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レクチャーⅢ:どういうことだよ!?
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カチッ カチッ カチッ……
時計の音が、やけに耳障りに聞こえる。
宮本がひとりで残業している仕事の内容は、月曜の朝までに仕上げなければならない決算書だった。しかし時計の音が気になったり、江藤が今頃どうしているかを考えると、一向に作業が進まなかった。
ガサガサッ バリバリ……
江藤から貰ったうんまい棒を食べながら、何度もため息をついてしまう。
(今頃ふたりで向かい合って、愉しく呑んでいるんだろうな。何の話をしてるんだろ。しかもつもる話って何なんだ、すっげぇ気になる)
こうして話の内容を気にしたところで仕事が進むわけもなく、ため息だけが無駄に増えてしまった。
カチッ カチッ ガサガサッ バリバリ……
静かな部署に、雑音だけが延々と響き渡った。パソコンを立ち上げているのに、キーボードを叩く音がまったくしない。
江藤が兄貴に向かって笑いかける姿を想像しただけで、軋むように胸が痛む。
――昔と同じ、あの痛み――
「あれ、どうして?」
この想いは良い思い出として、胸の奥底に押し込めていたというのに今頃どうしてなんだ?
気がついたら、いつの間にか心に秘めていた気持ちがぶわっと燃え広がっていた。
「何で……。何で今頃?」
手にした、うんまい棒をそっと見つめる。
これをくれたときの江藤の様子を思い出してみた。なぜか意味深に笑っていたのが、何となく引っかかる感じがする。
『ま、そういうことだからさ。俺様は本日残業せずに、さっさと定時であがるぞ』
(もしやあの台詞の真意って、俺が残業せず定時で上がれるように、仕事をしろってことだったのか? あのタイミングで言っておけば、定時で上がれると踏んだのかも)
「ガーッ! 今更それに気が付いても遅いっちゅーのっ!」
苛立ち任せに叫んでみたものの、焦る気持ちは解消されなかった。迷うことなくスマホを取り出し、兄貴に電話した。多分まだ、居酒屋にいる時間だろう。
2コール音の後、ざわついた店の中から兄貴の声が聞こえた。
『もしもし、どうした?』
「えっと、盛り上がってるトコ悪い。江藤さん、大丈夫かなって思って」
動揺しまくりで、変なことを宮本は口走ってしまった。
『あ~、大丈夫じゃないな。何かピッチが早くて、次々と飲んじゃっててさ』
「と、止めろよ! 江藤さんがあまり酒に強くないことを知ってるクセにっ」
もしかして兄貴のヤツ、下心があるから飲ませているんじゃないだろうなと考えついてしまい、スマホを持つ手が勝手に震える。反対の手に持っていた袋に入っているうんまい棒が、メキメキッと音を立てて砕けてしまった。
『勿論止めたよ。だけどなぁ、お前に対する愚痴が止まらなくて、酒を煽ってる感じだったぞ。おまえたち、何かあったのか?』
「俺の仕事ができないのが、そもそもの原因なんだ。いつも迷惑ばっかりかけてるから。そのせいでイライラさせて、すっげぇ困らせて……。今からそっちに行くから、江藤さんのことを頼むよ」
『……これから来るって、仕事はちゃんと終わったのかよ?』
江藤の声が、いきなり電話から聞こえてきた。
「さっき終わりました。なので今から、そっちに行こうと思って」
当然、真っ赤な嘘である。月曜日に烈火のごとく怒られるのは、容易に想像がつく。仕事をほっぽり出しやがって、馬鹿野郎って叱られるだろう。
『無理して来なくていい。こっちはこっちでヨロシクやるから』
「いんや絶対に行く。なんとしてでも今すぐ、そっちに行ってやる!」
『ふざけんな! 来るなって言ってんだろ、コラ』
「黙れよっ! その口にうんまい棒を突っ込んでやるから、じっとして待ってろ!」
そんなことを吐き捨てるように言い放ち、ブチッと電話を切った。
手に粉砕されたうんまい棒を持ったまま、宮本は足早に部署を後にする。
電気を消そうと振り返ったらデスク横にあるゴミ箱から、山のようにうんまい棒の袋がこれでもかと溢れかえっていた。
まるで自分の気持ちのようなそれを見て、複雑な心境になった。それを隠すように、勢いよく電気を消す。
――燃え広がって溢れてしまった気持ちは、もう止められない――
そんな気持ちに後押しされるように、宮本は必死になって居酒屋に向かった。
カチッ カチッ カチッ……
時計の音が、やけに耳障りに聞こえる。
宮本がひとりで残業している仕事の内容は、月曜の朝までに仕上げなければならない決算書だった。しかし時計の音が気になったり、江藤が今頃どうしているかを考えると、一向に作業が進まなかった。
ガサガサッ バリバリ……
江藤から貰ったうんまい棒を食べながら、何度もため息をついてしまう。
(今頃ふたりで向かい合って、愉しく呑んでいるんだろうな。何の話をしてるんだろ。しかもつもる話って何なんだ、すっげぇ気になる)
こうして話の内容を気にしたところで仕事が進むわけもなく、ため息だけが無駄に増えてしまった。
カチッ カチッ ガサガサッ バリバリ……
静かな部署に、雑音だけが延々と響き渡った。パソコンを立ち上げているのに、キーボードを叩く音がまったくしない。
江藤が兄貴に向かって笑いかける姿を想像しただけで、軋むように胸が痛む。
――昔と同じ、あの痛み――
「あれ、どうして?」
この想いは良い思い出として、胸の奥底に押し込めていたというのに今頃どうしてなんだ?
気がついたら、いつの間にか心に秘めていた気持ちがぶわっと燃え広がっていた。
「何で……。何で今頃?」
手にした、うんまい棒をそっと見つめる。
これをくれたときの江藤の様子を思い出してみた。なぜか意味深に笑っていたのが、何となく引っかかる感じがする。
『ま、そういうことだからさ。俺様は本日残業せずに、さっさと定時であがるぞ』
(もしやあの台詞の真意って、俺が残業せず定時で上がれるように、仕事をしろってことだったのか? あのタイミングで言っておけば、定時で上がれると踏んだのかも)
「ガーッ! 今更それに気が付いても遅いっちゅーのっ!」
苛立ち任せに叫んでみたものの、焦る気持ちは解消されなかった。迷うことなくスマホを取り出し、兄貴に電話した。多分まだ、居酒屋にいる時間だろう。
2コール音の後、ざわついた店の中から兄貴の声が聞こえた。
『もしもし、どうした?』
「えっと、盛り上がってるトコ悪い。江藤さん、大丈夫かなって思って」
動揺しまくりで、変なことを宮本は口走ってしまった。
『あ~、大丈夫じゃないな。何かピッチが早くて、次々と飲んじゃっててさ』
「と、止めろよ! 江藤さんがあまり酒に強くないことを知ってるクセにっ」
もしかして兄貴のヤツ、下心があるから飲ませているんじゃないだろうなと考えついてしまい、スマホを持つ手が勝手に震える。反対の手に持っていた袋に入っているうんまい棒が、メキメキッと音を立てて砕けてしまった。
『勿論止めたよ。だけどなぁ、お前に対する愚痴が止まらなくて、酒を煽ってる感じだったぞ。おまえたち、何かあったのか?』
「俺の仕事ができないのが、そもそもの原因なんだ。いつも迷惑ばっかりかけてるから。そのせいでイライラさせて、すっげぇ困らせて……。今からそっちに行くから、江藤さんのことを頼むよ」
『……これから来るって、仕事はちゃんと終わったのかよ?』
江藤の声が、いきなり電話から聞こえてきた。
「さっき終わりました。なので今から、そっちに行こうと思って」
当然、真っ赤な嘘である。月曜日に烈火のごとく怒られるのは、容易に想像がつく。仕事をほっぽり出しやがって、馬鹿野郎って叱られるだろう。
『無理して来なくていい。こっちはこっちでヨロシクやるから』
「いんや絶対に行く。なんとしてでも今すぐ、そっちに行ってやる!」
『ふざけんな! 来るなって言ってんだろ、コラ』
「黙れよっ! その口にうんまい棒を突っ込んでやるから、じっとして待ってろ!」
そんなことを吐き捨てるように言い放ち、ブチッと電話を切った。
手に粉砕されたうんまい棒を持ったまま、宮本は足早に部署を後にする。
電気を消そうと振り返ったらデスク横にあるゴミ箱から、山のようにうんまい棒の袋がこれでもかと溢れかえっていた。
まるで自分の気持ちのようなそれを見て、複雑な心境になった。それを隠すように、勢いよく電気を消す。
――燃え広がって溢れてしまった気持ちは、もう止められない――
そんな気持ちに後押しされるように、宮本は必死になって居酒屋に向かった。
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