることができますし、このご時世できちんと残業代が出るのは、とてもありがたいです」

 脳裏でしあわせだった頃のことを思い出しながら、ありきたりなセリフを口にした。

「ちなみに、どこまで進んでる?」

「ちょうど、ここのページが終わったところで――」

 話しかけながら堀田課長が見やすいように、机の上に置いてあるファイルを掴んで引っ張ったら、大きな手が同じところに触れた。

「小野寺さんごめん。パソコンを見ていて、小野寺さんの手元に気づけなかった」

 困ったように愛想笑いをする堀田課長の顔と、あのときの学くんの顔が重なる。

「いえ、大丈夫です」

(学くん、今日は仕事が休みのはず。今頃なにをしてるのかな。昨日のことを考えるせいで、ずっと悩み抜いているんじゃないかな)

「大丈夫って感じじゃないけど。本当にごめん」

 連絡がマメな学くんにLINEをしても既読にならず、スルーを貫かれている現状が、私の顔色に表れたらしい。もう一度平気なことを伝えようとしたら。

「あ~あ、堀田課長ってば奥さんいるのに、社内でセクハラしてる疑惑!」

 堀田課長と同期の男性社員が、私たちに指を差しながら、ほかにもなにか言ってはやし立てた。

 いい大人がくだらないことで、子どものように騒ぐことに内心ゲンナリしたけれど、きちんと弁明してあげないと、堀田課長の立場が危うくなってしまう。

「違うんです。堀田課長は、セクハラなんてしてません!」

「冗談だよ、小野寺ちゃん。堀田課長は愛良ちゃんひとすじだもんなぁ」

「高木、小野寺さんが困るようなことを言ったら駄目だ。冗談でも、言っていいことと悪いことくらいあるだろ」

「はいはい、すみませんでしたー!」

 普段は穏やかな堀田課長のキツい物言いに驚き、目を瞬かせたら、困ったように頭を搔いて、小さな声でコソッと告げる。

「困らせてごめん。高木と付き合っていた彼女の相談にのってる内に、いろいろあってね。結果的に、奪った形になってしまったんだ。それでなにかあるたびに、ああやって突っかかってくる」

「それは大変ですね」

 堀田課長の恋愛事情を知ったことで、これからもこういうトラブルが起こることがわかり、思わず眉をひそめた。

「職場恋愛の大変さを、しみじみ噛みしめてる。なかなか思うように、いかないものだよね」

「わかります。私もそうだったので」

「小野寺さんも?」

「私の場合は、そのまま離婚しちゃったんですけどね、アハハ……」

 現在進行形で世間のネタにされてる某夫婦とかかわり合いになってるなんて、誰も思わないだろう。

「あ、その……気を遣わせて本当にごめん。今日は小野寺さんの優しさに、甘えてばかりいるな」

「いえいえ、こちらこそ。仕事のキリがいいので、今日はこれであがってもいいですか?」

「うん、お疲れ様。明日もよろしくお願いします」

 堀田課長に帰っていいというお許しが出たので、大手を振って部署から出る。制服のポケットに入れていたスマホを見たら、学くんからLINEの着信があり、更衣室に向かいながら慌てて確認した。

『美羽姉、今どこ?』

 1時間以上前に送られている文章に、慌てて返信する。

《職場で残業してた。今帰るよ》

 ポチっと送信して、急いで着替える。制服のボタンを外す手がまごついてしまい、イライラしてしまった。すると私の返信をすぐにチェックしたらしい、学くんからの返事が――。

『職場の前で待ってる』

(学くん、もしかして私が帰るの、ずっと待っていてくれたのかな)

 スマホを握りしめて思わず固まっていたら、学くんからの返事がふたたび送られてきた。

『昨日は本当にごめん』

 謝らせてしまったことに胸を痛めつつも、なんとか着替え終えて、私も返事をする。

《学くん、謝らないで》
《いきなり誘った私も悪いよ》

 打ち終えてからロッカーを閉じ、更衣室から出る。頭の中でまとめた文章を打ち込みながら、学くんが待っているであろう会社の前に向かう。

《学くんカッコイイから 誰かに捕られちゃうとか 変な事考えちゃって 焦ったのも悪かったんだ》

 私の醜い本心、なんて酷い言葉の羅列なんだろう。自分のことばかり考えて、学くんを傷つけてしまうなんて。

 すると間髪おかずに、スマホがピロンと鳴った。

『そんなふうに思うの美羽だけだし 俺は美羽しか目に入らない』

 すぐに送られてきた学くんのLINE。落ち込みまくった私を簡単に浮上させるその言葉に、涙が出そうになる。

《私も学だけだよ 大好き♡》

 ガラス戸でできている会社の扉から見える、学くんの姿を見ながら打ち込んだ。びっくりするくらいに変な髪型をしている彼だったけど、それをさせてしまったのは私のせいなので、あえてなにも言わずに抱きつこうと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

夜這いを仕掛けてみたら

よしゆき
恋愛
付き合って二年以上経つのにキスしかしてくれない紳士な彼氏に夜這いを仕掛けてみたら物凄く性欲をぶつけられた話。

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

彼氏が完璧すぎるから別れたい

しおだだ
恋愛
月奈(ユエナ)は恋人と別れたいと思っている。 なぜなら彼はイケメンでやさしくて有能だから。そんな相手は荷が重い。

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

処理中です...