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レクチャーⅡ:どうして、こうなる!?
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戦利品のごとく江藤の手には、かにせんが握られていた。
「だから糖分を摂れ、佑輝くん。やればできるコなんだから」
「何だよ、それ?」
ふてくされながら椅子の背もたれに躰を預けると、ものすごく偉そうな顔をしながら腰に手を当てて言い放つ。
「俺様は知ってるんだからな、おまえは頑張ればできるヤツだって。もともと頭は、そんなに悪くはないんだ。ただ残念ながら、めちゃくちゃ要領が悪いだけだもんな」
(何のダメ出しだよ、おい――)
「これからはあまり叱らず、遠くから指示を出してやる。頑張れ祐輝くん」
「分かったよ、やって見るから。要領の悪さを直したいし」
「そうか」
「……遠くからじゃなく、近くで指示してもらわないと分からないと思う。だから江藤さん――」
「何だ?」
ワクワク顔で聞いてくる江藤の様子に、宮本はちょっと顔を引きつらせた。
「なるべくキレずに、優しく指示をお願いします。怒ってる内にテンションが上がり過ぎて、内容が時々変わったりしてるし無駄に怖いし……」
「無駄に怖いって、お前が怒らせることを言うからじゃないか」
「ほらほら、すぐそうやって怒る。言ってる傍から怒ってるじゃないか」
呆れながら江藤の顔に指差すと、ハッとして苦笑いしながら頭を掻いた。
「あ、ついな。クセになってるのか」
「その怒った顔を見ると頭の中が真っ白になって、何もできなくなるんだ」
「そうだったのか、それは悪かった」
あからさまにシュンとした面持ちに、首を横に振ってみせる。
「7年ぶりだね、こうやって腹を割って話したのさ」
「そうだな、あの日以来か――」
――7年前、高校2年生の4月のあの日。
季節は新しい出逢いの春だというのに散り際の桜がはかなげに見えるせいで、何となく寂しさを思い起こさせていた。学年が上がってもクラスはそのまま持ち上がりだったのでクラスメートとの別れもなく、寂しくないはずなのに不思議だなって思っていたんだ。
仲の良い友達とバカ話しながら帰り、家の前の交差点で別れてダラダラと歩いていた。視線の先に自宅があって、すぐ傍の塀に寄りかかっている見慣れた姿を発見した。
「あれ、江藤さん?」
走って駆け寄ると、首だけ動かしてぼんやりとした顔で見つめてくる。その瞳は、明らかに死んだ魚の目だった。ドヨ~ンとしたオーラまで放っている状態。
(――おいおい、どうした。いつもの俺様キラキラオーラが、まったくないじゃないか)
「祐輝くん……」
「江藤さんこんにちは!! 兄貴と待ち合わせなのか?」
負のオーラに飲まれないよう元気に言い放ち、玄関を開けようとしたら鍵がかかってたので、手持ちの鍵を差し込んで急いでドアを開けた。
「…………」
「そんなところに突っ立てないで、中に入って待ってれば?」
「いや、いい。ここで待つ……」
いつもなら我が家のように堂々と先に入って行くクセに、ここで待つってまるでストーカーみたいじゃないか。
「何だよ、らしくないな。もしかして兄貴とケンカでもしたのかよ?」
笑いながら言った途端に口元を引きつらせ、眉間に深いシワを寄せて睨んできた。
(ゲッ! 図星かよ。あんなに仲が良いのにケンカするんだ、珍しいな)
「おまえ、時々こっちの心臓を貫くような言葉を唐突に言うよな。しかも絶妙なタイミングで言うもんだから、避け様がないという」
「俺としては、そんなつもりが全然ないんだけど。江藤さんのツボが、イマイチ分からないから」
ケンカの件は間違いないだろう。だからこそ、これに対してツッコミをしてはいけない。江藤さんのキズが、さらに深まってしまう。
「俺様は雅輝のツボが分からん。好きなのにここのところケンカばかりで、お互いすれ違ってしまう……」
「そうか、大変そうだな」
らしくない悲しげな江藤さんの姿を見てるだけで、こっちまで胸が苦しくなってしまった。口数が無駄に多くなる自分を抑えて、江藤さんの愚痴を聞いてやろうと思った。
「祐輝くんとはこうして普通に話せるのに、雅輝の前だとうまく言葉が出なくてさ。想いが空回りして誤解ばかりさせちまって、ますますドツボにはまるんだ」
言いながら涙をうっすら溜める姿にギョッとして、ますますどうしていいかが分からなくなった。
江藤さんじゃないが、うまく言葉が出てこない。こんなときだからこそ気の利いたことを言って、慰めてあげたいというのに。
笑いながら言った途端に口元を引きつらせ、眉間に深いシワを寄せて睨んできた。
(ゲッ! 図星かよ。あんなに仲が良いのにケンカするんだ、珍しいな)
「おまえ、時々こっちの心臓を貫くような言葉を唐突に言うよな。しかも絶妙なタイミングで言うもんだから、避け様がないという」
「俺としては、そんなつもりが全然ないんだけど。江藤さんのツボが、イマイチ分からないから」
ケンカの件は間違いないだろう。だからこそ、これに対してツッコミをしてはいけない。江藤さんのキズが、さらに深まってしまう。
「俺様は雅輝のツボが分からん。好きなのにここのところケンカばかりで、お互いすれ違ってしまう……」
「そうか、大変そうだな」
らしくない悲しげな江藤さんの姿を見てるだけで、こっちまで胸が苦しくなってしまった。口数が無駄に多くなる自分を抑えて、江藤さんの愚痴を聞いてやろうと思った。
「祐輝くんとはこうして普通に話せるのに、雅輝の前だとうまく言葉が出なくてさ。想いが空回りして誤解ばかりさせちまって、ますますドツボにはまるんだ」
言いながら涙をうっすら溜める姿にギョッとして、ますますどうしていいかが分からなくなった。
江藤さんじゃないが、うまく言葉が出てこない。こんなときだからこそ気の利いたことを言って、慰めてあげたいというのに。
俺ってばマジで無能すぎる! 何とかしたいのに……。好きなヤツが目の前で困り果てているのに、優しい言葉すら出てこないなんて。
「江藤さんっ!」
(言葉が出ないのなら、行動あるのみだ!)
あからさまに傷ついた姿を誰にも見せないように急いで江藤さんの腕を掴み、強引に家の中に引っ張り込んだ。いつもなら文句を言いながら反発するのに、顔を俯かせて黙ったままついて来る。そんな素直な姿にどうにも堪らなくなり、掴んでる手に自然と力が入ってしまった。
無言でリビングのソファに座らせてから台所に立って、マグカップに牛乳を注いだ。そのまま電子レンジに突っ込んで、電源ボタンを押す。
待っている間に、慰める言葉を必死になって考えてみることにした。
弱ってる江藤さんに元気出せよと言ったら、強がりな人ゆえに元気を装うだろう。俺様のクセして意外と繊細な感覚の持ち主だから、変なところで気を遣わなくてはならない。まったく、難しくて面倒くさい人だ。
――だから兄貴は、江藤さんを捨てた?――
そう思い至ったとき、電子レンジからできあがりの音が鳴った。
熱々のマグカップを取り出し、砂糖を適当に入れてグルグルかき混ぜる。俺様気質なところも変に強がりなところも、全部ひっくるめて江藤さんが好き。そんな自分の想いを混ぜるように混ぜてやった。
「あっついから、気をつけて飲んで」
これは俺の気持ち、想いの熱なんだよ江藤さん。
そう告げたかったけど我慢した。落ち込んでいる今、混乱することを口にすることなんてできやしない。
注意しながら手渡した俺の顔を見て江藤さんは「ありがと……」と小さな声で呟き、マグカップを慎重に受け取って、そっと口をつける。一口飲んで、ふわりと柔らかくほほ笑んだ。
「本当に熱いな、ガバガバとは飲めない」
「ガバガバと飲みたかったのかよ。絶対にヤケドするって」
内心呆れながら指摘すると首を横に振り、ふたたび口をつけてゆっくりとため息をついた。大事そうに、マグカップを握りしめてくれる。
(そのマグカップみたいに、俺の気持ちを包み込んでくれたらいいのに――)
「だって祐輝くんがわざわざ、俺様のために作ってくれたものだから。ガバガバと飲んでやりたいじゃないか。だけどさ」
「何だよ?」
「もう少し甘い方が、俺様の好みだよ」
「早速駄目だしって、江藤さんらしい。文句を言うなら返して」
むくれる俺を瞳を細めて見つめ、今度は声を立てて笑った。
「返すかよ。今はこれが、俺様の癒しになっているからな」
そう言って、熱いマグカップをぎゅっと握りしめる。
そんな寂しげな姿を見て、ひとり分だけ席を空けて江藤さんの横に座った。
弱ってる江藤さんの顔を向き合って見たくはなかったし、それを逆手にとって手を出してしまいそうな自分がいて、真正面に座る勇気がなかった。
「……いろいろ気を遣わせて悪ぃな。何だかんだこうやって、年下のおまえに甘えちまって。ホント情けねぇ」
(――好きだから助けてやりたい。こんな小さいことしかできない俺だけどさ。江藤さんが少しでも元気になるなら、何だってしてやるよ)
「こっちも勉強見てもらって世話になってるし、困ったときはお互いさまみたいな?」
「困ったときは、か。こんなことで困りたくはなかったんだが……。まったく人生ってやつは、うまくいかないもんだ」
吐き捨てるように言い放ち、勢いよくホットミルクを飲む。
「うわっち! ヤケドしちまった。……あちこち痛いっ」
それくらい俺の想いは熱いんだよ。その熱さで心がリセットして、俺のことを想ってはくれないだろうか――
「最初に熱いから、気をつけろって言ってあっただろ。何やってんだか」
「俺様としたことがミスっちまった。本当、何やってんだか……っ!」
語尾が鼻声になり、何を言ってるか分からなかった。
横目でその様子を奥歯をかみしめながら見つめたあと、無言で江藤さんの頭を掴んで自分の肩口に強く押しつける。
本当はその躰を抱き寄せて強く抱きしめてやりたかったけど、寸前のところで理性がそれを押し留めた。俺の腕の中で、江藤さんが泣いてるところを見たくはなかった。
結局、気の利いた言葉をうまく掛けられなかった自分。高校生の俺は自分の想いを持て余しただけで、江藤さんに何もできなかった。
――だけど今の俺は、江藤さんに何ができるだろうか?――
「だから糖分を摂れ、佑輝くん。やればできるコなんだから」
「何だよ、それ?」
ふてくされながら椅子の背もたれに躰を預けると、ものすごく偉そうな顔をしながら腰に手を当てて言い放つ。
「俺様は知ってるんだからな、おまえは頑張ればできるヤツだって。もともと頭は、そんなに悪くはないんだ。ただ残念ながら、めちゃくちゃ要領が悪いだけだもんな」
(何のダメ出しだよ、おい――)
「これからはあまり叱らず、遠くから指示を出してやる。頑張れ祐輝くん」
「分かったよ、やって見るから。要領の悪さを直したいし」
「そうか」
「……遠くからじゃなく、近くで指示してもらわないと分からないと思う。だから江藤さん――」
「何だ?」
ワクワク顔で聞いてくる江藤の様子に、宮本はちょっと顔を引きつらせた。
「なるべくキレずに、優しく指示をお願いします。怒ってる内にテンションが上がり過ぎて、内容が時々変わったりしてるし無駄に怖いし……」
「無駄に怖いって、お前が怒らせることを言うからじゃないか」
「ほらほら、すぐそうやって怒る。言ってる傍から怒ってるじゃないか」
呆れながら江藤の顔に指差すと、ハッとして苦笑いしながら頭を掻いた。
「あ、ついな。クセになってるのか」
「その怒った顔を見ると頭の中が真っ白になって、何もできなくなるんだ」
「そうだったのか、それは悪かった」
あからさまにシュンとした面持ちに、首を横に振ってみせる。
「7年ぶりだね、こうやって腹を割って話したのさ」
「そうだな、あの日以来か――」
――7年前、高校2年生の4月のあの日。
季節は新しい出逢いの春だというのに散り際の桜がはかなげに見えるせいで、何となく寂しさを思い起こさせていた。学年が上がってもクラスはそのまま持ち上がりだったのでクラスメートとの別れもなく、寂しくないはずなのに不思議だなって思っていたんだ。
仲の良い友達とバカ話しながら帰り、家の前の交差点で別れてダラダラと歩いていた。視線の先に自宅があって、すぐ傍の塀に寄りかかっている見慣れた姿を発見した。
「あれ、江藤さん?」
走って駆け寄ると、首だけ動かしてぼんやりとした顔で見つめてくる。その瞳は、明らかに死んだ魚の目だった。ドヨ~ンとしたオーラまで放っている状態。
(――おいおい、どうした。いつもの俺様キラキラオーラが、まったくないじゃないか)
「祐輝くん……」
「江藤さんこんにちは!! 兄貴と待ち合わせなのか?」
負のオーラに飲まれないよう元気に言い放ち、玄関を開けようとしたら鍵がかかってたので、手持ちの鍵を差し込んで急いでドアを開けた。
「…………」
「そんなところに突っ立てないで、中に入って待ってれば?」
「いや、いい。ここで待つ……」
いつもなら我が家のように堂々と先に入って行くクセに、ここで待つってまるでストーカーみたいじゃないか。
「何だよ、らしくないな。もしかして兄貴とケンカでもしたのかよ?」
笑いながら言った途端に口元を引きつらせ、眉間に深いシワを寄せて睨んできた。
(ゲッ! 図星かよ。あんなに仲が良いのにケンカするんだ、珍しいな)
「おまえ、時々こっちの心臓を貫くような言葉を唐突に言うよな。しかも絶妙なタイミングで言うもんだから、避け様がないという」
「俺としては、そんなつもりが全然ないんだけど。江藤さんのツボが、イマイチ分からないから」
ケンカの件は間違いないだろう。だからこそ、これに対してツッコミをしてはいけない。江藤さんのキズが、さらに深まってしまう。
「俺様は雅輝のツボが分からん。好きなのにここのところケンカばかりで、お互いすれ違ってしまう……」
「そうか、大変そうだな」
らしくない悲しげな江藤さんの姿を見てるだけで、こっちまで胸が苦しくなってしまった。口数が無駄に多くなる自分を抑えて、江藤さんの愚痴を聞いてやろうと思った。
「祐輝くんとはこうして普通に話せるのに、雅輝の前だとうまく言葉が出なくてさ。想いが空回りして誤解ばかりさせちまって、ますますドツボにはまるんだ」
言いながら涙をうっすら溜める姿にギョッとして、ますますどうしていいかが分からなくなった。
江藤さんじゃないが、うまく言葉が出てこない。こんなときだからこそ気の利いたことを言って、慰めてあげたいというのに。
笑いながら言った途端に口元を引きつらせ、眉間に深いシワを寄せて睨んできた。
(ゲッ! 図星かよ。あんなに仲が良いのにケンカするんだ、珍しいな)
「おまえ、時々こっちの心臓を貫くような言葉を唐突に言うよな。しかも絶妙なタイミングで言うもんだから、避け様がないという」
「俺としては、そんなつもりが全然ないんだけど。江藤さんのツボが、イマイチ分からないから」
ケンカの件は間違いないだろう。だからこそ、これに対してツッコミをしてはいけない。江藤さんのキズが、さらに深まってしまう。
「俺様は雅輝のツボが分からん。好きなのにここのところケンカばかりで、お互いすれ違ってしまう……」
「そうか、大変そうだな」
らしくない悲しげな江藤さんの姿を見てるだけで、こっちまで胸が苦しくなってしまった。口数が無駄に多くなる自分を抑えて、江藤さんの愚痴を聞いてやろうと思った。
「祐輝くんとはこうして普通に話せるのに、雅輝の前だとうまく言葉が出なくてさ。想いが空回りして誤解ばかりさせちまって、ますますドツボにはまるんだ」
言いながら涙をうっすら溜める姿にギョッとして、ますますどうしていいかが分からなくなった。
江藤さんじゃないが、うまく言葉が出てこない。こんなときだからこそ気の利いたことを言って、慰めてあげたいというのに。
俺ってばマジで無能すぎる! 何とかしたいのに……。好きなヤツが目の前で困り果てているのに、優しい言葉すら出てこないなんて。
「江藤さんっ!」
(言葉が出ないのなら、行動あるのみだ!)
あからさまに傷ついた姿を誰にも見せないように急いで江藤さんの腕を掴み、強引に家の中に引っ張り込んだ。いつもなら文句を言いながら反発するのに、顔を俯かせて黙ったままついて来る。そんな素直な姿にどうにも堪らなくなり、掴んでる手に自然と力が入ってしまった。
無言でリビングのソファに座らせてから台所に立って、マグカップに牛乳を注いだ。そのまま電子レンジに突っ込んで、電源ボタンを押す。
待っている間に、慰める言葉を必死になって考えてみることにした。
弱ってる江藤さんに元気出せよと言ったら、強がりな人ゆえに元気を装うだろう。俺様のクセして意外と繊細な感覚の持ち主だから、変なところで気を遣わなくてはならない。まったく、難しくて面倒くさい人だ。
――だから兄貴は、江藤さんを捨てた?――
そう思い至ったとき、電子レンジからできあがりの音が鳴った。
熱々のマグカップを取り出し、砂糖を適当に入れてグルグルかき混ぜる。俺様気質なところも変に強がりなところも、全部ひっくるめて江藤さんが好き。そんな自分の想いを混ぜるように混ぜてやった。
「あっついから、気をつけて飲んで」
これは俺の気持ち、想いの熱なんだよ江藤さん。
そう告げたかったけど我慢した。落ち込んでいる今、混乱することを口にすることなんてできやしない。
注意しながら手渡した俺の顔を見て江藤さんは「ありがと……」と小さな声で呟き、マグカップを慎重に受け取って、そっと口をつける。一口飲んで、ふわりと柔らかくほほ笑んだ。
「本当に熱いな、ガバガバとは飲めない」
「ガバガバと飲みたかったのかよ。絶対にヤケドするって」
内心呆れながら指摘すると首を横に振り、ふたたび口をつけてゆっくりとため息をついた。大事そうに、マグカップを握りしめてくれる。
(そのマグカップみたいに、俺の気持ちを包み込んでくれたらいいのに――)
「だって祐輝くんがわざわざ、俺様のために作ってくれたものだから。ガバガバと飲んでやりたいじゃないか。だけどさ」
「何だよ?」
「もう少し甘い方が、俺様の好みだよ」
「早速駄目だしって、江藤さんらしい。文句を言うなら返して」
むくれる俺を瞳を細めて見つめ、今度は声を立てて笑った。
「返すかよ。今はこれが、俺様の癒しになっているからな」
そう言って、熱いマグカップをぎゅっと握りしめる。
そんな寂しげな姿を見て、ひとり分だけ席を空けて江藤さんの横に座った。
弱ってる江藤さんの顔を向き合って見たくはなかったし、それを逆手にとって手を出してしまいそうな自分がいて、真正面に座る勇気がなかった。
「……いろいろ気を遣わせて悪ぃな。何だかんだこうやって、年下のおまえに甘えちまって。ホント情けねぇ」
(――好きだから助けてやりたい。こんな小さいことしかできない俺だけどさ。江藤さんが少しでも元気になるなら、何だってしてやるよ)
「こっちも勉強見てもらって世話になってるし、困ったときはお互いさまみたいな?」
「困ったときは、か。こんなことで困りたくはなかったんだが……。まったく人生ってやつは、うまくいかないもんだ」
吐き捨てるように言い放ち、勢いよくホットミルクを飲む。
「うわっち! ヤケドしちまった。……あちこち痛いっ」
それくらい俺の想いは熱いんだよ。その熱さで心がリセットして、俺のことを想ってはくれないだろうか――
「最初に熱いから、気をつけろって言ってあっただろ。何やってんだか」
「俺様としたことがミスっちまった。本当、何やってんだか……っ!」
語尾が鼻声になり、何を言ってるか分からなかった。
横目でその様子を奥歯をかみしめながら見つめたあと、無言で江藤さんの頭を掴んで自分の肩口に強く押しつける。
本当はその躰を抱き寄せて強く抱きしめてやりたかったけど、寸前のところで理性がそれを押し留めた。俺の腕の中で、江藤さんが泣いてるところを見たくはなかった。
結局、気の利いた言葉をうまく掛けられなかった自分。高校生の俺は自分の想いを持て余しただけで、江藤さんに何もできなかった。
――だけど今の俺は、江藤さんに何ができるだろうか?――
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