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Please say yes:眠れる森の王子様6
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――俺はとても幸せだった。ここが夢の世界だと理解していても、幸せだったのだ。
現実世界では大好きな和馬に、ずっとあしらわれてばかり。どんなに愛してると伝えても、困った顔をさせてばかりいた。
たとえ相思相愛になったとしても別れなければならないのは、目に見えていたし。
王子である自分の身が疎ましかった。だから逃げたのかもしれない、夢の世界へ……夢の世界の和馬は、現実世界の和馬と違っていたから。
俺の事を愛おしそうに、ぎゅっと抱きしめてくれる。頭を撫でながら、頬にキスをしてくれる。
――俺だけの和馬なんだ――
今日もいつものように、和馬に向かって、まっしぐらに走って行く。
「和馬、大好きっ!」
飛びつくように、その体に抱きついた。そんな俺の体を簡単に抱きとめて、優しく頭を撫でてくれる。
「まったく。アンディを受けとめる俺のことを考えろよな。一緒に転んじゃうだろ」
「大丈夫でしょ、和馬の体、大きいんだし。転んだことないじゃないか」
夢の世界では、なぜか俺は8歳。和馬と初めて出逢ったときの年齢だった。
「今日も香水つけてるのか、ませたガキだな」
「本当の俺はガキじゃないのだぞ。和馬よりも背は高いし、勉強だって教えてあげられるんだから。この香水だって、自分で調合して作った特注品なのだ」
「はいはい、アンディは外人だからね。間違いなく俺よりも、大きくなるだろうさ」
和馬は苦笑いしながら文句を言って、俺を膝の上に乗せてくれる。
現実世界同様にあしらわれてはいるが、俺のことを可愛がってくれる優しい所作があった。手を差し出すと、ちゃんとぎゅっと握ってくれる。
体の小さい俺を受け入れてくれる、夢の中の和馬。
――ここに、ずっといたい――そう強く、思っているのに……
どこからか聞こえてくる、和馬の声に俺は惑っていた。耳に聞こえるんじゃなく、心に響いてくる感じだった。
『お前の心は、今どこに行ってんだ? どうしたらまたあの笑顔が、見られるんだよ……』
現実の和馬が俺を呼んでいるの? 俺はここでお前と一緒に、楽しく過ごしているんだ。いつも、笑っているのだぞ。
『アンディ……目を覚ましてくれよ。答えを教えてくれないか?』
目を覚ましたらきっとつらい想いをするのが、目に見える。だからここにいたい。和馬、何の答えをお前は求めているのだ。そんなの分かるヤツに、聞けばいいじゃないか。
『俺は寝込みを襲うなんて、卑怯なマネはしないから。ちゃんとお前が起きてる時に、キスしてやるよ』
寝込みを襲わなきゃ、和馬に触れることが出来なかったんだ、仕方ないだろ。
……って、あれ? 和馬が俺に、キスをしてくれる――?
『お前が起きてるときは言えなかったのにな、こんな簡単な言葉。てか、起きたらちゃんと、言えるんだろうか……』
――何を言うつもり、なんだろう?
『愛してるんだぜ、おい。聞こえるか? ずっと傍にいるんだぞアンディ、感じてるか?』
俺を愛してると言ってる、和馬の声が胸の中でこだました。心臓がバクバクと音を立てて鳴っている。これも自分が作った、都合のいい夢なんだろうか?
俺は右手で、胸をぎゅっと握りしめた。
「どうした? つらそうな顔して。大丈夫か?」
夢の中の和馬が、心配そうに俺の顔を覗きこむ。
「現実の和馬が、俺のことを愛してるって。起きたらキスしてやるって、言ってるんだ」
「そんなの、嘘に決まってるだろ」
「でも……」
「アンディ、俺を見捨てるのか?」
今度は夢の中の和馬が眉根を寄せ、つらそうな顔をして俺を見つめた。
――どうしよう、どうすればいいんだ。
「和馬……」
「アンディ、俺だってお前を愛してるんだ。ずっと一緒にいたい」
そう言って俺を強く抱きしめる。息が止りそうな程の強い抱擁に、頭がグラグラした。
俺だってここに、ずっといたいと思っている。だけど現実世界から俺を呼ぶ和馬の声が、心に響いてとても苦しいんだ。
「和馬、俺……強くなりたい――今よりも、もっともっと強くなって、本当の俺の姿で、和馬に逢いたいんだ」
和馬の胸の中から、顔を上げてしっかり言い放つ。
「きっと逃げたから、こんな子供の姿になったんだ。これじゃあダメなんだよ、きっと」
「アンディの本当の姿を俺、見てみたい」
「立ち上がるのに時間はかかるかもしれないけど、絶対に逢いに行く。だからそれまで待っていて欲しい。約束するぞ」
俺は和馬の首に両手を絡めて、その唇にキスをした。
「ホント、ませたガキだ。約束だぞ、ずっと待ってるからな」
「今まで有難う。必ず強くなって逢いに行く!」
勢いよく膝の上から降りる。夢の中の和馬は、寂しそうに微笑んでいた。
胸にこみ上げるものを我慢するように奥歯を噛みしめ、俺を呼ぶ声がする方向に歩き出した。次の瞬間、まばゆい光に包まれる。目を開けていられなくて、ぎゅっと閉じたら、体がどこかに投げ出される感覚を覚えた。
恐るおそる目を開けると、見知らぬ天井が目の前に飛び込んできた。肌に感じる湿度の高い空気に、ここが自国じゃないのがすぐに分かった。
左にゆっくり首を動かすと、カーテンが風でなびいているのが見えた。心地いい風に、ほっと息をつき、反対側を見てみる。
「……和馬?」
分厚い参考書を枕にして、すやすや眠っている和馬の姿が傍にあった。しかも俺の手を、しっかり握りしめているじゃないか。
まるで夢の続きを見ているようで、信じられなかった。自然と胸がじんと熱くなる。
握られている右手に力を入れて、握りしめようとしたが、まったく力が入らない。
「俺はあれから、どれくらい寝ていたんだろう。自分の体がままならないとは、本当に情けないな」
声もしわがれていて、自分じゃないようだった。だけどここで諦めるワケにいかない。夢の中の和馬と、約束したんだから。
――逃げないで、強くなるって――
「和馬……和馬……」
大好きなお前の名を、ずっと呼び続けた。どれくらい、呼んだだろうか。
「あれ、いつの間にか眠っちゃったんだ……。ヤバい、試験勉強、全然進んでないよ」
「……和馬、相変わらず眠り姫なんだな」
俺の声に、目を擦っていた和馬が固まる。
「ア、アンディ! アンディ、意識が、戻ったのか!?」
「和馬がずっと、俺のことを呼んでいたから。戻ってきてやったのだぞ」
「おまっ、相変わらずだな、その口調……」
涙ぐみながら、枕元にあるナースコールを強く押す。
「アンディが……アンドリュー王子が目を覚ましました。大至急来て下さいっ!」
その声を聞きながら、ぼんやり考える。
これから俺は、どうなっていくのだろう。どうすればお前を守れるくらい、強い男になれるのだろうかと――
――俺はとても幸せだった。ここが夢の世界だと理解していても、幸せだったのだ。
現実世界では大好きな和馬に、ずっとあしらわれてばかり。どんなに愛してると伝えても、困った顔をさせてばかりいた。
たとえ相思相愛になったとしても別れなければならないのは、目に見えていたし。
王子である自分の身が疎ましかった。だから逃げたのかもしれない、夢の世界へ……夢の世界の和馬は、現実世界の和馬と違っていたから。
俺の事を愛おしそうに、ぎゅっと抱きしめてくれる。頭を撫でながら、頬にキスをしてくれる。
――俺だけの和馬なんだ――
今日もいつものように、和馬に向かって、まっしぐらに走って行く。
「和馬、大好きっ!」
飛びつくように、その体に抱きついた。そんな俺の体を簡単に抱きとめて、優しく頭を撫でてくれる。
「まったく。アンディを受けとめる俺のことを考えろよな。一緒に転んじゃうだろ」
「大丈夫でしょ、和馬の体、大きいんだし。転んだことないじゃないか」
夢の世界では、なぜか俺は8歳。和馬と初めて出逢ったときの年齢だった。
「今日も香水つけてるのか、ませたガキだな」
「本当の俺はガキじゃないのだぞ。和馬よりも背は高いし、勉強だって教えてあげられるんだから。この香水だって、自分で調合して作った特注品なのだ」
「はいはい、アンディは外人だからね。間違いなく俺よりも、大きくなるだろうさ」
和馬は苦笑いしながら文句を言って、俺を膝の上に乗せてくれる。
現実世界同様にあしらわれてはいるが、俺のことを可愛がってくれる優しい所作があった。手を差し出すと、ちゃんとぎゅっと握ってくれる。
体の小さい俺を受け入れてくれる、夢の中の和馬。
――ここに、ずっといたい――そう強く、思っているのに……
どこからか聞こえてくる、和馬の声に俺は惑っていた。耳に聞こえるんじゃなく、心に響いてくる感じだった。
『お前の心は、今どこに行ってんだ? どうしたらまたあの笑顔が、見られるんだよ……』
現実の和馬が俺を呼んでいるの? 俺はここでお前と一緒に、楽しく過ごしているんだ。いつも、笑っているのだぞ。
『アンディ……目を覚ましてくれよ。答えを教えてくれないか?』
目を覚ましたらきっとつらい想いをするのが、目に見える。だからここにいたい。和馬、何の答えをお前は求めているのだ。そんなの分かるヤツに、聞けばいいじゃないか。
『俺は寝込みを襲うなんて、卑怯なマネはしないから。ちゃんとお前が起きてる時に、キスしてやるよ』
寝込みを襲わなきゃ、和馬に触れることが出来なかったんだ、仕方ないだろ。
……って、あれ? 和馬が俺に、キスをしてくれる――?
『お前が起きてるときは言えなかったのにな、こんな簡単な言葉。てか、起きたらちゃんと、言えるんだろうか……』
――何を言うつもり、なんだろう?
『愛してるんだぜ、おい。聞こえるか? ずっと傍にいるんだぞアンディ、感じてるか?』
俺を愛してると言ってる、和馬の声が胸の中でこだました。心臓がバクバクと音を立てて鳴っている。これも自分が作った、都合のいい夢なんだろうか?
俺は右手で、胸をぎゅっと握りしめた。
「どうした? つらそうな顔して。大丈夫か?」
夢の中の和馬が、心配そうに俺の顔を覗きこむ。
「現実の和馬が、俺のことを愛してるって。起きたらキスしてやるって、言ってるんだ」
「そんなの、嘘に決まってるだろ」
「でも……」
「アンディ、俺を見捨てるのか?」
今度は夢の中の和馬が眉根を寄せ、つらそうな顔をして俺を見つめた。
――どうしよう、どうすればいいんだ。
「和馬……」
「アンディ、俺だってお前を愛してるんだ。ずっと一緒にいたい」
そう言って俺を強く抱きしめる。息が止りそうな程の強い抱擁に、頭がグラグラした。
俺だってここに、ずっといたいと思っている。だけど現実世界から俺を呼ぶ和馬の声が、心に響いてとても苦しいんだ。
「和馬、俺……強くなりたい――今よりも、もっともっと強くなって、本当の俺の姿で、和馬に逢いたいんだ」
和馬の胸の中から、顔を上げてしっかり言い放つ。
「きっと逃げたから、こんな子供の姿になったんだ。これじゃあダメなんだよ、きっと」
「アンディの本当の姿を俺、見てみたい」
「立ち上がるのに時間はかかるかもしれないけど、絶対に逢いに行く。だからそれまで待っていて欲しい。約束するぞ」
俺は和馬の首に両手を絡めて、その唇にキスをした。
「ホント、ませたガキだ。約束だぞ、ずっと待ってるからな」
「今まで有難う。必ず強くなって逢いに行く!」
勢いよく膝の上から降りる。夢の中の和馬は、寂しそうに微笑んでいた。
胸にこみ上げるものを我慢するように奥歯を噛みしめ、俺を呼ぶ声がする方向に歩き出した。次の瞬間、まばゆい光に包まれる。目を開けていられなくて、ぎゅっと閉じたら、体がどこかに投げ出される感覚を覚えた。
恐るおそる目を開けると、見知らぬ天井が目の前に飛び込んできた。肌に感じる湿度の高い空気に、ここが自国じゃないのがすぐに分かった。
左にゆっくり首を動かすと、カーテンが風でなびいているのが見えた。心地いい風に、ほっと息をつき、反対側を見てみる。
「……和馬?」
分厚い参考書を枕にして、すやすや眠っている和馬の姿が傍にあった。しかも俺の手を、しっかり握りしめているじゃないか。
まるで夢の続きを見ているようで、信じられなかった。自然と胸がじんと熱くなる。
握られている右手に力を入れて、握りしめようとしたが、まったく力が入らない。
「俺はあれから、どれくらい寝ていたんだろう。自分の体がままならないとは、本当に情けないな」
声もしわがれていて、自分じゃないようだった。だけどここで諦めるワケにいかない。夢の中の和馬と、約束したんだから。
――逃げないで、強くなるって――
「和馬……和馬……」
大好きなお前の名を、ずっと呼び続けた。どれくらい、呼んだだろうか。
「あれ、いつの間にか眠っちゃったんだ……。ヤバい、試験勉強、全然進んでないよ」
「……和馬、相変わらず眠り姫なんだな」
俺の声に、目を擦っていた和馬が固まる。
「ア、アンディ! アンディ、意識が、戻ったのか!?」
「和馬がずっと、俺のことを呼んでいたから。戻ってきてやったのだぞ」
「おまっ、相変わらずだな、その口調……」
涙ぐみながら、枕元にあるナースコールを強く押す。
「アンディが……アンドリュー王子が目を覚ましました。大至急来て下さいっ!」
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