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レクチャーⅢ:どういうことだよ!?
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今日のノルマを達成し、宮本は意気揚々と退社できた。
「江藤先輩、有難うございます。お蔭さまでいつもより早く、帰ることができました」
「おぅよ、俺様を崇め奉れ!」
「キレずに教えてくれるって言ったクセに、結局はキレていたけど……」
江藤に聞かれないように横を向きながら、ぼそりと文句を言ってしまった原因――かなりぎゃんぎゃん叱られたけど、的確な指示でノルマを早くこなすことができたのは、素直にうれしい。
ほくそ笑みを浮かべながら前を向くと、ガラス張りの扉に華やかなライトがチカチカ点滅しながら映っていた。まるで風俗店がひしめき合う、ネオン街のように見える。
「なんだぁ? 会社の前に何かあるのか?」
江藤は目をパチクリして、横にいる宮本の顔を見た。
しかしその問いに、すぐさま答えることができなかった。宮本はそれが何であるか、瞬時に分かってしまったせいで。
(きっと四菱ふそうのデコトラ。兄貴の仕事車だ――)
目の前で派手に瞬くライトに呆れながら、ポケットに入れてたスマホを取り出してチェックしてみると、兄貴からアプリのメッセージと着信履歴が数件ある状態だった。
(何でこのタイミングなんだよ、クソッ!)
内心苛立たしさを感じて、先に扉を開けて外に出る。デコトラの荷台に寄り掛かり、兄貴がスマホをいじりつつこっちを見た。
「やっぱり仕事してたんだ、相変わらずだなって……あれ、江藤ちん?」
兄貴が宮本の背後にいる江藤に気がつき、気さくに声をかけてきた。
下の名前で呼ばず、江藤をあだ名で呼んだ兄貴。元彼としてそれは、当然の配慮だと思った。
(しかしながら久しぶりに見るせいか、デコトラのライトがすっげぇ派手過ぎて目に眩し過ぎる)
「ああ、久しぶり。卒業以来だな。さっき、お前の話をしてたんだぞ。元気かって……なあ?」
「あ? ああ」
どこか辿たどしく喋りながら宮本に話を振る江藤の瞳は、明らかに困惑の色を示していた。
「江藤ちん確か、銀行に勤めてなかったっけ?」
「ノルマとかキツくてな、早々に辞めちまった。再就職先がここで、たまたま佑輝くんが入って来たんだ。なあ?」
「ぐ、偶然ってスゲーよな。あはははは!」
またまた隣に話を振る江藤に、苦笑いしかできない。
「何で江藤ちんが会社にいることを、俺に教えなかったんだ?」
「祐輝くんは気を遣ってくれたんだ。責めるなよ」
「気を遣うって、そんな必要ないだろ。一応、友達なんだから。俺たち、さ」
兄貴が告げたデリカシーのない言葉に、宮本は両手の拳をぎゅっと握った。自分でさえこんなにも、心が波打っているのである。江藤はどんな気持ちで今の言葉を聞いたのかと、少しだけ心配になった。
心配しながらそっと横目で江藤を見たら、何故だか目を細めて変な笑みを浮かべていた。
(これは、イヤな予感しかしない――だって、がらりと性格が変わっちまったからな、この人!)
「なぁ祐輝くん、うんまい棒を持ってないか?」
その言葉に兄貴は首を傾げ、瞬時に意味を悟った宮本。ヒッと声にならない声を上げてしまった。
(うんまい棒は鞄の中に入ってるけど、渡したら間違いなく兄貴の口に突っ込むだろう。今のこの人なら、間違いなくやりかねない!)
宮本は何度も激しく、首を横に振った。鞄の中身、チェックされませんようにと思いながら。
「チッ、それは残念だな。今から会社に戻って、お前のデスクから――」
「そそそっ、それよりも兄貴、どうしてここにいるんだよ? 何かあったのか?」
会社に戻りそうになった江藤の腕を素早く掴み、その動きを封じて行かせないようにしながら、ぼんやりしている兄貴に質問した。
「ああ、母さんから電話があってカレーを大量に作ったから、夕飯食べに来いってさ。乗ってくだろ?」
「これから江藤さんと、会社で使う物の買い出しをしなきゃいけないんだ。それが終わったら、直ぐ実家に向かうから。待たせたのに悪い」
掴んでた腕を引っ張りながら兄貴の視線を避けるように、江藤をこの場から強引に立ち退かせる。
「そうか、分かった。じゃあな、江藤ちん」
兄貴の言葉にあえて返事をせずに右手を上げてバイバイをした江藤を、複雑な気持ちで眺めた。
気まずいという気持ちを心の内に抱え、江藤を引っ張ってあてもなく歩く。
ほとほと困ったなぁと思っていたとき、すぐ傍にあるコンビニから漏れてくる光が宮本の目に留まった。
「江藤先輩、ちょっとだけ待っていてもらえませんか?」
返事を聞かず、さっさとコンビニに入った後輩を不思議そうな顔をして見送ったまなざしを気にしつつ、素早く買い物を済ませた。
「すんません、お待たせしました!」
気落ちしている江藤を何とかしようと、片手をビシッと上げてワザとらしく元気に言い放つ。
「えっと今日の残業でとてもお世話になったから、ぜひともお礼がしたいと思いまして」
にこやかに笑って、コンビニの袋から取り出したポッチーの小さな箱を強引に手渡した。
「ああ、わざわざ済まないな」
「遠慮なく、ささどうぞ」
また袋からポッチーを取り出し、江藤に手渡した。
「え……ありがと」
「どういたしまして、はい」
みたび袋からポッチーを取り出し、押し付けるように手渡す。
「ちょっ、何なんだ?」
怪訝な顔した江藤に、袋の中に入っているポッチーを次々と手渡していく。
「これは箸休め的な感じで、さぁどうぞ」
江藤が好きだと言ったうんまい棒のコンポタ味を、山になってるポッチーの箱の上に、そっと置いた。
「もしかして俺様に嫌がらせしようと、こんな風に手の込んだことをしたのか?」
「甘い物があれば余計なことで、ぐるぐる頭を使わなくて済むでしょ」
「頭を使うから、甘い物が欲しくなるんだ。バカ者」
「すんません。だってこのあと絶対に、余計なことを考えると思って……」
宮本が恐るおそる言うと不機嫌だった江藤の顔が崩れ、柔らかい笑みに変わった。
「俺様はそこまでヤワじゃねぇよ、変な気遣いしやがって。手にしてるビニール袋を寄越せ。このまま帰るのは、どう見たってつらいだろ」
「えーっ。残ったお菓子は、実家に持って行こうと思ったんだ」
(良かった、いつもの雰囲気に戻った。つぅか俺に向かって笑いかけるなんて、奇跡に近いかもしれない!)
「チッ! それじゃあ、しょうがないな。恥ずかしいがこのまま帰るとするか」
「はい、お疲れさまです」
宮本が来た道を戻ろうと背中を向けたら――
「佑輝くん、今日はありがとう……」
消え入りそうな声が耳に聞こえたので、慌てて振り返ったときには江藤は足早に向こう側を歩き、すでに反対側の歩道へ行ってしまっていた。
礼を言われることをしたつもりはなかった。ただ江藤の中の悲しみが少しでも短く、そして癒されるならばいいと思っただけなのだから。
――心の奥底に秘めたこの想いは、けして開くことはない――俺を求めない限り、けして……。
「江藤先輩、有難うございます。お蔭さまでいつもより早く、帰ることができました」
「おぅよ、俺様を崇め奉れ!」
「キレずに教えてくれるって言ったクセに、結局はキレていたけど……」
江藤に聞かれないように横を向きながら、ぼそりと文句を言ってしまった原因――かなりぎゃんぎゃん叱られたけど、的確な指示でノルマを早くこなすことができたのは、素直にうれしい。
ほくそ笑みを浮かべながら前を向くと、ガラス張りの扉に華やかなライトがチカチカ点滅しながら映っていた。まるで風俗店がひしめき合う、ネオン街のように見える。
「なんだぁ? 会社の前に何かあるのか?」
江藤は目をパチクリして、横にいる宮本の顔を見た。
しかしその問いに、すぐさま答えることができなかった。宮本はそれが何であるか、瞬時に分かってしまったせいで。
(きっと四菱ふそうのデコトラ。兄貴の仕事車だ――)
目の前で派手に瞬くライトに呆れながら、ポケットに入れてたスマホを取り出してチェックしてみると、兄貴からアプリのメッセージと着信履歴が数件ある状態だった。
(何でこのタイミングなんだよ、クソッ!)
内心苛立たしさを感じて、先に扉を開けて外に出る。デコトラの荷台に寄り掛かり、兄貴がスマホをいじりつつこっちを見た。
「やっぱり仕事してたんだ、相変わらずだなって……あれ、江藤ちん?」
兄貴が宮本の背後にいる江藤に気がつき、気さくに声をかけてきた。
下の名前で呼ばず、江藤をあだ名で呼んだ兄貴。元彼としてそれは、当然の配慮だと思った。
(しかしながら久しぶりに見るせいか、デコトラのライトがすっげぇ派手過ぎて目に眩し過ぎる)
「ああ、久しぶり。卒業以来だな。さっき、お前の話をしてたんだぞ。元気かって……なあ?」
「あ? ああ」
どこか辿たどしく喋りながら宮本に話を振る江藤の瞳は、明らかに困惑の色を示していた。
「江藤ちん確か、銀行に勤めてなかったっけ?」
「ノルマとかキツくてな、早々に辞めちまった。再就職先がここで、たまたま佑輝くんが入って来たんだ。なあ?」
「ぐ、偶然ってスゲーよな。あはははは!」
またまた隣に話を振る江藤に、苦笑いしかできない。
「何で江藤ちんが会社にいることを、俺に教えなかったんだ?」
「祐輝くんは気を遣ってくれたんだ。責めるなよ」
「気を遣うって、そんな必要ないだろ。一応、友達なんだから。俺たち、さ」
兄貴が告げたデリカシーのない言葉に、宮本は両手の拳をぎゅっと握った。自分でさえこんなにも、心が波打っているのである。江藤はどんな気持ちで今の言葉を聞いたのかと、少しだけ心配になった。
心配しながらそっと横目で江藤を見たら、何故だか目を細めて変な笑みを浮かべていた。
(これは、イヤな予感しかしない――だって、がらりと性格が変わっちまったからな、この人!)
「なぁ祐輝くん、うんまい棒を持ってないか?」
その言葉に兄貴は首を傾げ、瞬時に意味を悟った宮本。ヒッと声にならない声を上げてしまった。
(うんまい棒は鞄の中に入ってるけど、渡したら間違いなく兄貴の口に突っ込むだろう。今のこの人なら、間違いなくやりかねない!)
宮本は何度も激しく、首を横に振った。鞄の中身、チェックされませんようにと思いながら。
「チッ、それは残念だな。今から会社に戻って、お前のデスクから――」
「そそそっ、それよりも兄貴、どうしてここにいるんだよ? 何かあったのか?」
会社に戻りそうになった江藤の腕を素早く掴み、その動きを封じて行かせないようにしながら、ぼんやりしている兄貴に質問した。
「ああ、母さんから電話があってカレーを大量に作ったから、夕飯食べに来いってさ。乗ってくだろ?」
「これから江藤さんと、会社で使う物の買い出しをしなきゃいけないんだ。それが終わったら、直ぐ実家に向かうから。待たせたのに悪い」
掴んでた腕を引っ張りながら兄貴の視線を避けるように、江藤をこの場から強引に立ち退かせる。
「そうか、分かった。じゃあな、江藤ちん」
兄貴の言葉にあえて返事をせずに右手を上げてバイバイをした江藤を、複雑な気持ちで眺めた。
気まずいという気持ちを心の内に抱え、江藤を引っ張ってあてもなく歩く。
ほとほと困ったなぁと思っていたとき、すぐ傍にあるコンビニから漏れてくる光が宮本の目に留まった。
「江藤先輩、ちょっとだけ待っていてもらえませんか?」
返事を聞かず、さっさとコンビニに入った後輩を不思議そうな顔をして見送ったまなざしを気にしつつ、素早く買い物を済ませた。
「すんません、お待たせしました!」
気落ちしている江藤を何とかしようと、片手をビシッと上げてワザとらしく元気に言い放つ。
「えっと今日の残業でとてもお世話になったから、ぜひともお礼がしたいと思いまして」
にこやかに笑って、コンビニの袋から取り出したポッチーの小さな箱を強引に手渡した。
「ああ、わざわざ済まないな」
「遠慮なく、ささどうぞ」
また袋からポッチーを取り出し、江藤に手渡した。
「え……ありがと」
「どういたしまして、はい」
みたび袋からポッチーを取り出し、押し付けるように手渡す。
「ちょっ、何なんだ?」
怪訝な顔した江藤に、袋の中に入っているポッチーを次々と手渡していく。
「これは箸休め的な感じで、さぁどうぞ」
江藤が好きだと言ったうんまい棒のコンポタ味を、山になってるポッチーの箱の上に、そっと置いた。
「もしかして俺様に嫌がらせしようと、こんな風に手の込んだことをしたのか?」
「甘い物があれば余計なことで、ぐるぐる頭を使わなくて済むでしょ」
「頭を使うから、甘い物が欲しくなるんだ。バカ者」
「すんません。だってこのあと絶対に、余計なことを考えると思って……」
宮本が恐るおそる言うと不機嫌だった江藤の顔が崩れ、柔らかい笑みに変わった。
「俺様はそこまでヤワじゃねぇよ、変な気遣いしやがって。手にしてるビニール袋を寄越せ。このまま帰るのは、どう見たってつらいだろ」
「えーっ。残ったお菓子は、実家に持って行こうと思ったんだ」
(良かった、いつもの雰囲気に戻った。つぅか俺に向かって笑いかけるなんて、奇跡に近いかもしれない!)
「チッ! それじゃあ、しょうがないな。恥ずかしいがこのまま帰るとするか」
「はい、お疲れさまです」
宮本が来た道を戻ろうと背中を向けたら――
「佑輝くん、今日はありがとう……」
消え入りそうな声が耳に聞こえたので、慌てて振り返ったときには江藤は足早に向こう側を歩き、すでに反対側の歩道へ行ってしまっていた。
礼を言われることをしたつもりはなかった。ただ江藤の中の悲しみが少しでも短く、そして癒されるならばいいと思っただけなのだから。
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