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冴木学の場合
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「堀田課長のお手伝いをすることで、仕事を覚えることができますし、このご時世できちんと残業代が出るのは、とてもありがたいです」
脳裏でしあわせだった頃のことを思い出しながら、ありきたりなセリフを口にした。
「ちなみに、どこまで進んでる?」
「ちょうど、ここのページが終わったところで――」
話しかけながら堀田課長が見やすいように、机の上に置いてあるファイルを掴んで引っ張ったら、大きな手が同じところに触れた。
「小野寺さんごめん。パソコンを見ていて、小野寺さんの手元に気づけなかった」
困ったように愛想笑いをする堀田課長の顔と、あのときの学くんの顔が重なる。
「いえ、大丈夫です」
(学くん、今日は仕事が休みのはず。今頃なにをしてるのかな。昨日のことを考えるせいで、ずっと悩み抜いているんじゃないかな)
「大丈夫って感じじゃないけど。本当にごめん」
連絡がマメな学くんにLINEをしても既読にならず、スルーを貫かれている現状が、私の顔色に表れたらしい。もう一度平気なことを伝えようとしたら。
「あ~あ、堀田課長ってば奥さんいるのに、社内でセクハラしてる疑惑!」
堀田課長と同期の男性社員が、私たちに指を差しながら、ほかにもなにか言ってはやし立てた。
いい大人がくだらないことで、子どものように騒ぐことに内心ゲンナリしたけれど、きちんと弁明してあげないと、堀田課長の立場が危うくなってしまう。
「違うんです。堀田課長は、セクハラなんてしてません!」
「冗談だよ、小野寺ちゃん。堀田課長は愛良ちゃんひとすじだもんなぁ」
「高木、小野寺さんが困るようなことを言ったら駄目だ。冗談でも、言っていいことと悪いことくらいあるだろ」
「はいはい、すみませんでしたー!」
普段は穏やかな堀田課長のキツい物言いに驚き、目を瞬かせたら、困ったように頭を搔いて、小さな声でコソッと告げる。
「困らせてごめん。高木と付き合っていた彼女の相談にのってる内に、いろいろあってね。結果的に、奪った形になってしまったんだ。それでなにかあるたびに、ああやって突っかかってくる」
「それは大変ですね」
堀田課長の恋愛事情を知ったことで、これからもこういうトラブルが起こることがわかり、思わず眉をひそめた。
「職場恋愛の大変さを、しみじみ噛みしめてる。なかなか思うように、いかないものだよね」
「わかります。私もそうだったので」
「小野寺さんも?」
「私の場合は、そのまま離婚しちゃったんですけどね、アハハ……」
現在進行形で世間のネタにされてる某夫婦とかかわり合いになってるなんて、誰も思わないだろう。
「あ、その……気を遣わせて本当にごめん。今日は小野寺さんの優しさに、甘えてばかりいるな」
「いえいえ、こちらこそ。仕事のキリがいいので、今日はこれであがってもいいですか?」
「うん、お疲れ様。明日もよろしくお願いします」
堀田課長に帰っていいというお許しが出たので、大手を振って部署から出る。制服のポケットに入れていたスマホを見たら、学くんからLINEの着信があり、更衣室に向かいながら慌てて確認した。
『美羽姉、今どこ?』
1時間以上前に送られている文章に、慌てて返信する。
《職場で残業してた。今帰るよ》
ポチっと送信して、急いで着替える。制服のボタンを外す手がまごついてしまい、イライラしてしまった。すると私の返信をすぐにチェックしたらしい、学くんからの返事が――。
『職場の前で待ってる』
(学くん、もしかして私が帰るの、ずっと待っていてくれたのかな)
スマホを握りしめて思わず固まっていたら、学くんからの返事がふたたび送られてきた。
『昨日は本当にごめん』
謝らせてしまったことに胸を痛めつつも、なんとか着替え終えて、私も返事をする。
《学くん、謝らないで》
《いきなり誘った私も悪いよ》
打ち終えてからロッカーを閉じ、更衣室から出る。頭の中でまとめた文章を打ち込みながら、学くんが待っているであろう会社の前に向かう。
《学くんカッコイイから 誰かに捕られちゃうとか 変な事考えちゃって 焦ったのも悪かったんだ》
私の醜い本心、なんて酷い言葉の羅列なんだろう。自分のことばかり考えて、学くんを傷つけてしまうなんて。
すると間髪おかずに、スマホがピロンと鳴った。
『そんなふうに思うの美羽だけだし 俺は美羽しか目に入らない』
すぐに送られてきた学くんのLINE。落ち込みまくった私を簡単に浮上させるその言葉に、涙が出そうになる。
《私も学だけだよ 大好き♡》
ガラス戸でできている会社の扉から見える、学くんの姿を見ながら打ち込んだ。びっくりするくらいに変な髪型をしている彼だったけど、それをさせてしまったのは私のせいなので、あえてなにも言わずに抱きつこうと思った。
脳裏でしあわせだった頃のことを思い出しながら、ありきたりなセリフを口にした。
「ちなみに、どこまで進んでる?」
「ちょうど、ここのページが終わったところで――」
話しかけながら堀田課長が見やすいように、机の上に置いてあるファイルを掴んで引っ張ったら、大きな手が同じところに触れた。
「小野寺さんごめん。パソコンを見ていて、小野寺さんの手元に気づけなかった」
困ったように愛想笑いをする堀田課長の顔と、あのときの学くんの顔が重なる。
「いえ、大丈夫です」
(学くん、今日は仕事が休みのはず。今頃なにをしてるのかな。昨日のことを考えるせいで、ずっと悩み抜いているんじゃないかな)
「大丈夫って感じじゃないけど。本当にごめん」
連絡がマメな学くんにLINEをしても既読にならず、スルーを貫かれている現状が、私の顔色に表れたらしい。もう一度平気なことを伝えようとしたら。
「あ~あ、堀田課長ってば奥さんいるのに、社内でセクハラしてる疑惑!」
堀田課長と同期の男性社員が、私たちに指を差しながら、ほかにもなにか言ってはやし立てた。
いい大人がくだらないことで、子どものように騒ぐことに内心ゲンナリしたけれど、きちんと弁明してあげないと、堀田課長の立場が危うくなってしまう。
「違うんです。堀田課長は、セクハラなんてしてません!」
「冗談だよ、小野寺ちゃん。堀田課長は愛良ちゃんひとすじだもんなぁ」
「高木、小野寺さんが困るようなことを言ったら駄目だ。冗談でも、言っていいことと悪いことくらいあるだろ」
「はいはい、すみませんでしたー!」
普段は穏やかな堀田課長のキツい物言いに驚き、目を瞬かせたら、困ったように頭を搔いて、小さな声でコソッと告げる。
「困らせてごめん。高木と付き合っていた彼女の相談にのってる内に、いろいろあってね。結果的に、奪った形になってしまったんだ。それでなにかあるたびに、ああやって突っかかってくる」
「それは大変ですね」
堀田課長の恋愛事情を知ったことで、これからもこういうトラブルが起こることがわかり、思わず眉をひそめた。
「職場恋愛の大変さを、しみじみ噛みしめてる。なかなか思うように、いかないものだよね」
「わかります。私もそうだったので」
「小野寺さんも?」
「私の場合は、そのまま離婚しちゃったんですけどね、アハハ……」
現在進行形で世間のネタにされてる某夫婦とかかわり合いになってるなんて、誰も思わないだろう。
「あ、その……気を遣わせて本当にごめん。今日は小野寺さんの優しさに、甘えてばかりいるな」
「いえいえ、こちらこそ。仕事のキリがいいので、今日はこれであがってもいいですか?」
「うん、お疲れ様。明日もよろしくお願いします」
堀田課長に帰っていいというお許しが出たので、大手を振って部署から出る。制服のポケットに入れていたスマホを見たら、学くんからLINEの着信があり、更衣室に向かいながら慌てて確認した。
『美羽姉、今どこ?』
1時間以上前に送られている文章に、慌てて返信する。
《職場で残業してた。今帰るよ》
ポチっと送信して、急いで着替える。制服のボタンを外す手がまごついてしまい、イライラしてしまった。すると私の返信をすぐにチェックしたらしい、学くんからの返事が――。
『職場の前で待ってる』
(学くん、もしかして私が帰るの、ずっと待っていてくれたのかな)
スマホを握りしめて思わず固まっていたら、学くんからの返事がふたたび送られてきた。
『昨日は本当にごめん』
謝らせてしまったことに胸を痛めつつも、なんとか着替え終えて、私も返事をする。
《学くん、謝らないで》
《いきなり誘った私も悪いよ》
打ち終えてからロッカーを閉じ、更衣室から出る。頭の中でまとめた文章を打ち込みながら、学くんが待っているであろう会社の前に向かう。
《学くんカッコイイから 誰かに捕られちゃうとか 変な事考えちゃって 焦ったのも悪かったんだ》
私の醜い本心、なんて酷い言葉の羅列なんだろう。自分のことばかり考えて、学くんを傷つけてしまうなんて。
すると間髪おかずに、スマホがピロンと鳴った。
『そんなふうに思うの美羽だけだし 俺は美羽しか目に入らない』
すぐに送られてきた学くんのLINE。落ち込みまくった私を簡単に浮上させるその言葉に、涙が出そうになる。
《私も学だけだよ 大好き♡》
ガラス戸でできている会社の扉から見える、学くんの姿を見ながら打ち込んだ。びっくりするくらいに変な髪型をしている彼だったけど、それをさせてしまったのは私のせいなので、あえてなにも言わずに抱きつこうと思った。
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