上 下
2 / 87

ピロトーク:運命の出逢い②

しおりを挟む
「悪いが今、すっげーいいトコ読んでる途中だ。止めてくれるな」

「作者である僕が、読んでほしくないって言ってるんですから、さっさと諦めてください!」

 綱引きをするように、原稿が言ったり来たりを、二人の間で繰り返す。

「このっ、病人は大人しく寝ておけよ!」

「桃瀬さんこそっ、僕が寝られるように、原稿を速やかに渡してください!!」

(見た目の割に、意外とガンコなんだな、この人)

 ムッとしながら引っ張ろうとした矢先、突然原稿が押し返されたせいで体勢を崩すと、それを見極めて、しっかり引っ張りあげる桃瀬さん。

「うわっ!?」

 いきなり強引な形で引っ張られ、前のめりになって倒れる僕を、手にしていた原稿を放り投げ、慌てて抱きとめてくれる。

 放り投げられた原稿が、バサバサッと舞い落ちる中、がっしりした胸の中に包まれている自分――鼓動が跳ねているのは僕だけじゃなく、桃瀬さんから伝わってくる鼓動も早かった。

「お前さ、病人なんだから、大人しくしておけよ」

「……はぃ」

 ――身体を起こして、離れなきゃ。

 そう思うのに、何故だか動けない。ずっとこの胸の中に包まれていたいと思っていたら、背中に回されてる両腕に力が入り、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「あの、さ。変なこと、聞いていい?」

 明らかに躊躇した声色で、訊ねてくる。

「何ですか?」

「お前、男にキスされたの、初めてじゃないだろ?」

 その言葉に思わず、息を飲んだ。なん、で、分かったんだろう?

 答えなきゃと思うのに、喉が一気に渇いて、上手く言葉にならない……

 フリーズして動けなくなった僕を労わるように、優しく背中を撫でてくれた、桃瀬さんの手。

 ――大丈夫、大丈夫だから……そんな感じが、じわりと伝わってくる。

 見ず知らずで、何も知らない人なのに、どうしてこんなに、安心できるんだろう?

「……悪い。立ち入ったこと聞きすぎたな、忘れてくれ」

 力なくふるふると、首を横に振った。

 誰かに聞いてほしかったのかもしれない。ずっと隠し続けていた、僕の秘密――

「桃瀬さんは僕のこと、どう思いますか?」

 ひとつため息をついて胸の中からそっと顔を上げると、メガネの奥からじっと顔を見つめてくる。

「ま、一言で表現するなら女みたい、だよな」

 率直な意見を言ってくれた彼に、僕は満面の笑みで微笑みかけた。変な誤魔化しをせず、憐れんだ言葉でもない。見たままの感想を素直に言ってくれた彼に、内心感謝しながら口を開く。

「中学校のとき、この身なりがすっごく嫌で髪を短くしたり、制服を着崩したりいろいろ頑張って、男らしくいようとしていたんです。だけど、どんなに上辺だけ繕っても、顔立ちや華奢な体つきは、変えられないんですよね」

「そうだな……」

「中学二年のとき、知り合いの先輩に用事があるからって呼ばれて、何の気なしについて行ったら……」

 そこで一旦言葉を飲む。閉じた唇がちょっとだけ、ガクガク震えていた。

 思い出したくない、過去の出来事を仕舞い込んでいる頭の片隅から、ゆっくりそれを取り出していく。湿っぽい空気や荒い息遣いとか、下卑た視線が僕を――

 膝の上に置いていた拳をぎゅっと握りしめると、包み込むように両手で握りしめた桃瀬さん。

 何だか、勇気を貰ったみたいだ。

「――知らない先輩方に囲まれてしまって、抵抗むなしく僕はそのまま、襲われてしまったんです」

「えっ――!?」

「有名私立の男子中学校で、そんなことが行われるなんて、夢にも思いませんでした。しかもチクったら、もっとハズカシイことしてやるからなって言われて、誰にも相談できなくて、それで――」

「もう、いいっ! 分かったから……済まなかったな、辛いこと思い出させて」

 改めて僕の身体を抱き寄せて、くしゃくしゃっと頭を撫でてくれた。

「……普通、男に口移しされて気持ち悪がられるトコ、お前はもう一度してくれって言ったからきっと、そういう免疫があるんだろうって、思っただけなんだ。ホントごめんな」

「いえ、大丈夫です。もう終わったことなので」

「有名私立の男子中学って、もしかして高校がエスカレーター式のトコか? ブレザーがエンジ色してたっけ」

 その言葉にこくんと頷くと、僕の顔を覗き込んできた。

「お前さ、錦町一丁目のバス停から通学してた?」

「はい。自宅が緑町にあったので、最寄のバス停は、そこになりますね」

 悲惨な過去の披露から、どうしてこんなに分かってしまうんだろう?

「赤と青のNEKIのカバン、肩からぶら下げてたりしてた?」

 中学時代に使っていたカバンをズバリ言い当てられ、呆然とした顔で桃瀬さんを見上げる。

「何で、知って――」

「ここに連れ込んだとき、知り合いの医者がさ、お前の顔に見覚えがあるって言い出したんだ。俺らよくつるんで、バス通していたから」

 ――バス通? もしかして……

「黒の詰襟の……制服着ていて、黒縁のメガネをかけて、いつも……本を読んでいた――」

 思わず指を差して、たどたどしく言葉にすると、今度は桃瀬さんが唖然とした表情をする。

「俺ら……顔見知りだったのか?」

「そう、みたいです、ね」

 中学時代は道路を挟んで、遠くから彼を見ていた。今はこんなに近くで、お互いを見合っているなんて、夢にも思わない出来事だ。

 驚きのあまりじっと見つめていると、頬を少しだけ赤くしながら、困った顔をした桃瀬さん。意味なくメガネを何度も上げたりと、さっきから落ち着きがない。

 不思議に思って小首を傾げると、両肩に手を置かれた。

「あ、あのさ……お前はどんな認識で、俺のこと見てたのかなと思って」

「そうですね。いつも本を読んでいたので、何を読んでいるのか、とても興味がありました」

 僕が第一印象を告げると、途端に顔が曇った。もうひとつの事実を言ったら、どんな顔をするのだろうか? 何か無駄に、ドキドキしてしまう――

「学校で辛いことがあっても休まなかったのは、いつも見かける高校生に、憧れていたからなんです」

「は!?」

「僕と違って背は高くて男らしくて、知的な感じがいいなって思って……」

 言葉がどんどん小さくなっていき、最後まで聞こえたかどうか分からない。だけど肩に置かれている桃瀬さんの手に、ぎゅっと力が入って熱が伝わってきた。

「それって、どういう意味?」

「どういうって、その――」

「赤い顔して俯いて、目を逸らしながらブツブツ呟いていても、こっちにまで聴こえてこないんだよ」

 突然ベッドの上に、押し倒される身体。

「うっ……!」

「これでもう、俯けないだろ。目を逸らすな、俺の顔を見とけ」

 僕に跨って手で顎を掴み、正面を向かせて、目の前を見るよう固定される。

「俺はお前のこと、ずっと見ていたよ。まんま好みだったからな。本を読むフリをして、向かい側にいるお前を見つめていた」

 真っ赤な顔して告白した桃瀬さんを、息を飲んで見つめるしか出来ない。

 あの頃の僕を、ずっと見ていてくれたんだ――

「僕は……僕は桃瀬さんのこと好き、でした」

 駆け寄って伝えたかった言葉、やっと言えることが出来た。

「なぁ、高校生の俺と今の俺、どっちが好きなんだ?」

 眉根を寄せて、眉間に深いシワを作り、真剣に聞いてくる。

 えっと、これは何と答えたらいいものやら――

「……両方じゃ、ダメですか」

 肩をすくめながら言うと、くっくっくっと笑い出した。

「結局俺には、変わりないんだからな」

 その台詞に、安堵のため息をついた。この人の傍いいると、心臓がいくつあっても足りないや。

「体調、良くなったみたいだな。熱が下がったのか?」

 言いながら僕のオデコに、自分のオデコを載せる。その瞬間――

「ちょっとっ! さっきからドタバタ煩いよー、ももちんたらっ! 何をやって……」

 病室の扉がすっと開いたと思ったら、白衣を着た人が怒鳴り込んできて、その場に固まった。

「ああアンタ、病人に跨って、堂々と襲うなんて――」

「ちっ違うって! 熱を測ってただけだ、誤解すんな!!」

 桃瀬さんは慌てふためきながら、ベッドから飛び降り、身振り手振りで必死に説明する。

「この状況を見なさいよ。床に散らばった原稿用紙は、どうしてなのっ? このコが抵抗したあとでしょ?」

「周防、落ち着け。これには、深いワケがあるんだっ」

 メガネをズリ下げながら、入ってきた人と取っ組み合いになる手前になっている。その様子に僕は起き上がり、思い切って声をかけた。

「あのぅ、すみません。桃瀬さんと付き合うことになりました」

「ドキ((*゚д゚))by桃瀬」

「ももちんっ、一体何がどうなって、こうなっちゃったの!? 説明しなさいよ!」

 かくて桃瀬さんはこれまでの経緯を過去の話を交えつつ、(僕の悲惨な話はオフってくれた)詳細に話してくれたのだった。

***

「いやぁ、ねぇ。ももちんったら、運命の出逢いをしちゃっていたなんて。アナタも良かったね。こんな変な男だけど、仲良くしてやって」

 周防の奴は強引に俺を押し退けて、ベッドで寝ている患者に優しく話しかけてから、お邪魔しましたと言って、颯爽と出て行った。

「……あの、すみません。付き合うなんて、勝手に言ってしまって」

 布団をモジモジしながら、こっちを伺うように見る。その視線に耐えられず、そっぽを向いた。

 頬がバカみたいに熱い――

「別にいいんじゃないか。好きあってるんだし、さ」

「あ、はぃ」

 テレた感じが言葉に乗って、じわりと伝わるから、余計恥ずかしくなってくる。何か、調子狂うな――

 自分らしさを取り戻すべく、ちょっと咳払いをした。落ち着いたトコで、顔を合わせる。

「それでどうするんだ? この原稿の行き先」

 拾い集めた原稿は本人の希望通り、途中で読むのをストップし、きちんと封筒に戻していた。

「最初から書き直そうと思うので、桃瀬さんのトコのコンテストに、応募しようと思ってます」

「そうか、分かった」

「桃瀬さんが読んだそれよりも、もっといい物が書けるよう、一生懸命に頑張ります!」

 病人のクセに、生き生きした顔して宣言した患者に、苦笑いを浮かべる。

「その前にまずは、インフルエンザを治さなきゃな。書き直しはそのあとだぞ」

「はいっ」

 素直な返事のお返しに、そっとまぶたに口付けてやった。本当は唇にしたかったが、そこはちゃんと抑えたんだ、病人なんだから。

 しかし素直で可愛い涼一が見られたのは、ここまでだということを、このときの俺は知らなかったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

壊れた番の直し方

おはぎのあんこ
BL
Ωである栗栖灯(くりす あかり)は訳もわからず、山の中の邸宅の檻に入れられ、複数のαと性行為をする。 顔に火傷をしたΩの男の指示のままに…… やがて、灯は真実を知る。 火傷のΩの男の正体は、2年前に死んだはずの元番だったのだ。 番が解消されたのは響一郎が死んだからではなく、Ωの体に変わっていたからだった。 ある理由でαからΩになった元番の男、上天神響一郎(かみてんじん きょういちろう)と灯は暮らし始める。 しかし、2年前とは色々なことが違っている。 そのため、灯と険悪な雰囲気になることも… それでも、2人はαとΩとは違う、2人の関係を深めていく。 発情期のときには、お互いに慰め合う。 灯は響一郎を抱くことで、見たことのない一面を知る。 日本にいれば、2人は敵対者に追われる運命… 2人は安住の地を探す。 ☆前半はホラー風味、中盤〜後半は壊れた番である2人の関係修復メインの地味な話になります。 注意点 ①序盤、主人公が元番ではないαたちとセックスします。元番の男も、別の女とセックスします ②レイプ、近親相姦の描写があります ③リバ描写があります ④独自解釈ありのオメガバースです。薬でα→Ωの性転換ができる世界観です。 表紙のイラストは、なと様(@tatatatawawawaw)に描いていただきました。

学祭で女装してたら一目惚れされた。

ちろこ
BL
目の前に立っているこの無駄に良い顔のこの男はなんだ?え?俺に惚れた?男の俺に?え?女だと思った?…な、なるほど…え?俺が本当に好き?いや…俺男なんだけど…

ホントの気持ち

神娘
BL
父親から虐待を受けている夕紀 空、 そこに現れる大人たち、今まで誰にも「助けて」が言えなかった空は心を開くことができるのか、空の心の変化とともにお届けする恋愛ストーリー。 夕紀 空(ゆうき そら) 年齢:13歳(中2) 身長:154cm 好きな言葉:ありがとう 嫌いな言葉:お前なんて…いいのに 幼少期から父親から虐待を受けている。 神山 蒼介(かみやま そうすけ) 年齢:24歳 身長:176cm 職業:塾の講師(数学担当) 好きな言葉:努力は報われる 嫌いな言葉:諦め 城崎(きのさき)先生 年齢:25歳 身長:181cm 職業:中学の体育教師 名取 陽平(なとり ようへい) 年齢:26歳 身長:177cm 職業:医者 夕紀空の叔父 細谷 駿(ほそたに しゅん) 年齢:13歳(中2) 身長:162cm 空とは小学校からの友達 山名氏 颯(やまなし かける) 年齢:24歳 身長:178cm 職業:塾の講師 (国語担当)

処理中です...