残火―ZANKA―愛しさのかたち

相沢蒼依

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すべてはそこから始まった

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 出合い頭の表情との違いに、やってしまったなと後悔しながら、海に吸い込まれる夕日を眺めることにした。さっきよりも小さくなった夕日に反比例して、空の色が深い藍色なっていく。

「……繋がってるから。好きな人が住んでいる場所に」

「え――!?」

 それは、波の音でかき消されそうな声だった。

「海を見ると思い出すんです。その人を好きだった頃の胸の痛みや、いろんなことを」

 後輩は少しだけ口元を尖らせ、足先を使って砂を蹴り上げる。日没を知らせる日の光が蹴り上げた砂を、ちょっとだけ煌かせた。

「後悔しているのか?」

「ええ。俺が好きになったせいで、相手を酷く傷つけましたから」

「今、その相手はどうしてる? 傷ついたままなのか?」

 カミさんと泥沼の離婚劇をした俺が、聞くべきじゃないだろうな。

「愛する恋人と一緒に幸せに暮らしていると、友人伝いに聞きました」

 その言葉に腕を伸ばして、後輩の頭をこれでもかと撫でまくってやった。

「わっ、わっ、小林さんっ!?」

「結果オーライじゃないか。おまえのお蔭で、幸せになったのかもしれないだろ」

「でもっ!」

「それに海だけじゃないだろ、相手とつながっているものは」

 頭を撫でていた手で、星が瞬きはじめた空を指差してやる。

「あ……確かに」

「案外、同じ星空を眺めているかもしれないな」

 呆然とする後輩の顔がおかしくて、クスクス笑いながら、もう一本煙草を吸おうと、上着のポケットに手を忍ばせた。

「小林さん、ありがとうございます。なんだか心が軽くなりました!」

 薄暗がりでもわかるくらいに、後輩の顔はさっぱりした表情に変わっていた。ツキモノが落ちたと言うべきか。

「良かったな、そりゃ」

「このお礼がしたいです。なにか困ったことがあったら、喜んで力になるので、遠慮せずに言ってくださいね」

「だったら、俺と付き合え」

 ずっと心に秘めていた想いが、ぽろっと口から出てしまい、俺の体をこわばらせた。諸事情で火照った頬を、海風が冷やすように撫でていく。

「付き合うって……。えっと、こうやって一緒に、海を見るみたいな感じでしょうか?」

「そ、そうだ。こんな場所でひとりきりなのは、やっぱり寂しいからな」

 取り出した煙草を、手のひらで握り潰してしまうくらいに、自分の一言に衝撃を受けてしまった。

 募った想いを告げるには、まだまだ早すぎるだろう。後輩の心の傷は、想像以上に深いものだと感じたし、それに若い後輩が俺みたいなオッサンと、深く付き合ってくれるかどうか。まずはこうして接点を持って、距離を近づけてからじゃないと――。

「いいですよ。俺、小林さんのことが好きだし」

 あっけらかんとして告げられた言葉で、さらに呆然としてしまった。

「すっ、すすすす、すきぃ!?」

 素っ頓狂な声を出した俺を、後輩は指を差してゲラゲラ笑いだす。

「小林さんが俺を気にしていたこと、実はわかっていましたよ。日常的に構ってくれるし、目がよく合っていましたから」

「あ、はい……」

「自分から、きっかけを作ろうと思えば作れたけど、それじゃあおもしろくないでしょ。だから待っていたんです。小林さんからのアクション」

(――なんてこった!)

「だから嬉しかったですよ、こうして海に誘ってくださって。なのに本人、色気のない話ばかりするから、正直困っちゃいました」

 後輩は柔らかくほほ笑みながら体を寄せて、そっと俺に抱きつく。

「だ、だってよ、おまえ――」

「俺のことをずっと見ていた貴方だから、わかってくれると思いました。傷ついた心を優しく包み込むような言葉で、いつも癒してくれて、ありがとうございます」

 上着の襟を引っ張られ、重ねられた唇。俺は目を見開いたまま、それを受け続けた。

(信じられん。なにがいったい、どうなってしまったんだ)

 唇が離されてもなにもかもが夢のようで、目の前にいる綺麗な後輩の顔を、黙ったまま見下ろすことしかできない。

「もう二度と灯ることがないと思った俺の心に、火を灯してくれた貴方を、ずっと愛していきます」

 畳みかけらるような告白の数々に、頭がひどくグラグラする。コイツってこんなに、情熱的なヤツだったんだな。

「え、っとぉ、俺はバツイチだしオッサンだし。……本当に大丈夫なのか、竜馬?」

 告白に答える勇気がなくて、自分の置かれているいろんな立場を、つい口にしてしまった。若い竜馬を自分のモノにするには、いろいろと考えてしまうから。

「小林さん、さっきから色気がなさすぎです。俺のこと嫌いですか?」

 端正な顔で睨まれて、うっと顎を引いてしまったのだが――ここは腹をくくって、きちんと言わなければならないだろう。

「嫌いじゃない。す、好き、だ」

 思いきって告げた途端に、心の奥底で小さな火が、ぽっと灯った気がした。

(ああ、竜馬が言っていたのは、このことだったのか)

 さっき見た、沈みかけた夕日の光に似たそれを、目の前にいる竜馬に重ねて、ぎゅっと抱きしめる。

「俺も大好きです、小林さん」

 俺の体に腕を回し、そっと告げてくれた告白に答えるべく、自分から唇を重ねた。互いに灯した炎を消さないように、しっかりと想いを確かめ合ったのだった。
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