毒占する愛

相沢蒼依

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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――

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「聞きたいことって、何でしょうか?」

 メガネの奥から窺うような視線を、一身に受けながら、余裕を見せつけるような笑みを浮かべる稜。

 芸能界という世界で色々と暗躍してきた強みが、目の前で展開されようとしていた。

「僕のところへ最初に依頼をしてきたのが、日本民心党だったんです。公認候補のふたりの内のひとりを、絶対に勝たせてほしいという電話を戴いたんですよ」

「へえ……二階堂さんが好きな候補を、勝たせるということですか?」

「自分の好みで、安易に選んだりしません。確実に勝てる相手を、リサーチした上で選んでいるだけです」

(なるほど。それで勝率が、八割というわけなんだな)

「しかしその電話の五分後に、革新党にいる兄から電話が着ました。公認候補の貴方に、力を貸してほしいと……どうして日本民心党の話を蹴ったのか、その理由が聞きたかったんです」

 ……それか。俺としては勝つ為の大きな後ろ盾として、日本民心党の話を優先して欲しかったのに、対立候補のメンツを見て、稜がすごく渋ったんだ。

「だって、面白い選挙にしたかったから」

 俺にもこの台詞を、微笑みながら言い放ったっけ。

 くすくす笑う稜の姿を見て、呆気にとられた顔をする。あの時の俺もきっと、同じ表情をしていたに違いない。

「選挙を面白くするって、何を考えているんでしょうか?」

「だって、一番の対立候補になる元県知事の元村さんって、日本民心党の公認候補でしょ。党の議席確保の為に、俺に話を振ってきたのが見えみえでしたし。それにツートップが同じ政党っていうのも、投票する側からしたら、面白くないだろうと思ってね」

 肩をすくめた途端、それまで浮かべていた笑みを消し去り、挑むような眼差しを向ける。

「こういう理由ですけど、二階堂さんとしてはどうでしょうか。俺としては、負けない戦をするつもりです」

 すると今度は、二階堂が笑い出した。事務所に響く彼ひとりの笑い声が、妙な感じで聞こえてくる。

「芸能界の荒波を、自力でかいくぐって来ただけのことはありますね。そこら辺にいる、バカな政治家よりも度胸がある」
 
 言いながら片膝をつき、稜の左手をとって甲にキスをした。

 その瞬間、周囲の者たちが息を飲むのが伝わってきて――稜と二階堂の周りが、そこだけ別世界に見えてしまい、胸がキリキリと絞られる。間に割って入れない悔しさに、奥歯を噛みしめるしかなかった。

「負けない戦に、僕を加えてはいただけませんか? 絶対に勝たせてみせます」

「積極的な奴は嫌いじゃないよ。だけど場をわきまえない愚か者には、天誅を下してやる」

 掴まれていた左手をさっと引き抜き、その手を大きく振りかぶって、二階堂の後頭部を叩く。

 容赦のない稜の行動に、身体を竦ませた人間を目の端に捉えつつ、何とも言えない胸中を抱えた。

 稜お得意の、パフォーマンスの一種にも見えるものなれど、こういうのは気に入った奴にしかしないから――

 片膝をついたまま、叩かれた後頭部を撫で擦りながら、黙って稜の言葉を待つ二階堂。メガネが蛍光灯に反射しているため、どんな表情をしているのか分からない。

「今の天誅が契約の証だよ。そんなアホ面していないで、さっさと仕事に取り掛かってほしいね。短期決戦なんだから、一分一秒でも時間が惜しいんだしさ」

「稜さん……」

「ほらほら、皆もさっさと事務所の中身を作らなきゃ、二階堂が仕事出来ないでしょ。やっつけちゃおうよ!」

 気合を入れるように大きな声を出し、素早く身を翻そうとした稜を、慌てて立ち上がって腕を掴んだ二階堂の顔が――それはそれは嬉しそうな様子が、表情からひしひしと伝わってきた。

「何、いきなり引き止めるのさ。時間が惜しいって言ってるでしょ」

「二階堂じゃなく、はじめとお呼びください。どんな命令でも叶えてみせます!」

「あっそ。それじゃあ、はじめにはそこにまとめられている書類を、人数分にしてもらおうかな」

「仰せの通りに!!」

 こうして自動的に二階堂が加わり、手際のいい彼の指示の下で、事務所設立が短時間で終えることが出来たのだった。
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