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シェイクのリズムに恋の音色を奏でて❤
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「本当に悪いな、夜遅いのに。日中の仕事……ピアノ講師の仕事は、大丈夫なのか?」
マンションに到着後、鍵を開けて中に入った石崎さんは、あろうことか僕の心配をする。
(僕よりも、自分の体を心配しなきゃいけないというのに、本当にお節介なんだから)
「お店の定休日に合わせて、有給とっちゃいました。石崎さんを見てると、僕もきちんと休まないとなぁと思いまして」
僕が返事をしてる間に、石崎さんは室内の電気をつけて、大きなため息を吐いた。
「若いのに、しっかりしてる。聖哉は偉いな」
「それに比べて誰かさんは、無理をし過ぎだと思います。寝室はどこですか? もう寝てください」
「しょうがないだろ。店を維持していくために、がんばるしかないんだからさ。奥の扉が寝室だ」
「お店が大事なのはわかってます。でも石崎さんが体を壊して、お店を長期間休むことになったら、石崎さんの作るカクテルを楽しみにしてるお客様が悲しむんですよ」
僕がピアノを弾いてる理由にもなってる、休憩中に石崎さんが作ってくれる美味しいカクテル。それはとても目に優しい色合いで、カクテルを口に含んだときの美味しさは、多幸感を覚えてしまうレベルなのだ。
「わかった。これからは時間を見て、休憩をとるようにする」
寝室だと教えてもらった扉を開けた。当然そこは真っ暗なれど、リビングからの明かりでベッドの位置がわかった。
「石崎さん、足元には気をつけてくださいね」
「ああ……」
「よいしょっと!」
背後から入り込んでくる明かりを頼りに、ベッドの上に石崎さんをのせてあげた。そのまま上半身を起こそうと思ったのに、体に縋りついてる太い二の腕がそれを阻む。
「石崎さん、手を放してください」
「悪い、もう少しこのまま。聖哉があったかくて手放したくない」
「布団に入ったほうが、絶対にあったかいですって」
「ハハッ! 布団は文句を言わないからな」
僕としては石崎さんに早く休んでほしかったのに、さらに腕の力を強めて、逃がさないようにされてしまった。
「男相手の僕を抱きしめたって、なにも楽しくはないでしょうに」
抵抗するだけ無駄な気がしたので、思いきって石崎さんに乗っかかるように体重を預けた。細身の僕だけど、男ひとり分の体重がかかれば、重くて苦しくなるはず。
そのうち、放り投げることになるであろう。
「ずっと、ひとりだったから……」
薄闇の中で石崎さんの静かな声が、僕の耳に響いた。
「聖哉がウチに来て、ピアノを弾くようになって、店の雰囲気がガラリと変わった。明るくて、居心地のいい場所になったんだ」
「それはよかったです」
「聖哉の奏でるピアノも、忙しい俺を見てアレコレ手伝ってくれる優しさも、すごく嬉しかった」
言いながら、僕の背中をゆっくり撫でる。耳に聞こえてくる石崎さんの鼓動のリズムも穏やかな感じになったことで、酔いがかなり抜けてきているのがわかった。
「石崎さん……」
大きなてのひらが背中を撫でるだけで、体がポカポカしてくる。まぶたが自然と、重たくなってしまった。
「聖哉……好きだ」
意識が遠のきかけた刹那に聞こえたそれは、まるで夢の中で聞いた気がした。
「僕も――石崎さんの……が好きですよ」
石崎さんの作るカクテルが好きだったので、それを伝えようとしたのに、眠たすぎてうまく語れない。
次に目が覚めたのは、苦しいくらいに誰かの胸の中に抱きしめられてる状態からだった。
「本当に悪いな、夜遅いのに。日中の仕事……ピアノ講師の仕事は、大丈夫なのか?」
マンションに到着後、鍵を開けて中に入った石崎さんは、あろうことか僕の心配をする。
(僕よりも、自分の体を心配しなきゃいけないというのに、本当にお節介なんだから)
「お店の定休日に合わせて、有給とっちゃいました。石崎さんを見てると、僕もきちんと休まないとなぁと思いまして」
僕が返事をしてる間に、石崎さんは室内の電気をつけて、大きなため息を吐いた。
「若いのに、しっかりしてる。聖哉は偉いな」
「それに比べて誰かさんは、無理をし過ぎだと思います。寝室はどこですか? もう寝てください」
「しょうがないだろ。店を維持していくために、がんばるしかないんだからさ。奥の扉が寝室だ」
「お店が大事なのはわかってます。でも石崎さんが体を壊して、お店を長期間休むことになったら、石崎さんの作るカクテルを楽しみにしてるお客様が悲しむんですよ」
僕がピアノを弾いてる理由にもなってる、休憩中に石崎さんが作ってくれる美味しいカクテル。それはとても目に優しい色合いで、カクテルを口に含んだときの美味しさは、多幸感を覚えてしまうレベルなのだ。
「わかった。これからは時間を見て、休憩をとるようにする」
寝室だと教えてもらった扉を開けた。当然そこは真っ暗なれど、リビングからの明かりでベッドの位置がわかった。
「石崎さん、足元には気をつけてくださいね」
「ああ……」
「よいしょっと!」
背後から入り込んでくる明かりを頼りに、ベッドの上に石崎さんをのせてあげた。そのまま上半身を起こそうと思ったのに、体に縋りついてる太い二の腕がそれを阻む。
「石崎さん、手を放してください」
「悪い、もう少しこのまま。聖哉があったかくて手放したくない」
「布団に入ったほうが、絶対にあったかいですって」
「ハハッ! 布団は文句を言わないからな」
僕としては石崎さんに早く休んでほしかったのに、さらに腕の力を強めて、逃がさないようにされてしまった。
「男相手の僕を抱きしめたって、なにも楽しくはないでしょうに」
抵抗するだけ無駄な気がしたので、思いきって石崎さんに乗っかかるように体重を預けた。細身の僕だけど、男ひとり分の体重がかかれば、重くて苦しくなるはず。
そのうち、放り投げることになるであろう。
「ずっと、ひとりだったから……」
薄闇の中で石崎さんの静かな声が、僕の耳に響いた。
「聖哉がウチに来て、ピアノを弾くようになって、店の雰囲気がガラリと変わった。明るくて、居心地のいい場所になったんだ」
「それはよかったです」
「聖哉の奏でるピアノも、忙しい俺を見てアレコレ手伝ってくれる優しさも、すごく嬉しかった」
言いながら、僕の背中をゆっくり撫でる。耳に聞こえてくる石崎さんの鼓動のリズムも穏やかな感じになったことで、酔いがかなり抜けてきているのがわかった。
「石崎さん……」
大きなてのひらが背中を撫でるだけで、体がポカポカしてくる。まぶたが自然と、重たくなってしまった。
「聖哉……好きだ」
意識が遠のきかけた刹那に聞こえたそれは、まるで夢の中で聞いた気がした。
「僕も――石崎さんの……が好きですよ」
石崎さんの作るカクテルが好きだったので、それを伝えようとしたのに、眠たすぎてうまく語れない。
次に目が覚めたのは、苦しいくらいに誰かの胸の中に抱きしめられてる状態からだった。
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