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act:意外すぎる一面
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「はあぁ……。今日も仕事が終わったぁ」
つい安堵のため息と一緒に、愚痴をこぼしてしまう。いつもながら今日も、いろんな失敗をしてしまった。それなりに頑張っているけれど、きちんと見直しをして書類を提出しても、リターンされてしまう始末。私がまともにできる仕事といえば、お茶出しくらいしかないんじゃないかな……。
ダメすぎる自分に、嫌気が差すレベルは去年で超えていた。
「まぁまぁ。これから出会うイケメンバンドで是非とも、荒んだ心を癒してくれたまえ!」
慰めるように友人の愛子が、落としまくりの肩を優しく叩いてくれる。
「だってぇ……。今日もカマキリにどやされたんだよ」
「どやされてるのは、いつものコトじゃないの。しっかりしなさいってば!」
「でも今日は、ここぞとばかりに叱られたんだよ。ものすごいミスじゃなかったのにさ。何か私に、恨みでもあるような感じに思えてならないんだもん」
正直友達というよりも、まるで母と娘のような会話である。
市内の物流会社に就職した、入社二年目になるOLの私、山本 ひとみ。
新人がなかなか入ってこない部署、尚かつカマキリこと鎌田正仁(かまだまさひと)のアシスタントに任命されてからは、まったくツイてなかった。
理由は分かってる――仕事を満足にこなせない自分が悪い。悪いことが分かっているんだけど、カマキリの注意の仕方が、んもぅムカつくこと、この上ないものだった。
カマキリという愛称でこっそり呼ばれている、かなり変わった先輩。身長はあまり高くない上に、お堅そうな雰囲気を漂わせるメガネをかけた私の教育係。
仕事をバリバリこなす営業の歩く見本と社内で言われている人で、いらんことまで妙に頭がキレる。接待をさせたら右に出る者がいないくらいの舌を二枚三枚と持ち合わせていて、契約のほとんどを手中に収めていた。
そんな仕事が出来る先輩の怒った時のキレ具合がなかなかなものだから、影でみんなが「カマキリ」と呼んでいた。そんなカマキリに毎日叱られている、私って一体……。
故に、毎日会社に行くのが全然楽しくないです。朝、目覚めた瞬間から叱られることを想像出来ちゃうなんて、悲しい現実を突きつけられているみたいで、本当に辛いです。
同期で入社した女の子達は何だかキャピキャピした雰囲気で、楽しそうに勤務しているのにな。
はあぁと何度目かのため息を、思わずついてしまった。
「んもぅ、そんな風にため息ばかりついていたら、幸せが逃げちゃうって。あのね今回発掘したバンドは前回のバンドに比べて、メンバーのビジュアルは正直イマイチなんだけど、ボーカルが超セクシーなの。歌ってる姿が煽情的でね、見るだけで垂涎モノなんだよ!」
愛子が鼻の穴をちょっとだけ広げた見るからに笑えてしまう表情に、沈んでいた気持ちがふわっと軽くなった。
「私的には前回のバンド、結構良かったと思うよ。音楽よりも歌詞の一部に、共感するものがあったし」
ストレス発散といわんばかりに、お互い弾丸トークをする。二週間に一度会って、良さげなバンドを発掘すべく、ライブハウスに顔を出しながら、日ごろの憂さを晴らすべく愚痴り合いをするのが、ここのところの習慣となっていた。
イケメンに目のない私の趣味を知ってる愛子が、親切丁寧にアレコレ調べている。マジで天使なお友達!
毎日怒られてばかりで、恋愛する感覚が全くなくなっている。こんなことでときめく恋心が戻ってくるとは思えないけれど、何もしないよりはマシかなって思う。
ふたり並んでダラダラとお喋りしている内に、お目当てのライブ会場に着いた。
中の様子は薄暗い感じで、どうやら何か準備をしているみたい。立ち見をしているお客さんの隙間を縫うように歩き、ステージの見えやすい場所を確保した。
「ラッキー! どうやら次がお目当ての、クロノスみたいだよ」
ライブハウスに入る際に手渡されたパンフをスマホのライトを照らして確認した愛子が、いつも以上に弾んだ声を上げた。
「クロノス? 何かロボットの名前みたいだね」
「事前に調べてみたんだけど、どうやらギリシア神話に出てくる神様の名前らしいよ」
「神……。どんだけ自分を高めているんだか」
「毒づきたくなる理由も分かるけど、それはどっかに置いといて、今はライブを楽しもうよ!」
宥めるように両肩を叩かれた瞬間に、どこからともなく怒鳴り声が聞こえてきた。
「オマエら、俺の歌を聴けぇっ!!」
(――神だからね、常に上から目線なんだろうなぁ……)
金切り声がほわんほわんと体に響く中、そんなことをぼんやりと考える。そういえば今日も、朝から同じような声で怒鳴られたっけ。
『私の指示を、どうしてマトモに聞けないんですか? こちらに指示を仰がずに、自分勝手な判断で行動していいと思っているんですか? アナタの誤った判断で、どれだけの損害が出るか分かりますか?』
いちいちカマキリの判断を聞いてたら、マトモに動けないっつーの。前回それでこっぴどく怒られたばかりだったから地味に動いてみたのに、結局叱られちゃったんだよなぁ。
今日あったことをを振り返りながら、ライトアップされたボーカルに目をやる。
「……初めて見た気がしない」
「すっごいイイでしょ、超絶セクシーでしょ。あの胸板に、顔をうずめてみたいと思わない?」
アップテンポな曲に合わせて、激しく動く体。シャツから見えるはだけた胸のラインが、かなり露わになっていた。ものすごく鍛えているというわけではなく、適度に締まったライン。
体は良しとしよう――しかし顔が、どこかで会ったことがあるような、ないような……? 聞き覚えのあるこの特徴的な声、ところどころ醸し出される変な抑揚、目つきの悪さの3点セット――
「……もっ、もしやカマキリ!?」
「何か言った?」
「いんや 何でもないよ。えへへへ」
脳内でメガネをかけさせたらカマキリこと、鎌田 正仁そのものになってしまった。
(なぁんでアイツが、ここでシャウトしているの?)
会社では人を小ばかにするような、片側だけ口角を上げたニヤリ笑いしか出来ない人間が、思いっきり顔をクシャクシャにしてステージの上で笑ってる。
会社主催の宴会でも歌う兆しを全く見せず、ただひたすらビールをあおっている人だったのに。
あのスーツの下の体は、あんな風になっているんだ。怒ってばかりじゃなく、笑うことも出来る人だったんだ。こんな声で、歌うことが出来る人だったんだ――
しばらくカマキリの歌声を聴いていると、何故だか日頃のことを忘れて、しんみりと酔ってしまう自分がいた。
「この胸のクロスに、俺の愛を誓うって? 今日その口で、私にミスをしないでいただきたい、誓えますか? って言ってたでしょ……」
ポツリと独り言を呟く。言葉はしっかりと毒づいているのに、私自身が何だか毒気を抜かれた感じだった。
「いつからクロノスって、歌っているんだろう?」
「さぁ? 最近ここのライブハウスを知ったばかりだから、さーっぱり分からない」
演奏終了後に、近くのカフェで愛子と雑談。
「さてはあのボーカル、お気に召しましたか?」
「ややっ、違うよ! ただ何となく、音楽に共感が持てただけで。それだけだから!」
意味深な視線をかわしつつ、あさっての方向に目をやる。
「やっぱり面食いだよね、分かりやすい」
「そんなんじゃないって!」
だって言えるワケがない。会うたびに愛子に毒づいてた相手が、目の前にあるステージで歌っていたなんていう驚愕の事実。百八十度違いすぎる――
混乱した頭を抱えながら愛子と一緒に行きつけのバーに向かって、本日のライブハウス巡りは終了したのだった。
つい安堵のため息と一緒に、愚痴をこぼしてしまう。いつもながら今日も、いろんな失敗をしてしまった。それなりに頑張っているけれど、きちんと見直しをして書類を提出しても、リターンされてしまう始末。私がまともにできる仕事といえば、お茶出しくらいしかないんじゃないかな……。
ダメすぎる自分に、嫌気が差すレベルは去年で超えていた。
「まぁまぁ。これから出会うイケメンバンドで是非とも、荒んだ心を癒してくれたまえ!」
慰めるように友人の愛子が、落としまくりの肩を優しく叩いてくれる。
「だってぇ……。今日もカマキリにどやされたんだよ」
「どやされてるのは、いつものコトじゃないの。しっかりしなさいってば!」
「でも今日は、ここぞとばかりに叱られたんだよ。ものすごいミスじゃなかったのにさ。何か私に、恨みでもあるような感じに思えてならないんだもん」
正直友達というよりも、まるで母と娘のような会話である。
市内の物流会社に就職した、入社二年目になるOLの私、山本 ひとみ。
新人がなかなか入ってこない部署、尚かつカマキリこと鎌田正仁(かまだまさひと)のアシスタントに任命されてからは、まったくツイてなかった。
理由は分かってる――仕事を満足にこなせない自分が悪い。悪いことが分かっているんだけど、カマキリの注意の仕方が、んもぅムカつくこと、この上ないものだった。
カマキリという愛称でこっそり呼ばれている、かなり変わった先輩。身長はあまり高くない上に、お堅そうな雰囲気を漂わせるメガネをかけた私の教育係。
仕事をバリバリこなす営業の歩く見本と社内で言われている人で、いらんことまで妙に頭がキレる。接待をさせたら右に出る者がいないくらいの舌を二枚三枚と持ち合わせていて、契約のほとんどを手中に収めていた。
そんな仕事が出来る先輩の怒った時のキレ具合がなかなかなものだから、影でみんなが「カマキリ」と呼んでいた。そんなカマキリに毎日叱られている、私って一体……。
故に、毎日会社に行くのが全然楽しくないです。朝、目覚めた瞬間から叱られることを想像出来ちゃうなんて、悲しい現実を突きつけられているみたいで、本当に辛いです。
同期で入社した女の子達は何だかキャピキャピした雰囲気で、楽しそうに勤務しているのにな。
はあぁと何度目かのため息を、思わずついてしまった。
「んもぅ、そんな風にため息ばかりついていたら、幸せが逃げちゃうって。あのね今回発掘したバンドは前回のバンドに比べて、メンバーのビジュアルは正直イマイチなんだけど、ボーカルが超セクシーなの。歌ってる姿が煽情的でね、見るだけで垂涎モノなんだよ!」
愛子が鼻の穴をちょっとだけ広げた見るからに笑えてしまう表情に、沈んでいた気持ちがふわっと軽くなった。
「私的には前回のバンド、結構良かったと思うよ。音楽よりも歌詞の一部に、共感するものがあったし」
ストレス発散といわんばかりに、お互い弾丸トークをする。二週間に一度会って、良さげなバンドを発掘すべく、ライブハウスに顔を出しながら、日ごろの憂さを晴らすべく愚痴り合いをするのが、ここのところの習慣となっていた。
イケメンに目のない私の趣味を知ってる愛子が、親切丁寧にアレコレ調べている。マジで天使なお友達!
毎日怒られてばかりで、恋愛する感覚が全くなくなっている。こんなことでときめく恋心が戻ってくるとは思えないけれど、何もしないよりはマシかなって思う。
ふたり並んでダラダラとお喋りしている内に、お目当てのライブ会場に着いた。
中の様子は薄暗い感じで、どうやら何か準備をしているみたい。立ち見をしているお客さんの隙間を縫うように歩き、ステージの見えやすい場所を確保した。
「ラッキー! どうやら次がお目当ての、クロノスみたいだよ」
ライブハウスに入る際に手渡されたパンフをスマホのライトを照らして確認した愛子が、いつも以上に弾んだ声を上げた。
「クロノス? 何かロボットの名前みたいだね」
「事前に調べてみたんだけど、どうやらギリシア神話に出てくる神様の名前らしいよ」
「神……。どんだけ自分を高めているんだか」
「毒づきたくなる理由も分かるけど、それはどっかに置いといて、今はライブを楽しもうよ!」
宥めるように両肩を叩かれた瞬間に、どこからともなく怒鳴り声が聞こえてきた。
「オマエら、俺の歌を聴けぇっ!!」
(――神だからね、常に上から目線なんだろうなぁ……)
金切り声がほわんほわんと体に響く中、そんなことをぼんやりと考える。そういえば今日も、朝から同じような声で怒鳴られたっけ。
『私の指示を、どうしてマトモに聞けないんですか? こちらに指示を仰がずに、自分勝手な判断で行動していいと思っているんですか? アナタの誤った判断で、どれだけの損害が出るか分かりますか?』
いちいちカマキリの判断を聞いてたら、マトモに動けないっつーの。前回それでこっぴどく怒られたばかりだったから地味に動いてみたのに、結局叱られちゃったんだよなぁ。
今日あったことをを振り返りながら、ライトアップされたボーカルに目をやる。
「……初めて見た気がしない」
「すっごいイイでしょ、超絶セクシーでしょ。あの胸板に、顔をうずめてみたいと思わない?」
アップテンポな曲に合わせて、激しく動く体。シャツから見えるはだけた胸のラインが、かなり露わになっていた。ものすごく鍛えているというわけではなく、適度に締まったライン。
体は良しとしよう――しかし顔が、どこかで会ったことがあるような、ないような……? 聞き覚えのあるこの特徴的な声、ところどころ醸し出される変な抑揚、目つきの悪さの3点セット――
「……もっ、もしやカマキリ!?」
「何か言った?」
「いんや 何でもないよ。えへへへ」
脳内でメガネをかけさせたらカマキリこと、鎌田 正仁そのものになってしまった。
(なぁんでアイツが、ここでシャウトしているの?)
会社では人を小ばかにするような、片側だけ口角を上げたニヤリ笑いしか出来ない人間が、思いっきり顔をクシャクシャにしてステージの上で笑ってる。
会社主催の宴会でも歌う兆しを全く見せず、ただひたすらビールをあおっている人だったのに。
あのスーツの下の体は、あんな風になっているんだ。怒ってばかりじゃなく、笑うことも出来る人だったんだ。こんな声で、歌うことが出来る人だったんだ――
しばらくカマキリの歌声を聴いていると、何故だか日頃のことを忘れて、しんみりと酔ってしまう自分がいた。
「この胸のクロスに、俺の愛を誓うって? 今日その口で、私にミスをしないでいただきたい、誓えますか? って言ってたでしょ……」
ポツリと独り言を呟く。言葉はしっかりと毒づいているのに、私自身が何だか毒気を抜かれた感じだった。
「いつからクロノスって、歌っているんだろう?」
「さぁ? 最近ここのライブハウスを知ったばかりだから、さーっぱり分からない」
演奏終了後に、近くのカフェで愛子と雑談。
「さてはあのボーカル、お気に召しましたか?」
「ややっ、違うよ! ただ何となく、音楽に共感が持てただけで。それだけだから!」
意味深な視線をかわしつつ、あさっての方向に目をやる。
「やっぱり面食いだよね、分かりやすい」
「そんなんじゃないって!」
だって言えるワケがない。会うたびに愛子に毒づいてた相手が、目の前にあるステージで歌っていたなんていう驚愕の事実。百八十度違いすぎる――
混乱した頭を抱えながら愛子と一緒に行きつけのバーに向かって、本日のライブハウス巡りは終了したのだった。
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