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第5章:生意気な後輩
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先輩として挙動不審なところを悟られないようにしようとしたら、どうにも間が持たなくて、何杯もビールをお代わりしてしまった――
「ご馳走様でした。すごく美味しかったです。兵藤さんが、オススメするだけのことはありますね」
「そうか。喜んでもらえて何よりや……」
食事を終えて店から出ると、有坂と並んで歩く。駅まで向かう道すがら、人がほとんどいない状態だった。午後九時前という時間帯だし、二軒目に梯子するヤツもいるのだろう。
「……兵藤さん、足元が少しだけふらついてますけど、大丈夫ですか?」
話しかけながら心配そうな顔でこっちを見る視線に、ニッコリと微笑んでみせた。酔っぱらったのを誤魔化すのに必死になる。たかだかジョッキ七杯呑んだくらいで、だらしなくなったのを絶対に悟られないようにしなければ。
「有坂こそ、たった二杯だけしか呑まへんかったけど、あれで足りたのか? 遠慮せんと、もっと呑めばよかったのに」
「明日も仕事がありますし、あまりお酒には強くないので。たくさん呑める、兵藤さんが羨ましいです」
「ぉ、おう」
(褒められてしもた。やったな俺――)
「おっと!?」
有坂に褒められて、ふわふわした気分でいたせいだろうか。何もないところで、いきなりつまづきかけた。転びかけた兵藤の左腕を有坂は慌てて掴んで、危ないですよと声をかける。
「やっぱり、ちょっと呑みすぎたみたいや。有坂と一緒だったから、つい酒が進んでしもうて」
体勢を整えながら顔を上げて、ありがとうと言おうとしたのに、掴んでいる腕をぐいっと引っ張られてしまった。
「あ……!?」
ふらついた足元を踏ん張ったところに、音もなく近づいてくる有坂の顔を捉えたときには、それを避ける間もなく重ねられた唇に唖然とするしかない。
(――何で有坂が、俺にキスしとるんや!?)
あまりの衝撃に、目を開けたまま息を止めた。すぐ傍にある温もりをじわりと感じた瞬間に力がすっと抜けて、持っていたカバンを落とした。
その音を合図に唇が解放されたのに、離れていく有坂の表情がどこかおかしかった。瞬きを一切せずに兵藤を見つめながら、ガクガクと躰が震えだす。
「ど、どうした?」
自分がされたことよりも有坂の様子があまりにも不憫で、声をかけた途端に頭を下げてきた。
「すっ、すみませんでしたっ!! 間違ってというか、何というか……」
「お前は酔うと、見境なく誰にでもキスするんか?」
酒に弱いと言ってたから、ジョッキ二杯でも十分に酔えるのかもしれないな。
兵藤の質問を聞いてから恐るおそる頭をあげて、視線を落ち着きなくあちこちに彷徨わせる有坂。さっきから挙動不審すぎる姿に、首を傾げてしまった。
「そ、そんなこと……しません。あのですね、兵藤さんの魅力に引き寄せられたというか」
居たたまれない表情を浮かべて口先だけで喋られても、意味がさっぱり分からない。
「俺の魅力に引き寄せられたって、例のアレか? 顔が好きって言っとった」
有坂のセリフから自分なりの推理を口にしてみたのだが、当たっている気がまったくしなかった。むしろ苦手な先輩を困らせるためにやったのではないかという考えがちらついたのだが、あえてそれを飲み込む。
「仰るとおり、兵藤さんの顔は確かに好きです。憧れました、素直に格好いいと思えるものなので……。その中でも一番目を惹いたのが、唇でして」
言いながら上目遣いで兵藤の顔を見つめてから、申し訳なさそうな顔で俯く。今まで見た有坂の赤面シーンで、茹でダコみたいに紅潮している姿に苦笑いを浮かべた。
「……俺の唇って、そないに特殊やろか? 普通だと思うけどな」
「普通じゃないですって!! 口紅のCMに出てもいいくらいだと思います。色といい形といい、すっごく綺麗だなって――っ!?」
いきなり有坂に褒められて、顔の赤みがしっかりと移ってしまった。
(先輩として俺は、この事態をどう収拾したらええのか……)
目の前にいる後輩は口元を押えて、ふるふるしたまま固まっている。まるでシステムエラーを起こして、使えなくなったパソコンみたいだ。
「有坂、このことは――」
とりあえず可愛い後輩に免じて、なかったことにしてやるよ。そう言ってやろうとしたのに。
「兵藤さんの魅力に負けてしまって、本当にすみませんでしたっ! 以後、絶対にこのようなことが起こらないように、細心の注意を払って気をつけます。それではお先に失礼します」
まくしたてるように言い放ち、何度も頭を下げてから逃げるように走り去ってしまった。
「まったく……。今年の新人は全然、人の話を最後まで聞かへんな」
隙をつかれてキスされた唇を、何気なく触ってみた。ただ有坂に触れられただけ。それだけなのに思い出しただけで、驚きと同時に苛立ちがふつふつと沸き上がってきた。
これで終いにはせぇへんからな――後輩にやられっぱなしにされてたまるかよ!
そう決意を固めて落としたカバンを手にし、颯爽と夜の町並みを歩いたのだった。
先輩として挙動不審なところを悟られないようにしようとしたら、どうにも間が持たなくて、何杯もビールをお代わりしてしまった――
「ご馳走様でした。すごく美味しかったです。兵藤さんが、オススメするだけのことはありますね」
「そうか。喜んでもらえて何よりや……」
食事を終えて店から出ると、有坂と並んで歩く。駅まで向かう道すがら、人がほとんどいない状態だった。午後九時前という時間帯だし、二軒目に梯子するヤツもいるのだろう。
「……兵藤さん、足元が少しだけふらついてますけど、大丈夫ですか?」
話しかけながら心配そうな顔でこっちを見る視線に、ニッコリと微笑んでみせた。酔っぱらったのを誤魔化すのに必死になる。たかだかジョッキ七杯呑んだくらいで、だらしなくなったのを絶対に悟られないようにしなければ。
「有坂こそ、たった二杯だけしか呑まへんかったけど、あれで足りたのか? 遠慮せんと、もっと呑めばよかったのに」
「明日も仕事がありますし、あまりお酒には強くないので。たくさん呑める、兵藤さんが羨ましいです」
「ぉ、おう」
(褒められてしもた。やったな俺――)
「おっと!?」
有坂に褒められて、ふわふわした気分でいたせいだろうか。何もないところで、いきなりつまづきかけた。転びかけた兵藤の左腕を有坂は慌てて掴んで、危ないですよと声をかける。
「やっぱり、ちょっと呑みすぎたみたいや。有坂と一緒だったから、つい酒が進んでしもうて」
体勢を整えながら顔を上げて、ありがとうと言おうとしたのに、掴んでいる腕をぐいっと引っ張られてしまった。
「あ……!?」
ふらついた足元を踏ん張ったところに、音もなく近づいてくる有坂の顔を捉えたときには、それを避ける間もなく重ねられた唇に唖然とするしかない。
(――何で有坂が、俺にキスしとるんや!?)
あまりの衝撃に、目を開けたまま息を止めた。すぐ傍にある温もりをじわりと感じた瞬間に力がすっと抜けて、持っていたカバンを落とした。
その音を合図に唇が解放されたのに、離れていく有坂の表情がどこかおかしかった。瞬きを一切せずに兵藤を見つめながら、ガクガクと躰が震えだす。
「ど、どうした?」
自分がされたことよりも有坂の様子があまりにも不憫で、声をかけた途端に頭を下げてきた。
「すっ、すみませんでしたっ!! 間違ってというか、何というか……」
「お前は酔うと、見境なく誰にでもキスするんか?」
酒に弱いと言ってたから、ジョッキ二杯でも十分に酔えるのかもしれないな。
兵藤の質問を聞いてから恐るおそる頭をあげて、視線を落ち着きなくあちこちに彷徨わせる有坂。さっきから挙動不審すぎる姿に、首を傾げてしまった。
「そ、そんなこと……しません。あのですね、兵藤さんの魅力に引き寄せられたというか」
居たたまれない表情を浮かべて口先だけで喋られても、意味がさっぱり分からない。
「俺の魅力に引き寄せられたって、例のアレか? 顔が好きって言っとった」
有坂のセリフから自分なりの推理を口にしてみたのだが、当たっている気がまったくしなかった。むしろ苦手な先輩を困らせるためにやったのではないかという考えがちらついたのだが、あえてそれを飲み込む。
「仰るとおり、兵藤さんの顔は確かに好きです。憧れました、素直に格好いいと思えるものなので……。その中でも一番目を惹いたのが、唇でして」
言いながら上目遣いで兵藤の顔を見つめてから、申し訳なさそうな顔で俯く。今まで見た有坂の赤面シーンで、茹でダコみたいに紅潮している姿に苦笑いを浮かべた。
「……俺の唇って、そないに特殊やろか? 普通だと思うけどな」
「普通じゃないですって!! 口紅のCMに出てもいいくらいだと思います。色といい形といい、すっごく綺麗だなって――っ!?」
いきなり有坂に褒められて、顔の赤みがしっかりと移ってしまった。
(先輩として俺は、この事態をどう収拾したらええのか……)
目の前にいる後輩は口元を押えて、ふるふるしたまま固まっている。まるでシステムエラーを起こして、使えなくなったパソコンみたいだ。
「有坂、このことは――」
とりあえず可愛い後輩に免じて、なかったことにしてやるよ。そう言ってやろうとしたのに。
「兵藤さんの魅力に負けてしまって、本当にすみませんでしたっ! 以後、絶対にこのようなことが起こらないように、細心の注意を払って気をつけます。それではお先に失礼します」
まくしたてるように言い放ち、何度も頭を下げてから逃げるように走り去ってしまった。
「まったく……。今年の新人は全然、人の話を最後まで聞かへんな」
隙をつかれてキスされた唇を、何気なく触ってみた。ただ有坂に触れられただけ。それだけなのに思い出しただけで、驚きと同時に苛立ちがふつふつと沸き上がってきた。
これで終いにはせぇへんからな――後輩にやられっぱなしにされてたまるかよ!
そう決意を固めて落としたカバンを手にし、颯爽と夜の町並みを歩いたのだった。
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