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第6話
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最後の講義が終わって教室を出たら、躰を左右に揺するように前を歩く、加賀谷の背中が目に留まった。
このままついて行ったら、アイツのあとを追いかける形になる。それが嫌だったので、歩くスピードを思いっきり落としながら体育館に向かう。
のらりくらりと歩いて、階段を下りた先にある体育館の重い扉の前にたどり着いた。中からリズミカルな音が、響いた感じで聞こえてくる。それは聞き慣れた、バスケットボールをドリブルする音だった。
ダンダンダン、シュッ!
その場に突っ立ったまま、そっと目を閉じる。しばしの間の後にゴールポストに吸い込まれるボールの映像が、まぶたの裏に流れた。
黄金のレフティから放たれるボールは、絶対に外れることはない。イップスという不治の病にかかった、俺とは違う。彼は選ばれた人間なのだから。
意を決して勢いよく扉を開け放つと目に映ったのは、ジャンプしてボールを手放す、まさにその瞬間だった。
ちょっとだけ襟元がくたびれたTシャツにジーンズといういでたちの加賀谷の姿が、オレンジに濃いブルーのラインが入った、バスケ部のユニフォームを着ている錯覚に陥る。
俺が突然現れたことに驚き、ほんのわずかに後方にジャンプした躰がぶれて、バランスを崩した状態でボールが放たれた。
どんな体勢からでも確実に決めることを、アイツの躰が知っている。だからこそ俺は、この結末の行方がわかっていた。
ガンッ!
いつもより大きな弧を描いたバスケットボールは、ゴールポストに軽く接触してから、網の中をゆっくりと落ちていく。
「っ、びっくりした……」
加賀谷の声をかき消すように、吐き出されたボールが何度も体育館の床をバウンドする。俺は無言のまま、それをじっと見つめた。
「来てくれてサンキューな」
「加賀谷、弁解ってなんだよ?」
平らなはずの床を、音もなく転がるボールを見たまま訊ねた。
「あのな、好きって言ったけど、あれには深い意味はなかったというか」
「深い意味がないなら、あんなことを安易に言うなって」
そのせいでここ数日間、対処に困ったのだ。告白されるという免疫がないせいで、余計に困惑しまくった。
「俺さ、高校のとき、全国大会に出てるんだ」
「へえ……」
唐突な話題転換に、気のない声で反応した。
「最優秀選手賞にも選ばれた」
「頭の中身だけじゃなく、バスケも超万能だもんな」
わざとらしく肩を竦めながら、小馬鹿にした感じで告げた。ぜひとも嫌味にとってほしくて「俺なんて足元にも及びませーん」なんていう言葉まで付け加えてやった。
くだらなすぎるやり取りをさっさと終えるために口走ったというのに、嫌味が通じないのか、加賀谷は必死な形相で俺の顔を見つめながら、低い声色で語りかけてきた。
「わからないのかよ?」
「なにが?」
「全国大会でいろんな選手を目にしてきた俺が、スタメン入りできない笹良に惚れ込んだという事実がすごいだろ」
説得するように説明されても、上から目線では糠に釘だった。むしろ嫌悪感しか沸かない現状に、今すぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られる。
「すごいと言われても、ねぇ」
(もしや、嫌味を嫌味で返されたのだろうか?)
「この俺が、おまえのフォームに見惚れたんだぞ。ありがたく思えよ」
ありがたみなんて微塵にも感じないし、心にも響かない。
最後の講義が終わって教室を出たら、躰を左右に揺するように前を歩く、加賀谷の背中が目に留まった。
このままついて行ったら、アイツのあとを追いかける形になる。それが嫌だったので、歩くスピードを思いっきり落としながら体育館に向かう。
のらりくらりと歩いて、階段を下りた先にある体育館の重い扉の前にたどり着いた。中からリズミカルな音が、響いた感じで聞こえてくる。それは聞き慣れた、バスケットボールをドリブルする音だった。
ダンダンダン、シュッ!
その場に突っ立ったまま、そっと目を閉じる。しばしの間の後にゴールポストに吸い込まれるボールの映像が、まぶたの裏に流れた。
黄金のレフティから放たれるボールは、絶対に外れることはない。イップスという不治の病にかかった、俺とは違う。彼は選ばれた人間なのだから。
意を決して勢いよく扉を開け放つと目に映ったのは、ジャンプしてボールを手放す、まさにその瞬間だった。
ちょっとだけ襟元がくたびれたTシャツにジーンズといういでたちの加賀谷の姿が、オレンジに濃いブルーのラインが入った、バスケ部のユニフォームを着ている錯覚に陥る。
俺が突然現れたことに驚き、ほんのわずかに後方にジャンプした躰がぶれて、バランスを崩した状態でボールが放たれた。
どんな体勢からでも確実に決めることを、アイツの躰が知っている。だからこそ俺は、この結末の行方がわかっていた。
ガンッ!
いつもより大きな弧を描いたバスケットボールは、ゴールポストに軽く接触してから、網の中をゆっくりと落ちていく。
「っ、びっくりした……」
加賀谷の声をかき消すように、吐き出されたボールが何度も体育館の床をバウンドする。俺は無言のまま、それをじっと見つめた。
「来てくれてサンキューな」
「加賀谷、弁解ってなんだよ?」
平らなはずの床を、音もなく転がるボールを見たまま訊ねた。
「あのな、好きって言ったけど、あれには深い意味はなかったというか」
「深い意味がないなら、あんなことを安易に言うなって」
そのせいでここ数日間、対処に困ったのだ。告白されるという免疫がないせいで、余計に困惑しまくった。
「俺さ、高校のとき、全国大会に出てるんだ」
「へえ……」
唐突な話題転換に、気のない声で反応した。
「最優秀選手賞にも選ばれた」
「頭の中身だけじゃなく、バスケも超万能だもんな」
わざとらしく肩を竦めながら、小馬鹿にした感じで告げた。ぜひとも嫌味にとってほしくて「俺なんて足元にも及びませーん」なんていう言葉まで付け加えてやった。
くだらなすぎるやり取りをさっさと終えるために口走ったというのに、嫌味が通じないのか、加賀谷は必死な形相で俺の顔を見つめながら、低い声色で語りかけてきた。
「わからないのかよ?」
「なにが?」
「全国大会でいろんな選手を目にしてきた俺が、スタメン入りできない笹良に惚れ込んだという事実がすごいだろ」
説得するように説明されても、上から目線では糠に釘だった。むしろ嫌悪感しか沸かない現状に、今すぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られる。
「すごいと言われても、ねぇ」
(もしや、嫌味を嫌味で返されたのだろうか?)
「この俺が、おまえのフォームに見惚れたんだぞ。ありがたく思えよ」
ありがたみなんて微塵にも感じないし、心にも響かない。
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