上 下
8 / 58
落ちてたまるか

I fall in love:正直な気持ち

しおりを挟む
「ふあぁ……ねみぃ」

 昨夜は、なかなか寝付くことが出来なかった。目を瞑ると水野の顔が浮かんできて、胸がズキズキしたのだ。

 告白を断った罪悪感なんだろうか? 何か、後味がすげぇ悪い……ちくしょう。ただでさえ勉強に集中しなきゃいけない、大事なときだっていうのに。

 肩にかけている鞄をかけ直して、髪を掻き上げた刹那、

「おはよう、ツン!」

 校門の前で待ち伏せしていた水野が、元気良く挨拶をしてくる。

 超ローテンションなところに、どうして登場するかな。まるでストーカーだろ……

「相変わらず、ご機嫌麗しくないみたいだね。朝は低血圧なのかい?」

 朗らかにニコニコ笑いかけながら隣に並び、一緒に並んで校門をくぐった。

(水野どうして、いつも通りでいられるんだ。あんな酷い言葉で、はっきりと断ったというのに)

 俺は質問を無視して歩き、生徒玄関に向かうしか出来ないでいた。何を話していいのか分からず、口が開けないからだ。

 生徒玄関の扉に手をかけた途端、俺の背後に立ち止まった水野が、大きな声をかけてくる。

「ツン、昨日はごめん。君の気持ちが分かっていながら、自分の気持ちを押しつけるみたいな形になってしまって。迷惑、極まりないよな……」

 その言葉に思わず後ろを振り返ると、肩を落としてしょんぼりしている、水野の姿があった。

 さっきまでの明るい雰囲気とは一転、どよーんとした空気を放っている。

 皆が通る玄関前で痴話喧嘩するワケにもいかないので、水野の腕を強引に引っ張り、校舎裏に向かった。

「俺も昨日は悪かったよ。断るにしたって、あの言い方は最悪だと思う」

「ツン……」

「だけどあれだ。恋愛関係みたいな付き合いは無理だけど、友達っちゅ~か、人生の先輩になってくれるなら、付き合うことが出来る。と思う」

 俺は一生懸命、水野が傷つかないよう、細心の注意を払いながら言葉を選んだ。

「昨日ツンが女の子と楽しそうに喋ってるのを見て、すっごく妬けたんだ。俺だってそういう風に話したいって……結果告って玉砕。当たり前、だよな」

「水野……」

「ツンが山上先輩に似てるから、好きになったんじゃない。刃物を持った強盗に怯まず、潔く倒したところや今の……俺の気持ちを考えて折衷案出してくれた、優しいところが好きなんだ。だから俺は……友達として、付き合うことは無理だと思う。きっと」

 何かを耐えるように両手に拳を作り、切ない目をして俺を見つめる。その視線が余りにも痛々しくて、思わず顔を背けてしまった。

 水野に想われるほど、俺は出来た人間じゃない。年下だし頼りないし、いい加減だし優しくなんかないんだ。ただ水野を、傷つけたくないだけで――

 チラッと水野を見ると、その様子が捨てられた子犬みたいに頼りなくて……思わず、

「俺も昨日――」

 そう口を開いた瞬間、チャイムが鳴った。はっとして、お互いの顔を見やる。

「やべっ、遅刻する!」

「ごめん、俺が引き留めたから。遅刻になったら、俺のせいにしろよ。昨日の事情聴取とか、何とか言って」

 同時に、二人で校舎に向かうべくダッシュした。

「そんな無理矢理な理由なら、喜んで遅刻してやる。水野にこれ以上、借りは作りたくないからな~」

 昨日も助けてもらったんだからって、笑いながら言うと、水野は破願して首を横に振り、強引に右腕を掴んで猛ダッシュしてくれる。

「ツン、遅いっ!」

 足の遅い俺を何とか引っ張って、吸い込まれるように校舎に入った。

 水野の足の速さに驚きつつ、息を切らしながら一応礼を言って下駄箱を開けたら、中から二つ折りのカードが、音もなく足元に落ちてくる。

「待って! イヤな予感がする」

 水野は拾い上げようとした俺の手を制し、ポケットから白い手袋と、ジッパーの付いた透明の袋を取り出した。手袋を付けてからカードを拾い、中身を読みあげる。

「『話したい事があるので放課後、体育館倉庫に来て下さい。木下 春菜』木下 春菜って誰?」

 怪訝そうな顔をし、カードを透明の袋に入れながら訊ねてきたが、正直言いにくい。昨日の今日だから……しかもさっきその件で、話合ったばかりだったし。

「……昨日廊下で喋った女子。特に仲が良いってワケではないんだけど」

「体育館倉庫って、体育館の横にあった物置?」

「ああ。古くなったけど、まだ使えそうな用具や学祭で使う物なんかを、保管してるトコ。滅多に人は、出入りしない場所だな」

 確かに二人きりになり話をするには、邪魔は入らないだろう。でもあそこは薄暗く、女子一人で待つには、無理があるような気がした。

「放課後までまだ時間あるから、ちょっと行って調べてくる」

 カードを胸ポケットに入れ、歩き出す水野の背広を迷うことなく、むんずと掴んだ。だって水野だから――

「待てよ、俺も行く。水野一人じゃ、現地に辿り着けないだろう?」

「大丈夫だって。校内地図、頭に叩き込んでるから。ツンはちゃんと授業に出なきゃ、受験生なんだし」

「言ってるそばから、逆方向だっちゅ~の。こっちだから」

 俺はクスクス笑いながら、行き先を指を差す。水野のしまったという顔が、とても可笑しい。

「何もないトコで、三回もコケれる男の、補助についててやらないとなぁ」

 昨日校内を案内したときに何もない場所で、水野は器用に何度もコケていたのである。鈍くさいにもほどがある刑事だと、内心呆れ果てていた。

「あれは借りたスリッパが、引っかかってだな。今日はしっかり、上履きを持参してるから大丈夫だって」

「ちまちま言い訳するなよな。近道こっちだから、黙ってついて来い」

 俺は肩を竦めながら、水野の前を歩く。後方を歩く水野が、どんな顔してるか分からないが、大人しく後ろをついて来た。

 ショートカットしたので、ものの1分で到着。ガチャリと扉を開ける。

(……あれ、いつもは鍵がかかってなかったか? 思い出せないな――)

 不審に思いながら中に入ると、空気が澱んでいる上に、えらく埃っぽい。

「えっと電気のスイッチ……どこだっけ?」

 手を伸ばして、左側の壁を触って探す。水野も中に入り、反対側の壁を探しているときだった。

 音もなく扉が閉まり、ガチャガチャッと鍵を掛ける音が聞こえたと思ったら、ビュンと何か細い物が飛ぶような音の後に、規則正しい電子音が倉庫の中に響く。

 俺は慌ててドアノブに飛びつき、左右に回してみるが、外からしっかり鍵が施錠され、虚しくカチャカチャと、空音が鳴るだけだった。

 一方水野は電気のスイッチを探り当て、音の鳴る方へ近づく。目線の先に、跳び箱があった。慎重に上の段を取り外して、恐るおそる中を覗く。

「あるのか?……爆弾」

「うん、チープな感じの作りしてる。扉が閉まると、起爆スイッチが入る仕組みになっていたから、安易に触れないな。5分タイマ―みたいだ。残り4分12秒」

 俺は気合いを入れ、扉に体当たりを始めた。いてもたっても、いられなかったから。

「ツン!?」

「他に何か、手は、ないのかよっ? くそっ、古いくせに、頑丈な作り……しやがってっ!」

 腹いせに蹴り上げてみるが、びくともしない。

「とりあえず、周りにある物を壁際まで移動して、飛散するのを防ぐ。それが終わったら、ツンはあのロッカーに入って、身を潜めててくれ」

 てきぱきと指示しながら、物の移動を始めつつ、スマホを首で固定し仲間に連絡する水野。それに倣い俺も、近場にある物からどんどん移動させた。

「俺をあのロッカーに入れさせて、お前はどうするんだよ?」

 電話が終わるのを見計らって、思ったことを口にした。途端に、神妙な表情を浮かべる。

「爆発しないよう、解体してみる」

「解体……やったことあんのか?」

 水野のドジっぷりを垣間見てるだけに、激しく不安が胸を過った。どう考えても無理だ、解体と同時に爆死するぞ。

 顔を引きつらせてる俺を見て、何故か微笑する。

「大丈夫さ、研修だってしっかり受けてるし。こう見えて回路読むの、すっごく得意なんだよ」

「し、失敗したらどうするんだ? 死ぬかもしれないんだぜ?」

 俺は足元にあった平均台を壁際に向かって蹴飛ばし、水野の肩をむんずと掴んだ。

「失敗しないよう、慎重に解体するから。大丈夫大丈夫……」

 激昂する俺を宥めるように、あくまで冷静沈着でいる水野。その態度が進んで、自分の生命を擲つように見えて、尚更堪らなくなる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

新緑の少年

東城
BL
大雨の中、車で帰宅中の主人公は道に倒れている少年を発見する。 家に連れて帰り事情を聞くと、少年は母親を刺したと言う。 警察に連絡し同伴で県警に行くが、少年の身の上話に同情し主人公は少年を一時的に引き取ることに。 悪い子ではなく複雑な家庭環境で追い詰められての犯行だった。 日々の生活の中で交流を深める二人だが、ちょっとしたトラブルに見舞われてしまう。 少年と関わるうちに恋心のような慈愛のような不思議な感情に戸惑う主人公。 少年は主人公に対して、保護者のような気持ちを抱いていた。 ハッピーエンドの物語。

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

23時のプール 2

貴船きよの
BL
あらすじ 『23時のプール』の続編。 高級マンションの最上階にあるプールでの、恋人同士になった市守和哉と蓮見涼介の甘い時間。

処理中です...