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メリー・メリー・メリー・クリスマス・フォーエヴァー

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 毎年この季節になると、憂鬱な気分に全身が支配され、吐き気を催して嗚咽が止まらず、込みあがってくる胃液を戻すかのようにビールを流し込むも逆効果となり、激しい無気力感に苛まれるのは僕だけだろうか。外へ出れば鬱陶しいほどのクリスマスソングが流れ、どこを見てもカップル、カップル。なので部屋に閉じこもっておこうと思うが、何もすることが無いので余計に憂鬱な気分にさせられる。アルバイト先で出会ったあの女性も今頃は、大して格好良くも無い雰囲気だけで見繕ったような微妙な男と楽しそうに街を歩いているのだろうか。ちぇっ。
 部屋でじっとしているのも逆になんだか癪に障ると、数年前に買って着古したジャケットと薄汚れたデニムのパンツを着込み、颯爽と玄関を開けた瞬間、そんな気持ちを思い切り叩き割るかのような冷たい風が僕を襲った。
「負けるもんかぁ!」と声を上げて玄関を飛び出すと、隣に住んでいる主婦(五十歳)と目が合ってしまい、気まずくなった僕たちは愛想笑いを交わした。
「今日は一段と冷えるわねえ(この子ったら、いい年してクリスマスイヴを一緒にすごすような女の子もいないなんて、ほんと情けないわね。その点うちの子は豪華なレストランを予約して、尚且つ指輪のプレゼントなんて買っちゃってるのに。一人っ子なんだからもっと真剣にならないと、年を取ってからじゃ遅いんだから)」
「ですね。(うるせえクソ婆! 僕だって好きでこの時期に一人でいるってわけじゃないんだよ! 僕だって特定の、そう、例えばバイト先の彼女と一緒にクリスマスイヴを過ごしたいってもんだよ!)」
「何だかあっという間に今年が終わっちゃった気がするわねえ(ほんと情けない。情けないといえば山田さんの旦那さんもいい歳して全然昇進しないんだから情けないわね。その点うちの夫は部長にまでなって)」
「ですねぇ。(結局はてめえの自慢ばっかりじゃねえか! いちいちうるさい馬鹿主婦だな。他にすること無いのかっての)

 数分住宅街をぶらぶらした後、僕の中になぜか「ケーキを買おう」などという自虐的な思いが浮かび、田舎のデパートへ向かった。しかしデパートへ近づくと同時にカップルの出現率が上昇していくのに我慢の限界を覚え、ひっそりとした、誰もよりつかないであろう商店街へと歩みを変えた。所持金は五千円。ケーキは一体いくらぐらいするのだろうか、皆目見当も付かぬ。ケーキを買って、親と一緒に食べようかなどと考えながらポケットをまさぐった瞬間、煙草を持ってきていないことに気づき、慌てて近くにあったコンビニへと飛び込んだ。軽快な入店音が響き、女性が抱いてくれたかのようなぬくもりと安心感が僕の全身を包み込んだ。言っておくが僕は女性と抱き合ったことなどこれまでの人生で一度も無い。何てことをわざわざ言わせるんじゃない!
 煙草を買う前に、マンガ週刊誌をチェックする。誰かが店に入ってきた音がし、横目でちらりと確認する。へ、またカップルか。男のほうがコンドームを手に取った瞬間、僕の中の怒りが爆発しそうになって、思わず男を殴り飛ばそうと思ったが、明らかに勝てない相手だったので必死で右腕を止めた。ふ、もう少しで俺の『煉獄爆破拳(ナックル・ボンバー・エクステンション、略してナックルバーン)』をお見舞いするところだったぜ……。ふうとため息をつきながら額に流れる汗を拭う。
 こんなことを続けていても時間の無駄だと、ライターと適当な缶コーヒーを手に取り、レジへ並ぶ。それまで煙草のことで頭がいっぱいで他に目がいかなかったので気づかなかったのだが、店員は女性のようだった。それも若い。この日に、敢えてアルバイトをするとは、その心意気に天晴れと言えよう。僕はちんけな見栄を張ってしまい、クリスマスイヴとクリスマスの二日間、休みを取ったのだ。「この時期に休んで、もしかしてこれ?」と小指を突きたてたバイトの同僚に「いやあ、まあ、そんなところです」と強がりを言ってしまった。は、は、は。
 店員にも今日アルバイトをしているということが嫌なのだろうか、それともこの後に彼氏とデートをするのが待ち遠しいのか、まるでライン作業のように接客をこなしている。前に並んでいたサラリーマンの接客が終了し、次は僕がベルトコンベアへと乗せられた。その流れ作業にあっけにとられてしまい、もう少しで煙草を頼むのを忘れるところだった。慌てて声を出そうとしたが、絡んでしまい上手く声が出ない。やっとのことで声を出した時には、もう殆どの作業が終わっていた。
「あっ、それと、セブンスター、ボックス一……あ」
「はい……あっ」
 その時になってようやく店員の顔を直視したのだが、どことなく雰囲気が誰かに似ている。僕の頭の中にある、数少ない異性の引き出しをいくつか開け、ようやく照らし合わせることに成功した。そう、高校の頃同じクラスだった初恋の女性、三波春香だ。すぐにわからなかったのも頷ける。真面目な彼女は高校時代に化粧なんていうのはしなかったし、髪の毛だって今みたいに茶色に染めるなんてこともなかった。卒業してもう六年になるので、さすがにあの頃と全く一緒というわけではないが、やはり今まで見てきた中で一番の美人だと思った。相手も僕のことがわかったのだろう、二人の間に気持ちの悪い間が空いた。
「もしかして加藤君……? 久しぶり」
 六年ぶりに聞く彼女の声は、一つも霞むことなく透き通っていて、暖かい風のように僕の体を包み、耳から脳へと直接入ってくる。店内に流れているクリスマスソングなんて彼女の声と比べることすらできない。僕は慌てて後ろを見て、誰もいないことを確認するとようやく声を出した。
「み、三波さんだよね? 久しぶり。まさかここでバイトをしてたなんて」
 そんな僕の言葉に、彼女は小さく笑った。変なことでも言ったのだろうか? それとも僕の顔に何かついている? いや、何もついてなくても、笑える顔なのだろう。二十数年間付き合ってきた自分の顔だ。再度確認しなくてもわかる。
「知り合いに会いたくないから、あえて家から遠いコンビニを選んだんだけど、会っちゃった」
「ず、ずっとここでバイトしてたの?」
「まだ一ヶ月目だよ」
 この一言で、現時点において高校生活三年間で彼女と喋った回数より多くなったと実感した。心臓の鼓動が高まるのを感じ、僕は慌ててそれを抑えるかのように、掌で胸をぎゅっと押した。
 そんな僕の楽しみを奪うかのように、後から入ってきたカップルがコンドームとジュースやお菓子を持って僕の後ろへと並んだ。慌ててライターと缶コーヒーを手に取り、レジの横へ移動しようとすると、それをまたぐようにして彼女の腕が伸びてきた。
「おつり忘れてるよ!」
 それをひったくるようにして奪い取り、急ぎ足でコンビニを出て、真っ先に大きく深呼吸をした。寒いはずなのに寒さを感じない。おかしくなってしまったのだろうか、熱でも出てしまったのだろうか。コンビニの横へ行き、整わない呼吸で煙草を吸ったら大きくむせた。ちょうど出てきたカップルに笑われた。ちくしょう、とお釣りを持ったままだったのを思い出し、お釣りを財布に入れてレシートを捨てようとそれを丸めようとした瞬間、レシートの裏に何かが書いてあるのを発見した。

 まさか。いや、ありえない。ありえなさすぎてどうにかしてる。そんな期待をしてどうなるというのだろうか。今日みたいな日に、あえて僕なんかに、絶対にありえない。おかしい。おかしい。期待するな。今までそうだったじゃないか。微かな期待はすべからく粉々に潰されてきたじゃないか。クリスマス、バイトを終えた彼女は、彼女に見合った異性と共に過ごすのだ。僕は、僕は、僕は、これから家に帰って、ゲームをしたりインターネットをしたり、つまり昨日までと同じような一日を過ごすのだ。十二月二十四日、三百六十五日の内の一日なだけじゃないか。それを勝手にクリスマスイブなどと決めて、そんな、そんな、産業的な、そんなものには惑わされる僕じゃない。今までずっと訓練されてきた。たまたま彼女に出会えただけでも最高じゃないか。これからはなるべくこのコンビニを使うことにしよう。いやしかし、それでは単なるストーカーに間違えられて、その、その、今まで好きでも嫌いでもなかった、言わば記憶の片隅にいるかいないかもわからないモブキャラのような存在だった僕が、一気に嫌いの対象にカテゴリーわけされてしまう。それだけは避けなければならない。でも、別に、コンビニを使う使わないなんて自由じゃないか。家から近いから、何度も行く。買いたいものがあるから、読みたい本があるから、外は寒いし、それじゃあ家から近いコンビニへ行こう、そんな単純な考えさえ駄目になってしまうのか? それはおかし「あちっ」フィルターまで燃えてしまっていた煙草を慌てて地面へ落とし、期待してしまって高鳴っている鼓動を沈めるかのように、足の裏で思いっきり踏みつけた。ぬるくなった缶コーヒーをコンビニの前に置いてあるゴミ箱へ投げつけた瞬間、全身に寒気が襲った。
 気づけば雪が降っていた。

 僕はもう一度煙草に火をつけてからレシートを少しだけ開き、アドレスだろうか、ローマ字の羅列をさっと流し見した後、それをゴミ箱へ投げつけて寒空の中家へと歩いて行った。
 メリー・クリスマス。
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