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両片想い
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「思ふには 忍ぶることぞ負けにける 逢ふにしかへば さもあらばあれ 俺もその気持ちに応えたいと思った。だから、もっともっと強くならなきゃいけないって。愛しい貴方を守るために」
貴方を恋しいと想う気持ちには 我慢しようとしても負けて逢ってしまう。逢えるのならば この身がどうなってもかまわない。
俺は意味を理解する前に、告げられた和歌を必死になって覚えた。鉄平の気持ちが込められたものだと、本能で嗅ぎとった。
「壮馬……」
珍しく俺の名前を呼ぶ鉄平の顔は赤いままで、困惑とは違う種類の表情を浮かべていた。
「抱き合うだけじゃなく、好きだと愛の告白をするだけじゃなく、あんなふうに自分の気持ちを伝える術を知ってる、先生の傍にずっといたい」
超絶久しぶりに、先生という言葉を使ってみた。それを聞いた恋人は、瞳をちょっとだけ開いて、ふっと息を飲む。だけど気持ちの切り替えをさっさとしたのか、頭を振るなり、いつもの上司の顔に戻した。
「しょうがないな、まったく」
鉄平の腕を掴んでいる手が無理やり外され、やがてそれはあたたかいものに包まれた。
恋人つなぎしている手と柔らかい笑みを浮かべた顔を、思わず交互に見てしまう俺は、もしかして馬鹿だろうか。
だってここは会社の廊下で誰かに見られたら、奇異な目で見られること間違いなしの行為なのに。
「無鉄砲で、考えもなしに行動するおまえの傍にいなきゃ、心臓がいくつあっても足りないだろ。頼むから俺の目の届く範囲内で、危ないことをしろ」
「上司命令だもんな、言うことをちゃんと聞く」
引っ張られながら弾んだ声で答えると、恋人つなぎされた手がぎゅっと握りしめられ、次の瞬間には鉄平の前へと放り出されてしまった。
「だったらサボった分だけ、とっとと仕事をしろ」
「はーい」
放り出された勢いよろしく、部署の扉を開けかけたそのとき。
「早く仕事を終えたら、ご褒美が待ってるかもしれない」
ぽつりと告げられたセリフで、みるみるうちにやる気がみなぎってきた。
「坊ちゃん、ちなみにさっきのは上司命令じゃなくて、恋人からの命令だからな。肝に銘じろよ」
握っていたはずだった主導権が、鉄平の小さな呟きで強引に奪われてしまう現状は、俺としては正直おもしろくない。だけどこうしてるのが、居心地の良さを一番感じられる。
きっとそれは俺だけじゃなく、鉄平も同じ気持ちでいると思う。だってふたりそろって、好きという想いでつながっているのだから。
「白鷺課長、自分なりに仕事を早く終わらせますので、ご褒美をいただけませんか?」
扉の前でおねだりした、俺の脇を通り過ぎながら、ドアノブに触れている手に、鉄平の手が重ねられた。さりげない接触の中で、鉄平のてのひらの感触を忘れないように、肌が感じようとして熱を追いかける。
「今のがご褒美だ」
「えっ?」
「冗談だよ。ご褒美は、坊ちゃん次第ということで」
俺に触れた手を見せつけるように、ひらひらと振りながら自分のデスクに戻る上司を、複雑な心境で眺めた。
自分が次期社長の座についても、鉄平にうまいこと言いくるめられて、頭が上がらない気が激しくする。それでも――。
「頑張りますよ、白鷺課長のために」
両想いを持続させる努力を心の中で誓いながら、部署の扉を閉めたのだった。
おしまい
貴方を恋しいと想う気持ちには 我慢しようとしても負けて逢ってしまう。逢えるのならば この身がどうなってもかまわない。
俺は意味を理解する前に、告げられた和歌を必死になって覚えた。鉄平の気持ちが込められたものだと、本能で嗅ぎとった。
「壮馬……」
珍しく俺の名前を呼ぶ鉄平の顔は赤いままで、困惑とは違う種類の表情を浮かべていた。
「抱き合うだけじゃなく、好きだと愛の告白をするだけじゃなく、あんなふうに自分の気持ちを伝える術を知ってる、先生の傍にずっといたい」
超絶久しぶりに、先生という言葉を使ってみた。それを聞いた恋人は、瞳をちょっとだけ開いて、ふっと息を飲む。だけど気持ちの切り替えをさっさとしたのか、頭を振るなり、いつもの上司の顔に戻した。
「しょうがないな、まったく」
鉄平の腕を掴んでいる手が無理やり外され、やがてそれはあたたかいものに包まれた。
恋人つなぎしている手と柔らかい笑みを浮かべた顔を、思わず交互に見てしまう俺は、もしかして馬鹿だろうか。
だってここは会社の廊下で誰かに見られたら、奇異な目で見られること間違いなしの行為なのに。
「無鉄砲で、考えもなしに行動するおまえの傍にいなきゃ、心臓がいくつあっても足りないだろ。頼むから俺の目の届く範囲内で、危ないことをしろ」
「上司命令だもんな、言うことをちゃんと聞く」
引っ張られながら弾んだ声で答えると、恋人つなぎされた手がぎゅっと握りしめられ、次の瞬間には鉄平の前へと放り出されてしまった。
「だったらサボった分だけ、とっとと仕事をしろ」
「はーい」
放り出された勢いよろしく、部署の扉を開けかけたそのとき。
「早く仕事を終えたら、ご褒美が待ってるかもしれない」
ぽつりと告げられたセリフで、みるみるうちにやる気がみなぎってきた。
「坊ちゃん、ちなみにさっきのは上司命令じゃなくて、恋人からの命令だからな。肝に銘じろよ」
握っていたはずだった主導権が、鉄平の小さな呟きで強引に奪われてしまう現状は、俺としては正直おもしろくない。だけどこうしてるのが、居心地の良さを一番感じられる。
きっとそれは俺だけじゃなく、鉄平も同じ気持ちでいると思う。だってふたりそろって、好きという想いでつながっているのだから。
「白鷺課長、自分なりに仕事を早く終わらせますので、ご褒美をいただけませんか?」
扉の前でおねだりした、俺の脇を通り過ぎながら、ドアノブに触れている手に、鉄平の手が重ねられた。さりげない接触の中で、鉄平のてのひらの感触を忘れないように、肌が感じようとして熱を追いかける。
「今のがご褒美だ」
「えっ?」
「冗談だよ。ご褒美は、坊ちゃん次第ということで」
俺に触れた手を見せつけるように、ひらひらと振りながら自分のデスクに戻る上司を、複雑な心境で眺めた。
自分が次期社長の座についても、鉄平にうまいこと言いくるめられて、頭が上がらない気が激しくする。それでも――。
「頑張りますよ、白鷺課長のために」
両想いを持続させる努力を心の中で誓いながら、部署の扉を閉めたのだった。
おしまい
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