恋わずらいの小児科医、ハレンチな駄犬に執着されています

相沢蒼依

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Love too late:防戦

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 今日も散々な一日だった。なにが散々って太郎が来てからというもの、自分のペースを乱されっぱなしだから。

「こっちは大人の対応を貫いて、折れてやっているというのに、病人という特権をこれでもかと振りかざしやがって」

 玄関で太郎にキスされたあと速攻でシャワーを浴び、何度も何度も顔を激しく拭いまくった。ガシガシ拭っても、悲しいことにキスされた事実は消えないけれど、拭わずにはいられない。

 ムカつく気持ちをこれでもかと引きずり、浴室から脱出。その後、台所にてビール缶を開けてがぶがぶと一気呑みし、太郎と顔を合わせることなく、そそくさと寝室に移動した。

「俺は医者、俺は医者……あんな最低なヤツでも、助けなきゃならない義務があるんだ」

 もう、思い込み作戦である。義務や責任をみずから背負い込み、なんとかして太郎を治療させるべく、自分を騙しこむことにした。

「まずは俺の中にある基準を、なんとかして崩壊させなければ!」

 基準を下げれば、多少なりとも太郎が恰好よく見えるかもしれない。そこから恋に発展とはいかなくても、今までより太郎のことを思いやり、優しくすることができれば、それなりの雰囲気になるだろう。それを恋と勘違いして、太郎が生きてやろうと考えてくれたら、それこそしめたものだ。

「俺の基準というか理想が、見目麗しいイケメン桃瀬だからな。何人かかっても超えられない、難題になっているんだ」

 目を閉じてベッドに体を投げ出し、まぶたの裏に大好きな桃瀬ぼんやりと思い出す。そこら辺にいるヤツが、病院で使う物品に見えてしまうレベル。しかも俺って、頼られるより頼りたいタイプで、ソイツの優しさに包まれていたいんだ。桃瀬みたく面倒見のいいヤツなら、もう喜んでついて行く……って。

「これを太郎に求める時点で、かなり無理な気がしてきた」

 さりげなく寄り添ってくれるものの、肝心なトコでポイッと放り出されるから。

(ここは大人として、俺が我慢すればいいだけの話なのか?)

 幸先不安な展開に、昨日同様に頭痛が俺を襲う。無駄なことを、ぐるぐる考えている内に、疲れてきて睡魔に襲われた。

 寝入りばながこんなだったので、なんだか変な夢を見る。薄暗がりの中、桃瀬が俺に寄り添って来たかと思ったら、そっと優しく頬に触れてきて。

『もっ、ももちん』

 顔がすごく近くて、自然と心臓がバクバクする。自分の挙動を悟られないように、さりげなく視線をズラした。

『周防おまえ、クマができてるぞ。大丈夫なのか?』
『うん、いろいろ考えることがあってね。ちょっとだけ寝不足気味かも……』
『まったく。親友の俺の目を、簡単に誤魔化せると思ってるのか?』
 心底呆れた顔して、俺の頭を優しく撫でてくれる。
『なに言ってるの。誤魔化してなんかいないってば』
『またまた。太郎と仲良くヤってるんだろ。胸元からちゃっかりと見えてるぞ、キスマーク』
『なっ!? だってまだ、なにも――』

 桃瀬に信じられないことを指摘され、慌てふためくしかない。

 グラグラする心を抱えながら、ワイシャツのボタンを数個外してみると、赤い痕が残されているではないか。

 俺いつの間に、太郎とそんな関係に――?

『周防の幸せそうな顔、間近で見ることができて嬉しいぞ』

 桃瀬から告げられた信じられないセリフに、涙がじわりと滲んできた。俺はこんなにもおまえが好きなのに、どうして――。

「くっ……」

 夢の中で呟いた自分のうめき声で、ふっと目が覚める。

 目が覚めた瞬間、受け入れたくない現実があった。それは背中に感じる太郎のぬくもりで、また勝手に人の布団に潜り込んだことだった。

 いつものように怒鳴ろうと息を吸い込み、はっと我に返る。

「はぁ……」

(ヤバイヤバイ。悪夢のせいで、昨日の誓いが無になるトコだった)

 太郎にはなるべく、優しく接しなければいけない。ここはなんとか我慢して、大目に見てやらないとダメだ。それにただ寄り添って、寝ているだけじゃないか。小さい子どもと同じだろうよ。

「ん……?」

 俺の体に片腕を回して、いつも通りすやすや寝ているんだと思っていたのだが、肌の上に直で感じる温かいモノはいったい? 胸元になにかあるような……ぞぉ~~~~~!

「おいコラッ! 勝手にパジャマの裾から、手を突っ込むな! ここから出て行け」
「……え~、別にいいじゃん。減るもんじゃないんだし」

 太郎は俺の言葉をしっかり無視し、大胆に胸元を撫で擦った。

「テメェ……」

 かくて見事に俺がブチ切れたため、昨日の誓いをすっかり忘れて、太郎を思いっきり蹴飛ばし、寝室からさっさと追い出してしまった。

 平然とこんなことをするヤツである。俺の中では低評価なのに、職場で太郎の評価がうなぎ上りになることを、このときは知らずにいた。
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