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レクチャーⅡ:どうして、こうなる!?
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次の日、今日こそ叱られないようにせねばと朝からしっかりと気合を入れた宮本は、右手を胸の前でぎゅっと握りしめながら、やるべき仕事の内容を懸命に思い出していた。
そのとき目の前に見慣れたスーツ姿の背中が目に入り、握りしめていた拳が自然と力なく下ろされる。
必然的にやる気も、みるみる内に失われていった。その人が目の前にいるだけでテンションがどんどん駄々下がりする自分の心情は、笑うに笑えないものだ。
(一緒の時間に出勤って、かなり珍しいな。江藤先輩はいつも、俺より先に来ているはずなのに――しかもこのまま後ろからついて行って同時に出勤するのは、正直微妙な感じに思える)
ここは追い抜きながらさっさとあいさつして、この場をやり過ごそう。接触するのはすっげぇ嫌だが、目の前をチラチラとうろつかれるよりはマシだ。
「うしっ!」
いろいろ考えた結果、無駄に気合いを入れてカバンを小脇に抱えながら走りだした。頭の中では、すれ違いざまあいさつするをしっかり連呼する。あと十歩、あと三歩……
いざあいさつしようと口を開きかけた瞬間、がしゅっと音を立てて足元に何かが引っかかった。体勢を立て直そうと右腕を伸ばして、手身近にあるものを強く掴んだ。迷うことなく掴んだそれは江藤の躰で、宮本に掴まれた衝撃に驚いたのかギョッとした顔のまま一緒に歩道の上へと派手に倒れこむ。
ともに倒れたというのに倒れた衝撃および痛みを、まったく感じなかった。それよりもレモンの様な爽やかな柑橘系の香りが、鼻先を掠めるようにふわっと香ってくる。嗅いだことのあるそれがきっかけで何だか懐かしくなってしまい、過去のことをぼんやりと思い出してしまった。
あれは高校1年の2学期中間テスト――たまに遊びに来てた江藤さんから勉強を教えてもらう機会があったお蔭で、格段に成績が上がっていった。
喜んだ俺は兄貴の部屋にいた江藤さんに、答案用紙を見せに行った。そしたら俺よりも大喜びして、ぎゅっと抱きしめてきたんだ。そのときにふわりと匂ったのがこの香りで、無性に胸がドキドキしたのを覚えてる。
兄貴を含め俺の周りには、そういうお洒落なことをするヤツがいなかったし、無臭な自分がすっげぇ恥ずかしく感じたっけ。
「おい、いつまで俺様の上に跨っているつもりだ。無駄に重くて死んじまうぞ、コラ……」
うなるような江藤の低い声で、やっと我に返る。
(――ヤバい、これは非常にヤバいだろ)
場所は会社の目の前。通勤途中の会社員がチラチラと俺たちの姿を横目で見ながら、足早に通り過ぎていく。ついでに会社の同僚や先輩、挙句の果てにはこのタイミングで出勤する上司までもが、憐れみの視線で俺たちを見ていた。間違いなく今日の三面記事のような話題を、自ら提供している状態だった。
「ヒッ、すんませんっ! つい、目の前にいたもんですから」
「目の前にいるヤツを無差別で押し倒す癖でもあるのか、おまえはっ! まったく相変わらず、おっちょこちょいだな」
恐れ慄きつつ飛び退いた宮本を見ながら、冷めたまなざしでじっと見つめた江藤。
「ほんと、すんません……」
心の底からしゅんとする姿を白い目で眺め、忌々しそうに眉根を寄せてチッと舌打ちする。
「昔はそういうところが、かわいいと思ったんだけどな。だが今は俺様のストレスの原因だ。もっと注意しろよ」
声を抑えながら静かに怒鳴ってスーツのあちこちを素早く掃い、身を翻して逃げるように会社に入って行く後ろ姿を、返事もできずにぼんやりと眺めた。
あいさつを忘れた上に押し倒して下敷きにしてしまった大失態を、何で挽回すればいいのか分からず、この時点で家に帰りたくなった宮本。
仕事に対するテンションをあげようと思ったのに、自らやらかしてしまった目も当てられないドジのせいでテンションが駄々下がりのまま、朝礼に出るしかなく――
そのとき目の前に見慣れたスーツ姿の背中が目に入り、握りしめていた拳が自然と力なく下ろされる。
必然的にやる気も、みるみる内に失われていった。その人が目の前にいるだけでテンションがどんどん駄々下がりする自分の心情は、笑うに笑えないものだ。
(一緒の時間に出勤って、かなり珍しいな。江藤先輩はいつも、俺より先に来ているはずなのに――しかもこのまま後ろからついて行って同時に出勤するのは、正直微妙な感じに思える)
ここは追い抜きながらさっさとあいさつして、この場をやり過ごそう。接触するのはすっげぇ嫌だが、目の前をチラチラとうろつかれるよりはマシだ。
「うしっ!」
いろいろ考えた結果、無駄に気合いを入れてカバンを小脇に抱えながら走りだした。頭の中では、すれ違いざまあいさつするをしっかり連呼する。あと十歩、あと三歩……
いざあいさつしようと口を開きかけた瞬間、がしゅっと音を立てて足元に何かが引っかかった。体勢を立て直そうと右腕を伸ばして、手身近にあるものを強く掴んだ。迷うことなく掴んだそれは江藤の躰で、宮本に掴まれた衝撃に驚いたのかギョッとした顔のまま一緒に歩道の上へと派手に倒れこむ。
ともに倒れたというのに倒れた衝撃および痛みを、まったく感じなかった。それよりもレモンの様な爽やかな柑橘系の香りが、鼻先を掠めるようにふわっと香ってくる。嗅いだことのあるそれがきっかけで何だか懐かしくなってしまい、過去のことをぼんやりと思い出してしまった。
あれは高校1年の2学期中間テスト――たまに遊びに来てた江藤さんから勉強を教えてもらう機会があったお蔭で、格段に成績が上がっていった。
喜んだ俺は兄貴の部屋にいた江藤さんに、答案用紙を見せに行った。そしたら俺よりも大喜びして、ぎゅっと抱きしめてきたんだ。そのときにふわりと匂ったのがこの香りで、無性に胸がドキドキしたのを覚えてる。
兄貴を含め俺の周りには、そういうお洒落なことをするヤツがいなかったし、無臭な自分がすっげぇ恥ずかしく感じたっけ。
「おい、いつまで俺様の上に跨っているつもりだ。無駄に重くて死んじまうぞ、コラ……」
うなるような江藤の低い声で、やっと我に返る。
(――ヤバい、これは非常にヤバいだろ)
場所は会社の目の前。通勤途中の会社員がチラチラと俺たちの姿を横目で見ながら、足早に通り過ぎていく。ついでに会社の同僚や先輩、挙句の果てにはこのタイミングで出勤する上司までもが、憐れみの視線で俺たちを見ていた。間違いなく今日の三面記事のような話題を、自ら提供している状態だった。
「ヒッ、すんませんっ! つい、目の前にいたもんですから」
「目の前にいるヤツを無差別で押し倒す癖でもあるのか、おまえはっ! まったく相変わらず、おっちょこちょいだな」
恐れ慄きつつ飛び退いた宮本を見ながら、冷めたまなざしでじっと見つめた江藤。
「ほんと、すんません……」
心の底からしゅんとする姿を白い目で眺め、忌々しそうに眉根を寄せてチッと舌打ちする。
「昔はそういうところが、かわいいと思ったんだけどな。だが今は俺様のストレスの原因だ。もっと注意しろよ」
声を抑えながら静かに怒鳴ってスーツのあちこちを素早く掃い、身を翻して逃げるように会社に入って行く後ろ姿を、返事もできずにぼんやりと眺めた。
あいさつを忘れた上に押し倒して下敷きにしてしまった大失態を、何で挽回すればいいのか分からず、この時点で家に帰りたくなった宮本。
仕事に対するテンションをあげようと思ったのに、自らやらかしてしまった目も当てられないドジのせいでテンションが駄々下がりのまま、朝礼に出るしかなく――
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