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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい
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(この疑問に肯定すべきなのか。それとも否定したほうが、伯爵の口撃を回避できる? いずれにしても、答えにくいものであるのは事実だ)
「そんなに、深く考えることでもあるまい。執事殿は、おさがりが嫌なタイプだったのかな」
「ローランド様は、物ではございません。発言にはくれぐれも、お気を付け願えますでしょうか」
「確かに彼は男爵という立場にいるが、ベッドの中ではただの男に成り下がる。はじめてのはずなのに乳首を責めると、大きな善がり声をあげて、躰を震わせていたよ」
「…………」
「これから開発していけば、きっと乳首だけでイケるようになるかもしれないな。それがとても楽しみでね」
ベニーは意を決して、伯爵の顔を睨みあげた。これ以上卑猥な言葉を噤ませるように、語気を強める。
「仰りたいことは、他にございますか? くだらない話ばかりするようでしたら、退出していただけますでしょうか」
「ローランドの話は、君にとってもくだらないことではないだろう。自分の主の、大事な躰についてなのに」
「現在私は仕事中の身なので、そのような話は別な日に改めていただけると、大変助かります」
「じゃあ、ローランドに言伝を頼むよ。大切な書類を預かっているとね」
睨んでいたベニーの瞳が、大きく見開かれた。伯爵はそれを見て、満足げな笑みを浮かべる。
してやったりな態度に、箱の中の書類を大量に投げつけてやりたくなった。
「言伝など手間のかかることをせずに、伯爵が持っている大切な書類を、私にお預けくださればいいだけのこと。きちんとローランド様に、お渡しいたします」
「二度も言わせるな。大切な書類を、執事の君に渡せるわけがない」
理由はわかっていたが、あえて訊ねてみる。それを突破口にして、伯爵を攻めようと考えた。
「伯爵はどうして、大切な書類を抜いたのです?」
「好きな相手に、意地悪したくなるタチでね。彼の困った顔が見たいんだ」
予想通りのあまりの理由を聞き、ベニーは呆れながら大きなため息をついた。
「イタズラが過ぎます。国王様からローランド様を助けるように、頼まれていたはず」
「確かに。だが書類を抜いたことでローランドは紅茶のことを、深く研究するきっかけになっただろう。勉強熱心だからね」
「ところでその書類は、いつ返していただけますか?」
引き伸ばすようであれば、無理強いしてでも取り返そうと思案した。
「俺も一応、忙しくしている身だからな。まずは、アポイントメントをとってくれ。必ず時間を作る。愛しのローランドに逢うために」
「畏まりました」
ベニーが承ると、右手をひらひら振りながら部屋を出て行く。扉を開くなり立ち止まり、伯爵が顔だけで振り返った。
「執事殿、ひとこといいだろうか」
「なんでございましょう?」
「君は自分の立場を、もう少しわきまえたほうがいい。元男娼の君がローランドを愛するだけでも恐れ多いのに、その汚れきった躰を使って彼を抱くなんていう行為は、男爵であるローランドを穢すことにつながる」
「穢す……」
「本来なら許せないことだけどね、俺は寛大だから。ぜひとも執事殿の妄想の中でだけで、そういうコトを済ませてほしいものだね」
ぴしゃりと言いきるなり、伯爵は静かに退出した。
「好きな相手が目の前にいるというのに、妄想だけで済ませられるわけがない」
伯爵の告げた意味について、痛いくらいに理解していた。それでも諦められないのが、恋というもので――。
しかもその恋は、複雑な事情が絡まった末だからこそ、相当厄介なものだった。
「ローランド様……」
ベニーは自分に向かって微笑む、ローランドの姿を脳内で思い描いた。朱い髪をふんわりと風になびかせながら、優しく笑いかけるローランドに胸が熱くなる。だが次の瞬間には、そんなことをしている場合じゃないことに気がつき、頭を振って目の前の書類に向き合った。
(持ち帰らなければいけない書類を早々に見極めて、一刻でも早く屋敷に帰らなければ。抜き取られた書類の内容を確認しつつ、ローランド様に手を出そうとしている伯爵の対策も、一緒に考慮せねばなるまい)
「そんなに、深く考えることでもあるまい。執事殿は、おさがりが嫌なタイプだったのかな」
「ローランド様は、物ではございません。発言にはくれぐれも、お気を付け願えますでしょうか」
「確かに彼は男爵という立場にいるが、ベッドの中ではただの男に成り下がる。はじめてのはずなのに乳首を責めると、大きな善がり声をあげて、躰を震わせていたよ」
「…………」
「これから開発していけば、きっと乳首だけでイケるようになるかもしれないな。それがとても楽しみでね」
ベニーは意を決して、伯爵の顔を睨みあげた。これ以上卑猥な言葉を噤ませるように、語気を強める。
「仰りたいことは、他にございますか? くだらない話ばかりするようでしたら、退出していただけますでしょうか」
「ローランドの話は、君にとってもくだらないことではないだろう。自分の主の、大事な躰についてなのに」
「現在私は仕事中の身なので、そのような話は別な日に改めていただけると、大変助かります」
「じゃあ、ローランドに言伝を頼むよ。大切な書類を預かっているとね」
睨んでいたベニーの瞳が、大きく見開かれた。伯爵はそれを見て、満足げな笑みを浮かべる。
してやったりな態度に、箱の中の書類を大量に投げつけてやりたくなった。
「言伝など手間のかかることをせずに、伯爵が持っている大切な書類を、私にお預けくださればいいだけのこと。きちんとローランド様に、お渡しいたします」
「二度も言わせるな。大切な書類を、執事の君に渡せるわけがない」
理由はわかっていたが、あえて訊ねてみる。それを突破口にして、伯爵を攻めようと考えた。
「伯爵はどうして、大切な書類を抜いたのです?」
「好きな相手に、意地悪したくなるタチでね。彼の困った顔が見たいんだ」
予想通りのあまりの理由を聞き、ベニーは呆れながら大きなため息をついた。
「イタズラが過ぎます。国王様からローランド様を助けるように、頼まれていたはず」
「確かに。だが書類を抜いたことでローランドは紅茶のことを、深く研究するきっかけになっただろう。勉強熱心だからね」
「ところでその書類は、いつ返していただけますか?」
引き伸ばすようであれば、無理強いしてでも取り返そうと思案した。
「俺も一応、忙しくしている身だからな。まずは、アポイントメントをとってくれ。必ず時間を作る。愛しのローランドに逢うために」
「畏まりました」
ベニーが承ると、右手をひらひら振りながら部屋を出て行く。扉を開くなり立ち止まり、伯爵が顔だけで振り返った。
「執事殿、ひとこといいだろうか」
「なんでございましょう?」
「君は自分の立場を、もう少しわきまえたほうがいい。元男娼の君がローランドを愛するだけでも恐れ多いのに、その汚れきった躰を使って彼を抱くなんていう行為は、男爵であるローランドを穢すことにつながる」
「穢す……」
「本来なら許せないことだけどね、俺は寛大だから。ぜひとも執事殿の妄想の中でだけで、そういうコトを済ませてほしいものだね」
ぴしゃりと言いきるなり、伯爵は静かに退出した。
「好きな相手が目の前にいるというのに、妄想だけで済ませられるわけがない」
伯爵の告げた意味について、痛いくらいに理解していた。それでも諦められないのが、恋というもので――。
しかもその恋は、複雑な事情が絡まった末だからこそ、相当厄介なものだった。
「ローランド様……」
ベニーは自分に向かって微笑む、ローランドの姿を脳内で思い描いた。朱い髪をふんわりと風になびかせながら、優しく笑いかけるローランドに胸が熱くなる。だが次の瞬間には、そんなことをしている場合じゃないことに気がつき、頭を振って目の前の書類に向き合った。
(持ち帰らなければいけない書類を早々に見極めて、一刻でも早く屋敷に帰らなければ。抜き取られた書類の内容を確認しつつ、ローランド様に手を出そうとしている伯爵の対策も、一緒に考慮せねばなるまい)
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