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夢のあとさき
ラストファイル3:伝家の宝刀②
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――お前を殺して僕も死ぬ――
そう言った山上先輩は、自分だけ先に逝って、残された俺を守るように置いていった伝家の宝刀。あの後、関さんからいろいろ話を聞き、胸が切なくなってしまったんだ。
そのことを思い出して、目の前にある墓石に、思わずぎゅっと抱きついてしまった。
「どうして俺は貴方に、守られてばかりいるんだろう。そんな事を、望んではいないんだよ山上先輩。これじゃあいつまで経っても、ひとり立ちが出来ないじゃないか」
コツンと墓石に、頭をぶつけた瞬間。
「お墓に抱きついて、何をしてらっしゃるんですかー。みっともないですよ宮様」
背後から聞こえた翼の声で、ハッと我に返る。
「遅かったねツン。随分と関さんとこで、濃厚なお話し合いをしたみたいだけど」
遅れてくるのが当たり前になってる、翼との待ち合わせ。毎度のことなれど、つい不機嫌になってしまうネタだ。
「あ~、いろいろあってさ。というか、いい加減に宮様ごっこ、止めたいんだけど。ふたりきりの時限定とはいえ、バカバカしくなってくる」
「自分から始めたクセに、何を言ってんの。俺の唯一の安らぎを、取り上げないで欲しいよ」
「安らぎ……マサの考えてること、さっぱり分からねぇな」
寂しげに笑って、目を伏せる。なんだろう、いつもとどこか感じが、違う気がする。
「それよりもお前、いつまでその格好でいるつもりだ? お気に入りのシャツ、濡れちまってるぞ。風邪引いたら俺が、山上に祟られそうだ」
お墓参りに行く時は、このピンク色のワイシャツを着てお参りしていた。
山上先輩から貰った、最初で最後のプレゼント――このワイシャツを翼も気に入ってくれて、これに似合うネクタイを、わざわざ買ってくれたのだ。
『何だかんだ言って、お前に首ったけなんだよな』
テレながら言うと後ろから腕を回して、ネクタイを締めてくれた。
――山上を好きでいる水野を、丸ごと包み込めるような、大人になってやる――
君の優しくて寛容な心に俺は、いつも支えられているよ。
無造作に地面に置かれている俺の背広を手に取り、自分の腕にかけてから、濡れてしまった所を丁寧に、ハンカチで拭ってくれた翼。
「祟られるのはきっと、無作法をした俺だよ。バチあたりなことをしたんだから」
「お前の責任の半分、俺が背負ってやるって。だからあんまり、変なことするんじゃねぇぞ」
そして優しく俺の肩に、背広を羽織わせてくれる。
「変なことなんかしないもん……」
「してたから言ってるのに。強情なヤツだな。その強情さで、警部の試験を断ってるんだって?」
不意に投げられた言葉に目を見開いて、まじまじと翼の顔を見てしまった。
「俺のことは気にせず試験、受ければいいじゃん。合格間違いなしなんだろ」
「試験と君は、関係ないんだよ。そうじゃなくて……」
……弱ったな。何て言って、説明したらいいんだろう――
困って頭をポリポリ掻いてると、おもむろにポケットから、CDを取り出した翼。
「関さんが見せてくれたんだ。モザイクなしの映像。これ見て、すっげぇ驚いた」
「モザイクなしの映像?」
モザイクなしの映像といえば、アレですか!? アレなのか!? いやもう、アレしかないだろ!
これ見てすっげぇ驚いたって、どんだけスゴイAVを見たんだよ翼っ! それよりも関さん、どうして鼻血ブーな映像を、翼に見せたんだ?
そういや翼、関さんに何か相談があるからって、監察室に行ったんだったよな。
もしかして――
『関さん、最近刺激が足りなくって』
『そうか。ではこれを見るといい。モザイクなしで、キレイに見れるから』
『すっげぇ! 刺激的っすー』
――なぁんてやり取り、していたりして。
地味に鼻息荒くしてる俺を、切なげに見てから自嘲的に笑う翼。
「これ見てさ、正直言葉が出なかった。デキる男の姿を、垣間見てしまった感じでさ」
「デキる男の姿――そんなにスゴかったのかい?」
というか、激しかったのかいと聞くべきだったかな。
「凄かったというか。そうだな……キビキビ動いて無駄がなくて一生懸命で。不覚にも憧れてしまった。勉強になったよ」
その言葉に顔がぽっと熱くなる。
どんだけ、ものスゴいのを見たというんだ! 勉強になったということは今夜、それを試されると思っていいんだよね!?
「真っ赤な顔して、今更テレるなよ」
熱で火照る頬を、愛しそうに触ってくる翼。どんな顔していいか分からない。
「伝説の刑事って、ハッタリじゃなかったんだな。普段の変な姿ばかり見てるから、格好良く仕事してるトコが、想像つかなかったよ。まさかマサが年末の特番に出てるとは、夢にも思っていなかったし」
「……年末の特番?」
「ああ、モザイクの入ってないマサの仕事ぶりが、しっかり拝めたんだけど。……まさかとは思うが、お前もしかして、すっげぇ勘違いした?」
「いっいや、まさか。全然そんな! 不健全な事なんか、ちっとも考えてないよ!」
慌てまくって弁解する俺に、翼はガックリと肩を落とした。
「そうか、不健全な風にとっていたんだ。ボカシなしって、言えば良かったのか?」
「いやいや、どっちかって言うと、そっちの方が卑猥的な感じが……」
「関さんが俺にそんな映像を、見せるワケがないだろう! 何考えてるんだ、エロ水野っ!」
プンスカ怒って俺の後頭部を、思いきり殴った。ポカンと中身の入ってない音が、霊園に響く。
「お前本当に、知能指数が高いのか!? それともそういう分野限定で、能力が発揮されるとか?」
「自分の知能指数なんて、そんなの知らないよ。映像だってあれは、かなり編集されたものなんだ。俺が聞かされていたのは、3係の仕事をこれでもかとクローズアップする内容だったのに、実際に見たら俺ばかり出ちゃっててさ」
アットホームな職場を映像化してくれると思って、一生懸命頑張ったのに、実際は俺のいいトコだけ放映された内容だった。デカ長に叱られた場面や、派手に転んだ所はカット。これは本来の、俺の仕事風景ではない。
「まったく……警視庁の仕事をアピールすべく、普通はいいトコ見せなきゃならねぇだろ。それにマサにとって、警部試験受験する際の、好印象になるしな」
「そんなもん受けたら、ますます翼と逢えなくなるじゃん。てか関さんにどんだけ、洗脳されたんだよ……」
「洗脳?」
「そうだよあの人、山上先輩の類友なんだ。口車で簡単に人を、あっさりと騙せちゃうのさ。まんまと、ひっかかったみたいだね翼」
呆れ果てながら、背広の胸ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出し、テレビ電話ボタンをポチッ。そしてダイヤルを押して、関さんを呼び出した。
『そろそろ君から、電話がかかってくる頃だと思っていたんだ。それで、試験を受ける気になっただろう?』
銀縁メガネを上げながら、確信めいた事を口にする。
「そんなのポーズでも、受ける気になりません。しかもピュアな翼(と読者様)に、嘘をついて騙すなんて酷いですよ!」
俺が怒っているのに、どこまでも涼しい顔をキープする。
『嘘は言ってない。水野君の知能指数が高いのは、事実だからな。ただ高すぎて周りに目が行くばかりに、集中できず失敗しているだけだから』
そんなの高くても、実際フォローになってないし。てか翼、ちょっと笑いすぎじゃないか!?
俺に背を向けて、肩をヒクヒクさせている。
『試験を受けるという情報があった方が、向こうさんも油断すると思ったんだ。だがその前に、すべての準備が整ってしまったよ』
「本当ですか?」
『ああ、まるでこの日に合わせたみたいだな。水野君のスマホに、最新情報を転送しておく。それ持って、これから行くだろ?』
その言葉に、大きく頷いた。
「はい! 翼とふたりで、向かおうと思います」
『分かった。ふたり分のアポを取っておくよ。けして無茶をするな。引くことも、戦術の内のひとつだから』
「有り難うございます。みんなが調べてくれた物を無駄にしないよう、頑張りますね」
俺はガッツポーズを決めて、スマホを切った。
「マサ、お前何をやろうとしてんだよ? 関さんが絡んでるトコ見ると、ヤバいヤマって感じがするんだけど」
顔を激しく引きつらせながら、じっと俺を見る。その視線に応えるように、ふわっと微笑んだ。
「翼には、証人になって欲しいんだ。これから俺が行うことの証人になって、傍で見ていて欲しい」
「それだけでいいのかよ。俺にも、出来ることはないのか?」
その言葉に力なく、首を横に振った。翼には普段から十分に、助けてもらってるから大丈夫――
「これは俺のヤマなんだ。自分の手で、解決しないといけなくってさ。本当は君を巻き込みたくはなかったんだけど、俺と付き合った事で、目をつけられちゃった。ゴメンね翼……」
微笑が泣き顔に変わる瞬間、翼の体にきつく抱き寄せられる。
「謝るなよ……勝手に惚れたのは、俺なんだから。その事について、俺に謝っては欲しくないだろう?」
少しだけ背の低いマサの頭を、優しく撫でながら言ってやると小さく頷いた。耳元で鼻をすする音が、絶え間なく聞こえる。
「俺さ、嬉しかったんだ。山上の事を選ぶんじゃなく、俺を選ぶって言ってくれたお前の言葉がずっと、胸に残っててさ。選ばれた以上は、どんな事があっても、傍にいたいって思ってる」
「翼……」
「マサの現在形は、山上が作ったものだ。山上のお陰できっと、巡り逢えたって感謝してるから、こうして墓参りに来てるんだぜ。だのに何かさ、泣かせてばかりいるよな。しかも俺は、あの頃と――高校生の頃と、ちっとも変わってねぇし。いつまで政隆に、おんぶに抱っこしてるんだか」
更にきつくぎゅっと、マサを抱きしめてやった。
「翼は変わってるよ。出逢った頃よりも、ずっと大人になったって。あ、でも相変わらず、メールで愛の告白してくれないよね。いっつも、(´・д・`)バーカとか、キライだ(*`д´)ばかりで、ちょっと寂しいんだけどさ」
文句を言いながら俺の胸元で、柔らかくk笑うマサが可愛く思えた。
「だって、文字に残したくねぇもん」
メールを読んで盛大にテレまくった後に、返信する自分の姿を想像しただけで、くらくらと眩暈がする。
「文字にしない分、言葉で言ってやってるだろう。足らねぇのかよ?」
呆れまくってる俺に、抗議するかのような上目遣い。まったく恋人のおねだりは、絶大な力を持つ。
「……翼の君が、水野親王に今様を詠ったみたいに、俺も政隆に言葉で、気持ちを伝えたいって思ってる。その時の場面とか空気とか一緒に、覚えておいて欲しいんだ」
「その気持ち、分からなくはないけど、しばらく逢えなくて寂しくなった時に、翼からのメール見て、余計悲しくなっちゃうんだよ。だから――好きの二文字くらい、入れてくれたっていいじゃん」
「たまには俺のお願いのひとつくらい、きいてくれてもいいんじゃね? お前のおねだりに対して、結構頑張ってると思うんだけど」
耳元でそっと囁くと自覚があるのか、 うっと言って言葉を詰まらせる。
おねだりには、おねだりで返す。最近覚えた、マサの操縦法――
こうやって一緒にいる時間が増えると、手を焼くワガママが、いとも容易く回避することが出来るようになった。
「分かったよぅ、ガマンする……てかもう少し、俺にワガママ言っていいよ翼」
「どうした、急にそんな事を言い出して」
「だってさ翼って、一生懸命すぎるところがあって、無理して大人になろうとか考えてるのかもって、心配になる時があるんだよ」
けして、無理をしてるワケじゃない。マサを愛しく想えば想うほど、傍にいて、いつも守ってやりたくなるんだ。
「俺がこんなんだから、きっとすっごく心配とか、気を遣わせちゃうの分かるんだよね。でも翼が成長してるように、俺だってしっかりしてきてるんだから。そこんとこを確認して欲しくて、証人になって欲しいって頼んでるんだよ」
「分かった。生でマサが、しっかりしてるトコ、傍で見届けてやる。で、どこに、連れて行く気だ?」
やっぱ年上なんだな。ちゃんとした芯が、見えてくる。凛とした眼差しで、俺を見上げるマサを、不覚にもカッコイイと思ってしまった。
「警察庁の、山上警視正のところ。山上先輩の、義母兄弟なんだ」
山上という言葉に、自然と体が緊張した。
「それはかなり、ヤバそうなヤマだ。ノックダウンされないように、ふたりで頑張らなきゃ、ならねぇな」
これから何が行われるのか、まったく予想できないけど。何も出来ない俺だけど、マサの役に立つことが、何か出来るなら――
――困難なことだろうと、どんなことでもしてやる!
改めてマサを抱きしめ直し、山上の墓に視線を飛ばす。
アンタが残した大事なヤツは、俺が全力で守ってみせる。だから山上、あの世からマサに、力を貸してやってくれ。
心の中でそっと、お願いをしてみた。
俺からのお願いなんて、聞きたくないだろうけど、マサの為ならアンタは、間違いなく動くだろう?
「翼……どうして笑ってるの?」
「聞こえた気がしたんだ。山上がお前のこと、守ってやるってさ。これで3対1だろ、負ける気がしねぇよな。だから笑ったんだ」
言いながらマサの背中を、バシンと強く叩いてやる。細い体を前のめりにして、痛そうな顔をした。
「んもぅ、馬鹿ぢからなんだから! でもちゃんと気合貰ったよ、有り難うツン!」
「よしっ、いざ警察庁へ参りますか! お手をどうぞ、宮様」
マサの目の前に左手をそっと差し伸べると、少しテレながら、右手を載せて微笑む。
こうしてふたり揃って手を繋ぎながら、山上警視正が待つ、警察庁へ向かった。
そう言った山上先輩は、自分だけ先に逝って、残された俺を守るように置いていった伝家の宝刀。あの後、関さんからいろいろ話を聞き、胸が切なくなってしまったんだ。
そのことを思い出して、目の前にある墓石に、思わずぎゅっと抱きついてしまった。
「どうして俺は貴方に、守られてばかりいるんだろう。そんな事を、望んではいないんだよ山上先輩。これじゃあいつまで経っても、ひとり立ちが出来ないじゃないか」
コツンと墓石に、頭をぶつけた瞬間。
「お墓に抱きついて、何をしてらっしゃるんですかー。みっともないですよ宮様」
背後から聞こえた翼の声で、ハッと我に返る。
「遅かったねツン。随分と関さんとこで、濃厚なお話し合いをしたみたいだけど」
遅れてくるのが当たり前になってる、翼との待ち合わせ。毎度のことなれど、つい不機嫌になってしまうネタだ。
「あ~、いろいろあってさ。というか、いい加減に宮様ごっこ、止めたいんだけど。ふたりきりの時限定とはいえ、バカバカしくなってくる」
「自分から始めたクセに、何を言ってんの。俺の唯一の安らぎを、取り上げないで欲しいよ」
「安らぎ……マサの考えてること、さっぱり分からねぇな」
寂しげに笑って、目を伏せる。なんだろう、いつもとどこか感じが、違う気がする。
「それよりもお前、いつまでその格好でいるつもりだ? お気に入りのシャツ、濡れちまってるぞ。風邪引いたら俺が、山上に祟られそうだ」
お墓参りに行く時は、このピンク色のワイシャツを着てお参りしていた。
山上先輩から貰った、最初で最後のプレゼント――このワイシャツを翼も気に入ってくれて、これに似合うネクタイを、わざわざ買ってくれたのだ。
『何だかんだ言って、お前に首ったけなんだよな』
テレながら言うと後ろから腕を回して、ネクタイを締めてくれた。
――山上を好きでいる水野を、丸ごと包み込めるような、大人になってやる――
君の優しくて寛容な心に俺は、いつも支えられているよ。
無造作に地面に置かれている俺の背広を手に取り、自分の腕にかけてから、濡れてしまった所を丁寧に、ハンカチで拭ってくれた翼。
「祟られるのはきっと、無作法をした俺だよ。バチあたりなことをしたんだから」
「お前の責任の半分、俺が背負ってやるって。だからあんまり、変なことするんじゃねぇぞ」
そして優しく俺の肩に、背広を羽織わせてくれる。
「変なことなんかしないもん……」
「してたから言ってるのに。強情なヤツだな。その強情さで、警部の試験を断ってるんだって?」
不意に投げられた言葉に目を見開いて、まじまじと翼の顔を見てしまった。
「俺のことは気にせず試験、受ければいいじゃん。合格間違いなしなんだろ」
「試験と君は、関係ないんだよ。そうじゃなくて……」
……弱ったな。何て言って、説明したらいいんだろう――
困って頭をポリポリ掻いてると、おもむろにポケットから、CDを取り出した翼。
「関さんが見せてくれたんだ。モザイクなしの映像。これ見て、すっげぇ驚いた」
「モザイクなしの映像?」
モザイクなしの映像といえば、アレですか!? アレなのか!? いやもう、アレしかないだろ!
これ見てすっげぇ驚いたって、どんだけスゴイAVを見たんだよ翼っ! それよりも関さん、どうして鼻血ブーな映像を、翼に見せたんだ?
そういや翼、関さんに何か相談があるからって、監察室に行ったんだったよな。
もしかして――
『関さん、最近刺激が足りなくって』
『そうか。ではこれを見るといい。モザイクなしで、キレイに見れるから』
『すっげぇ! 刺激的っすー』
――なぁんてやり取り、していたりして。
地味に鼻息荒くしてる俺を、切なげに見てから自嘲的に笑う翼。
「これ見てさ、正直言葉が出なかった。デキる男の姿を、垣間見てしまった感じでさ」
「デキる男の姿――そんなにスゴかったのかい?」
というか、激しかったのかいと聞くべきだったかな。
「凄かったというか。そうだな……キビキビ動いて無駄がなくて一生懸命で。不覚にも憧れてしまった。勉強になったよ」
その言葉に顔がぽっと熱くなる。
どんだけ、ものスゴいのを見たというんだ! 勉強になったということは今夜、それを試されると思っていいんだよね!?
「真っ赤な顔して、今更テレるなよ」
熱で火照る頬を、愛しそうに触ってくる翼。どんな顔していいか分からない。
「伝説の刑事って、ハッタリじゃなかったんだな。普段の変な姿ばかり見てるから、格好良く仕事してるトコが、想像つかなかったよ。まさかマサが年末の特番に出てるとは、夢にも思っていなかったし」
「……年末の特番?」
「ああ、モザイクの入ってないマサの仕事ぶりが、しっかり拝めたんだけど。……まさかとは思うが、お前もしかして、すっげぇ勘違いした?」
「いっいや、まさか。全然そんな! 不健全な事なんか、ちっとも考えてないよ!」
慌てまくって弁解する俺に、翼はガックリと肩を落とした。
「そうか、不健全な風にとっていたんだ。ボカシなしって、言えば良かったのか?」
「いやいや、どっちかって言うと、そっちの方が卑猥的な感じが……」
「関さんが俺にそんな映像を、見せるワケがないだろう! 何考えてるんだ、エロ水野っ!」
プンスカ怒って俺の後頭部を、思いきり殴った。ポカンと中身の入ってない音が、霊園に響く。
「お前本当に、知能指数が高いのか!? それともそういう分野限定で、能力が発揮されるとか?」
「自分の知能指数なんて、そんなの知らないよ。映像だってあれは、かなり編集されたものなんだ。俺が聞かされていたのは、3係の仕事をこれでもかとクローズアップする内容だったのに、実際に見たら俺ばかり出ちゃっててさ」
アットホームな職場を映像化してくれると思って、一生懸命頑張ったのに、実際は俺のいいトコだけ放映された内容だった。デカ長に叱られた場面や、派手に転んだ所はカット。これは本来の、俺の仕事風景ではない。
「まったく……警視庁の仕事をアピールすべく、普通はいいトコ見せなきゃならねぇだろ。それにマサにとって、警部試験受験する際の、好印象になるしな」
「そんなもん受けたら、ますます翼と逢えなくなるじゃん。てか関さんにどんだけ、洗脳されたんだよ……」
「洗脳?」
「そうだよあの人、山上先輩の類友なんだ。口車で簡単に人を、あっさりと騙せちゃうのさ。まんまと、ひっかかったみたいだね翼」
呆れ果てながら、背広の胸ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出し、テレビ電話ボタンをポチッ。そしてダイヤルを押して、関さんを呼び出した。
『そろそろ君から、電話がかかってくる頃だと思っていたんだ。それで、試験を受ける気になっただろう?』
銀縁メガネを上げながら、確信めいた事を口にする。
「そんなのポーズでも、受ける気になりません。しかもピュアな翼(と読者様)に、嘘をついて騙すなんて酷いですよ!」
俺が怒っているのに、どこまでも涼しい顔をキープする。
『嘘は言ってない。水野君の知能指数が高いのは、事実だからな。ただ高すぎて周りに目が行くばかりに、集中できず失敗しているだけだから』
そんなの高くても、実際フォローになってないし。てか翼、ちょっと笑いすぎじゃないか!?
俺に背を向けて、肩をヒクヒクさせている。
『試験を受けるという情報があった方が、向こうさんも油断すると思ったんだ。だがその前に、すべての準備が整ってしまったよ』
「本当ですか?」
『ああ、まるでこの日に合わせたみたいだな。水野君のスマホに、最新情報を転送しておく。それ持って、これから行くだろ?』
その言葉に、大きく頷いた。
「はい! 翼とふたりで、向かおうと思います」
『分かった。ふたり分のアポを取っておくよ。けして無茶をするな。引くことも、戦術の内のひとつだから』
「有り難うございます。みんなが調べてくれた物を無駄にしないよう、頑張りますね」
俺はガッツポーズを決めて、スマホを切った。
「マサ、お前何をやろうとしてんだよ? 関さんが絡んでるトコ見ると、ヤバいヤマって感じがするんだけど」
顔を激しく引きつらせながら、じっと俺を見る。その視線に応えるように、ふわっと微笑んだ。
「翼には、証人になって欲しいんだ。これから俺が行うことの証人になって、傍で見ていて欲しい」
「それだけでいいのかよ。俺にも、出来ることはないのか?」
その言葉に力なく、首を横に振った。翼には普段から十分に、助けてもらってるから大丈夫――
「これは俺のヤマなんだ。自分の手で、解決しないといけなくってさ。本当は君を巻き込みたくはなかったんだけど、俺と付き合った事で、目をつけられちゃった。ゴメンね翼……」
微笑が泣き顔に変わる瞬間、翼の体にきつく抱き寄せられる。
「謝るなよ……勝手に惚れたのは、俺なんだから。その事について、俺に謝っては欲しくないだろう?」
少しだけ背の低いマサの頭を、優しく撫でながら言ってやると小さく頷いた。耳元で鼻をすする音が、絶え間なく聞こえる。
「俺さ、嬉しかったんだ。山上の事を選ぶんじゃなく、俺を選ぶって言ってくれたお前の言葉がずっと、胸に残っててさ。選ばれた以上は、どんな事があっても、傍にいたいって思ってる」
「翼……」
「マサの現在形は、山上が作ったものだ。山上のお陰できっと、巡り逢えたって感謝してるから、こうして墓参りに来てるんだぜ。だのに何かさ、泣かせてばかりいるよな。しかも俺は、あの頃と――高校生の頃と、ちっとも変わってねぇし。いつまで政隆に、おんぶに抱っこしてるんだか」
更にきつくぎゅっと、マサを抱きしめてやった。
「翼は変わってるよ。出逢った頃よりも、ずっと大人になったって。あ、でも相変わらず、メールで愛の告白してくれないよね。いっつも、(´・д・`)バーカとか、キライだ(*`д´)ばかりで、ちょっと寂しいんだけどさ」
文句を言いながら俺の胸元で、柔らかくk笑うマサが可愛く思えた。
「だって、文字に残したくねぇもん」
メールを読んで盛大にテレまくった後に、返信する自分の姿を想像しただけで、くらくらと眩暈がする。
「文字にしない分、言葉で言ってやってるだろう。足らねぇのかよ?」
呆れまくってる俺に、抗議するかのような上目遣い。まったく恋人のおねだりは、絶大な力を持つ。
「……翼の君が、水野親王に今様を詠ったみたいに、俺も政隆に言葉で、気持ちを伝えたいって思ってる。その時の場面とか空気とか一緒に、覚えておいて欲しいんだ」
「その気持ち、分からなくはないけど、しばらく逢えなくて寂しくなった時に、翼からのメール見て、余計悲しくなっちゃうんだよ。だから――好きの二文字くらい、入れてくれたっていいじゃん」
「たまには俺のお願いのひとつくらい、きいてくれてもいいんじゃね? お前のおねだりに対して、結構頑張ってると思うんだけど」
耳元でそっと囁くと自覚があるのか、 うっと言って言葉を詰まらせる。
おねだりには、おねだりで返す。最近覚えた、マサの操縦法――
こうやって一緒にいる時間が増えると、手を焼くワガママが、いとも容易く回避することが出来るようになった。
「分かったよぅ、ガマンする……てかもう少し、俺にワガママ言っていいよ翼」
「どうした、急にそんな事を言い出して」
「だってさ翼って、一生懸命すぎるところがあって、無理して大人になろうとか考えてるのかもって、心配になる時があるんだよ」
けして、無理をしてるワケじゃない。マサを愛しく想えば想うほど、傍にいて、いつも守ってやりたくなるんだ。
「俺がこんなんだから、きっとすっごく心配とか、気を遣わせちゃうの分かるんだよね。でも翼が成長してるように、俺だってしっかりしてきてるんだから。そこんとこを確認して欲しくて、証人になって欲しいって頼んでるんだよ」
「分かった。生でマサが、しっかりしてるトコ、傍で見届けてやる。で、どこに、連れて行く気だ?」
やっぱ年上なんだな。ちゃんとした芯が、見えてくる。凛とした眼差しで、俺を見上げるマサを、不覚にもカッコイイと思ってしまった。
「警察庁の、山上警視正のところ。山上先輩の、義母兄弟なんだ」
山上という言葉に、自然と体が緊張した。
「それはかなり、ヤバそうなヤマだ。ノックダウンされないように、ふたりで頑張らなきゃ、ならねぇな」
これから何が行われるのか、まったく予想できないけど。何も出来ない俺だけど、マサの役に立つことが、何か出来るなら――
――困難なことだろうと、どんなことでもしてやる!
改めてマサを抱きしめ直し、山上の墓に視線を飛ばす。
アンタが残した大事なヤツは、俺が全力で守ってみせる。だから山上、あの世からマサに、力を貸してやってくれ。
心の中でそっと、お願いをしてみた。
俺からのお願いなんて、聞きたくないだろうけど、マサの為ならアンタは、間違いなく動くだろう?
「翼……どうして笑ってるの?」
「聞こえた気がしたんだ。山上がお前のこと、守ってやるってさ。これで3対1だろ、負ける気がしねぇよな。だから笑ったんだ」
言いながらマサの背中を、バシンと強く叩いてやる。細い体を前のめりにして、痛そうな顔をした。
「んもぅ、馬鹿ぢからなんだから! でもちゃんと気合貰ったよ、有り難うツン!」
「よしっ、いざ警察庁へ参りますか! お手をどうぞ、宮様」
マサの目の前に左手をそっと差し伸べると、少しテレながら、右手を載せて微笑む。
こうしてふたり揃って手を繋ぎながら、山上警視正が待つ、警察庁へ向かった。
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