22 / 37
見えないライン
2
しおりを挟む
****
何もない、三木先生が住んでいたボロアパート。愛車のケロカーや先生の家に入るときにいつも目に留まった、手作りの郵便受けも何もかもすべてがなくなっていた。
空っぽになった恋心を抱えて、泣きながら自宅に向かうしかできない自分。
写真の女のコとの関係も持病のことも、東京のどこの病院に行ったのかすら教えてもらえないまま消えてしまった三木先生。
『これが僕の気持ちだ、分ったか?』
そう言ってキスしてくれたけど先生の口から直接、気持ちを聞いたワケじゃない。
私の好きと三木先生の好きは、種類が違っていたのかな。だから何も言わずポイッて捨てるみたいに、置いて行ってしまったんだ。
マイナス思考で頭の中がいっぱいになる寸前で、自宅前に到着した。
こんな早い時間にただいまなぁんて帰ったら、きっとお母さんはビックリするだろうな。学校に戻るのも、今更だし……。なぁんてうだうだ考えながら、玄関前に向かって歩いて行くと郵便受けに何やら、分厚い本のようなものが押し込まれていた。
「何だろ、これ?」
恐るおそる引き抜いてみたら、それはボロボロに使い古された国語辞典だった。
(国語辞典といえば――)
その繋がりに気づいてよく見てみると、カバーと辞典の間に手紙のような物が挟まれていた。
手に持っていたカバンを地面に放り投げて辞典に挟まれてる手紙を慌てて引っ張り出し、辞典を小脇に抱えながらドキドキする胸を抑えつつ読んでみた。
『奈美へ
お前が今、この手紙をどんな顔をして読んでいるか。想像すると胸が痛くなるのは、何も告げないまま東京に行ってしまったからだろう。
奈美に好きだと言われて、とても嬉しかった。はじめは僕のことをNHKなんてバカにしていたはずなのに、どうしてそんな感情を抱いたのか。性格同様にお前の感情は、謎が多くて相変わらず読めないな。
出来損ないで中途半端な僕を好きになるなんて、何かの罠かと思ったぞ。
だけど真っ赤な顔をして、一生懸命に自分の気持ちをバカ正直に伝える姿を見て心で感じた結果、教師としてはあるまじき行為をしてしまった。一時の感情からではなく、本当に奈美を心の奥底から愛おしいと思ったから。
お前の書いた作品に触れて、僕の中に響く何かがあった。はじめはそれをもっと良くしてあげたくて、自分の持つ知識を伝えればいいと思っていた。
義務感に近いそれがいつの間にか伝わって欲しいという願いに変わり、お前が楽しそうに執筆してる姿を見て、どうしたらもっと笑ってくれるだろうかと考えることで、小さな幸せを探している自分に、ある日気がついてしまった。
僕の心の中に、奈美がいつの間にか住みついていた。だからこそお前が言った言葉が、ナイフのように突き刺さった。
あの写真の女の子は僕の妹だ。早くに両親を亡くして、ふたり暮らしをしていた。大学を卒業し新聞記者になった僕は毎日を忙しく過ごしていて、病魔に冒されてる妹の体調にまったく気づいてやれなかった。
妹が目の前で倒れてはじめて、病気のことに気がついてな。その時にはもう、手の施しようがないくらいに進行してしまって、悔やんでも悔やみきれなかった。
ゴーストライターについても、この時のショックで書けなくなった僕に代わって迷惑をかけてしまった先輩へ、恩返しのつもりで書いていたんだ。もう書きたくないという気持ちを奈美に見透かされて、すごく驚いたよ。どっちが教え子なんだろうな。
お前が帰った後、自分をもう一度しっかりと見つめ直してみた。今の中途半端な僕を好きでい続けさせる自信が、どうしても見いだせなかった。だからどうしたらいいかなんて答えは、すぐに導き出された。
先輩と話し合って、きっちり決別してくる。そしてまた一から記者として、仕事を探してみる。何年かかるか分からないが、胸を張って奈美の前に現れるから。
お前は、物語を書いて待っていろ。それが僕らの繋がるラインになる。
さようならは言わないから。
この言葉は左様ならば仕方ないという言葉からきているんだが、物悲しく感じてしまって使いたくない。
お前にはやっぱり、またなって言っておく。
三木 靖伸 』
三木先生の書いた青い文字が、私の流す涙で滲んでいった。
物語を書いて待っていろなんて、随分と酷なことを平気で言ってくれるよね。
「書いた話を、誰がチェックしてくれるの? 恋物語なんて書いたら絶対に三木先生のこと思い出して、苦しくなるに決まってるのに……」
電話番号やメアドすら書かれていない手紙――繋がるどころか、見えないラインだよ。
胸にぎゅっと手紙と辞典を抱きしめて、抜けるような青空を見た。
この空は東京まで繋がっているけど、三木先生の存在まで感じることができない。その寂しさに、唇を噛みしめた。
またなって、いつまで待てばいいのかな。本当に最後まで中途半端で、いい加減な先生なんだから……。
何もない、三木先生が住んでいたボロアパート。愛車のケロカーや先生の家に入るときにいつも目に留まった、手作りの郵便受けも何もかもすべてがなくなっていた。
空っぽになった恋心を抱えて、泣きながら自宅に向かうしかできない自分。
写真の女のコとの関係も持病のことも、東京のどこの病院に行ったのかすら教えてもらえないまま消えてしまった三木先生。
『これが僕の気持ちだ、分ったか?』
そう言ってキスしてくれたけど先生の口から直接、気持ちを聞いたワケじゃない。
私の好きと三木先生の好きは、種類が違っていたのかな。だから何も言わずポイッて捨てるみたいに、置いて行ってしまったんだ。
マイナス思考で頭の中がいっぱいになる寸前で、自宅前に到着した。
こんな早い時間にただいまなぁんて帰ったら、きっとお母さんはビックリするだろうな。学校に戻るのも、今更だし……。なぁんてうだうだ考えながら、玄関前に向かって歩いて行くと郵便受けに何やら、分厚い本のようなものが押し込まれていた。
「何だろ、これ?」
恐るおそる引き抜いてみたら、それはボロボロに使い古された国語辞典だった。
(国語辞典といえば――)
その繋がりに気づいてよく見てみると、カバーと辞典の間に手紙のような物が挟まれていた。
手に持っていたカバンを地面に放り投げて辞典に挟まれてる手紙を慌てて引っ張り出し、辞典を小脇に抱えながらドキドキする胸を抑えつつ読んでみた。
『奈美へ
お前が今、この手紙をどんな顔をして読んでいるか。想像すると胸が痛くなるのは、何も告げないまま東京に行ってしまったからだろう。
奈美に好きだと言われて、とても嬉しかった。はじめは僕のことをNHKなんてバカにしていたはずなのに、どうしてそんな感情を抱いたのか。性格同様にお前の感情は、謎が多くて相変わらず読めないな。
出来損ないで中途半端な僕を好きになるなんて、何かの罠かと思ったぞ。
だけど真っ赤な顔をして、一生懸命に自分の気持ちをバカ正直に伝える姿を見て心で感じた結果、教師としてはあるまじき行為をしてしまった。一時の感情からではなく、本当に奈美を心の奥底から愛おしいと思ったから。
お前の書いた作品に触れて、僕の中に響く何かがあった。はじめはそれをもっと良くしてあげたくて、自分の持つ知識を伝えればいいと思っていた。
義務感に近いそれがいつの間にか伝わって欲しいという願いに変わり、お前が楽しそうに執筆してる姿を見て、どうしたらもっと笑ってくれるだろうかと考えることで、小さな幸せを探している自分に、ある日気がついてしまった。
僕の心の中に、奈美がいつの間にか住みついていた。だからこそお前が言った言葉が、ナイフのように突き刺さった。
あの写真の女の子は僕の妹だ。早くに両親を亡くして、ふたり暮らしをしていた。大学を卒業し新聞記者になった僕は毎日を忙しく過ごしていて、病魔に冒されてる妹の体調にまったく気づいてやれなかった。
妹が目の前で倒れてはじめて、病気のことに気がついてな。その時にはもう、手の施しようがないくらいに進行してしまって、悔やんでも悔やみきれなかった。
ゴーストライターについても、この時のショックで書けなくなった僕に代わって迷惑をかけてしまった先輩へ、恩返しのつもりで書いていたんだ。もう書きたくないという気持ちを奈美に見透かされて、すごく驚いたよ。どっちが教え子なんだろうな。
お前が帰った後、自分をもう一度しっかりと見つめ直してみた。今の中途半端な僕を好きでい続けさせる自信が、どうしても見いだせなかった。だからどうしたらいいかなんて答えは、すぐに導き出された。
先輩と話し合って、きっちり決別してくる。そしてまた一から記者として、仕事を探してみる。何年かかるか分からないが、胸を張って奈美の前に現れるから。
お前は、物語を書いて待っていろ。それが僕らの繋がるラインになる。
さようならは言わないから。
この言葉は左様ならば仕方ないという言葉からきているんだが、物悲しく感じてしまって使いたくない。
お前にはやっぱり、またなって言っておく。
三木 靖伸 』
三木先生の書いた青い文字が、私の流す涙で滲んでいった。
物語を書いて待っていろなんて、随分と酷なことを平気で言ってくれるよね。
「書いた話を、誰がチェックしてくれるの? 恋物語なんて書いたら絶対に三木先生のこと思い出して、苦しくなるに決まってるのに……」
電話番号やメアドすら書かれていない手紙――繋がるどころか、見えないラインだよ。
胸にぎゅっと手紙と辞典を抱きしめて、抜けるような青空を見た。
この空は東京まで繋がっているけど、三木先生の存在まで感じることができない。その寂しさに、唇を噛みしめた。
またなって、いつまで待てばいいのかな。本当に最後まで中途半端で、いい加減な先生なんだから……。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
恋は、やさしく
美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。
性描写の入る章には*マークをつけています。
距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜
葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」
そう言ってグッと肩を抱いてくる
「人肌が心地良くてよく眠れた」
いやいや、私は抱き枕ですか!?
近い、とにかく近いんですって!
グイグイ迫ってくる副社長と
仕事一筋の秘書の
恋の攻防戦、スタート!
✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼
里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書
神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長
社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい
ドレスにワインをかけられる。
それに気づいた副社長の翔は
芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。
海外から帰国したばかりの翔は
何をするにもとにかく近い!
仕事一筋の芹奈は
そんな翔に戸惑うばかりで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる