47 / 89
白熱する選挙戦に、この想いを込めて――
5
しおりを挟む
「聞きたいことって、何でしょうか?」
メガネの奥から窺うような視線を、一身に受けながら、余裕を見せつけるような笑みを浮かべる稜。
芸能界という世界で色々と暗躍してきた強みが、目の前で展開されようとしていた。
「僕のところへ最初に依頼をしてきたのが、日本民心党だったんです。公認候補のふたりの内のひとりを、絶対に勝たせてほしいという電話を戴いたんですよ」
「へえ……二階堂さんが好きな候補を、勝たせるということですか?」
「自分の好みで、安易に選んだりしません。確実に勝てる相手を、リサーチした上で選んでいるだけです」
(なるほど。それで勝率が、八割というわけなんだな)
「しかしその電話の五分後に、革新党にいる兄から電話が着ました。公認候補の貴方に、力を貸してほしいと……どうして日本民心党の話を蹴ったのか、その理由が聞きたかったんです」
……それか。俺としては勝つ為の大きな後ろ盾として、日本民心党の話を優先して欲しかったのに、対立候補のメンツを見て、稜がすごく渋ったんだ。
「だって、面白い選挙にしたかったから」
俺にもこの台詞を、微笑みながら言い放ったっけ。
くすくす笑う稜の姿を見て、呆気にとられた顔をする。あの時の俺もきっと、同じ表情をしていたに違いない。
「選挙を面白くするって、何を考えているんでしょうか?」
「だって、一番の対立候補になる元県知事の元村さんって、日本民心党の公認候補でしょ。党の議席確保の為に、俺に話を振ってきたのが見えみえでしたし。それにツートップが同じ政党っていうのも、投票する側からしたら、面白くないだろうと思ってね」
肩をすくめた途端、それまで浮かべていた笑みを消し去り、挑むような眼差しを向ける。
「こういう理由ですけど、二階堂さんとしてはどうでしょうか。俺としては、負けない戦をするつもりです」
すると今度は、二階堂が笑い出した。事務所に響く彼ひとりの笑い声が、妙な感じで聞こえてくる。
「芸能界の荒波を、自力でかいくぐって来ただけのことはありますね。そこら辺にいる、バカな政治家よりも度胸がある」
言いながら片膝をつき、稜の左手をとって甲にキスをした。
その瞬間、周囲の者たちが息を飲むのが伝わってきて――稜と二階堂の周りが、そこだけ別世界に見えてしまい、胸がキリキリと絞られる。間に割って入れない悔しさに、奥歯を噛みしめるしかなかった。
「負けない戦に、僕を加えてはいただけませんか? 絶対に勝たせてみせます」
「積極的な奴は嫌いじゃないよ。だけど場をわきまえない愚か者には、天誅を下してやる」
掴まれていた左手をさっと引き抜き、その手を大きく振りかぶって、二階堂の後頭部を叩く。
容赦のない稜の行動に、身体を竦ませた人間を目の端に捉えつつ、何とも言えない胸中を抱えた。
稜お得意の、パフォーマンスの一種にも見えるものなれど、こういうのは気に入った奴にしかしないから――
片膝をついたまま、叩かれた後頭部を撫で擦りながら、黙って稜の言葉を待つ二階堂。メガネが蛍光灯に反射しているため、どんな表情をしているのか分からない。
「今の天誅が契約の証だよ。そんなアホ面していないで、さっさと仕事に取り掛かってほしいね。短期決戦なんだから、一分一秒でも時間が惜しいんだしさ」
「稜さん……」
「ほらほら、皆もさっさと事務所の中身を作らなきゃ、二階堂が仕事出来ないでしょ。やっつけちゃおうよ!」
気合を入れるように大きな声を出し、素早く身を翻そうとした稜を、慌てて立ち上がって腕を掴んだ二階堂の顔が――それはそれは嬉しそうな様子が、表情からひしひしと伝わってきた。
「何、いきなり引き止めるのさ。時間が惜しいって言ってるでしょ」
「二階堂じゃなく、はじめとお呼びください。どんな命令でも叶えてみせます!」
「あっそ。それじゃあ、はじめにはそこにまとめられている書類を、人数分にしてもらおうかな」
「仰せの通りに!!」
こうして自動的に二階堂が加わり、手際のいい彼の指示の下で、事務所設立が短時間で終えることが出来たのだった。
メガネの奥から窺うような視線を、一身に受けながら、余裕を見せつけるような笑みを浮かべる稜。
芸能界という世界で色々と暗躍してきた強みが、目の前で展開されようとしていた。
「僕のところへ最初に依頼をしてきたのが、日本民心党だったんです。公認候補のふたりの内のひとりを、絶対に勝たせてほしいという電話を戴いたんですよ」
「へえ……二階堂さんが好きな候補を、勝たせるということですか?」
「自分の好みで、安易に選んだりしません。確実に勝てる相手を、リサーチした上で選んでいるだけです」
(なるほど。それで勝率が、八割というわけなんだな)
「しかしその電話の五分後に、革新党にいる兄から電話が着ました。公認候補の貴方に、力を貸してほしいと……どうして日本民心党の話を蹴ったのか、その理由が聞きたかったんです」
……それか。俺としては勝つ為の大きな後ろ盾として、日本民心党の話を優先して欲しかったのに、対立候補のメンツを見て、稜がすごく渋ったんだ。
「だって、面白い選挙にしたかったから」
俺にもこの台詞を、微笑みながら言い放ったっけ。
くすくす笑う稜の姿を見て、呆気にとられた顔をする。あの時の俺もきっと、同じ表情をしていたに違いない。
「選挙を面白くするって、何を考えているんでしょうか?」
「だって、一番の対立候補になる元県知事の元村さんって、日本民心党の公認候補でしょ。党の議席確保の為に、俺に話を振ってきたのが見えみえでしたし。それにツートップが同じ政党っていうのも、投票する側からしたら、面白くないだろうと思ってね」
肩をすくめた途端、それまで浮かべていた笑みを消し去り、挑むような眼差しを向ける。
「こういう理由ですけど、二階堂さんとしてはどうでしょうか。俺としては、負けない戦をするつもりです」
すると今度は、二階堂が笑い出した。事務所に響く彼ひとりの笑い声が、妙な感じで聞こえてくる。
「芸能界の荒波を、自力でかいくぐって来ただけのことはありますね。そこら辺にいる、バカな政治家よりも度胸がある」
言いながら片膝をつき、稜の左手をとって甲にキスをした。
その瞬間、周囲の者たちが息を飲むのが伝わってきて――稜と二階堂の周りが、そこだけ別世界に見えてしまい、胸がキリキリと絞られる。間に割って入れない悔しさに、奥歯を噛みしめるしかなかった。
「負けない戦に、僕を加えてはいただけませんか? 絶対に勝たせてみせます」
「積極的な奴は嫌いじゃないよ。だけど場をわきまえない愚か者には、天誅を下してやる」
掴まれていた左手をさっと引き抜き、その手を大きく振りかぶって、二階堂の後頭部を叩く。
容赦のない稜の行動に、身体を竦ませた人間を目の端に捉えつつ、何とも言えない胸中を抱えた。
稜お得意の、パフォーマンスの一種にも見えるものなれど、こういうのは気に入った奴にしかしないから――
片膝をついたまま、叩かれた後頭部を撫で擦りながら、黙って稜の言葉を待つ二階堂。メガネが蛍光灯に反射しているため、どんな表情をしているのか分からない。
「今の天誅が契約の証だよ。そんなアホ面していないで、さっさと仕事に取り掛かってほしいね。短期決戦なんだから、一分一秒でも時間が惜しいんだしさ」
「稜さん……」
「ほらほら、皆もさっさと事務所の中身を作らなきゃ、二階堂が仕事出来ないでしょ。やっつけちゃおうよ!」
気合を入れるように大きな声を出し、素早く身を翻そうとした稜を、慌てて立ち上がって腕を掴んだ二階堂の顔が――それはそれは嬉しそうな様子が、表情からひしひしと伝わってきた。
「何、いきなり引き止めるのさ。時間が惜しいって言ってるでしょ」
「二階堂じゃなく、はじめとお呼びください。どんな命令でも叶えてみせます!」
「あっそ。それじゃあ、はじめにはそこにまとめられている書類を、人数分にしてもらおうかな」
「仰せの通りに!!」
こうして自動的に二階堂が加わり、手際のいい彼の指示の下で、事務所設立が短時間で終えることが出来たのだった。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
花香る人
佐治尚実
BL
平凡な高校生のユイトは、なぜか美形ハイスペックの同学年のカイと親友であった。
いつも自分のことを気に掛けてくれるカイは、とても美しく優しい。
自分のような取り柄もない人間はカイに不釣り合いだ、とユイトは内心悩んでいた。
ある高校二年の冬、二人は図書館で過ごしていた。毎日カイが聞いてくる問いに、ユイトはその日初めて嘘を吐いた。
もしも親友が主人公に思いを寄せてたら
ユイト 平凡、大人しい
カイ 美形、変態、裏表激しい
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話
バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん< 山野 石郎 >改め【 イシ 】
世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中・・俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない< 覗く >という能力だけ。
これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。
無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。
不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる