恋わずらいの小児科医、ハレンチな駄犬に執着されています

相沢蒼依

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Love too late:遅すぎた恋心

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 昨日、思いっきり桃瀬を傷つけてやった。俺としては、そう思ったのに――。

「あ、周防おはよ!」

 教室に入ると、いつものように話しかけてくる桃瀬に対して、どんな顔していいかわからず、固まることしかできない。桃瀬の態度に内心驚きながらも、小さく頷いて席に着いた。

(――なんでだよ。どうしていつもどおりに、桃瀬はへらへら笑っていられるんだ?)

「周防、話があるんだ。ちょっといいか?」

 桃瀬はニコニコしながら傍にやって来て、俺の返事を待たずに、強引な感じで左手首を掴むと、さっさと椅子から引き上げ、教室から連れ出す。

「おい、どこに行くんだ?」

 話しかける俺の声を桃瀬は無視して、中央階段を勢いよく駆けあがり、どこかへ目指す。掴まれてる左手首に桃瀬の指先が、痛みを感じるくらいに皮膚に食い込んでいた。だけどイヤな感じは、まったくない。

「桃瀬……」

 薄暗い階段を一番上まであがって、突き当たりにある重い扉を開けたら、明るい日差しが突然目に飛び込んできた。屋上の空気はこれでもかと澄み渡り、微妙な俺の心を洗ってくれるようだった。

 桃瀬は掴んでいる俺の手をそっと放し、心底済まなそうな顔をする。そんな表情を目の当たりにして、どんな顔をしていいかわからず、俯くことしかできない。

「周防、無理に連れ出して悪かった。そこに座ろう」

 桃瀬は屋上の隅っこにあるベンチに、そっと指を差す。桃瀬が座ってから、ひとり分空けて自分も腰かけた。

 ふたりして並んで座ったのに、桃瀬は微妙な面持ちのまま黙り込む。俺もなにから話していいのかわからず、無意味な沈黙が延々と流れた。

キーン、コーン、カーン、コーン♪

 そうこうしているうちに、朝のホームルームを告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。教室に戻らなきゃ――そう思うのに、体を動かすことができず、困って桃瀬を見た。ずっと前を向いていた桃瀬がゆっくりと首を動かし、俺の視線に絡めるように、じっと見つめる。

 印象的な黒い瞳の中に、困惑した自分の顔が映っていて、なにか言いたげな桃瀬の様子を悟ったものの、先に口にせずにはいられなかった。

「桃瀬、昨日は悪かったな。おまえが傷つくようなこと、ずばっと言っちゃって」

 桃瀬みたいにいいヤツを、キモいなんていう言葉で傷つけるなんて、俺は最低の人間だ。

「いいや、その……ズバリと指摘されて、ちょっとビックリしただけだし」
「でも!」
「まんまキモいって、自分でも思ってる。周防に言われるまでもない!」

 隣で自嘲的に笑いながら、ぎゅっと両膝を抱える。

「ウチ、姉ちゃんがいるだろ。だから女子の本性が、手に取るようにわかっちゃうんだ。装ってるなぁってさ。そんなの見てたら女子を恋愛対象として、どうしても見れなくなってしまったんだ。気がついたら、あの中学生に恋しちゃっているという、ワケのわからないことになってた」

 俺ってば超キモいと、桃瀬はほかにもなにか口元でブツブツ呟く。

「別にいいじゃないか、誰を好きになったってさ」
「え?」

 真っ直ぐで純真で、守らなきゃいけないと思った桃瀬。

「相手がたまたま、同性だっただけじゃないか」

 守らなきゃいけないと思っていたのに本人、俺の想像以上にスペックが高くて、芯がしっかりしていて強くて。

「周防……?」

 俺があんなに酷いことを言ったのに、それをわざわざ盛大に肯定するなんて、なにをやってるんだよ。

(――おまえのその大きさに、とことん憧れてしまうだろ)

 膝を抱えたままの桃瀬を、迷うことなく横からぎゅっと抱きしめた。

「わわっ!」
「俺は桃瀬を嫌ったりしない。大丈夫だから!」

 抱きしめた桃瀬の体から、どこか頼りなさげな感じがなんとなく伝わった。しっかりしているようで、どこかアンバランスで、俺が傍で支えてやらなきゃって思わされた。

「周防、ありがとな」

 耳元で優しく囁かれた言葉が、胸にじんと染み渡る。抱きしめている腕に、そっと力を込めた。

 もっと早く、桃瀬に出逢っていたかった。中学生に恋する前の桃瀬に出逢っていたら、どうなっていたのかな。

 男子中学生が好きな桃瀬と、そんな桃瀬のことを好きな自分――今ここで俺が告白しても、どうにもならないんだ。告げてしまったら困らせるだけじゃなく、絶対に気を遣わせてしまう。桃瀬はそういうヤツだから……。

 出逢うのが遅かった恋心を隠して、コイツと付き合っていこう。

 あたたかい桃瀬の体を抱きしめながら、心の奥底でそう決めたのだった。
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