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ドリーム・シャワー
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よく金縛りに合う、と言うと大抵の人が聞いて驚くのだけれど、本当のことだ。嘘だと言われる事もあるけれど、僕は今まで一度足りともこの件について嘘を付いたり大げさに言った事は無い。「実は」などという言葉を付けると大事だと捉えかねないので、さりげなく「よく金縛りに合うんだよね」と言うように心がけている。
その時に何か霊的なものが見えるといった類の事は一切無いので、単なる体の疲れだと捉えているけれど、何度も合うと正直嫌になる。それについて調べたりもしたんだけれど、結局原因は何も分からず仕舞い。深夜を回ってから寝ると起こるので、体の疲れなんだろう。
金縛りに合う事が直接関係あるかどうかはわからないけれど、僕にはもう一つ人に驚かれるものを持っている。夢の中を自由に行動できるんだ。今は夢の中にいるという事は理解できるし、夢だから何をしても良いんだという考えもある。
その日僕は、買ったばかりの本に夢中になってしまい、つい夜更かしをしてしまった。半ば諦めながら眠りの世界へ……。
ぼんやりとした生ぬるい思考が大きな球体になり、一気にはじけ飛んだ。僕はそれを夢の世界へのダイヴと呼んでいる。過去に今まで見てきた風景が高速で飛んでいく中をゆっくりと進みながら、どろりとした空間へと侵入する。
夢の世界での僕は、何者かから逃げ続けていた。部屋へ追い込まれながらも逃げ、次の瞬間には風景は代わり、修学旅行のバスの椅子の上で震え、また風景は変わり、授業中廊下を徘徊する何者かに怯えていた。かすかに何者かの姿が見えてくる。男のようだ。身長は二メートルをゆうに超え、なぜか胸の肉がごっそりと削げ落ち、肋骨が見えている。血は一切流れてはいない。腕と足は骨と皮だけで……どうやら右腕が無い。右腕の肘から下がぶつ切れて、骨が見えている。口は耳まで裂けて歯と歯茎がその隙間から見えている。こんなの、現実の世界にいたらただの化け物だ。僕はその化け物から逃げ続けていた。
夢の世界には音は一切無い。僕以外に人のような存在はあるけれど、それが人か人形なのかはわからない。化け物は僕以外を追いかける事は無いようで、僕以外の人に化け物は見えていないようだ。
僕は外灯の明かりだけの夜道を、息を切らせながら走っていた。ここは僕の家の近所だ。途中道は二手に別れていて、僕が「右」と念じると体は右の道へと入っていく。化け物の細く長い腕が僕の髪の毛を掠めながら、次の瞬間風景は家の中へと変わっていく。両親のような存在が生まれたばかりの僕を囲みながら微笑んでいる。それをのんびりと眺める時間は無い。扉を蹴破りながら化け物が家へと侵入してきた。
「捕まったら終わりだから」
突然脳裏に声が浮かんだ。声は僕の両手から形になって放出され、目の前に石ころのように転がり落ちた。「らかだりわ終らたっま捕」「終わりだから捕まったら」動き続ける言葉を交わしながら川沿いを走っていると、川の中を浮き輪を付けて泳いでいる小学生時代の僕がいた。
「本当は海に行きたかったのに」
「川で十分でしょう」
「海はまた今度にすればいいじゃないか」
風景がまるでビデオの巻き戻しのように戻される中を、僕は必死で化け物から逃げ続けていた。風景は巻き戻るが体は前に進んでいる。目の前に広がる海へ飛び込むと、小さな粒が大きな球体になって、衝撃と共に夢から覚めた。
夢から覚めたものの、当然のように僕の体は動かない。今現在は夢の世界では無いという確信はあった。思い切り首に力を入れて右へ向くと、薄暗い部屋の中に化け物が僕を見下ろすように立っていて、
その時に何か霊的なものが見えるといった類の事は一切無いので、単なる体の疲れだと捉えているけれど、何度も合うと正直嫌になる。それについて調べたりもしたんだけれど、結局原因は何も分からず仕舞い。深夜を回ってから寝ると起こるので、体の疲れなんだろう。
金縛りに合う事が直接関係あるかどうかはわからないけれど、僕にはもう一つ人に驚かれるものを持っている。夢の中を自由に行動できるんだ。今は夢の中にいるという事は理解できるし、夢だから何をしても良いんだという考えもある。
その日僕は、買ったばかりの本に夢中になってしまい、つい夜更かしをしてしまった。半ば諦めながら眠りの世界へ……。
ぼんやりとした生ぬるい思考が大きな球体になり、一気にはじけ飛んだ。僕はそれを夢の世界へのダイヴと呼んでいる。過去に今まで見てきた風景が高速で飛んでいく中をゆっくりと進みながら、どろりとした空間へと侵入する。
夢の世界での僕は、何者かから逃げ続けていた。部屋へ追い込まれながらも逃げ、次の瞬間には風景は代わり、修学旅行のバスの椅子の上で震え、また風景は変わり、授業中廊下を徘徊する何者かに怯えていた。かすかに何者かの姿が見えてくる。男のようだ。身長は二メートルをゆうに超え、なぜか胸の肉がごっそりと削げ落ち、肋骨が見えている。血は一切流れてはいない。腕と足は骨と皮だけで……どうやら右腕が無い。右腕の肘から下がぶつ切れて、骨が見えている。口は耳まで裂けて歯と歯茎がその隙間から見えている。こんなの、現実の世界にいたらただの化け物だ。僕はその化け物から逃げ続けていた。
夢の世界には音は一切無い。僕以外に人のような存在はあるけれど、それが人か人形なのかはわからない。化け物は僕以外を追いかける事は無いようで、僕以外の人に化け物は見えていないようだ。
僕は外灯の明かりだけの夜道を、息を切らせながら走っていた。ここは僕の家の近所だ。途中道は二手に別れていて、僕が「右」と念じると体は右の道へと入っていく。化け物の細く長い腕が僕の髪の毛を掠めながら、次の瞬間風景は家の中へと変わっていく。両親のような存在が生まれたばかりの僕を囲みながら微笑んでいる。それをのんびりと眺める時間は無い。扉を蹴破りながら化け物が家へと侵入してきた。
「捕まったら終わりだから」
突然脳裏に声が浮かんだ。声は僕の両手から形になって放出され、目の前に石ころのように転がり落ちた。「らかだりわ終らたっま捕」「終わりだから捕まったら」動き続ける言葉を交わしながら川沿いを走っていると、川の中を浮き輪を付けて泳いでいる小学生時代の僕がいた。
「本当は海に行きたかったのに」
「川で十分でしょう」
「海はまた今度にすればいいじゃないか」
風景がまるでビデオの巻き戻しのように戻される中を、僕は必死で化け物から逃げ続けていた。風景は巻き戻るが体は前に進んでいる。目の前に広がる海へ飛び込むと、小さな粒が大きな球体になって、衝撃と共に夢から覚めた。
夢から覚めたものの、当然のように僕の体は動かない。今現在は夢の世界では無いという確信はあった。思い切り首に力を入れて右へ向くと、薄暗い部屋の中に化け物が僕を見下ろすように立っていて、
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