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ピロトーク:郁也さんの特技⑦

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***

 印刷所に寄った帰り道、桃瀬スペシャル片手に周防の病院をくぐる。

 待合室はいつも通り、満員御礼状態。しかしいつもとどこか違うことに、素早く気がついた。

 待合室の中央、何かを囲うように子どもたちの塊が出来ている。

 ――何だろう?

 首を傾げて近づいていくと、太郎がそこにいたのだ。手にはスケッチブック、それを子どもたちが、ワクワクした様子で覗いている。

「よぉ太郎、元気そうだな」

 俺の掛け声に、太郎が視線だけで見た。

「ああ……」

 相変わらずの素っ気なさ。牽制なんてしなくて、いいのにな。

 そんなことを考え肩を竦めて通り過ぎ、診察室に行くと周防が佇んでいた。

┃診察室壁┃_ ̄) ジィー・・・

 何故か難しい顔して、太郎を見ている。

「何やってんだ、こんなところで」

「ももちん、いらっしゃい。今日はどうしたの?」

 俺を一切見ず、視線は太郎に釘付けのまま、訊ねてくれた。

「バテる前に周防スペシャル、打ってもらおうと思ってさ。お礼にならないかもしれないが、涼一と作った餃子、勝手に冷蔵庫に入れておくぞ」

「ありがと。何だか愛情がこもっていそうだね。ご馳走様」

 苦笑いをしながら、やっと俺を見る顔は、どこか疲れているように見受けられる。

「顔色あまりよくないな、大丈夫か周防?」

 着ている白衣と顔色が、どことなく比例していた。

 心配になってまじまじと見つめると、困った表情を浮かべ俯かせる。

「いろいろ考えることがあってね。困り果てたら、ももちんに相談するよ」

 無理矢理笑顔を作って、診察室の中に消えてしまった。

 逃げるように去って行く親友の背中を、何も言えずに、視線で追うことしか出来なくて。

「きっと太郎とのことだな、涼一には手を出すなって言われてるけど」

 あんな辛そうな顔した、周防は見たくない――

 ため息をついて階段を上がり、周防の自宅に入って行った。そして冷蔵庫に餃子を入れて、さっさと病院に戻る。

 順番が来たら呼ばれるので、それまで待っていようと、待合室に来たのだが。

 相変わらず太郎は、子どもたちに囲まれて何かを描いていた。気になって背後から覗いてみると、そこには――

「スポーツカー?」

 カッコイイ形をした車が、上手に描かれていたのだ。

 ――これくらい、俺だって描ける!

 人物以外描いたことはなかったけど、チャレンジすべく、太郎の隣でメモ帳を取り出し、描いてみることにした。

 描いてある絵を元に、サラサラと描いていく。一生懸命描いてる太郎を尻目に、早々と描き終えた。

「出来た!」

 俺の声に、子どもたちが集まってくる。さぁ見てくれ、上手く描けているぞ。

「なーに、これ……」

「…え、その、車を描いたんだが」

「太郎のお兄ちゃんが描いてるのと、全然違うよ。何だか、ミミズが玉乗りしてるみたい」

 子どもたちの言葉に、俺の絵を見た太郎。

 ・・・・・Σ( ̄⊥ ̄lll)・・・・・

 何も言わずに、バツの悪い顔して視線を逸らす。

「Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン」

「きっと車だったからだよ、桃瀬のお兄ちゃん。ドラ○もんなら簡単でしょ? 描いてみてよ」

 隣に座っていた女のコが、目をウルウルさせてリクエストしてくれたので気を取り直し、頑張ってみることにした。

 子どもたちの熱い視線を受け、ド○えもんを思い出し、一心不乱に赤ペンを走らせる。
(赤いスポーツカーを描いたため、赤ペンを使用してますw)
 
「はぁ、何とか出来たぞ」

 額から汗が出ているわけではなかったが、一生懸命描いた感を、ここぞとばかりに出すべく、わざと拭ってみせる。

 しかし――子どもたちの反応はイマイチだった。しかも隣に座った女のコが、大きな声をあげ泣き出してしまったのだ。

「うわぁん! そんなのドラえ○んじゃないぃ!」

 そして逃げるように、診察室に行ってしまった。

「ちょっ、それは、ドラえらも○じゃねぇだろ。どこかのお化け屋敷にいそうな、キャラにしか見えない」

「―(T_T)→ グサッ!!!」

「しかも名前、さりげなく間違ってるし。のぴ太って誰?」

 呆れながら手元のスケッチブックに、手早く何かを描いてくれる。

「すげぇっ、あっという間に、ド○えもんが登場した!」

「どこでもドア描いてよ、太郎のお兄ちゃん」

 俺への冷たい視線が、太郎に向けて熱い視線へと、瞬く間に変わっていった。

 猫型ロボットということで、ネコっぽくするというアレンジを入れてしまったのが、失敗の要因だと自分で分析したのだが。

「ちょっと、ももちん! 患者さんを泣かせるとか、何やってんの!」

 泣いてる女のコと手を繋ぎ、こっちにやって来た周防。顔がすっげぇ怒っていて、無条件に落ち込むしかない。

「いや、その、な。リクエストに応えただけなんだが」

「見せてみなよ、まったく――」

 俺の目の前に仁王立ちをする手に、そっとメモ帳を手渡した。

「何この軟体動物が、玉乗りしてる絵は?」

「う……スポーツカーです」

「ドラえも○は想像ついたよ。ももちんの描く絵は、いつも顔が同じだからね。愛らしいキャラクターが台無しだわ」

 ( ̄_ ̄|||) どよ~ん

「ももちんは、ここで絵を描くのは禁止! 子どもたちを不安にさせるから」

 俺に言い放ちながら太郎のスケッチブックをチラッと一瞥し、ため息をついて診察室に戻って行った周防。

「……やっぱアンタには、勝てないんだな」

 ぽつりと太郎が呟いた。

 何言ってんだ。太郎が描いた絵の方が、皆の心を掴んでいるというのに。

 そう声をかけようとした刹那、立ち上がって、どこかに行ってしまった。そして蜘蛛の子を散らすように、子どもたちも俺の傍から離れていく。

 何だか後味の悪い展開に、顔をしかめるしかなかった。
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