BL小説短編集

相沢蒼依

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抗えない想いを胸に秘めたまま、おまえの傍にずっといたい

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 窓から差し込む朝日が、ベニーの姿を綺麗に照らした。ただでさえ容姿の整った顔立ちをしている彼が陽の光を浴びるだけで、ファッションショーに出演しているスーパーモデルのように見えた。

(それなのにどうしてコイツは、まともな恋愛に恵まれないのだろうか――)

 少しだけ伸びた白金髪を結い上げる後ろ姿を、横目でなんとはなしに眺める。

 両想いになるまで髪を切らずに伸ばし続けるとのことで、どこまで髪が伸びるのだろうかと、変なことにこだわる後輩に若干呆れ果てていた。

「先輩、本当にわかってるんですか?」

 ベニーは他にも、文句をくどくど言い続ける。そんなセリフをしっかりスルーし、すぐ傍で歯磨きする。

「うわっ、先輩ってばこのタイミングで歯磨きするなんて、私からの苦情をそのまま無視する気ですよね?」

 異世界転移は、これで二度目になる。自分が恋した相手が見つからないことに、日毎に苛立つ後輩の気持ちは、わからなくは無い。

「ああ、もう! 先輩の調査を元に転移している時点で、私の不安が拭えないというのに。ローランド様の生まれ変わりが、私と出逢う前に他の誰かと恋に落ちていたら、それこそ骨が折れるんですよ! 振り向いてもらう努力をするのに、どれだけの労力が――」

 悲劇のヒロインばりの長ったらしいセリフに辟易しながら、まったりと口をゆすいだ。

(ベニーの主の生まれ変わりは、違う場所に生まれてまだ数年。恋をするにはとても幼い年頃だし、絶対に無理だろう)

 そんなちびっ子相手に、鼻息を荒くして熱視線をビシバシ送るベニーを想像するだけで、いい笑いネタになりそうだった。

「私の話を聞いていないですよね?」

「聞いてるって。朝から元気いっぱいだよな、ホントに。欲求不満なのはお互い様だろ」

 見たままズバリとベニーの事情を言い当てた途端に、眉根を寄せて俺の胸ぐらを掴む。すぐ傍にある、壮絶さを極める美麗な顔をじっと眺めた。

 こんなにイケメンなのに、どうして誰にも相手にされないのか――それが不思議でならない。

(恋することを忘れてしまった俺ですら、コイツに恋焦がれてしまっているというのに……)

「ベニー、図星だったのがそんなに悔しかったのか?」

「悔しくないです。欲求不満が溜まってる先輩と同じにされたのが、すっごく嫌だったんですよ!」

 胸ぐらを掴んでいた手を忌々しげに退けたので、その手を素早く掴み寄せた。

「わっ!?」

 躰にかかる愛しい人の温かさと重みは、罪の重さに比例する。それはとても重くて、苦しいくらいに離れがたい気持ちを加速させた。

「ベニーちゃん、ドキドキしてる」

「先輩がいきなり、こんなことをするからでしょう。それとも仕方なく、私とスル気になったんですか?」

 いつもより低い声が、ベニーの苛立ちを表していた。それがわかっているのに、いつも通り追い討ちをかけることを口にしてしまう。

「ベニーちゃんと俺、どっちが上になるんだよ?」

 ベニーの耳元に甘く囁きかけると、俺の肩に顎を乗せながら、ウンザリした声で答える。

「先輩が上なんじゃないですか。男性との経験がないでしょうし……」

「へえ。ベニーちゃんとしては、俺が下でもイケちゃうんだ?」

 バカにするように鼻で笑ったら、掴まれている手を振り解き、両腕を俺の首に絡めて顔を寄せる。

 まぶたを伏せて、ぐぐっと近づいた顔――惹かれて止まないその姿を目の当たりにして、痛いくらいに胸が高なった。

「元男娼の私だから、どちらも上手にこなせますけど……」

 あと少しで唇が触れそうになった矢先に、襟足の髪を唐突にぎゅっと掴まれた。その痛みに、顔を歪ませるしかない。

「ベニーちゃん痛い。折角のラブシーンが台無しだろ」

「先輩とのラブシーンなんて、こっちからご免ですよ!」

 ベニーは肩を竦めながら、わざわざあっかんべーをして、俺との距離をとった。布地越しに伝わっていた温もりが、離れた瞬間からどこかに逃げていく。それを捕まえたいのに、ベニーに向かって手を伸ばすことができない。

 落胆したことを隠すために機械的に微笑んだ俺を見たベニーが、壁掛け時計に視線を飛ばして声を荒げる。

「ああっ、気がつけば、こんな時間になってるじゃないですか。先に出ますからね、遅れないように先輩も出勤してください」

 帽子を目深にかぶり、鞄を手にしたベニーは俺を置いて、さっさと家を出た。

 とあるお屋敷で家庭教師をしているベニーと、そこのお屋敷で庭師をしている俺。愛した主が、この世界の貴族に転生する可能性があると伝えているからこそ、うまい具合に貴族とお知り合いになるべく、入り込むことに成功したのだが――。

(俺の嘘に気がついたら、ベニーちゃんは間違いなく激怒するだろうな――)

 そう思う一方で、もうひとりの自分はこの状況に満足していた。できることなら、ここでずっと静かにベニーと一緒に余生が送れたらと、願わずにはいられない。

「お~い、ベニーちゃん待ってくれって! ひとりで出勤なんて寂しすぎる!」

 慌てて手荷物をかき集め、小脇に抱え込んでから家を出る。しっかり鍵を閉めて、ベニーの背中を追いかけた。

 慌ただしい朝を迎えるたびに、自殺した前世のことを思い出してしまう。毎朝ウザいくらいに忘れ物はないかと声をかける、愛情あふれる母親のことを――。
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