安田課長の危機一発

相沢蒼依

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第5話 淫靡な夜④

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***

 行為が終わると、さっさと背中を向けて寝てしまった下田。

 身体の外と中に残ったイヤな違和感を拭いたくて、シャワーを浴びにフラフラしながら、よいしょっと起き上がる。

「せっかくだから、風呂に入って飲みなおそう……」

 脱衣所に缶ビールを置いておき、シャワーを浴びてる間に、丸い浴槽に湯を溜めた。

 ざーざーと頭からシャワーを浴びて、さっきまでのことを拭い去ろうとしたが、体温が上がるたびに何故か、鮮明に色濃くなっていく――あんなにイヤだったハズなのに、最後には感じさせられていた。

 自分のものとは思えない、あられもない声を上げ、足で何度も布団を引っ掻き、腰を上下させて悦んでしまった。

「40にして、こんな趣味に走るなんて思いもしなかった……」

 ガックリうな垂れながらシャワーを止め、引き戸を開けて置いてあるビールを取ろうとした時だった。
 
「んもぅ、ひとりで風呂に入るとかズルいんですけど、安田課長!」

 声とともに、ズカズカ入り込んできた下田の姿を見て、あたふたするしかない。

「やっ…お前、寝ていた、だろ? だから」

「それでも、起こしてほしかったっす。背中流したいって言ったの、知ってるハズでしょ?」

「知ってるが……でも」

 ハズカシイとは言えない――

「はい、ビール。本当に好きですよね、お酒」

 強引に手渡して、先に浴槽に入ってしまった。

「済まないな……」

 いろんな意味を込めて言ってやると下田はニッコリ微笑み、おいでおいでをしてくる。

「早く一緒に入りましょうよ、ほらほらぁ」

「ぉ、おう……」

 ビール片手にいそいそ入り込んで、下田に背中を向けた。浴槽がそこまで広くない故に、向かい合って入るのは勇気がいる――いろいろした後で、今更なんだが。

 赤面しながらリングプルを開け、グビグビっと勢いよくビールを呑んだ。

「キレイな肌、してますよねぇ」

 つつっと背中を撫でられ、手にしているビールを落としかけた。

「っ…とと! お前、いきなり触るなよ」

「だーって、誰かさんがイジワルして、こっちを向いてくれないんですもん」

「……お前の顔を見ながらビールを呑んだって、ツマミにもなりゃしないからな」

 チッと舌打ちして、再びビールを口にする。

「いいなぁ……。僕もビール呑みたいかも」

 呑めないクセに強請ってくるとか、何なんだコイツ。

「ほらよ。呑めば」

 下田の目の前にビールをかざしてやると、ふるふると首を横に振った。

「このままじゃ美味しくないっす。安田課長から直接戴きたいな、と」

「はあ!?」

「美味しいビール、口移しで呑ませてくださいよ」

 離れていた体を引き寄せるように、腰に手を回してくる始末。やめてくれ……これ以上の接触は遠慮したい。

「男同士なのに、口移しなんて。そんなの……」

「今更、そんなことを言うなんて。僕の一突きで、ひーひー言いながら身悶えていた人が言うセリフとは、思えませんね」

 やれやれと語尾に付け加え、腰を掴んでいた両手を湯から出してバンザイした。

「安田課長にこれ以上、手が出せないようにこうしていますから、ビール呑ませてください」

「……わかった、それじゃあ――」

 ぐびびっと口に含み、零れない様に下田の唇を塞いだ。

「んっ、んんっ…ん、んぅ」

 ゆっくり流し込んでやったら、美味そうに喉を鳴らしながら上手に呑んでくれる。最後の一口分を、内心安堵のため息をついて流していたら、唐突に後頭部を鷲掴みされた。

 がしゃんっ!

 その衝撃で手に持っていたビールが、浴槽にぶつかって床に転がり、ビールの中身がぶちまけられていく。


「!!」

 やられたと思った時には既に遅く、噛みつくようなキスを、押し付けるようにされてしまい……

「はぁ…あぁっ! やめ…んぐっ――」

 抵抗しようとじたばたしたら、素早く両手を押さえられ、更に覆い被されてしまった。

 大きな身体が私の動きを封じるように跨り、アヤシげに腰を押し付けてくる。これ以上、煽ってほしくない。触れられたら、私は――

「大人しくしてくれたら、この手をはずしてあげますよ。それともまた縛られたままスル方が、安田課長は興奮しますか?」

「……んなの、そんなのイヤだ。お前に触れたい、下田」

 掠れた声で告げると、掴んでいた両手首の力を抜いてくれた。解放された左手で下田を引き寄せながら、反対の手は水面に沈ませる。下田自身に触れるために。

「ふふ、コレがほしいんですね安田課長?」

「これだけじゃない。カゲナリの全部が欲しい」

 今度は自分から、噛みつくようなキスをしてやる。私の想いに応えるように、下田が舌を吸い上げながら絡めてきた。

 もう恋なんてしないと思っていた――私のとって恋とは、毒のようなものだから。夢中になれば堕落させ、自分を蝕んでいくそれが、怖いものだと知っていた。

 だけどこんな風に求められたら、拒絶出来るワケがない。誰かに愛される気持ちに溺れてしまいたい。

 この夜、一晩かけて下田に愛された。

 愛されながら、急速に愛してしまいそうになる自分の気持ちにブレーキをかけつつ、それでもゆっくりと下田のことを愛してあげようと思った。
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