見えないライン

相沢蒼依

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課外授業:苦手な教師

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「ねぇねぇ、聞いた聞いた? 政経の佐川と三年の森川先輩、どうやら付き合ってるらしいよ」

「マジで!? だって先週、隣のクラスの成瀬さんが佐川と抱き合ってるのを見たって、奈美っちが言ってたよ」

「奈美っち、それどこで見たの?」

 次の日、女子高で走る噂の早さに驚きつつ、自分のことで頭を悩ませていた。

「えっとー、放課後図書室に行こうとして理科準備室の前を通ったら、たまたま見ちゃったんだよね」

「げーっ、それって完全に二股でしょ。前にも佐川と噂になった生徒、他にもいたよね?」

 友達の嬉しそうな会話を平然と耳にしながら、机の中に入ってるラブレターをどうやってNHKに届けるか――ない知恵を絞って、必死に考えていた。

 こうやって先生とふたりきりで逢っているだけで、何かと噂される場所なのだ。だからこそ、慎重に行動しなければならない。

 NHKと付き合ってる!

 なぁんてことを言われた日にゃ、私はもうここで生きてはいけない……。

 ――キーンコーン、カーンコーン――

 授業が始まる予鈴が、ぼんやりする自分の耳に届いた。次の授業は国語だから必然的に、NHKと顔を付き合わせることになる。手渡すなら、この時間がチャンスなんだけど、簡単に渡せそうな環境じゃないのが残念すぎる。

「おーい、授業はじめるぞ! 立ってるヤツ、早く席に着けー。いつまでもピーチクパーチク、喋り倒すな」

 気だるそうな顔して教室に入ってくるNHKを横目で見ながら、顔を背けてこっそりため息をついた。

「あー……。来週予告なしに、漢字のテストやるからな。範囲はテキトー。普段アプリのメッセやメールでスマホばかり弄ってるお前らに、僕からのプレゼントだ。しっかり勉強しておけよ」

 その言葉で教室中にげんなりする雰囲気が、ひそやかに漂った。

 頬杖ついて前を見る私に、ニヤリと笑って意味深な視線を飛ばしてくるNHK。エラが張った顔立ちをしているからこそこそ、笑うと気持ち悪さに拍車がかかるのに、どうしてそのことが分からないんだろう。

 内心毒づきながら手紙をどうやって渡そうかと、授業中そればかりが気にしてしまって、内容が頭に全然入ってこなかった。

「お前らー、ちゃんと漢字の勉強しておけよ。じゃあこれで今日の授業、終わりなー」

 その声で、はっと我に返る。

(ヤバいよ――このタイミングを逃したら、今日の手紙を渡し損ねるじゃない!)

 机の中にあるノートを慌てて引っ張り出し、ささっと手紙を挟み込んだ。

 教室を出て行くNHKを追いかけるべく、扉に向かって一気にダッシュする。

「み、三木先生っ!」

「んあ? どーした、そんなに慌てて」

 ボサボサ頭を掻きながらゆっくり振り返るNHKの目の前に、手にしているノートを差し出した。

「これ、読んでください。大事なものも、しっかり挟まってます」

「あー、例のアレね。分かった、預かる」

「それじゃあ、失礼します」

 ふたりきりで話してるところを誰にも見られたくなくて、素早く一礼するなり脱兎のごとく教室に戻った。

「ねえ奈美っち、NHKと何の話をしてたの? 慌てて出て行くなんて、ちょっとあやしいよねー」

 予想通り、友達からツッコミが入ってしまった。動揺をひた隠して自分の席に着き、机の上にあるノートを見せて、ニッコリと微笑んでみせる。

「いやぁさっきの授業中で、分からない問題が結構あってさ。それをノートにまとめて、質問を作ったんだ。NHKの授業って、ツッコミどころ満載でしょ。アイツ、今頃困ってるだろうな」

 あはははと声を立てて笑いながら、何とか誤魔化した。

「でもでも奈美っちが手にしてるのって、国語のノートだよね。別のノートにまとめたの?」

「――っ、キャー!」

「ちょっ、どうした、どうした?」

「ななな何でもない! さて次の授業は数学だよね。イケメン教師の授業は、ムダに気合が入るなぁ」

 大げさに笑って友達の肩をバシバシ叩きまくり、困惑しまくる自分を何とか必死に隠しまくった。頭の中では某お笑い芸人が「ヤバイよ、ヤバイよ!」と叫びながら、走り回っている状態だったりする。

 NHKに渡したノートの中身、それは自作の小説がびっしりと書いてあるものだった。しかも、エロシーンがはっきりくっきり書かれているという、大変シュールな作品仕様で――。

 あまりの事実に頭が真っ白になったので当然、次の授業もまったく頭の中に入ってこなかった。

『これ、読んでください』

 そう言って手渡したのだ。間違いなくNHKに読まれてしまっただろう。

 ――もう軽く死んじゃう……。

「失礼します……」

 テンションだだ下げたまま放課後、渋々職員室に行った。もちろん、創作ノートを取り戻すためである。

 数学の授業が終わってすぐに職員室に向かい、NHKからノートを取り戻そうとしたのに、ヤツの姿はどこにもなく――校内を捜すにしても十分間の休み時間で、広い校舎の捜索は不可能だったから、潔く諦めて昼休みに望みを賭けた。

 しかし貴重な昼休みを使っても、NHKの姿を見つけ出すことができなかったのである。5時間目、隣のクラスで授業があるから、帰ったというのは考えにくい。

「どこに隠れてるんだよ。まったく、もう!」

 イライラしながら捜したけど、(だから余計見つからなかったのかも)結局放課後のこの時間まで見つけ出すことができず、それまでの間、憂鬱な気持ちで過ごさなければならなかった。

 窓側を背にして後光が差すように位置してる、一番角のNHKの席に向かう。私の姿を見つけると口元を緩めて、意味ありげに微笑んだ。

 ――絶対に読んでるから、あんな顔してるんだ――

 うげーと内心、猛烈に拒否しながら顔を俯かせ、肩を落としてNHKの傍らに立つ。

「あのぅ三木先生、ノート返してくださぃ……」

 恥ずかしすぎて言葉が上手く続かず、語尾が小さな声になってしまった。頬も若干熱い――こんな顔をNHKに見せるなんて、何の罰を受けてるんだよ……。全部ドジった、自分が悪いんだけどさ。

「ああ、あのノートな。今、手元にない」

「はあ!?」

「だってよー、すっごく面白そうな内容だったから、ニヤニヤしながら読んでる自分の姿、他のヤツに見られたくないだろ。だから車の中で、しっかり読ませてもらったぞ」

 おもむろに頬杖し、意味ありげにまた微笑む。

(車の中にいたのか。そりゃ校内捜しても、見当たらなかったハズだよ)

「そうですか、読んだんですね……」

「そりゃあお前、読んで下さいって渡したろ。読んで欲しくて、僕に渡したんじゃないのか?」

「ノートを間違って渡しちゃったんです……。国語の先生に読んで欲しいなんて、そんな大それたことしませんって」

「でも良かったぞ。主人公が死んじゃうとは、全然思っていなかったけどな」

「それって、最後まで読んだんですね……」

 エロシーンを読まなきゃ、たどり着かない主人公の最期。穴があったら、すっぽりと入りたい!

「あのさー坂本。この後、時間あるか?」

 吐き気をもよおすほどの恥ずかしさで顔を上げることが出来ず、上目遣いで三木先生の顔を見た。

「何も用事がないので、空いてますけど……」

「職員会議が二十分くらいで終わると思うんだが、ノートの中身について、ちょっと話がしたいと思ってさ。校内でふたりきりでいるトコ、他の奴らに見られたくないだろう?」

「そうですね、三木先生ですから」

「アッサリ肯定するんだな、軽く傷ついたぞ。可愛い顔して、猛毒吐くタイプなのか」

 苦笑いしながら、私の手に何かを握らせる。

(――車のカギ?)

 てのひらの中身と、三木先生の顔を交互に見た。

「職員駐車場にある、ケロカーに乗って待ってろ。会議が終わったら家に送ってやる」

「ケロカー?」

「見れば分かる、助手席にノートがあるから」

 その言葉に直ぐにでもノートを奪取したくて、しっかり一礼してから職員駐車場に向かった。

「確かに、ケロカーだわ」

 うちの学校の先生たちはいい給料を貰っているのか、高級感漂う車に乗ってる人が多くいた。その中にひっそりと隠れるように、黄緑色の軽自動車が『ケロッ』という雰囲気を漂わせて、駐車されていた。ライトの部分がまさに、カエルの目のようだ。

 恐るおそる近づいてみると言われた通り、助手席に置いてある創作ノートを発見!

 前後左右を確認してからキーレスエントリーでカギを開け、急いで車の中に入った。

 ドキドキしながら、胸にぎゅっとノートを抱きしめる。

「とにかく、手元に戻ってきて良かった」

 安堵のため息をつき、パラリとノートを開いてみた。

「ちょっ、何なの、これ――」

 横書きで書かれた文章が、あちこち赤や青の枠でしっかりとくくられていて、その意味は分からないけど、添削されているのが明らかな状態だった。

「何だろ、本当に。文章の使い方が変だとか? それとも意味不明なところを囲ってみたのかな」

 めくってもめくっても、赤と青のコントラストがこれでもかと書いてある。誰かに読まれるなんて考えず、つらつらっと書いた小説。時代背景も適当な感じで文章同士の繋がりが悪い部分は空欄のまま、無理矢理ラストにもっていった作品だった。

「恥ずかしさの極みだよ。自分の裸を見られたみたいだ……」

 しかもあの、NHKに読まれてしまった。私の顔を見たときの意味ありげな笑い。思い出しただけでも気持ち悪い。 

「ノートの中身について、ちょっと話がしたいって一体、何だろう? きっとこの赤と青の枠についてだよね。アイツにバカだのアホだとか言われるのが、ハッキリと目に浮かぶ」

 気持ちがズズーンと落ち込み、沈みきったところにNHKが爽やかな顔して車に乗り込んできた。

「あー、待たせたな。どうした? そんな暗い顔して」

 笑いながらエンジンをかけたので、渋々シートベルトをする。

「別に。悩み多い年頃なんですよ。いちいち突っ込んでこないで下さい」

「おー、怖い怖い。捕って食われそうだ。最近の女子高生は肉食だからな」

 NHKはワケの分からないことを言い放ち、シートベルトをしてからケロカーをスムーズに発進させた。

「お前の家、緑町だったよな?」

「はあ、そうです。緑町にある住宅街にありますが」

 上機嫌で訊ねる声に、内心うんざりしながら答えた。

「実は僕の家さ、その住宅街の手前にあるボロアパートなんだ。結構、ご近所さんだったのな。生徒名簿見て驚いたんだ」

「はぁ、そうですか……」

 視線を車窓の見慣れた景色に移す。気分が沈んでるせいか、全部灰色に映った。カラーで映らない、壊れてしまったテレビを見てるみたいだ。

「意気消沈って感じだな。そんなにあのノート、僕に見られるのがイヤだったのか」

「三木先生だけじゃないです。誰にも見られたくなかったし……。書いてる内容がアレなワケなんだから、当然でしょう?」

「面白かったって言ってるのに、バカだな。もっと喜べよ」

「わーい……」

 ワザとらしく両手を上げて、喜ぶフリをした。そんな私を運転しながら横目でチラリと見、ため息をつくNHK。

「最近のガキは何考えてるか、さっぱり分からねーな」
 
 ポツリと呟きケロカーは一路、ボロアパートに向けて加速した。
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