毒占する愛

相沢蒼依

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act:驕傲 【キョウゴウ】

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 泣き疲れたせいだろう。まぶたを腫らしたまま、ぐったりとしてベッドに横たわる稜の頭を、何度も撫でてあげた。こんなことをしても、傷ついてしまった彼の心を癒すことが出来ないのだけれど、何もせずにはいられない。

「……心から喜ぶ、君の顔が見たいのにな。どうすればそれを、見ることが出来るのだろう」

 辛そうな表情を浮かべる寝顔を眺めながら、ここに来たときのことをぼんやりと思い出した。

『稜、君は一体、何をしたんだっ!?』

 怒っている俺の顔を見て、あからさまに嬉しそうな表情を浮かべ、家に招き入れてくれた。その意味深な笑みで確信したんだ、間違いなく彼が罠を仕掛けたことに――

『なにって、何もしてないよ。たまたま通りかかった道すがら、克巳さんが女の人と仲睦まじく歩いてる姿を見つけたから、偶然激写しただけ』

 肩をひょいとすくめながら、印象的に映る瞳を細めて俺を一瞥し、さっさとリビングに入って行く。あまりの態度に、怒りが一気に爆発した。

『あれは俺の目の前でヒールが折れて、転んでしまった女性を助けていただけだ。誤解を招くような写真を撮って、理子さんに見せるなよ!』

 細身の背中に向かって、これでもかと怒鳴り散らすように、声を出してみせたのに。

『ええ~っ、そうだったの!? てっきりあの人と浮気してるもんだと思っていたよ。だってあの道はホテル街に続いてるトコだし何より、リコちゃんと俺を平気で二股かけてる克巳さんなら、三股もアリかなって♪』

 妙な笑顔でこっちに振り向き、両腕をW型にして大げさな態度をしながら、キツいことを言い放つ。そのわざとらしい演技のせいで、二の句が告げずにいたんだ。

『それでリコちゃんには、何て言って説明したの?』

『君に説明したままだ。納得していない感じだった……』

 俺の態度が可笑しかったのか、笑いを噛み殺した顔をして訊ねてきた言葉に、やっとといった感じで、口を開くしかなかった。

『そのまま、別れちゃえば良かったのにぃ』

『……悪いが今は、そのタイミングじゃない。もう少し時間をかけて、距離をとってからの方が、彼女の傷が浅いだろうし』

 嬉しそうな表情を浮かべる稜の様子が、俺をイライラさせる。好きだから尚更切ない。そんな辛さをやり過ごすべく、両脇の手に拳を作った。

『へえ、そうしてズルズルと、俺と二股かけ続けるつもりなんだ』

 忌々しそうに舌打ちして俺の横を通り過ぎ、音を立ててソファに座ってから、目の前のテーブルに置いてある本を手に取る。

『克巳さん俺はね、アナタに二股かけられるような、安い男じゃないの。悪いけど帰ってくれない? こう見えて、すっげぇ忙しいんだからさ』

 持っていた本を、パラパラとめくって読み出した。その冷たい様子は、俺がここにいないと、無言で告げているようで悲しかった。

 ――それに彼の言う通りだ。このまま二股をかけ続けるのも、理子さんにウソをつき続けるのもいけない……

 どっちつかずの自分に嫌気がさしたとき、テーブルの上にあったスマホが、軽快な音をたてて着信した。

(……こんな遅い時間に、誰からだろうか?)

『はいはーい♪ お疲れ様です』

 電話に出た稜の顔に、ふわりと柔らかい笑みが浮かぶ。さっきまで俺にしていた笑顔とは、明らかに質の違うものだった。

『明日の予定ですか? 一日ドラマの撮影が入ってますけど。はい、はい……でも撮影が押したら、何時になるか――』

 頬を上気させて口元に艶っぽい笑みを滲ませた姿に、それが何を意味するのか悟ってしまった。迷うことなく彼の手から、スマホを引っ手繰ってやる。

『なっ!?』

『もしもし……アンタ、稜の何なんですか?』

 唖然とした彼を尻目に、堂々と電話の相手に向かって怒気を強めて言葉を放った。

『ちょっと克巳さん、返してよ!』

 慌てて掴んできた稜の手を払いのけ、背中を向けて相手の言葉を待つ。

『俺は稜と一緒に、仕事をしている間柄だ。そういう君は何者だ?』

『あ? 俺ですか、俺は稜の恋人です』

 掠れ気味の渋くて低い声……相手は結構な年上だろうか。

 背後にいる稜の様子を振り返りながら確かめると、顔色を青ざめさせ、口元を押さえて戦慄いていた。こんな顔をさせるなんて、相当大切な仕事相手らしい。

『稜はアンタのトコには行かせませんから。しつこく付きまとうの、やめて下さいっ!』

 ぎゅっとスマホを握りしめ一番告げたい言葉を、怒鳴り散らすように言って、壊れそうな勢いで切ってやる。

 一緒に仕事をしてると言いながら、ちゃっかり稜のことを抱いてるに違いない。落ち着き払った口調が、何となくそれを示しているように感じた。

『ちょっと、何してくれたのさっ。その人は仕事上の、大事なパートナーなんだよ。これから仕事が回ってこなくなるだろ!』

 それはそれは怒って、手に持っていたスマホを取り上げてから俺に掴みかかり、悔しそうに睨みつけてくる。どこか必死な表情に、俺の中にあった何かが、ぷつんと音を立てて切れた。

 迷うことなく彼の躰をぎゅっと抱きしめ、力づくで床に組み敷いてやる。手荒に扱ったせいで、稜の頭を床に打ちつける音が聞こえた。

 眉根を寄せ、痛そうな顔をする彼を見て、ハッと我に返った。

『ちょっ、何す――』

『君は躰を売ってまで、どうして仕事をしているんだ?』

 稜の苦痛に歪んだ表情で冷静になることが出来、一番聞きたかったことを問いただしてみる。

『そんなの決まってるだろ! 有名になって、リコちゃんを迎えに行くためさ』

 今更、何を聞いてくんだと言わんばかりの態度が見ていられなくなり、すっと視線を逸らすしかない。

(そんなことしてまで、理子さんに逢いたいなんて――)

 一瞬悩んだがハッキリ伝えようと、逸らした視線を彼に合わせて、じっと見つめた。

『……有名になって迎えに行ったとしても、彼女は君を受け入れない』

『なんでだよ!?』

『理子さんの記憶には君との思い出は、ほとんどないに等しかった。アルバムにも一枚しか、写真が残っていなかったしね』

 君の心の中にはきっと、たくさんの理子さんが残っているだろうに。

『そ、んな……』

『もしかしたら記憶があったのかもしれないが、どこか辛そうな顔していたよ。ただ一言、稜くんに出逢わなければ良かったって言ってた』

 俺の言葉が信じられないのだろう。目を見開いたまま、無表情で固まってしまった。その悲壮な雰囲気のせいで、ここに漂う空気までもが変わっていく。

『だからもう躰を売ってまで、仕事をすることなんてない。どんなに頑張っても無駄なんだからね』

 そんな冷ややかな空気を肌で感じながら、非情なことを言わなければならないのは、正直とても辛い。

『っ……、ぅそ。嘘だ……』

 掠れた声で呟く稜に、首を横に振ってみせた。

『俺は君のことが好きだから、絶対に嘘はつかない。約束する!』

 理子さんが稜に対して思っている事実が、どうしても受け入れられなかったんだろう。手にしていたスマホを床に投げ捨て、髪をぐちゃぐちゃにかき乱し、ぎゅっと目をつぶる。その瞳から、次々と涙が零れ落ちた。

『可哀想に、そんな顔をしないで。俺が愛してあげるから』

 心の底から、君を愛している俺なら――生気を失っている稜をぎゅっと抱きしめてから、慰める様に口づけをする。

 すると抵抗せずに俺を受け入れ、切なげな表情を浮かべて、求めるように抱きしめ返してきた。

(――傷ついた心までは、癒せないけれど)

 ぐちゃぐちゃになった髪の毛をそっと撫でてあげたら、気持ちよさそうに目をつぶる。

 そんな彼を横抱きにし、寝室へと連れて行った。自分の愛を分かってほしかった。何とかして伝えたかったから、迷うことなく稜を抱いたんだ。

 俺を突き通して、遠くを見ている稜を抱く。そんな彼を抱いてもその心が、手に入らないのが分かっているというのに……

 君の言う通り、俺が気安く触れていい人じゃないことは、充分に理解している。だけどその躰から放たれる甘い華の香りに誘われてしまい、触れずにはいられないんだ。

 その気のない君が俺を見る、魅惑的な視線も……

『ぁっ……、んっ、ンッ!』

 淫らな声をあげながら、吐き出される呼吸ごと、全部奪ってやりたい。

『アっ……ふぁっ、あっ! ソッコ、あぁあん!』

 後ろから躰を抱きしめ荒々しく責めるべく、稜の感じる部分に擦りつけてやろうと、ちょっとだけ斜め上に腰を持ち上げた。

『ココが、気持ちいいのか?』

 容赦なくその部分に突き立てたら、ベッドの上で踏ん張っていた腕が、がくりと崩れ落ちた。まるで、綺麗な華が手折られたように見える。

『あっン、はぅうぅ……やらぁッッんん、あふっ、やっ、凄い当たるっッ!』

 この姿をずっと見ていたいというのに、まったく余裕のない自分が、ひどく口惜しい。

『稜、もっと感じてくれ。俺自身で感じてる君の姿を、もっと見ていたい』

 目の前にあるこの華を、俺だけのものにしたい。君自身が精製する魔性という毒に冒され、たとえ傷つけられても、身を滅ぼされても全然構わない。

『好きだ、好きだ稜。愛してる――』

 快感でヒクつく稜の躰を、ぎゅっと抱きしめた。

 互いの汗が絡まり滑って動かないように、更にぎゅっと抱きしめる。稜から伝わってくる熱が、妙に心地よくて幸せな気持ちになれるよ。

 それに俺のモノに感じまくってる君の顔が、すごく好きだ。

 後ろから覗き込むと、眉間にシワを寄せて喘ぐように何かを言っていたけど、それが何かは分からなかった。

 分かるのは……俺の告白に対しての答えじゃないということ。だって君の好きな人は、理子さんだけなのだから。

 ――俺だけのモノにしたいのに――

 責め立てると呼応して俺自身を感じさせてくれる稜に、ますます堪らなくなる。全然足りない……もう限界に近いなんて。

『くっ、そんなに締めあげないでくれ。もう、イきそ……ッ』

『克巳さ……あぁあ……っ! 俺もイくっ!』

 長い髪を振り乱しながら躰を仰け反らせ、派手にイった稜の中で、俺も遅れて欲を一気に放つ。

 この行為によって、彼の心を突き動かすような事件に発展しようとは、思いもよらずに――
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