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Love too late:壊したくない距離感

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 次の日。ぶらりとひとり廊下を歩いて、桃瀬が遠くを眺めたあの窓際に立ってみた。窓からの景色は、グラウンドが広がる校庭のみと思っていたのに、よく見ると木々の隙間から少し離れた所にある、有名私立中学校の校舎が、しっかりと見えることに気がついた。その様子がまるで、桃瀬の気持ちを隠しているように感じてしまった。

「いいヤツだけに、かなり複雑な気分だ……」

 昨日たくさんかわした桃瀬との会話で、イヤというほど人の良さがわかった。それなのになんだって、同性を好きになるのかな。

 思わず眉根を寄せて、はーっと深いため息をつく。

(顔と性格が完璧すぎるヤツだから、神様がちょっとイタズラして、そこら辺をいじったとか?)
 もう一度ため息をついてから、重い足取りで教室に戻ると、扉の前で誰かとぶつかってしまった。

「悪いっ、ぼーっとしていて」

 教室を出ようとしていたヤツに道を譲るべく、頭を下げて謝りながら体を退けたら、いきなり左腕を掴まれる。

「周防っ!」

 相手は桃瀬で、その表情はすごく真剣な顔だった。

「な、なんだ?」

 まるで鬼気迫る勢いという感じにキョどり、唇の端を引きつらせる。

「学ラン脱げ」
「は!?」

 唐突に告げられた言葉に固まった。困惑してあたふたしている俺に、クラスの誰かが笑いながら、大きな声で教えてくれる。

「周防諦めろ。桃瀬のオカン機能が発動したら、誰にも止められないから」

(――オカン機能ってなんだよ、それ?)

「脱がないなら、俺が脱がしてやる。じっとしてろ」
「ちょっ、ちょっと待てって!」

 これじゃあ昨日の、妄想の続きみたいじゃないか。

 俺が待てと言ってるのに、桃瀬は手際よくボタンを器用に外して、さっさと学ランを脱がした。

「ほら、これはなんだ?」

 目の前に突き出されたのは、さっきなにかに引っ掛けてしまった、外れかけの左袖のボタンだった。

「そんなの家に帰ったら、親に直してもらうし、いいよ」
「ダメだ! 制服の乱れは、心の乱れだからな」

 風紀委員長が言いそうなセリフを言い放ち、素早く自分の席に座ると、カバンからソーイングセットを取り出す。

(どうしてコイツ、男子のクセして、ソーイングセットなんて持ってるんだ?)

 俺の学ランから力任せにボタンを外して、器用に縫い付けていく姿は、まるで母親のよう。

 その様子を扉の前で顔を引きつらせ、じっと見ていると、クラスの誰かが俺の肩を優しく叩いて、さらに詳しく教えてくれる。

「周防、驚いたろ。これがウチのクラスの名物、女子よりも料理上手で、いろんな裁縫もこなしちゃう、イケメンで乙女な委員長様だ。跪いたほうがいいぞ」

 唖然としてる間に、桃瀬の手によってボタンがキレイに縫い付けられ、満面の笑みを浮かべた桃瀬が「ほらよ」と言いながら、俺の肩に学ランをかけた。

「ありがと、おまえってすごいな」
「そんなことないって。なんかそういうのすぐに直さないと、気が済まないっていうか」
「普通の男子は、ソーイングセットなんて持ち歩かない。これも、お姉さんの教育か?」

 学ランをいそいそ着て、ボタンをはめながら訊ねてみる。

「ああ。でも料理や裁縫は、母親から教わった」

(そんなの当たり前だといわんばかりに、笑いながら告げられてもな。教えられるまま言われるまま素直に従って、育てられたというワケか)

「桃瀬、おまえはお姉さんの都合のいい弟として、教育されたんだな」
「えっ!?」
「じゃあ聞くけどさ、お姉さんはおまえができること、全部完璧にやれるのか?」

 俺からの質問で、顎に手を当てて考えはじめた桃瀬。やがて――。

「今まで姉ちゃんにこれくらいできないと、一人前の男になれないって言われたんだ。だから、きちんとやらなくちゃと思って」

 桃瀬は純真で真っ直ぐな性格だから、騙されていても気がつかないワケか。羨ましいというべきか、かわいそうというべきか。

 困った顔した桃瀬に俺は、ぽんぽんと優しく肩を叩いてやった。

「落ち込むな桃瀬。お姉さんはなにもできないということで、嫁にいけないというリスクを背負ったと思う。早く結婚して、見返してやればいい」
「うっ、周防ぅ~」

 ウソ泣きした桃瀬にひしっと抱きつかれ、一瞬ドキッとした。だけど素直で純粋なコイツを守っていかなきゃ――そんな感情が湧きあがり、桃瀬の大きな背中を優しく撫でてやる。

 ドキッとしたのは桃瀬の美貌のせいで、邪な感情からではない。友達として助けていけたらなって、このときは考えていた。
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