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第3章:恋人キブン
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昼間の仕事から解放されて、夜のバイトという名の売りを、いつもならこのあと手がけていたのに。
(なんか変な感じ。待ち合わせなんて毎回してることなのに、妙に落ち着かない気分……)
ケンジさんに指定された駅前の公園のベンチに腰かけながら、目の前にある噴水をぼんやりと眺めた。
約束の時間まで、まだ20分以上ある。こんなときは次のターゲットを探すべく、出会い系サイトをチェックしていた。だけどもうそれをしなくてもいい。
「これが日常だったせいで、なにをすればいいのかわからなくなる……」
あと2週間で借金生活から抜け出すことができることを、今更ながら実感した。売りをしなくてもいい生活――今後私はなにをして過ごしたらいいのかな。
考え込んで俯く私の目元を、あたたかみのある大きななにかが唐突に塞いだ。
「だーれだ?」
聞き覚えのある声に、唇の端が得意げにあがってしまう。
「どこのどなたですか?」
あえて名前を言わずに、明るい声で質問をそのまま返した。
「綾香ちゃんは意地悪なんだな、意外……」
「そう?」
「俺はずっと逢いたかったのに」
目元を覆っていた手が外され、そのままバックハグされる。ケンジさんの唇がこめかみに押しつけられた。
「んっ……」
いつもなら自分が積極的になる場面なのに、相手からべたべたされることに違和感を覚える。しかもベッド以外での接触が久しぶりすぎて、なんだか気恥しい。
胸の中に渦巻くドキドキのせいで、余計に落ち着かなかった。
「綾香ちゃんは俺に逢いたくなかった?」
「あ、逢いたかったよ……」
逢いたくない人ではないので、素直に答えたというのに。
「そんな顔して平然と嘘をつく。綾香ちゃんは泥棒なのかな?」
耳元で楽しげにクスクス笑ってから、ケンジさんの顔が私に被さり、唇を優しく奪う。
触れるだけのキスが名残惜しくて、遠のいていくケンジさんの後頭部に手をかけて動きを止めて、私からキスをしてあげる。
「やっぱり綾香ちゃんは泥棒。俺の心を盗む気でしょ?」
「ケンジさんが無防備すぎるから。盗んでみたいって思わせるのがうまいのかも」
「そんな泥棒さんに、ホテルのディナーをご招待したいのですが、よろしいでしょうか?」
(ホテルのディナーということは、つまりそのあとは昨日と同じように、私はケンジさんに食べられるということなんだよね)
50万円を支払ってもらう契約のため、これを断ることは私にはできない。
「喜んでお供させてください!」
私が満面の笑みで告げたら、バックハグをしていた腕が外され、ケンジさんが正面に移動した。
私と同じように仕事が終わってからここに来たのか、スーツ姿のケンジさん。濃紺のスーツ生地に薄い縦縞が入っていて、昨日よりも素敵に見えた。
「綾香ちゃん、行こう?」
優しく微笑んだ彼の手を迷うことなく握りしめて、私はケンジさんとホテルに向かった。
(なんか変な感じ。待ち合わせなんて毎回してることなのに、妙に落ち着かない気分……)
ケンジさんに指定された駅前の公園のベンチに腰かけながら、目の前にある噴水をぼんやりと眺めた。
約束の時間まで、まだ20分以上ある。こんなときは次のターゲットを探すべく、出会い系サイトをチェックしていた。だけどもうそれをしなくてもいい。
「これが日常だったせいで、なにをすればいいのかわからなくなる……」
あと2週間で借金生活から抜け出すことができることを、今更ながら実感した。売りをしなくてもいい生活――今後私はなにをして過ごしたらいいのかな。
考え込んで俯く私の目元を、あたたかみのある大きななにかが唐突に塞いだ。
「だーれだ?」
聞き覚えのある声に、唇の端が得意げにあがってしまう。
「どこのどなたですか?」
あえて名前を言わずに、明るい声で質問をそのまま返した。
「綾香ちゃんは意地悪なんだな、意外……」
「そう?」
「俺はずっと逢いたかったのに」
目元を覆っていた手が外され、そのままバックハグされる。ケンジさんの唇がこめかみに押しつけられた。
「んっ……」
いつもなら自分が積極的になる場面なのに、相手からべたべたされることに違和感を覚える。しかもベッド以外での接触が久しぶりすぎて、なんだか気恥しい。
胸の中に渦巻くドキドキのせいで、余計に落ち着かなかった。
「綾香ちゃんは俺に逢いたくなかった?」
「あ、逢いたかったよ……」
逢いたくない人ではないので、素直に答えたというのに。
「そんな顔して平然と嘘をつく。綾香ちゃんは泥棒なのかな?」
耳元で楽しげにクスクス笑ってから、ケンジさんの顔が私に被さり、唇を優しく奪う。
触れるだけのキスが名残惜しくて、遠のいていくケンジさんの後頭部に手をかけて動きを止めて、私からキスをしてあげる。
「やっぱり綾香ちゃんは泥棒。俺の心を盗む気でしょ?」
「ケンジさんが無防備すぎるから。盗んでみたいって思わせるのがうまいのかも」
「そんな泥棒さんに、ホテルのディナーをご招待したいのですが、よろしいでしょうか?」
(ホテルのディナーということは、つまりそのあとは昨日と同じように、私はケンジさんに食べられるということなんだよね)
50万円を支払ってもらう契約のため、これを断ることは私にはできない。
「喜んでお供させてください!」
私が満面の笑みで告げたら、バックハグをしていた腕が外され、ケンジさんが正面に移動した。
私と同じように仕事が終わってからここに来たのか、スーツ姿のケンジさん。濃紺のスーツ生地に薄い縦縞が入っていて、昨日よりも素敵に見えた。
「綾香ちゃん、行こう?」
優しく微笑んだ彼の手を迷うことなく握りしめて、私はケンジさんとホテルに向かった。
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