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Love too late:防戦

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「すみません村上さん。病院閉めてくれて助かります」
「いいのよ、そんなの。いつもの晩御飯、冷蔵庫に入れておいたから、太郎ちゃんとふたりで食べてね。たくさん作ったから、桃瀬さんが持っていっても大丈夫よ」

 村上さんの優しい一言で場の雰囲気が一変、いつもの穏やかな診察室になる。俺はこっそりと深いため息をついた。

「ありがとうございます。でも恋人が大量にワケのわからない物を作ってると思うので、今回は遠慮しますね」

(でたよ、桃瀬のさりげない恋人自慢だ)

「ワケのわからない物?」
「えっと、見た目がいろいろ問題なんですが、味は大丈夫みたいな」
「あらやだ、桃瀬さんってば、ちゃっかり恋人の自慢してくれちゃって。ご馳走様です」
「いえ、そんなつもりは――」
「ももちんはそんなつもりはなくても、いつも恋人自慢、デレデレしながらしているよね」

 冷たく言い放ち、深いため息をつきながらドカッと椅子に座って、パソコンの電源を切る。

「太郎ちゃん、あまりワガママを言って、周防先生を困らせたらダメよ。それじゃあお先に失礼しますね」

 ナイスな釘を太郎に刺して、無駄に大きい頭を優しく撫でてから、村上さんは帰って行った。

「じゃあ、俺も帰るから」

 村上さんのあとを追うように、桃瀬も帰った。あの含み笑いは、間違いなく誤解をしたままに違いない。

「桃瀬のバカ――」

 机の上で頭を抱え、ぼやくように呟いた。さっきまで騒がしかったのに、静寂が診察室に訪れる。

「……タケシ先生、俺と出逢ったときさ、電話してた相手ってアイツなんだろ?」

 その静寂を太郎が壊した。ショックが大きくて、なにも考えたくないっていうのに、ホント面倒くさい。

「だったら、なんだって言うんだ」

 太郎の顔を視線だけでギロリと睨みながら、吐き捨てるように言ってやる。

 おまえのせいで、大好きな桃瀬に誤解されてしまった――こんなヤツと誤解されるくらいなら、村上さんと不倫してるって思われたほうが、どんなにいいか。

「あのときと同じ、悲しそうな目をしてる」

 太郎に背を向けて頭を抱えてるのに、どうやって俺の顔が見れるっていうんだ。ふざけんな、マジでムカつく。

「白衣を着て、医者っていう格好してるのに今のタケシ先生、どこから見ても患者みたいだ」

 早朝から太郎に振り回されて、もうクタクタなんだよ。患者になって当然だろう。

「誰のせいで、こんなになったと思ってるんだ。いい加減にし――」

 いつものようにキツく叱ってやろうと口を開いたら、座ってる俺の体を後ろから、ぎゅっと強く抱きしめてきた太郎。

「なんであんな無神経なヤツ、好きでいられるんだよ」

 とりあえず太郎の腕を振り解いて、的確な返事をしなければ。そう思ってるのに、自分の腕に力が入らなくて、言葉がまったくもって出てこない。

 なぜだか想いが、ふっと空回りした。本当に、なんで好きでい続けられるんだろうか。それはきっと桃瀬だからだ――アイツの傍にいるのが心地よくて、無条件に優しくしてくれるから……でもその優しさは、親友だからなのに。

「タケシ先生は友達としか見られてないのに、どうして諦めないんだよ」
「俺は貪欲なんだ、しょうがないだろ。それよりも、おまえがさっさと諦めろ。どんなに想っても無駄なんだから」
「……タケシ先生、泣くな」
「は?」
「ほら――」

 腕に回してる右手で、俺の頬を乱暴に触って、それを見せてくれる。濡れた太郎の指先が、涙を流していることを示していた。

 ――なんで泣いてるんだ? ワケがわかんない。これくらいのショックで泣いたことなんて、最近はなかったのに。

「さっさと諦めろ、あんな鈍感なヤツ。俺なら泣かせるようなこと、絶対にさせないし」

 その言葉が胸を締めつけるように伝わってきて、痛みに耐えるべく奥歯をぎゅっと噛みしめた。

(桃瀬のことを諦められたら、とっくの昔にやっているさ)

 ケッと思いながら眉根を寄せると、太郎は右目尻にそっと唇を押しつけた。

「タケシ先生の右側、好きだよ――」

 優しく告げられた告白のセリフだったが、心にはまったく響かない。やる気がすべて失せた今、太郎にされるがままの自分。つらすぎて、現実を受け入れられないから。

 ――なにを言われてもされても、気持ちは無機質なまま――

 俺が答えないでいると、太郎は耳元に顔を寄せて言の葉を告げる。

「だってこの泣きボクロがあるし、あとちょっとだけ癖のある、襟足の髪の毛」

 笑いながら指摘した、俺の襟足の髪の毛を引っ張ってから、くるくると指先で弄ぶ。

「タケシ先生、なにかを考え込むとき無意識にこれを直そうと、首に手を当ててるんだ。その仕草が結構、かわいくて好きなんだよね」
「よく、見てるのな」

 そんなこと、誰にも言われたことない。

「見てるに決まってるだろ。一日見ていても飽きない自信、俺はあるよ。だけどもう、泣き顔はご免だ」

 体に回されていた腕が不意に外されて、ギシッと椅子に座る音がした。横を見ると太郎が患者用の椅子に座って、真剣なまなざしで俺をじっと眺める。

「笑えって言ってもタケシ先生ことだ、意地でも笑わないだろ。だからさ――」

 長い腕で肩を抱き寄せ、俺の頭を痛いくらいに太郎の胸に押しつけた。

「つらいときは、思いっきり泣けばいいんじゃね? 俺、見ないようにするし」
「なにを、言って……」
「俺わかるから。どんなに想っても、届かないものがあるっていうの。今の俺がそうだろ? 同じだからわかるんだって」

 押し退けようとした手が、ブルブル震えてしまう。離れなければと頭ではわかっているのに、涙がどんどん溢れてきて、瞳から零れ落ちてしまった。

「っ――うっ……」

 桃瀬に誤解されたことや、太郎の病気のこととか、自分のままならない想いなんかがごちゃ混ぜになって、すべてが涙になっていく。

 気がついたら俺は太郎にすがりついて、わんわん声をあげて泣いてしまった。そんな俺をいたわるように、太郎の手が背中を優しく何度も撫で擦る。

 いつもは煩いくらいお喋りのくせに、このときはひとことも喋らず、俺を慰めるように、ずっと傍にいてくれた。

 キズついた今だからこそ、その優しさやあたたかさが、無上に体に沁みこんでしまったのだった。
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