こんなに好きなのに伝わらないのなら――

相沢蒼依

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兄貴の困惑

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 兄貴を意識したのはいつだったか――。

『辰之、大丈夫か? 兄弟なんだから遠慮せずに、俺になんでも相談してくれよな』

 そう言って僕に手を差し伸べてくれた兄貴の顔を、穴が開く勢いで見つめた。あのとき、呆けた僕が見た先は唇だった。

 優しさを含んだ声を出した兄貴の唇は形がとても綺麗で、思わず見惚れてしまったんだ。触れたいし触れられたいと、切に願ってしまった。

『辰之?』

 綺麗な形の唇が上下に動いて、僕の名を呼ぶ。それが嬉しくて手を伸ばしかけて、ハッとした。

『宏斗兄さん……』

 僕らは兄弟で男同士――性的な対象にしてはいけない間柄なのをはっきりと自覚した。だからこそいけないと強く思えば思うほど、兄貴への想いが色濃く浮かび上がり、どんどん僕の躰を蝕んでいった。

『あのさ、若林先輩のことで困ったことがあったら、すぐに知らせてくれ。なんとかするから』と声をかけられても、悔しさで反応できなかった。兄として加害者としての責務で、僕を助けようとする兄貴の行動に間違いはない。

(これが愛されるという好意で助けてくれるんだったら、どんなに嬉しいと思えるだろうか――)

 現在数学の授業中で、黒板に書かれる難しい数式に視線を飛ばしながら、ぼんやりとこれからのことを考える。目の前の数式には答えが必ずあるけれど、僕の恋心の先がどうなるかなんていう答えについて、まったくわかりゃしない。

「くそっ。思いどおりにいきすぎて、気持ちが悪い……」

 僕の小さな呟きは、数式についてダラダラ説明する教師のセリフによってかき消された。

 頑固で頭の堅い兄貴の性格を考えた結果、僕に対する嫌悪をはっきりと示すなにかを企てることを想定して、この計画を立てた。兄貴の友人関係を把握済みだからこそ、若林先輩を使うことはすぐにわかったし、僕の計画に彼を取り込むことなんて造作もなかった。

 音楽室を逃げるように出て行った兄貴の背中を見送ると、若林先輩が鍵をかけて僕に近寄る。

『辰之くんを助けてくれる人は、誰もいなくなった。ここではどんなに声をあげても無駄だからね』

 いやらしさを感じさせる笑みを浮かべた若林先輩が僕のジャケットのボタンを外し、手際よくネクタイをほどいてから、ワイシャツのボタンに手をかける。

『ねぇ若林先輩、兄貴のこと嫌いでしょ?』
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