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ゴン作物語
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両親が揃って突然蒸発したのは、田所ゴン作がちょうど五歳の誕生日を迎えた日だった。向かいの家に住んでいる猿回新右衛門がゴン作の泣き声に気づき、家に入れた時、ゴン作は三日間飲まず食わずという危険な状態だった。その日から二人の交流が始まった。
猿回新右衛門はその名の通り、猿回しを仕事としていたのだが、五年前に体を壊したのと長年連れ添った妻が他界したために、一人で隠居生活を送っていた。息子は二人いたが、後を継がずに都会へと出て行ってから連絡は取り合っていない。幸いにも貯蓄はあったため、ゴン作を育てることに対しては何も問題は無かった。両親に捨てられてしまったゴン作を可愛がり、ゴン作も猿回から愛情をたっぷりと貰い、すくすくと育っていった。猿回はゴン作の事を「ぼん」と呼び、ゴン作は「猿爺」と呼んでいた。
そんな二人の絆をより深めたエピソードがある。
小学校に上がったゴン作にとって生まれて初めての父兄参観の日。教室の後ろに立ち並ぶ父兄達に混ざって、猿回が立っていた。最初は、ゴン作が苛められるのではないかと参観を断っていたのだが、ゴン作が必死に懇願したため、渋々やってきたのだ。両親に捨てられて赤の他人に育てられているゴン作に対して、父兄たちの偏見の目が突き刺さる。最悪なことに、参観授業の内容は「ぼく(わたし)のおかあさんおとうさんについて」という内容だった。無神経すぎる教師に苛立ちを抱きながら、猿回はじっと立っていた。クラスメイトたちの発表が終わり、ついにゴン作の番となった。より一層嫌な視線がゴン作に突き刺さった。
「僕のお母さんお父さんについて」まばらな拍手が送られる。
「僕のお母さんとお父さんは、僕がまだ小学校へ上がる前に家から出て行ってしまいました。僕はまだ小さかったから、わけがわからなくなりずっと泣いていました。すぐに帰ってくるだろう、と思っていたのですが、一日経っても二日経っても帰ってはきません。おなかは空いたしのどは乾いたし、寂しいし、僕はどうなってしまうんだろう? と不安でした。そんな時に、猿爺が家に来てくれました。猿爺は僕を抱きかかえて猿爺の家に入れ、ご飯を食べさせてくれて、ジュースを飲ませてくれて、暖かい布団で寝させてくれました。僕はそんな猿爺が大好きです。僕にはお父さんもお母さんもいませんが、僕にとってのお父さんとお母さんは猿爺です。僕は優しい猿爺が大好きです。ずっと一緒にいたいです。猿爺がいなかったら今頃どうなっていたんだろう? わかりません。猿爺ありがとう。大好きです」
根も葉もないうわさを言い合っていた母親二人は、口を止めてただゴン作の作文に耳を傾けていた。ゴン作と遊ばないようにと言っていた母親は、ハンカチを目に当てて涙を流していた。当の猿爺も必死で涙を堪え歯を食いしばっていたが、ゴン作が後ろを振り向き笑顔で手を振った瞬間、目からとめどない涙が溢れた。一瞬の沈黙の後、盛大な拍手が小さな教室に鳴り響いた。
猿回新右衛門はその名の通り、猿回しを仕事としていたのだが、五年前に体を壊したのと長年連れ添った妻が他界したために、一人で隠居生活を送っていた。息子は二人いたが、後を継がずに都会へと出て行ってから連絡は取り合っていない。幸いにも貯蓄はあったため、ゴン作を育てることに対しては何も問題は無かった。両親に捨てられてしまったゴン作を可愛がり、ゴン作も猿回から愛情をたっぷりと貰い、すくすくと育っていった。猿回はゴン作の事を「ぼん」と呼び、ゴン作は「猿爺」と呼んでいた。
そんな二人の絆をより深めたエピソードがある。
小学校に上がったゴン作にとって生まれて初めての父兄参観の日。教室の後ろに立ち並ぶ父兄達に混ざって、猿回が立っていた。最初は、ゴン作が苛められるのではないかと参観を断っていたのだが、ゴン作が必死に懇願したため、渋々やってきたのだ。両親に捨てられて赤の他人に育てられているゴン作に対して、父兄たちの偏見の目が突き刺さる。最悪なことに、参観授業の内容は「ぼく(わたし)のおかあさんおとうさんについて」という内容だった。無神経すぎる教師に苛立ちを抱きながら、猿回はじっと立っていた。クラスメイトたちの発表が終わり、ついにゴン作の番となった。より一層嫌な視線がゴン作に突き刺さった。
「僕のお母さんお父さんについて」まばらな拍手が送られる。
「僕のお母さんとお父さんは、僕がまだ小学校へ上がる前に家から出て行ってしまいました。僕はまだ小さかったから、わけがわからなくなりずっと泣いていました。すぐに帰ってくるだろう、と思っていたのですが、一日経っても二日経っても帰ってはきません。おなかは空いたしのどは乾いたし、寂しいし、僕はどうなってしまうんだろう? と不安でした。そんな時に、猿爺が家に来てくれました。猿爺は僕を抱きかかえて猿爺の家に入れ、ご飯を食べさせてくれて、ジュースを飲ませてくれて、暖かい布団で寝させてくれました。僕はそんな猿爺が大好きです。僕にはお父さんもお母さんもいませんが、僕にとってのお父さんとお母さんは猿爺です。僕は優しい猿爺が大好きです。ずっと一緒にいたいです。猿爺がいなかったら今頃どうなっていたんだろう? わかりません。猿爺ありがとう。大好きです」
根も葉もないうわさを言い合っていた母親二人は、口を止めてただゴン作の作文に耳を傾けていた。ゴン作と遊ばないようにと言っていた母親は、ハンカチを目に当てて涙を流していた。当の猿爺も必死で涙を堪え歯を食いしばっていたが、ゴン作が後ろを振り向き笑顔で手を振った瞬間、目からとめどない涙が溢れた。一瞬の沈黙の後、盛大な拍手が小さな教室に鳴り響いた。
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