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Love too late:おとしもの

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 慌てて病院を閉め、昼ご飯も食べずに桃瀬の家に向かった。

「遅くなって悪かったね。本当はもっと早く来たかったんだけど季節柄、患者さんが立て込んじゃって」
「いえ、こちらこそ。お忙しいところ、ありがとうございます」

 桃瀬の恋人の涼一くんは、にこやかに対応してから、俺を寝室に案内してくれる。ベッドで寝ている桃瀬の顔を覗き込んでみたら、ビックリするほどやつれていた。

「おい、こらっ! 不良患者め。なんだその、ゾンビみたいな顔は」
「……あ、周防。ゲホゲホッ! 来てくれてありがとな……」
「麗しの美貌が台無しじゃないのさ。さっさとお尻を出しなさい、周防スペシャルをぶち込んでやるからー」

 足元に置いたカバンから、聴診器をいそいそ取り出して、桃瀬の額に当ててやる。

「お尻はヤダ……ゴホゴホッ。もう変なこと言って、俺の元気度を測るのやめてくれよ。涼一がおまえのことを、不振な目で見てるぞ、ゴホゴホッ!」

 桃瀬が頭をあげて、寝室の隅っこにいる恋人に視線を飛ばした。その視線に応えるように、涼一くんが小声で話し出す。

「あの、えっと、周防さんのことは信頼していますので、安心してください。僕がかかったインフルエンザを、瞬く間に楽にしてくれましたし……」

(――なにをのん気なこと言ってんだ、コイツ)

 その言葉にイライラして、涼一くんを睨んでしまった。

「こんなになったももちんも悪いけど、涼一くんは傍で見ていて、どうして無理させたの?」

 イライラついでに、文句を言ってやる。

「周防、それは俺が――」

 それなのに涼一くんを擁護しようと、桃瀬がすかさず口を開いた。俺の苛立ちに余計、拍車がかかる。

「患者は黙ってなさい! どうなの涼一くん?」
「無理はしないようにって、郁也さんには声をかけていました。だけど――」

(――だけど、だと?)

「ふざけんな! いいわけすんなよ!」

 俺の怒鳴り声に、涼一くんは肩を震わせてビクつく。

「俺にとっても桃瀬は、大事なヤツなんだ。この時期は、毎年ぶっ倒れているからな。小まめに連絡とって、注意を促していたさ。だけどな俺の言うことよりも、アンタの言うことのほうが、きちんと聞くだろう? 恋人なんだし……」

 悔しいが、ただの友達じゃなにもできない。恋人の言うことなら、桃瀬は喜んできくに決まってる。
 自分の怒りをやり過ごすべく、奥歯をギリッと噛みしめた。

「涼一くん、今度からは桃瀬を押し倒すなりして、無理やりにでも休みを取らせろよ。ついでに連絡を寄こせ。往診してやるから」

 はじめから考えていたセリフを、棒読みで言った。イライラした感情を、これ以上出さないようにするのが精一杯だった。

「はい……以後気をつけます。本当にすみませんでした」

 しょんぼりしながら答えた涼一くんに、憐れみの視線を飛ばした桃瀬が俺に声をかける。

「周防ってば、そんなに怒るなよ。もとはといえば俺が悪いんだし。ゴホゴホッ! おまえが涼一をそんなふうに責めてる姿……見たくない」

 咳き込みながら俺を責める桃瀬の言葉がきっかけになり、怒りが一気に頂点に達してしまった。両手で桃瀬の胸倉を掴み、ぐいっと引き寄せてやる。

「それはこっちのセリフだっ! 疲れ切ってるおまえを見過ごしてるあのコが、どうしても許せないんだよ。一番近くにいるのに、なんで止めないのかって――」

 俺が傍にいたら、こんなことには絶対しなかった。

「ゲホゲホッ! すっ、周防ぅ……」

 もっと労わって、誰よりも愛してやるのに――。

 いろんな感情が入り混じったせいで、行き場がなくなり、思わず桃瀬の体をぎゅっと抱きしめる。

「桃瀬、頼むから……これ以上、心配させないでくれ。心臓が止まるかと思った」

 体に伝わってくる桃瀬のぬくもりが、妙に心地いい。これが俺のことを想ってくれる熱だったら、すごくいいのに。

 両腕に力が入りかけたとき、桃瀬の手が俺の体を押し返す。

「ホント心配させて、ゴホゴホッ、悪かった。これからはおまえの言うことと、涼一の言うことを聞くから、もう勘弁してくれ」

(――勘弁してくれ、か。今の俺にその言葉は、結構酷だってことが、桃瀬にはわかっていないだろうな。どんなに想っても、手の届かないことを実感させられる)

「わかったなら、進んでそうしてくれると助かる。注射するから腕を出して」

 なんとか気を取り直して咳払いをし、足元に置いてあるカバンから、渡そうと用意していた薬を素早く取り出した。

「涼一くん……」
「は、はいっ!」

 振り返って呼んでやると、ビクビクしながら俺を見る。八つ当たりしたんだから、こんな態度をされるのは当然か。

「キツイこと言って悪かったね。これ、あとで桃瀬に飲ませてやって。気管支拡張剤とか、モロモロ入っている薬だから」

 涼一くんに押し付ける感じで渡すと、華奢な手が恐るおそる薬の入った袋を受け取った。

「ちょっと、そんな頼りない顔しないの。安心して、ももちんを任せられないでしょ」

そんな態度にまたイライラしてしまって、眉間にシワを寄せてしまう。

「すみませんっ! 頑張ります!!」

 涼一くんの言った今更ながらの言葉に、内心舌打ちをする。だけどこっちを見つめる視線は、曇りがまったくなく真っ直ぐで、自分との違いを思い知らされた。

「変わらないね、あの頃と……」
「え!?」
「桃瀬と一緒にバスを待ちながら、ぼんやりと見ていたから覚えてるんだ。なんだかそのまま、大きくなった感じに見える」

 涼一くんの素直さのおかげで、自分の毒気が一気に抜かれてしまった。

「あの、すみません。僕イマイチ覚えてなくて」

 そりゃそうだろ。桃瀬しか見えていなかったんだろうから。

「周防、おまえ――」
「ももちん、腕まくりはできた? すっごく痛いの、注射してあげるからね」

 涼一くんとの会話を中断し、消毒液が滴った脱脂綿を桃瀬の目の前に見せて、ニッコリとほほ笑んでやった。注射が大の苦手な桃瀬にとって、今からおこなうことすべてが、恐怖の時間になる。少しくらいは反省しろよな。

「周防先生っ、お願いだから、痛くないのでお願いします」
「わかってるってば。桃瀬専用に、赤ちゃん用の細い針を用意してきたよ。グリグリッと差し込んで、優しく注入してあげるからね」
「その表現やめてくれ、ゴホゴホッ、痛みが身にしみる感じする」

 そんなやり取りを部屋の隅から、微妙な表情で見つめている涼一くんを、こっそりと横目で確認した。

 俺の気持ちがこのコにバレたとしても、関係ないだろう。手遅れの恋を知られたところで、このふたりの想いはぶれることがない。時々視線を交わし合う姿を見て、そのことを痛感してしまったのだから――。
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