62 / 129
Love too late:揺らぐ境界線
2
しおりを挟む
***
「周防、おまえってば暗い顔しまくってんな。コーヒー淹れるから、そこにかけてろよ」
俺の顔を見て肩を竦めながら、家に入れてくれた桃瀬。こんな顔をして、訪問したくはなかったのに。
「あ、周防さんいらっしゃい。こちらへどうぞ」
優しくほほ笑む涼一くんが、ソファへと誘ってくれた。彼に合わせるように愛想笑いを浮かべて、どうもと呟きながら静かに座る。
やがて室内に、甘い香りが漂ってきた。
(桃瀬のヤツ、コーヒーを淹れるって言ってたはずなのに、なにかお菓子でも作っているんだろうか?)
甘い香りを訝しむ俺の目の前に、淹れたてのコーヒーが、そっと置かれたのだが――向かい側に座る、桃瀬に鋭い視線を飛ばす。
「ももちん、俺、甘いの苦手だって知っていて、ワザとこんなの淹れたんでしょ?」
出されたカップに、しっかり指を差しながら、苦情を言ってやった。コーヒーから漂ってくる香りが、どう嗅いだって、普通のものじゃなかった。表現するなら、キャラメルのような甘いお菓子の感じ。
「それ、フレーバーコーヒーっていうんだ。豆をローストするときに、香料を入れて豆に直接、香りをつけたコーヒーなんだぜ。騙されたと思って飲んでみろよ」
「う~~っ……」
出されたものを飲まないのも悪いので、覚悟を決めて一口飲んでみる。
「……あれ!?」
香りはものすごく甘そうなキャラメルなのに、味は酸味とコクが絶妙なバランスの、上品な感じのコーヒーだった。しかも甘さのカケラが、ひとつもない。
「……な? 美味いだろ」
口元に、してやったりな笑みを浮かべた桃瀬に、驚いた顔して頷く。
「僕はキャラメルよりも、バニラマカダミアがお気に入りなんです。執筆のときによく飲むんですけど、大さじ一杯の砂糖を入れてから飲むと、いい内容がめきめきっと閃いちゃうんですよ」
「涼一、俺のチョイスを考えてみろよ。どうしてキャラメルにしたか」
桃瀬は隣にいる涼一くんに肘で突きながら、意味深な流し目をする。なんだか、ふたりのお邪魔をしている気分だった。
「あ――」
なぜか涼一くんは、俺を指差す。
「郁也さんっ、すごいや。尊敬するよ!」
「だろだろ。俺もついに、恋愛体質になりつつあるってか!」
「……もう帰る」
話が見えなくて、蚊帳の外にいる状態では、ここにいるのも辛い。ロンリーな自分を、改めて思い知らされてしまう。
「悪い悪い、ごめんな周防。話を聞いてくれって」
慌てて腰を上げて、立ちあがりかけた俺の肩を桃瀬は掴み、強引にソファに押し戻す。仏頂面でいる俺の顔を、桃瀬は瞳を細めて見てから、
「そのコーヒーさ、キャラメルの香りが太郎でコーヒー本体を、周防本人という表現にしてみたんだ」
「僕の好きなバニラマカダミアじゃなく、キャラメルっていうのが、ちょっとしたミソだよね」
――桃瀬、おまえ……。
「えっとつまり、キャラメルは子どもが好んで食べる、お菓子だからとか?」
コーヒーは基本的に大人の飲み物で、俺よりも年下の太郎が子どもっていう表現をした――その感じが、俺たちに似ているって言いたいのだろうか。
「そういうこと。ナイスなチョイスだろ」
桃瀬は自信満々に言い切って、自分のコーヒーに口をつける。俺ももう一度飲むべく、カップに手を伸ばした。キャラメルの香りを堪能しながらアイツを思い出し、ゆっくりとコーヒーを飲む。
桃瀬の思いやりに、こっそり胸を打たれながらほほ笑むと、向かい側にいたふたりも、つられるように笑ってくれた。
「周防さんごめんなさい。郁也さんが今、任されている仕事がコンテストの審査員で、三木編集長さんに、小説の文章の中から萌えを探せって言われていて、必死になってるんです」
「恋愛に鈍感なももちんだからこそ、そりゃ必死になるね」
俺としても、桃瀬が恋愛小説の編集をしているっていうこと自体、大丈夫なのかって、内心思っていた。
「なんだよ、ふたり揃って。以前に比べたら俺だって、それなりにレベルアップしてんだぞ」
「レベルアップしたにしては、まだまだ自分の気持ちを言うのが、僕としてはちょっと足りないんだけどなぁ」
――自分のキモチ……。
涼一くんの言葉で、視線を伏せた俺に気がつき、桃瀬が気遣うようにそっと問いかける。
「俺のことは後回しにして周防、おまえはどうしたんだ? 太郎とケンカでもしたのか? すっげぇ、仲が良かったのに」
「仲がいいほど、ケンカするものだよ、郁也さん。周防さん、僕らでよければ、話を聞きますよ?」
優しく訊ねてくれる涼一くんの声色に、わだかまっていた心が、見る間に解れていく。
大きなため息をついて意を決してから、今まであったいきさつを、ふたりにわかるように丁寧に話をした。もちろん、俺の悪い部分を含めて。
桃瀬はずっと腕を組んだまま固まり、涼一くんは顎に手を当てて、途中で頷きながら、真剣に話を聞いてくれた。
胸の中にグルグル渦巻いていた不安とか、いろんなものと一緒に吐き出したせいか、重たかった荷物を、背中から下ろした気分になる。
「周防、おまえってば暗い顔しまくってんな。コーヒー淹れるから、そこにかけてろよ」
俺の顔を見て肩を竦めながら、家に入れてくれた桃瀬。こんな顔をして、訪問したくはなかったのに。
「あ、周防さんいらっしゃい。こちらへどうぞ」
優しくほほ笑む涼一くんが、ソファへと誘ってくれた。彼に合わせるように愛想笑いを浮かべて、どうもと呟きながら静かに座る。
やがて室内に、甘い香りが漂ってきた。
(桃瀬のヤツ、コーヒーを淹れるって言ってたはずなのに、なにかお菓子でも作っているんだろうか?)
甘い香りを訝しむ俺の目の前に、淹れたてのコーヒーが、そっと置かれたのだが――向かい側に座る、桃瀬に鋭い視線を飛ばす。
「ももちん、俺、甘いの苦手だって知っていて、ワザとこんなの淹れたんでしょ?」
出されたカップに、しっかり指を差しながら、苦情を言ってやった。コーヒーから漂ってくる香りが、どう嗅いだって、普通のものじゃなかった。表現するなら、キャラメルのような甘いお菓子の感じ。
「それ、フレーバーコーヒーっていうんだ。豆をローストするときに、香料を入れて豆に直接、香りをつけたコーヒーなんだぜ。騙されたと思って飲んでみろよ」
「う~~っ……」
出されたものを飲まないのも悪いので、覚悟を決めて一口飲んでみる。
「……あれ!?」
香りはものすごく甘そうなキャラメルなのに、味は酸味とコクが絶妙なバランスの、上品な感じのコーヒーだった。しかも甘さのカケラが、ひとつもない。
「……な? 美味いだろ」
口元に、してやったりな笑みを浮かべた桃瀬に、驚いた顔して頷く。
「僕はキャラメルよりも、バニラマカダミアがお気に入りなんです。執筆のときによく飲むんですけど、大さじ一杯の砂糖を入れてから飲むと、いい内容がめきめきっと閃いちゃうんですよ」
「涼一、俺のチョイスを考えてみろよ。どうしてキャラメルにしたか」
桃瀬は隣にいる涼一くんに肘で突きながら、意味深な流し目をする。なんだか、ふたりのお邪魔をしている気分だった。
「あ――」
なぜか涼一くんは、俺を指差す。
「郁也さんっ、すごいや。尊敬するよ!」
「だろだろ。俺もついに、恋愛体質になりつつあるってか!」
「……もう帰る」
話が見えなくて、蚊帳の外にいる状態では、ここにいるのも辛い。ロンリーな自分を、改めて思い知らされてしまう。
「悪い悪い、ごめんな周防。話を聞いてくれって」
慌てて腰を上げて、立ちあがりかけた俺の肩を桃瀬は掴み、強引にソファに押し戻す。仏頂面でいる俺の顔を、桃瀬は瞳を細めて見てから、
「そのコーヒーさ、キャラメルの香りが太郎でコーヒー本体を、周防本人という表現にしてみたんだ」
「僕の好きなバニラマカダミアじゃなく、キャラメルっていうのが、ちょっとしたミソだよね」
――桃瀬、おまえ……。
「えっとつまり、キャラメルは子どもが好んで食べる、お菓子だからとか?」
コーヒーは基本的に大人の飲み物で、俺よりも年下の太郎が子どもっていう表現をした――その感じが、俺たちに似ているって言いたいのだろうか。
「そういうこと。ナイスなチョイスだろ」
桃瀬は自信満々に言い切って、自分のコーヒーに口をつける。俺ももう一度飲むべく、カップに手を伸ばした。キャラメルの香りを堪能しながらアイツを思い出し、ゆっくりとコーヒーを飲む。
桃瀬の思いやりに、こっそり胸を打たれながらほほ笑むと、向かい側にいたふたりも、つられるように笑ってくれた。
「周防さんごめんなさい。郁也さんが今、任されている仕事がコンテストの審査員で、三木編集長さんに、小説の文章の中から萌えを探せって言われていて、必死になってるんです」
「恋愛に鈍感なももちんだからこそ、そりゃ必死になるね」
俺としても、桃瀬が恋愛小説の編集をしているっていうこと自体、大丈夫なのかって、内心思っていた。
「なんだよ、ふたり揃って。以前に比べたら俺だって、それなりにレベルアップしてんだぞ」
「レベルアップしたにしては、まだまだ自分の気持ちを言うのが、僕としてはちょっと足りないんだけどなぁ」
――自分のキモチ……。
涼一くんの言葉で、視線を伏せた俺に気がつき、桃瀬が気遣うようにそっと問いかける。
「俺のことは後回しにして周防、おまえはどうしたんだ? 太郎とケンカでもしたのか? すっげぇ、仲が良かったのに」
「仲がいいほど、ケンカするものだよ、郁也さん。周防さん、僕らでよければ、話を聞きますよ?」
優しく訊ねてくれる涼一くんの声色に、わだかまっていた心が、見る間に解れていく。
大きなため息をついて意を決してから、今まであったいきさつを、ふたりにわかるように丁寧に話をした。もちろん、俺の悪い部分を含めて。
桃瀬はずっと腕を組んだまま固まり、涼一くんは顎に手を当てて、途中で頷きながら、真剣に話を聞いてくれた。
胸の中にグルグル渦巻いていた不安とか、いろんなものと一緒に吐き出したせいか、重たかった荷物を、背中から下ろした気分になる。
1
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる