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 男が、小さな公園の屋根のあるベンチで、本を読んでいた。ついさっき本屋で買ってきた、何て事の無い一冊の本。しかし男は、さっきから本よりもまわりを気にしていた。
「おじちゃん」
 男は、もうそこに誰かが居る事を分かっていたかのような表情で、目の前の少女を見上げた。「雨宿りしてもいい?」
 気が付くと、目の前は大量の雨が降り注いでいた。男は雨に濡れないように体を中に寄せながら、少女の方を向いた。
「いいよ、こっちに座りな」
 男は、隣に少女を座らせた。
「いっぱい降るね」「そうだな」
 自分の心の中を悟られぬよう気をつけながら、返答していく。男の心臓の鼓動は、今まで体験した事の無いぐらいに早く動いている。
「おじちゃん毎日会うね」少女がくすくすと笑いながら、男に話し掛けた。その一言に、体中に恐怖の二文字が舞い降りる。聞いたのか。
「そうだね。私はここが好きで。でも――」男は言葉を切った。言いたくない。
「そんなに長い間ここに居なきゃいけないわけでも……無いんだ」男の言う通り、さっきまでざあざあと降っていた雨も、今はもう小雨になっていた。「本当だ。もうちょっとしたら行かなきゃ。ママが心配する」女がまたくすくすと笑う。懐かしい。
 男は空を見上げた。これで、心置きなく去ることができる。全て、終わったことなのだ。「何だか楽しそうだね?」「うん。今日、パパが仕事から帰ってくるの」
 男は、そこから何も覚えていなかった。ただ、呆然と少女の話を聞いているだけ。雨が止み、少女が去ってから、男は涙を流した。期待など、少しも持つべきではない、と。
 読んでいた本は逆さまだった。
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