こんなに好きなのに伝わらないのなら――

相沢蒼依

文字の大きさ
上 下
40 / 114
兄貴の困惑

しおりを挟む


 兄貴を意識したのはいつだったか――。

『辰之、大丈夫か? 兄弟なんだから遠慮せずに、俺になんでも相談してくれよな』

 そう言って僕に手を差し伸べてくれた兄貴の顔を、穴が開く勢いで見つめた。あのとき、呆けた僕が見た先は唇だった。

 優しさを含んだ声を出した兄貴の唇は形がとても綺麗で、思わず見惚れてしまったんだ。触れたいし触れられたいと、切に願ってしまった。

『辰之?』

 綺麗な形の唇が上下に動いて、僕の名を呼ぶ。それが嬉しくて手を伸ばしかけて、ハッとした。

『宏斗兄さん……』

 僕らは兄弟で男同士――性的な対象にしてはいけない間柄なのをはっきりと自覚した。だからこそいけないと強く思えば思うほど、兄貴への想いが色濃く浮かび上がり、どんどん僕の躰を蝕んでいった。

『あのさ、若林先輩のことで困ったことがあったら、すぐに知らせてくれ。なんとかするから』と声をかけられても、悔しさで反応できなかった。兄として加害者としての責務で、僕を助けようとする兄貴の行動に間違いはない。

(これが愛されるという好意で助けてくれるんだったら、どんなに嬉しいと思えるだろうか――)

 現在数学の授業中で、黒板に書かれる難しい数式に視線を飛ばしながら、ぼんやりとこれからのことを考える。目の前の数式には答えが必ずあるけれど、僕の恋心の先がどうなるかなんていう答えについて、まったくわかりゃしない。

「くそっ。思いどおりにいきすぎて、気持ちが悪い……」

 僕の小さな呟きは、数式についてダラダラ説明する教師のセリフによってかき消された。

 頑固で頭の堅い兄貴の性格を考えた結果、僕に対する嫌悪をはっきりと示すなにかを企てることを想定して、この計画を立てた。兄貴の友人関係を把握済みだからこそ、若林先輩を使うことはすぐにわかったし、僕の計画に彼を取り込むことなんて造作もなかった。

 音楽室を逃げるように出て行った兄貴の背中を見送ると、若林先輩が鍵をかけて僕に近寄る。

『辰之くんを助けてくれる人は、誰もいなくなった。ここではどんなに声をあげても無駄だからね』

 いやらしさを感じさせる笑みを浮かべた若林先輩が僕のジャケットのボタンを外し、手際よくネクタイをほどいてから、ワイシャツのボタンに手をかける。

『ねぇ若林先輩、兄貴のこと嫌いでしょ?』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

つまりは相思相愛

nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。 限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。 とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。 最初からR表現です、ご注意ください。

ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...