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番外編
番外編:上司逆転ごっこ(宮本目線)
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江藤とふたりきりの残業をするために、自分がやるべき仕事をわざと大量に残した宮本。目の前にうず高く積まれた書類を前にして、必死に手を動かす振りをしながら、頭の中ではまったく別のことを考えていた。
(いい雰囲気にもっていこうとしたら、すっげー不機嫌になるから、結構タイミングが難しいんだよな。勢いだけで流れるように、江藤さんと接触するのがコツだけどさー)
少し離れたところにいる江藤を、胸の中を熱くさせながらじっと見つめた。
相思相愛になったというのに立場が上司と部下なので何をするのにも、いちいち顔色を窺ってしまう。ふたりきりでいるときでさえ、何かと口やかましい江藤のせいで、まるで会社にいるような感じだった。それを打破すべく、自分から手を打たなければならない!
そんな決意を胸に秘め、宮本は思いきって口を開いてみた。
「江藤さん、ちょっといいですか?」
「……何だよ、唐突に」
忙しそうに仕事をしていたのを止めたせいか、かなぁり機嫌が悪くなった江藤を見て、恐れおののいてしまった。
「えっと、江藤さんにお願いがありまして……」
「俺様にお願いなんて、ここぞとばかりに高くつくけど、それでもいいのか?」
(高くつくって、お金を払えってことなのか!?)
一瞬だけ変な不安に苛まれた宮本だったが、ごくりと喉を鳴らし、気を取り直して交渉に挑んでみる。
「あのですね、俺がしている仕事を江藤さんはどれくらいの早さでこなすのか、実際にこの目で見てみたいなぁと思いまして」
「チッ、何を言いだすかと思ったら。仕事の早さだけじゃないだろ。正確さだって要求される」
目力を強めながら鋭く睨み、まとっている不機嫌さを凝縮させたような、凄みを感じさせる口調で言い放った江藤の言葉に、思わず背筋がぞくっとした。
「そ、そうですよね。そういう仕事をぜひとも間近で観察して、見習いたいなぁと思ったワケなんです、はい……」
おどおどしつつも頼んでみると、面倒くさそうにため息をつきながら自分の席を勢いよく立ち、宮本のデスクにやって来て、力任せに大きな身体を押し退け江藤が座った。
「黙って見てろ。あまりの素晴らしさに声を出したら、速攻で殴り倒すからな」
「だったら俺は、今から江藤さんの上司ということで、じっくり観察させていただきます!」
江藤の言葉の暴力に負けないようにちょっとだけ頭を使い、一風変わった提案をした宮本を、物珍しそうにしげしげと眺め倒してから。
「何だか面白いことを考え付いたのな。佑輝くんらしくない」
江藤があまり出すことのない柔らかさを含んだ声で告げ、ふわりと嬉しそうに微笑んでから、目の前にあるパソコンにしっかりと向かい合って、さくさくと打ち込みをはじめた。
時折ふわふわの猫っ毛をなびかせながら、長い睫を伏せて書類に視線を落とす恋人の姿に思わず、宮本の胸が熱くなった。
(――俺の憧れた、江藤さんの姿だ)
仕事振りよりもその格好良さに目を奪われ、ハァハァ息を乱しながら見つめてしまう。
誰もいないふたりきりのオフィス。最初から、このシチュエーションを狙っていた。日中終えられる仕事をわざと残して、江藤に怒られても平気だったのはこのためだった。
だがしかし、後ろからぎゅっと抱きついたりしたら、間違いなく絶対に怒られることが、バカな宮本の頭でも分かっていた。速攻で殴り倒すというセリフが、脳内で勝手にリピートする。
線の細い背中からは『近寄るんじゃねぇよ』という、無言の圧力がひしひしと感じとれる。
それなのに目の前で繰り広げられる、いろんな誘惑に理性が――江藤が動くたびに、ふわっと柑橘系の香りが鼻腔をくすぐるせいで、一緒に過ごした夜を思い出さずにはいられない。
「……俺様の仕事、ちゃんと見ているんだろうな? 上司の宮本さん。さっきから鼻息がすっげぇレベルで、超絶耳障りなんですけど」
(ヒッ! パソコンに集中してこっちを見ていないのに、鼻息ひとつで心情を読み取ったのか!?)
「もっ、勿論ですよ。あはは……。俺なんかよりも早くて正確で、見ていて清々しくなっちゃうくらい」
もしかして江藤の背中に眼があるんじゃないだろうかと疑った宮本は、目を凝らして自分の席で座っている恋人の背中をじっと見つめてしまった。
「白々しい嘘をつくな。お前のことは、昔から分かっているんだから。間近で俺様を見て、ひそかに興奮してるクセに」
「そりゃあ好きなんですから、興奮の一つや二つくらいあっても、おかしくないでしょ」
「プッ! 開き直るの早っ。それくらい、仕事も早く出来ればいいのにな」
どこにツボったのか分からなかったが、江藤が笑いながら振り向いて宮本を見つめる。
(江藤さん、笑うと目がなくなって、すっげぇ可愛いんだよな)
ドキドキしながら、可愛い江藤をじっと見つめた。
「……佑輝くん」
突然、鼻にかかったような声で優しく呼ばれ、ドキドキが一層加速する。ただ名前を呼ばれただけなのに、それだけでもう――
「江藤さん……」
引き寄せられるように屈み込み、ゆっくり唇を重ねたら、江藤の座ってる椅子がギシッと音をたてた。
「んぅっ」
甘い吐息が聞こえた瞬間、カチッという音が耳に聞こえてきた。音に反応して目を開けると、すぐ傍にある江藤も目を見開いていた。
「ゲッ!? デリートしちまったかも」
「は――!?」
もしかして今までやった仕事と一緒に、削除されてしまったのか?
「なぁんてな、大丈夫だ。俺様のパソコンに、きちんと転送しているから」
しっかり者の上司のお蔭で、一難を免れることが出来た!
「よ、良かった……」
「全然良くねぇよ。会社で不埒なこと、今後一切禁止だからな! まったく」
江藤から愛の鉄槌という名のもとに、頭にチョップ食らったけど全然平気だったのは、いつもより手加減されていたから。
こういう痛いスキンシップよりも、いろんなことで褒められたい――今後は仕事と一緒に、恋も精進していこうと心に決めた宮本であった。
めでたし めでたし
(いい雰囲気にもっていこうとしたら、すっげー不機嫌になるから、結構タイミングが難しいんだよな。勢いだけで流れるように、江藤さんと接触するのがコツだけどさー)
少し離れたところにいる江藤を、胸の中を熱くさせながらじっと見つめた。
相思相愛になったというのに立場が上司と部下なので何をするのにも、いちいち顔色を窺ってしまう。ふたりきりでいるときでさえ、何かと口やかましい江藤のせいで、まるで会社にいるような感じだった。それを打破すべく、自分から手を打たなければならない!
そんな決意を胸に秘め、宮本は思いきって口を開いてみた。
「江藤さん、ちょっといいですか?」
「……何だよ、唐突に」
忙しそうに仕事をしていたのを止めたせいか、かなぁり機嫌が悪くなった江藤を見て、恐れおののいてしまった。
「えっと、江藤さんにお願いがありまして……」
「俺様にお願いなんて、ここぞとばかりに高くつくけど、それでもいいのか?」
(高くつくって、お金を払えってことなのか!?)
一瞬だけ変な不安に苛まれた宮本だったが、ごくりと喉を鳴らし、気を取り直して交渉に挑んでみる。
「あのですね、俺がしている仕事を江藤さんはどれくらいの早さでこなすのか、実際にこの目で見てみたいなぁと思いまして」
「チッ、何を言いだすかと思ったら。仕事の早さだけじゃないだろ。正確さだって要求される」
目力を強めながら鋭く睨み、まとっている不機嫌さを凝縮させたような、凄みを感じさせる口調で言い放った江藤の言葉に、思わず背筋がぞくっとした。
「そ、そうですよね。そういう仕事をぜひとも間近で観察して、見習いたいなぁと思ったワケなんです、はい……」
おどおどしつつも頼んでみると、面倒くさそうにため息をつきながら自分の席を勢いよく立ち、宮本のデスクにやって来て、力任せに大きな身体を押し退け江藤が座った。
「黙って見てろ。あまりの素晴らしさに声を出したら、速攻で殴り倒すからな」
「だったら俺は、今から江藤さんの上司ということで、じっくり観察させていただきます!」
江藤の言葉の暴力に負けないようにちょっとだけ頭を使い、一風変わった提案をした宮本を、物珍しそうにしげしげと眺め倒してから。
「何だか面白いことを考え付いたのな。佑輝くんらしくない」
江藤があまり出すことのない柔らかさを含んだ声で告げ、ふわりと嬉しそうに微笑んでから、目の前にあるパソコンにしっかりと向かい合って、さくさくと打ち込みをはじめた。
時折ふわふわの猫っ毛をなびかせながら、長い睫を伏せて書類に視線を落とす恋人の姿に思わず、宮本の胸が熱くなった。
(――俺の憧れた、江藤さんの姿だ)
仕事振りよりもその格好良さに目を奪われ、ハァハァ息を乱しながら見つめてしまう。
誰もいないふたりきりのオフィス。最初から、このシチュエーションを狙っていた。日中終えられる仕事をわざと残して、江藤に怒られても平気だったのはこのためだった。
だがしかし、後ろからぎゅっと抱きついたりしたら、間違いなく絶対に怒られることが、バカな宮本の頭でも分かっていた。速攻で殴り倒すというセリフが、脳内で勝手にリピートする。
線の細い背中からは『近寄るんじゃねぇよ』という、無言の圧力がひしひしと感じとれる。
それなのに目の前で繰り広げられる、いろんな誘惑に理性が――江藤が動くたびに、ふわっと柑橘系の香りが鼻腔をくすぐるせいで、一緒に過ごした夜を思い出さずにはいられない。
「……俺様の仕事、ちゃんと見ているんだろうな? 上司の宮本さん。さっきから鼻息がすっげぇレベルで、超絶耳障りなんですけど」
(ヒッ! パソコンに集中してこっちを見ていないのに、鼻息ひとつで心情を読み取ったのか!?)
「もっ、勿論ですよ。あはは……。俺なんかよりも早くて正確で、見ていて清々しくなっちゃうくらい」
もしかして江藤の背中に眼があるんじゃないだろうかと疑った宮本は、目を凝らして自分の席で座っている恋人の背中をじっと見つめてしまった。
「白々しい嘘をつくな。お前のことは、昔から分かっているんだから。間近で俺様を見て、ひそかに興奮してるクセに」
「そりゃあ好きなんですから、興奮の一つや二つくらいあっても、おかしくないでしょ」
「プッ! 開き直るの早っ。それくらい、仕事も早く出来ればいいのにな」
どこにツボったのか分からなかったが、江藤が笑いながら振り向いて宮本を見つめる。
(江藤さん、笑うと目がなくなって、すっげぇ可愛いんだよな)
ドキドキしながら、可愛い江藤をじっと見つめた。
「……佑輝くん」
突然、鼻にかかったような声で優しく呼ばれ、ドキドキが一層加速する。ただ名前を呼ばれただけなのに、それだけでもう――
「江藤さん……」
引き寄せられるように屈み込み、ゆっくり唇を重ねたら、江藤の座ってる椅子がギシッと音をたてた。
「んぅっ」
甘い吐息が聞こえた瞬間、カチッという音が耳に聞こえてきた。音に反応して目を開けると、すぐ傍にある江藤も目を見開いていた。
「ゲッ!? デリートしちまったかも」
「は――!?」
もしかして今までやった仕事と一緒に、削除されてしまったのか?
「なぁんてな、大丈夫だ。俺様のパソコンに、きちんと転送しているから」
しっかり者の上司のお蔭で、一難を免れることが出来た!
「よ、良かった……」
「全然良くねぇよ。会社で不埒なこと、今後一切禁止だからな! まったく」
江藤から愛の鉄槌という名のもとに、頭にチョップ食らったけど全然平気だったのは、いつもより手加減されていたから。
こういう痛いスキンシップよりも、いろんなことで褒められたい――今後は仕事と一緒に、恋も精進していこうと心に決めた宮本であった。
めでたし めでたし
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