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エピローグ
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テレビ局の裏口からひょっこり顔を出すと、何故か外に克巳さんが待っていた。
「やっぱりここから、出てくると思った」
柔らかい笑みを浮かべて、俺を出迎えてくれたんだけど――作り笑いみたいなその笑い方に、どうにも引っ掛かりを覚える。
「あれぇ、どうしたの? 仕事は?」
自分の抱いた違和感を悟られぬよう、いつも通りに振る舞うべく、おどけた声を出しながら、かけていたサングラスを頭にズラして、その顔を見上げた。
「昨日重大発表するんだって、メールくれたじゃないか。気になって、仕事を休んでしまったよ」
変わりのない俺を見て安心したのか、作り笑いがなくなり、明るい声で返事をしてから、バシンと背中を強く叩かれた。
「痛っ! まったく克巳さんってば、俺に容赦ないんだから」
背中の痛みにちょっとだけ顔を歪ませつつ、意味ありげに上目遣いで見つめた。たちまち頬を染める顔色に満足する。
こういうところで、自分に対する気持ちを確かめちゃうのは、あまり良くないんだろうけどね。でも確かめずにはいられなかった。久しぶりの再会だったから、尚更――
結局、森さんとリコちゃんは殺人未遂で逮捕され、俺は刺されたキズのせいで、一ヶ月あまりの入院生活を送った。
路上で行われた愛憎劇が、スマホでしっかり撮影されていたらしく、ネットで大量にバラまかれてしまった結果、入院中はテレビや週刊誌に、俺の名前が出ない日はなかった。
失恋やらいろんなことで心が痛んだけれど、そんなボロボロの俺を、克巳さんが献身的に傍で支えてくれたお陰で、こうやって立ち直ることが出来たんだ。
今はそんな彼を、心から愛しいと想える自分が、ここにいる――
「入院中に克巳さんが差し入れしてくれた、ジュエリーノベルって雑誌、気に入った作家が出来たんだよ。今度対談するんだけど、一緒に来ない?」
左腕にそっと腕を回して、大好きな彼に寄り添う。触れたところから伝わってくるぬくもりが、すっごく心地いい。
「……休みが、上手く取れたらね」
微笑み合い、ゆっくりとふたりで歩き出した。人通りが多いところに出るので、顔バレを防ぐべくサングラスをかける。
「それにしても稜、いちいち君は人の心をかき乱すのが得意なんだな。お得意のパフォーマンスなんだろうけど、あれじゃあ現場の人たちが大変だろう?」
「そりゃ、まぁね。今日も注意されちゃったけど、放送が上手くいったから良かったかなって」
「上手くいったからって、そんな……稜に携わった人は、気苦労が絶えないだろうな」
「克巳さんも、気苦労してるの?」
濃い色のサングラスをしているから見えないだろうけど、窺うような視線で横にいる彼を見上げたら、前を向いたまま一瞬だけ口を引き結んだ。
「克巳さん?」
冴えない顔色の彼の様子に、首を傾げるしかない。
ここのところの忙しさのせいで、ずっと逢えなかったし、メールや電話も出来なかった。もしかしたらそのことが原因になって、不安にさせてしまったのかもしれない。
謝ろうと口を開きかけた刹那、歩いていた足がピタリと止められた。並んで歩いていた俺の足も、必然的に止まったけれど、何だか怖くて二の句が思いつかないよ。
「……ゴメン、稜。メールで番組に出るのを教えてくれたのに、冒頭しか見られなかった。ハラハラして、見ていられなくなってしまったんだ」
固まったままでいる俺に告げられた言葉は、心底落胆させるもので――
『あまり無理せず、頑張るんだよ。応援してる』って克巳さんがメールくれたから、毎日それを見て必死に仕事を探し、今日の情報番組に出ることが出来た。
それなのに、ハラハラして見られなかったなんて、そんなの……あんまりだ。
「そっか、そうだよね。俺ってば注意されちゃうくらい、横暴なことばかりしていたし。見られなくて当然か、アハハ……」
最後に笑い飛ばしてやろうとしたのに、テンションが一気に下がり、作り笑いさえもおかしなものとなってしまった。
装うことに関しては長けているハズなのに、克巳さんの前だと何も出来なくなる。だってこの人の前だと、俺はただの男に成り下がってしまうから。
「本当に、ゴメン」
おどけて強がっていた芸能人じゃなく、情けないくらい弱い人間になってしまう。
「や、だな……そんな風に謝ってほしくない。俺が悪いのに、進んで気苦労しているみたいだよ克巳さん」
凝視する俺の視線を真っ直ぐに受け、印象的に映る一重瞼を一瞬だけ引きつらせた。
たったそれだけのことで、まるで拒否されたように感じてしまい、掴んでいた克巳さんの腕を慌てて放す。
こういう時、察しのいい自分がほとほと嫌になる。これが現場なら、すかさず盛り上げて何とかするのに、ふたりきりのこういう雰囲気に慣れていないせいで、何をどうしていいかすら思いつかない。
さっきから俺の言葉に、妙な間を作る克巳さん。黙っている間の時間が、えらく長く感じてしまい、それが焦りに繋がってしまうんだ。
(さっきから一体、何を考えているんだろう?)
「やっぱりここから、出てくると思った」
柔らかい笑みを浮かべて、俺を出迎えてくれたんだけど――作り笑いみたいなその笑い方に、どうにも引っ掛かりを覚える。
「あれぇ、どうしたの? 仕事は?」
自分の抱いた違和感を悟られぬよう、いつも通りに振る舞うべく、おどけた声を出しながら、かけていたサングラスを頭にズラして、その顔を見上げた。
「昨日重大発表するんだって、メールくれたじゃないか。気になって、仕事を休んでしまったよ」
変わりのない俺を見て安心したのか、作り笑いがなくなり、明るい声で返事をしてから、バシンと背中を強く叩かれた。
「痛っ! まったく克巳さんってば、俺に容赦ないんだから」
背中の痛みにちょっとだけ顔を歪ませつつ、意味ありげに上目遣いで見つめた。たちまち頬を染める顔色に満足する。
こういうところで、自分に対する気持ちを確かめちゃうのは、あまり良くないんだろうけどね。でも確かめずにはいられなかった。久しぶりの再会だったから、尚更――
結局、森さんとリコちゃんは殺人未遂で逮捕され、俺は刺されたキズのせいで、一ヶ月あまりの入院生活を送った。
路上で行われた愛憎劇が、スマホでしっかり撮影されていたらしく、ネットで大量にバラまかれてしまった結果、入院中はテレビや週刊誌に、俺の名前が出ない日はなかった。
失恋やらいろんなことで心が痛んだけれど、そんなボロボロの俺を、克巳さんが献身的に傍で支えてくれたお陰で、こうやって立ち直ることが出来たんだ。
今はそんな彼を、心から愛しいと想える自分が、ここにいる――
「入院中に克巳さんが差し入れしてくれた、ジュエリーノベルって雑誌、気に入った作家が出来たんだよ。今度対談するんだけど、一緒に来ない?」
左腕にそっと腕を回して、大好きな彼に寄り添う。触れたところから伝わってくるぬくもりが、すっごく心地いい。
「……休みが、上手く取れたらね」
微笑み合い、ゆっくりとふたりで歩き出した。人通りが多いところに出るので、顔バレを防ぐべくサングラスをかける。
「それにしても稜、いちいち君は人の心をかき乱すのが得意なんだな。お得意のパフォーマンスなんだろうけど、あれじゃあ現場の人たちが大変だろう?」
「そりゃ、まぁね。今日も注意されちゃったけど、放送が上手くいったから良かったかなって」
「上手くいったからって、そんな……稜に携わった人は、気苦労が絶えないだろうな」
「克巳さんも、気苦労してるの?」
濃い色のサングラスをしているから見えないだろうけど、窺うような視線で横にいる彼を見上げたら、前を向いたまま一瞬だけ口を引き結んだ。
「克巳さん?」
冴えない顔色の彼の様子に、首を傾げるしかない。
ここのところの忙しさのせいで、ずっと逢えなかったし、メールや電話も出来なかった。もしかしたらそのことが原因になって、不安にさせてしまったのかもしれない。
謝ろうと口を開きかけた刹那、歩いていた足がピタリと止められた。並んで歩いていた俺の足も、必然的に止まったけれど、何だか怖くて二の句が思いつかないよ。
「……ゴメン、稜。メールで番組に出るのを教えてくれたのに、冒頭しか見られなかった。ハラハラして、見ていられなくなってしまったんだ」
固まったままでいる俺に告げられた言葉は、心底落胆させるもので――
『あまり無理せず、頑張るんだよ。応援してる』って克巳さんがメールくれたから、毎日それを見て必死に仕事を探し、今日の情報番組に出ることが出来た。
それなのに、ハラハラして見られなかったなんて、そんなの……あんまりだ。
「そっか、そうだよね。俺ってば注意されちゃうくらい、横暴なことばかりしていたし。見られなくて当然か、アハハ……」
最後に笑い飛ばしてやろうとしたのに、テンションが一気に下がり、作り笑いさえもおかしなものとなってしまった。
装うことに関しては長けているハズなのに、克巳さんの前だと何も出来なくなる。だってこの人の前だと、俺はただの男に成り下がってしまうから。
「本当に、ゴメン」
おどけて強がっていた芸能人じゃなく、情けないくらい弱い人間になってしまう。
「や、だな……そんな風に謝ってほしくない。俺が悪いのに、進んで気苦労しているみたいだよ克巳さん」
凝視する俺の視線を真っ直ぐに受け、印象的に映る一重瞼を一瞬だけ引きつらせた。
たったそれだけのことで、まるで拒否されたように感じてしまい、掴んでいた克巳さんの腕を慌てて放す。
こういう時、察しのいい自分がほとほと嫌になる。これが現場なら、すかさず盛り上げて何とかするのに、ふたりきりのこういう雰囲気に慣れていないせいで、何をどうしていいかすら思いつかない。
さっきから俺の言葉に、妙な間を作る克巳さん。黙っている間の時間が、えらく長く感じてしまい、それが焦りに繋がってしまうんだ。
(さっきから一体、何を考えているんだろう?)
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