どういうことだよ!?

相沢蒼依

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番外編

番外編:フライング ゲッチュッ!

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『痺れるような甘い恋を君としてみたいから、このハートのチョコに想いを込めて――』

 目の前にあるテレビ画面に流れるCMを、ソファに座りながらぼんやりと眺める。とあるゲイ能人が切なげな表情を浮かべ、自分に向かって手を伸ばした。
 
 肩まで伸ばしているサラサラな黒髪は、同じ男とは思えないくらい綺麗だし、俳優業の他にもモデルをやっているから、当然スタイルも抜群。そんな恵まれた体型を生かしつつ、中性的な雰囲気を醸し出していた。

 一枚百円で売られているチョコのCMが、何かのプロモーションビデオに見えてしまうレベルだった。

「俺様が同じ台詞を言ったとしても、佑輝くんが喜ぶはずがないだろ……」

 江藤は諦めたように呟き、テーブルに置いてある小さな紙袋に視線を移す。

 有名パティシエが作るというチョコ専門店に行くと、女性客の列が店の外まで長蛇の状態になっていて、ウゲェッと激しく怖気ついた。それでも恥ずかしさを必死に我慢して、一番後ろに並んだのだった。

 すべては宮本に「うめぇっ!」と言わしめるため――残念ながらバレンタイン当日に江藤が地方に出張なので、前日にあたる13日の金曜にあげることになる。

(――13日の金曜日って何か、血祭りになりそうな気がするのは、俺様の気のせいだと思いたい)

 そんなことを考えつつも腕を組んで、紙袋をじっと眺めた。絶対に渡してやるという、江藤の中にある決意を固めるために。






 13日の金曜日、いつもと変わらない日常――通常通り仕事をさっさと終えた江藤が、ちょっと離れた席にいる宮本に視線を飛ばした。

 すると、いそいそ帰り支度をしている大きな背中が目に留まった。

「珍しいこともあるもんだな、おい……」

(もしかしたら明日大雪が降って、新幹線が止まってしまうかもしれない)

 そんな嫌な予感を振り払うべく頭を振ったら、席を立った宮本が江藤のデスクへとやって来た。やけに真剣みを帯びた眼差しで江藤の顔を見るので、否が応にも緊張感が高まる。

「あの江藤先輩、お話があります。ちょっといいですか?」

「お、おぅ。何だ?」

 暫しの沈黙――もしかして別れてくださいなんて、言うつもりじゃねぇだろうな!? ここのところの忙しさが募って、ちょっと八つ当たりしたところもあったし……

 いろんな衝撃に備えるべく両手を膝の上に置き、ぎゅっと握りしめてから背筋を伸ばして椅子に座り直すと、目の前にいる宮本の視線に負けないように、鋭い眼差しで見つめ返した。

「その顔、すっげぇ怖くて何も言えない……」

 ぼそりと呟かれた言葉に、ブチッと江藤の血管がキレてしまった。

「宮本お前、俺様の貴重な時間を使って、ワケの分からないことを言ってんじゃねぇよ。明日は出張なんだから、さっさと帰りたいんだぞ」

「す、すみません……。でもマジで怖くって。あの――」

「ぁあ゛!?」

「えっと、あのぅ……明日の出張をですね、一緒について行ってはダメでしょうかっ?」

 告げられた宮本の言葉に、江藤の中にある怒りが一瞬で吹き飛んだ。

(――出張を一緒にって何で?)

 ワケが分からず、ぽかんとした江藤の様子に余計あたふたして、顔を真っ赤にした宮本。

「間近で江藤先輩の仕事ぶりをですね、鑑賞したいっていうか勉強したいっていうか、眺めていたいっていうか……。それにほら、あれですし」

「あれって何だよ?」

 仕事の出来なさを、こうして自ら証明している宮本を白い目で眺める。

「あれって、明日はバレンタインじゃないですか。それでこれどうぞ!!」

 ちょっとだけ頬を染め、背中に隠し持っていた物を、ガサガサと音を立ててデスクの上に置く。

「何だ、これ……」

 ポッチーとうんまい棒のコンポタージュ味が、デカいビニール袋の中に大量に入っていた。

「江藤さんが好きな物をチョイスした結果ですぅ。うんまい棒は箸休め的な感じで」

(――もしかしてだがこれは、バレンタインの贈り物なのか!?)

「おい……。この異常な量を使って、俺様にポッチーのドミノ倒しをしろと言うのか。こんなにたくさん食えないって」

「じゃあ明日、一緒に食べるのはダメですか?」

 宮本からの提案に、江藤はちょっぴり感心してしまった。

 おバカな恋人が考えた、ちょっとでも接触してやろうという作戦に気がつき、自然と口角が上がる。

「分かった、明日一緒に連れて行ってやるよ。絶対に遅れるな」

 明日のスケジュールをささっと紙に書いて、ほらよと宮本に手渡してやったら、嬉しそうにそれを受け取った。

 フライングゲットしたブツを手に、颯爽と立ち上がる。カバンに忍ばせていた宮本に渡すチョコは、明日の新幹線でだなと考えた。

 頭の中で無駄に盛り上がるであろう出張を想像して、江藤の目尻が下がった。それを隠すべく、顔の前で手を振って逃げるように帰る。

 大量のお菓子の重さに比例する、宮本の想いを感じながら――
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