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第1話 巻き込まれるトラブル
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私のデスクの横に佇む、部下がふたり――仕事がバリバリ出来まくる江藤と、新入社員の中で最悪に仕事が出来ない宮本がいた。
そんなふたりに目をやってから、デスクの上に置かれている、13,786円と書かれた領収書に視線を移す。
「休日を使って、わざわざこんな領収書のためにウラを取りに行くのは、江藤らしいといえば、そうなんだがな……。お前はマルサや警察じゃないんだぞ。ウチのいち社員に過ぎん」
「お言葉を返すようですが、営業1課の問題を起こした部長は、地方で接待と言いながら、不倫相手と密会を何度も重ねていたようなんです。ですので、その1枚の領収書だけとは限りません」
流暢に語る江藤を見てから、隣に並んでいる宮本を見てやった。私と目が合った瞬間、どうしていいか分からなくなったのだろう。落ち着きなく、視線を方々に彷徨わせる。
「なんだ、宮本。何か言いたげに見えるが? 弁解の用意でも出来ているのか?」
いつもコイツは、私の顔を見るたびにおどおどして、何もしていないのに口を開くたび、すんませんしか言わない、バカ社員のひとりだった。
「あの……すんません。店の物を壊すつもりは、まったくなかったんですけど――」
ほら、な。またこの言葉だ。もっとマシなひと言くらい、少しは言えないものか。
「安田課長、宮本が間に入ってくれなかったら、俺が1課の部長に首を絞められ、殺されていたかもしれません」
「(; ̄Д ̄)なんだと?」
「江藤先輩、そんな話っ――ふぎょっ!?」
江藤が突然、宮本の口元を左手で覆った。
「何をしているんだ、江藤?」
「コイツが……宮本が責任を感じて謝ってばかりいるのを、黙って聞いているのが辛くなり、口を塞ぎました」
「ふん、部下思いのいい先輩を演じて。無駄に苦労するな」
ケッと思いながら、デスクに頬杖をついてやる。
「それで江藤、お前は本当に死にかけたのか?」
「はい、そうなんです。そんな俺を助けようと必死になった結果、宮本が店の物を壊してしまった次第です。この件については、俺にも責任がありますので、一緒に処分してください」
ぺこりと頭を下げる江藤に倣って、宮本も一緒に頭を低く下げた。
「そんな風に、頭を下げられてもね。処分を下すのは、上の仕事なんだしさ。みっともないからふたりとも、頭を上げてくれって」
自分のことを『俺様』と言ってる江藤が頭を下げる様子は、明らかに他の社員の目を惹くだろう。こんな茶番に巻き込まれるのは、ご免被りたい。
「さっさと業務に戻れ。お前たちの尻拭いは、私の仕事だ。今後、こういうことがないようにして欲しいね」
呆れ返った私の言葉にふたりはもう一度謝罪し、頭を下げてから去って行く。顔を寄せ合いコソコソする会話に、ちゃっかりと耳をそばだててみた。
「んもぅ江藤さんってば、首なんて絞められてなかったのに。相手を殺しかけていたのは、どこの誰ですか……」
「ぁあ゛!? 先に手を出してきたのは、あっちなんだぞ。俺様が制裁しなくて誰がするんだ? こっちは休日を使ってまで仕事に全力を注いでるっていうのに、部長だからって会社の金を好き勝手して、いいワケがなかろう。故にあれは社員皆からの恨み辛みを、思う存分に混ぜてやってだなぁ」
「だからってあんな風に、俺まで巻き添えにすることないじゃないですか。店の物を滅茶苦茶にするとか、マジでありえねぇ……」
「宮本、お前の普段の行いを思い返してみろ。俺様が見えないところで、どれだけ苦労しているのか――なので、その恨みを晴らしたまでだ」
(――おいおい、どっちが先輩か分かったものじゃないな)
額に右手をやりデスクに向かって、頭をうな垂れたときだった。突然背後から両腕を回され、優しく包み込まれてしまった。
「安田課長がこんなに苦労しているお姿、可哀想過ぎます。僕が変わって差し上げたい」
耳元で囁かれる低い声色に、ぶわっと身の毛がよだつ。
「いい加減にしろ、下田。私の胃袋をこれ以上、キリキリさせてくれるな!」
青筋を立てながら、うがーっと唸ってやると、渋々といった感じでやっと離れた。
宮本の次の次くらいに、バカがつく社員のひとり、下田陽成。二言目には『難しくって僕、出来ないかも』と言いながら、ちゃっかり相手に面倒な仕事を押し付ける天才。
そういうのを許されるのは、新入社員までだというのに、30歳過ぎてもそれをやってのける精神はある意味、感服させられるというか、何というか。
心の中でコイツのことを、下田カゲキングと呼んでいるのは、内緒だったりする。
「あの俺様江藤様に土下座をさせるとか、やっぱ安田課長ってすごいっすねぇ!」
「土下座なんてしていなかったろう……で、何しに来たんだ?」
「さっきの話の流れから推測して、きっと出張に行くんだろうなと思ったんですけど」
下田の言葉に、深いため息をつきつつ、ぎろりと睨みあげてやる。
「人の話を、聞いている暇があるなら」
「今月の決算報告書、まとめてみました。偉いでしょ?」
ひらひらと見せてきた紙は、確かに頼んでいた仕事なれど、昨日頼んだ仕事を今、持ってくるとか、どんだけ時間かかっているんだという話で。
(遅くても、半日で出来る仕事なのだ)
文句のひとつくらい言いたいけれど、コイツの親が取引先のお偉いさんの息子だからこそ、下手なことは言えない。
「済まないな、助かったよ」←棒読み
手渡された紙をデスクの上に置いて、胃を押さえた。自分の立場が煩わしい――余計キリキリするじゃないか。
救いがあるのはどんなに仕事が遅くても、間違いなく正確にしてくれることくらい。精神に余裕がある時にだけ、いろいろ言葉を付け加えて褒めてやっていた。
「安田課長、出張に行くなら是非とも、お供させてください! 間近で優秀な仕事ぶりを、拝見してみたいんです」
コイツと一緒に出張――
「安田課長が断る理由なんてないですよねっ。だって出張は不測の事態に備えて、ペアで行かなきゃならないんだし、僕が一緒について行ったら、もれなくいいことが起こりますよ。きっと!!」
――もれなく悪いことが起こるの、間違いじゃないのか……。
「下田……あの」
「出張の日、決まったら教えてくださいねっ。安田課長と出張に行けると思ったら、バリバリと仕事がこなせそうです。頑張ろうっと!」
かくて勝手に一緒に行くことになり、茫然自失する安田課長。
この後の展開にほくそ笑みを浮かべる作者と読者さま、あとは狂喜乱舞しているであろう、人物がひとり――
北側にある湿りきった給湯室で、おさ○な天国のサビの部分を歌っていた。
「安田安田安田ぁ、課長を食べると、身体からだ身体ぁ、からだにイイのさぁ♪」
頑張ろうと言った傍から、ちゃっかりと部署を抜け出し、あまり人の来ない給湯室に篭って、思い切り嬉しさを歌で表現していた下田。
「嬉しすぎて吐血しそうだ。あの安田課長と出張に行けると考えるだけで、こんなにたぎってしまうとか……」
くーっと呟きながら、シンクを意味なく叩いてしまった。
「出張先でトラブルを起こし、滞在が長引けば、きっと泊まりになるだろうな。でもトラブルって、どうやって起こせばいいんだろ? 僕がドジってもあの安田課長のことだ、完璧にフォローしてくれそうだし」
トラブルの起こし方を考えている傍から脳裏に浮かぶのは、安田課長が頬を染め、涼しげな一重まぶたを震わせながら、僕のことをおずおずと見上げる姿――
『そんな顔して、私を見つめるな。はじめてなんだから、優しくしろよ……』
とか何とか言っちゃって、あの細身の身体を、しっかりと僕に預けてくれちゃったり。
さっき部署で後ろから抱きついた時に嗅いだ、安田課長の匂いやぬくもりが、しっかりとインプットされているからこそ、この妄想が忠実に映像化されるのだけど。
「これを実現化させるべく、入念に仕込みをしなければ。仕込みといえば――くっくっくっ……」
卑猥なことばかり考え、給湯室から漏れ聞こえる押し殺したような笑い声を通りがかった女子社員が聞き、後に幽霊が出ると社内中に語り継がれることになろうとは、下田は知る由もなかった。
そんなふたりに目をやってから、デスクの上に置かれている、13,786円と書かれた領収書に視線を移す。
「休日を使って、わざわざこんな領収書のためにウラを取りに行くのは、江藤らしいといえば、そうなんだがな……。お前はマルサや警察じゃないんだぞ。ウチのいち社員に過ぎん」
「お言葉を返すようですが、営業1課の問題を起こした部長は、地方で接待と言いながら、不倫相手と密会を何度も重ねていたようなんです。ですので、その1枚の領収書だけとは限りません」
流暢に語る江藤を見てから、隣に並んでいる宮本を見てやった。私と目が合った瞬間、どうしていいか分からなくなったのだろう。落ち着きなく、視線を方々に彷徨わせる。
「なんだ、宮本。何か言いたげに見えるが? 弁解の用意でも出来ているのか?」
いつもコイツは、私の顔を見るたびにおどおどして、何もしていないのに口を開くたび、すんませんしか言わない、バカ社員のひとりだった。
「あの……すんません。店の物を壊すつもりは、まったくなかったんですけど――」
ほら、な。またこの言葉だ。もっとマシなひと言くらい、少しは言えないものか。
「安田課長、宮本が間に入ってくれなかったら、俺が1課の部長に首を絞められ、殺されていたかもしれません」
「(; ̄Д ̄)なんだと?」
「江藤先輩、そんな話っ――ふぎょっ!?」
江藤が突然、宮本の口元を左手で覆った。
「何をしているんだ、江藤?」
「コイツが……宮本が責任を感じて謝ってばかりいるのを、黙って聞いているのが辛くなり、口を塞ぎました」
「ふん、部下思いのいい先輩を演じて。無駄に苦労するな」
ケッと思いながら、デスクに頬杖をついてやる。
「それで江藤、お前は本当に死にかけたのか?」
「はい、そうなんです。そんな俺を助けようと必死になった結果、宮本が店の物を壊してしまった次第です。この件については、俺にも責任がありますので、一緒に処分してください」
ぺこりと頭を下げる江藤に倣って、宮本も一緒に頭を低く下げた。
「そんな風に、頭を下げられてもね。処分を下すのは、上の仕事なんだしさ。みっともないからふたりとも、頭を上げてくれって」
自分のことを『俺様』と言ってる江藤が頭を下げる様子は、明らかに他の社員の目を惹くだろう。こんな茶番に巻き込まれるのは、ご免被りたい。
「さっさと業務に戻れ。お前たちの尻拭いは、私の仕事だ。今後、こういうことがないようにして欲しいね」
呆れ返った私の言葉にふたりはもう一度謝罪し、頭を下げてから去って行く。顔を寄せ合いコソコソする会話に、ちゃっかりと耳をそばだててみた。
「んもぅ江藤さんってば、首なんて絞められてなかったのに。相手を殺しかけていたのは、どこの誰ですか……」
「ぁあ゛!? 先に手を出してきたのは、あっちなんだぞ。俺様が制裁しなくて誰がするんだ? こっちは休日を使ってまで仕事に全力を注いでるっていうのに、部長だからって会社の金を好き勝手して、いいワケがなかろう。故にあれは社員皆からの恨み辛みを、思う存分に混ぜてやってだなぁ」
「だからってあんな風に、俺まで巻き添えにすることないじゃないですか。店の物を滅茶苦茶にするとか、マジでありえねぇ……」
「宮本、お前の普段の行いを思い返してみろ。俺様が見えないところで、どれだけ苦労しているのか――なので、その恨みを晴らしたまでだ」
(――おいおい、どっちが先輩か分かったものじゃないな)
額に右手をやりデスクに向かって、頭をうな垂れたときだった。突然背後から両腕を回され、優しく包み込まれてしまった。
「安田課長がこんなに苦労しているお姿、可哀想過ぎます。僕が変わって差し上げたい」
耳元で囁かれる低い声色に、ぶわっと身の毛がよだつ。
「いい加減にしろ、下田。私の胃袋をこれ以上、キリキリさせてくれるな!」
青筋を立てながら、うがーっと唸ってやると、渋々といった感じでやっと離れた。
宮本の次の次くらいに、バカがつく社員のひとり、下田陽成。二言目には『難しくって僕、出来ないかも』と言いながら、ちゃっかり相手に面倒な仕事を押し付ける天才。
そういうのを許されるのは、新入社員までだというのに、30歳過ぎてもそれをやってのける精神はある意味、感服させられるというか、何というか。
心の中でコイツのことを、下田カゲキングと呼んでいるのは、内緒だったりする。
「あの俺様江藤様に土下座をさせるとか、やっぱ安田課長ってすごいっすねぇ!」
「土下座なんてしていなかったろう……で、何しに来たんだ?」
「さっきの話の流れから推測して、きっと出張に行くんだろうなと思ったんですけど」
下田の言葉に、深いため息をつきつつ、ぎろりと睨みあげてやる。
「人の話を、聞いている暇があるなら」
「今月の決算報告書、まとめてみました。偉いでしょ?」
ひらひらと見せてきた紙は、確かに頼んでいた仕事なれど、昨日頼んだ仕事を今、持ってくるとか、どんだけ時間かかっているんだという話で。
(遅くても、半日で出来る仕事なのだ)
文句のひとつくらい言いたいけれど、コイツの親が取引先のお偉いさんの息子だからこそ、下手なことは言えない。
「済まないな、助かったよ」←棒読み
手渡された紙をデスクの上に置いて、胃を押さえた。自分の立場が煩わしい――余計キリキリするじゃないか。
救いがあるのはどんなに仕事が遅くても、間違いなく正確にしてくれることくらい。精神に余裕がある時にだけ、いろいろ言葉を付け加えて褒めてやっていた。
「安田課長、出張に行くなら是非とも、お供させてください! 間近で優秀な仕事ぶりを、拝見してみたいんです」
コイツと一緒に出張――
「安田課長が断る理由なんてないですよねっ。だって出張は不測の事態に備えて、ペアで行かなきゃならないんだし、僕が一緒について行ったら、もれなくいいことが起こりますよ。きっと!!」
――もれなく悪いことが起こるの、間違いじゃないのか……。
「下田……あの」
「出張の日、決まったら教えてくださいねっ。安田課長と出張に行けると思ったら、バリバリと仕事がこなせそうです。頑張ろうっと!」
かくて勝手に一緒に行くことになり、茫然自失する安田課長。
この後の展開にほくそ笑みを浮かべる作者と読者さま、あとは狂喜乱舞しているであろう、人物がひとり――
北側にある湿りきった給湯室で、おさ○な天国のサビの部分を歌っていた。
「安田安田安田ぁ、課長を食べると、身体からだ身体ぁ、からだにイイのさぁ♪」
頑張ろうと言った傍から、ちゃっかりと部署を抜け出し、あまり人の来ない給湯室に篭って、思い切り嬉しさを歌で表現していた下田。
「嬉しすぎて吐血しそうだ。あの安田課長と出張に行けると考えるだけで、こんなにたぎってしまうとか……」
くーっと呟きながら、シンクを意味なく叩いてしまった。
「出張先でトラブルを起こし、滞在が長引けば、きっと泊まりになるだろうな。でもトラブルって、どうやって起こせばいいんだろ? 僕がドジってもあの安田課長のことだ、完璧にフォローしてくれそうだし」
トラブルの起こし方を考えている傍から脳裏に浮かぶのは、安田課長が頬を染め、涼しげな一重まぶたを震わせながら、僕のことをおずおずと見上げる姿――
『そんな顔して、私を見つめるな。はじめてなんだから、優しくしろよ……』
とか何とか言っちゃって、あの細身の身体を、しっかりと僕に預けてくれちゃったり。
さっき部署で後ろから抱きついた時に嗅いだ、安田課長の匂いやぬくもりが、しっかりとインプットされているからこそ、この妄想が忠実に映像化されるのだけど。
「これを実現化させるべく、入念に仕込みをしなければ。仕込みといえば――くっくっくっ……」
卑猥なことばかり考え、給湯室から漏れ聞こえる押し殺したような笑い声を通りがかった女子社員が聞き、後に幽霊が出ると社内中に語り継がれることになろうとは、下田は知る由もなかった。
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