水野刑事恋の捕物劇シリーズ 落ちてたまるか・落としてみせる他

相沢蒼依

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夢のあとさき

ラストファイル2:初夢②

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『美濃の国青墓までは、数日の旅となった』 

 関さんと一緒に並んで歩く翼の君。そんなふたりの姿を映しながら、翼の君の声でナレーションが続く。

『……宮様。今頃何をしておいでだろうか。たった数日なのに、お傍にいれない寂しさが日を追うごとに、胸に積もっていった』

 翼の君、関さんの前ではいつものように笑っているのに、無理して明るく振舞うなんて、すごく健気だなぁ。

 あんな風に、俺も想われたい!

 なぁんてことを考えてる内に、ふたりは宿の中へ入って行った。部屋に着くなり、関さんは翼の君の顔を見ながら、柔らかく微笑む。

『宮様がそんなに心配か? 翼殿』

『いえ、そんなことはございません。これから拝聴する楽曲が、少々気になりまして』 

 さすが関さん。現代同様、観察眼に長けている。

 慌てて誤魔化した翼の君の言葉に、関さんは肩をすくめて苦笑いをした。

『では、良き土産話を持って帰るようにしようか』

『そうですね。仕事をさし置いてこうやって、旅に出ているのですから、しっかり土産話を、持ち帰らなければ』

『是非宮様の御前に召し出せるような、歌い手がいるといいがな』

 言いながら腕を組み、鋭い眼差しを翼の君に向ける。

『立ち入ったことを訊くが、翼殿は宮様をお慕いしているんだよな?』

『は……?』

『君の行動を見れば一目瞭然だ。いつも宮様を、目で追ってるじゃないか』

『そっ、それは、:家司(けいじ)として宮様のために、尽くさなければと――』

 顔を真っ赤にして必死に誤魔化す翼の君に、関さんは首を横に振った。

『まったく、言い訳なんて見苦しいぞ。して翼殿はまだ宮様に、お気持ちを打ち明けていないのか?』

『勿論です。俺のような身分の低い者が、宮様をお慕いしているだけで、申し訳ないというか……』

 手にしている茶碗をくるくると回しながら、眉間にシワを寄せて苦しそうに言う。

『身分などと、何を言っている。それになにゆえ申し訳ないなどと。何か事情が、おありか?』 

 ナイス関さん! 俺も今、それがすっごく気になったんだよね。

『きっと話すだけでも、翼殿の心が楽になると思うのだが、どうだ?』

 関さんは翼の君の肩に手を置き、慰めるように優しく叩いた。

 翼の君はゆっくり息を吸い込みながら、視線を庭先に移す。そこには見事な庭園が広がっていて、見る者の心をゆっくりと落ち着けるような造りをしていた。

『鷹久殿はご存知でしたか? 宮様が山上の宮様と、恋仲だったということを』

『ああ……山上の宮様がご生前の頃、よくふたりきりでいるのを見かけていたからな』 

『俺は山上の宮様に言われるまで、全然気が付きませんでした。宮様、外では己をきちんと保つことが出来るお方ですので。でも山上の宮様とふたりきりの時は、見たことのないお顔をなさっていたんです。それを見てしまった時は、心がぎゅっと絞られるようでした』

『見たことがない、お顔とは?』

 その言葉に瞳を閉じ、翼の君は俯く。

『何と表現したらいいのでしょう、甘い顔というか色っぽい顔というか……』

 水野親王の顔を思い出したのだろうか。悔しそうであり、切なそうな表情をしていた。

『山上の宮様も酷いんですよ。夜這いに来る度、宮様を我が物にしてる発言ばかりして。やれ僕の宮だの、柔らかい唇をしてるから溺れそうだとか、絹のように滑らかな肌をしてるだとか言って、俺の心を散々かき乱したんです』

 手にしていた茶碗を、床へ叩きつけるように置いた。

『それは逆に、敵対心から言っていたんじゃないのか』

 あくまで冷静な関さんの言葉に、うな垂れながらやっと答える。

『そうですね。すべてを把握した上で、そういう発言をしているのを分かったのが、山上の宮様が呪詛が原因で亡くなられる、前日の夜でした。こんな俺に、牽制しなくていいのに……』

『呪詛について、衛門府検非違使衛士・依川殿と海崎殿に話は伺っている。山上の宮様はきっと、翼殿が怖かったのだろう』

 ぶっ! 関さんだけじゃなく、とある事件で花火大会をご一緒した、海崎さんまで出てるの!?

『残念ながら俺は、卑下すべき存在なのですよ鷹久殿』

『なにゆえ、そのようなことを言うのだ?』

『あの夜お送りするのに、いつものように中門まで一緒に行きました。夜空には刀で切られたような形の赤い月があって、山上の宮様とふたり、忌まわしいなという話をしたんです』

『ほう……』

『涼しげな一重瞼をちょっと吊り上げ気味にし、いきなり俺を鋭く睨んできましてね。その迫力に思わず、一歩退いてしまった時に訊ねられました。お前はどうやって、宮を守るかって』

 床に置かれた茶碗を手に取り、一気に流し込む翼の君。

 ――どうやって、宮を守るか――

 その言葉に俺は、山上先輩が所轄の汚職事件に奔走する姿を見て、同じように思ったんだ。その答えは、いつも傍にいて支えてあげる、もっと強くならなくちゃと考えて、絶対に泣かないことを決めたんだ。

『俺は喜んで、盾になると言いました。そしたら頭を強く殴られ、馬鹿野郎って叱られたんです。すごく痛かったなぁ』

『そうであったか』

『盾となることなんて、誰にだって出来るんだ。盾となり斬られて死ぬだろう。その後、宮がどうなるか分からないのかって、怒鳴られちゃいましてね。好きな者のためなら、全身全霊で最後まで守り抜けって……』

 言いながら翼の君は、右拳を胸の前に握りしめた。

『この手で、守り通さなければならないんだ。そう教えられました』

『山上の宮様のお言葉は、まるで遺言のようだな』

『今考えるとそうなんですが、あの時は鬼気迫るご様子で、熱く語る山上の宮様のお相手するのに、俺は必死でした。誰かを想う気持ちは、どんなものよりも強い。そして自分も強くなれるんだって、仰っていたのに……』

 その台詞を聞いて、鼻の奥がツンとした。山上先輩も俺と同じように、思っていてくれたのかな……

『それだけ深く愛され、山上の宮様が亡くなられた後、宮様の気落ちぶりは相当だったものな』

『はい。床に伏せられた日が、ひと月以上ありましてね。いろんな方がお見舞いに来たけれど、前のような……暖かいお日様のような笑顔を、拝見することは出来ませんでした。あまりのそのご様子にその内、誰も寄り付かなくなってしまわれて、ひとりでお過ごしになることが増えられたのです』

 水野親王が不憫だと語っている翼の君には悪いけど、俺のなんちゃってプロファイリングによると、間違いなく水野親王は、お医者さんごっこしていたと思われる!

 翼の君を薬師に見立て、ひとりでうふふと妄想しながら、布団の中でほくそ笑んでいたに違いない。

『それも、無理からぬことであろうな』

『そこで考えたんです。俺が宮様に出来ることはないかって。宮様のお心を、少しでも明るくすることは出来ないだろうか、と』

『ああ、成る程な。これで全部繋がった』

『ええ、楽箏を宮様のために奏でようと考えたのですが、幼少期に母から指南を受けた以来弾いていなかったので、宮様にお聞かせする前に、鷹久殿にご指南戴いたのは、この為だったのです。お陰様で昔の勘を取り戻し、宮様に無事披露することが出来ました。俺の演奏を聞きながら涙されていた宮様が、最後に微笑まれたのがとても印象的で。このお方の為に、自分の出来ることがひとつ増えた。そう思ったら、涙ぐみそうになっちゃいましてね』

 言いながら頭を下げる翼の君。その姿を関さんは、とても嬉しそうに眺めていた。

『それがきっかけで、宮様はお元気になられたのだな。良きことではないか』

『それはそうなんですが、いきなり宮様が琴の指南をしろと申されて、詰め寄ってきたんです』

『何だか、急な展開だな』

『まったくです。鷹久殿にご指南されている宮様を、下手な自分が教えるなんてとんでもないって、慌てて逃げたんですよ。さっきまで床に伏せられていたお方が急にお元気になり、俺に迫ってきたご様子が正直、尋常じゃなく逃げてしまって。何故逃げるのだっ、待てと言っておるだろう! と宮様が大声で叫んで、俺を呼び止めて』

『随分、お元気になられたのだな。さては――』

 ボソッと呟く関さん。

 ――そうそう、仮病だったんだから元気なんだよ!

『翼殿の思いやる心が伝わり、宮様は好きになられたのだな』

『好きって、あの?』

 関さんのもたらされた言葉に、翼の君と俺は呆然となった。

『だって琴を弾いてもらって、とてもお喜びになったのだろう?』

『はい。それまで落ち込んでいたのが、嘘のようで。必死という言葉が似合うくらい、俺にしがみ付いて頼まれていましたけど』

『ならば琴を一緒に弾くという口実、もっと翼殿にそばにいてほしいと望んだのだろう。つまり宮様は翼殿に近くにいてほしい、恋を語らいたいと考え、琴の指南を頼んだに違いない』

 関さんの的を射る答えに俺は膝を叩いたのだが、翼の君は力なく、ふるふると首を横に振った。

『宮様がそんなことを、思うわけないじゃないですか。違います……今まで宮様に対し、一線を引いて接してきました。そんな距離をとっている相手を、わざわざ傍に置きたいだなんて、思うはずがないでしょう』

『翼殿! なぜ宮様のお気持ちから、目を背けようとするのだ!』

 関さんは堪らないといった様子で、床を殴りつけた。その様子に翼の君はビビって、肩をすくめる。

 キレた関さん、本当に怖いんだよ。俺なんて壁に向かって頭をゴンゴン、除夜の鐘よろしく打ち付けられたもんね。

『鷹久殿、俺にはそんな資格なんてないのです。宮様のそばにいる資格なんて。俺は――山上の宮様の死に悲しんでいらっしゃる宮様を、お慰めするといいながら、実はこれで宮様を我が物に出来るかもしれない。そう……』

 ビビりながらも何かに耐えるように、膝の上にぎゅっと拳を作り、辛そうに語る翼の君。

『俺の心の奥底に山上の宮様の死を喜んでいる、もうひとりの自分がいるのですから。このような、さもしく醜い心を持っている俺が宮様を想うなんて……本当に情けない男です』

『だから自分を、卑下すべき者と言っていたのか』

『……はい』

『俺も思ったよ、翼殿と同じように。山上の宮様が居なくなって、もしかしたら自分が宮様を、手中に収めることが出来るかも、ってな』

『え――?』
「え――?」

 翼の君と俺の声が、同じタイミングでリンクした。

『それはさておき。山上の宮様の死は確かに、ご不幸なことだったと思うし、翼殿が並々ならぬ想いをしていることも理解するがな。罪の意識を持ち続けるのは、どうなんだろうか?』

『罪の意識……?』

『翼殿がそうやって囚われたままでいるように、宮様にも囚われたままでいてほしいのか? 宮様は、山上の宮様のことはそれとして、翼殿との未来を築いて行きたいと思っているはず。だからあのような歌を、詠われたのではないのだろうか』

『夕されば 蛍よりけに燃ゆれども 光見ねばや 人のつれなき……』
(夕方になると、自分の想いは蛍よりも燃えているのに、光が見えないのか、あの人は素っ気ない)

『これは、翼殿に向けた歌であろう?』

『違います。あの歌は山上の宮様を想って、詠んだのではないのでしょうか。宮様が俺のことを想うなんて』
 
 困惑した翼の君に、関さんは優しい眼差しを向けた。さっきとは違い、えらく優しい感じ。

『俺にはわかるんだよ。翼殿の気持ちを感じることが出来るように、宮様のお心も感じるんだ』

『宮様のお心?』

『ああ。俺は曲を奏でる時、そこに流れ出る気と対話するようにしている。目には見えぬものだが、それは必ずあるものなんだ。だから翼殿の気が宮様に流れているのを感じる上に、宮様の気が翼殿に流れているのを、感じ取ることが出来る』

『俺に向かって、宮様が?』

『本当は、翼殿も感じているんじゃないか? 感じているのに、ワザと感じていないふりをしているだけのように思うがな。果たしてそれでよいのか。誤摩化したままで翼殿は、誠によろしいのか! 互いに想い合っているのにすれ違ったままでいて、このまま時を過ごしていくのか?』

 掠れた声で言いながら、翼の君をぎゅっと抱き寄せた関さん。本当に、絵になるふたりである。思わず赤面してしまった、俺って一体……

『頼むから――宮様の幸せそうなお顔を、見せてはくれないか。俺には出来ないことなのだから。翼殿しか出来ないのだから』

『鷹久殿……わかりました。もう自分の気持ちを偽らず、宮様に告げようと思います』

『有り難う、有り難う翼殿』

 関さんの言葉に、翼の君が頷く。

 ふたりの友情に思わず、拍手をしてしまった俺。誰も居ないからいいもんね状態で、好き勝手にやらせてもらった。

 むー。このバリケードテープが、紙テープにならないだろうかと手元を見ている内に、場面は切り替わり、水野親王が暮らすお屋敷を映し出していた。
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