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心に棘を
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「もう死にたい」
その台詞を聞いたのはこれで何度目だろうか。俺はその言葉を受け流しながら、テーブルに置いてあった煙草を手に取った。何て返せばいいのだろうか。いくら考えたところで答えが出るはずもない。行き場所を失ったように、言葉は宙に浮いている。
平日の真昼間の喫茶店には、俺とユウしかいない。ウエイトレスは暇を潰すかのようにテーブルを拭いたり、同じウエイトレスと何かを喋ったりしている。ユウはアイスコーヒーを口に運び、ほとんど一気に飲み干した。俺もそれに習い、アイスコーヒーを少し飲んだ。
「将来に対して不安があるんだ。でも多分それだけじゃない」ユウも同じように煙草に火をつけ「理由はわからないんだけど」と呟いた。
八月の真ん中に、ユウが医者に貰った抗うつ剤と市販の睡眠導入剤をビールで飲んで救急車に運ばれてから二週間が経っていた。薬が完全に抜けるまで入院し、俺は二回ほど見舞いに行った。一度目の見舞いの日は、点滴を打ちながら眠っていたので、暇つぶしにと持ってきていた雑誌を枕元に置いただけで帰った。二回目は点滴が外され、元気を取り戻したように見えた。俺たちは病院の外へ行き、コーヒーを買って煙草を吸った。
「久々の煙草は旨いなあ」という言葉だけ覚えている。飯だけはちゃんと食っているのだろう、以前より少しふっくらして見えた。
二週間ほど入院して、もう大丈夫だということで退院した。俺はそれから何日か経った日曜日の夜にユウのアパートへと行った。事前にメールで時間のやり取りをして。
無用心にもドアには鍵が掛かっておらず、部屋には明かりがついていなかった。俺は一応「入るぞ」とだけ声を掛け、廊下の明かりを付け、奥にある部屋の扉を開けた。つけたままにしていたパソコンの明かりだけが暗い部屋を照らしている。その前で、ユウが倒れていた。キーボードの上には大量の薬が散乱していた。俺は思わずユウの元へ行き、体を揺すった。しかし返事は無い。前のように大量に飲んで無いということは、残ったままの薬を見てわかった。口元へ耳を近づけると、小さな息遣いが聞こえる。俺はほっと胸を撫で下ろし、ユウの頬を叩いた。しばらくそれを続けていると、ユウの目がかっと開いた。
「あ、ああ、ごめんごめん。効き過ぎるようでさ、この薬」
言いながらユウは体を起こし、壁にもたれた。俺は部屋の明かりを付け、外へ出て自販機で缶コーヒーを買い、まだうつろなユウに差し出した。
「サンクス」
「死んだかと思ったわ」と俺が文句を言うが、ユウの耳には入っていないらしい。コーヒーを手に持ったまま、じっと天井を見つめている。
「このまま死ねたら、どんだけ楽かって思うよ」
「お前はそればかりだな」
飲み終わった缶コーヒーに煙草の灰を落とし、また目は天井へといく。
「何でそんなに死にたいんだよ」
「わかんね」
「何だそれ」
こっちの心配をよそに、と怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢する。
「そろそろ死ななきゃならないような気がするんだよね。なんて言うか、お迎えが着ているような気がする」
「わかんねえよ俺は。まだだって俺たち二十四だぜ? 人生の四分の一超えたばかりじゃねえか」
知らず知らずの内に、俺は声を荒げていた。手に持ったままにしていた空き缶が、少しだけ震えた。
「もう四分の一も超えちゃったんだよ。超えてこれだからな。あの話聞いてからだな、あいつがさ、自殺した話」
今年の一月に中学の同級生だったNが首を吊って自殺したという話は、俺とユウの共通の友人から聞かされていた。その友人はNと同じ町だったので、葬式に行ったようだ。Nは死の直前までノートに日記らしきものを書いていたらしい。どうやら自分の存在価値がわからなくなった、というのが自殺の原因だったようだ。
「ああ、Nのな」
「それ聞いてさ、ああ、死んでもいいんだって思ったわけ」
「周りのやつとか、親とか滅茶苦茶悲しんでたじゃん。現にお前も小学校の頃仲良かったんだろ? ショックじゃないのか?」
俺とNは同級生だったという以外に接点は無かったが、ユウは家に遊びに行くほどの仲だったと、死の知らせを聞いたときにユウから聞かされた。
「ショックより先に、羨ましいって思っちゃった」
ユウは軽く笑い、二本目の煙草に火をつけた。
「逃げてもいいんだ、ってね」
それからしばらく喋り、俺はアパートを後にした。何かがひっかかるような気がしていたが、俺には俺の人生がある、明日だって朝から仕事だ、と言い聞かせ、無理やり眠りについた。
ユウが自殺した。発見したのはユウの母親だったらしい。遺書らしきものは見つかっておらず、突発的にやったことだとユウの母親に聞かされた。死因は首吊り。職場へ休むと連絡をし、その日は一日中寝込んでいた。立ち上がろうにも気力が沸かない。指一本動かすことができない。
「もう死にたい」
その台詞を聞いたのはこれで何度目だろうか。俺はその言葉を受け流しながら、テーブルに置いてあった煙草を手に取った。何て返せばいいのだろうか。いくら考えたところで答えが出るはずもない。行き場所を失ったように、言葉は宙に浮いている。
平日の真昼間の喫茶店には、俺とユウしかいない。ウエイトレスは暇を潰すかのようにテーブルを拭いたり、同じウエイトレスと何かを喋ったりしている。ユウはアイスコーヒーを口に運び、ほとんど一気に飲み干した。俺もそれに習い、アイスコーヒーを少し飲んだ。
「将来に対して不安があるんだ。でも多分それだけじゃない」ユウも同じように煙草に火をつけ「理由はわからないんだけど」と呟いた。
八月の真ん中に、ユウが医者に貰った抗うつ剤と市販の睡眠導入剤をビールで飲んで救急車に運ばれてから二週間が経っていた。薬が完全に抜けるまで入院し、俺は二回ほど見舞いに行った。一度目の見舞いの日は、点滴を打ちながら眠っていたので、暇つぶしにと持ってきていた雑誌を枕元に置いただけで帰った。二回目は点滴が外され、元気を取り戻したように見えた。俺たちは病院の外へ行き、コーヒーを買って煙草を吸った。
「久々の煙草は旨いなあ」という言葉だけ覚えている。飯だけはちゃんと食っているのだろう、以前より少しふっくらして見えた。
二週間ほど入院して、もう大丈夫だということで退院した。俺はそれから何日か経った日曜日の夜にユウのアパートへと行った。事前にメールで時間のやり取りをして。
無用心にもドアには鍵が掛かっておらず、部屋には明かりがついていなかった。俺は一応「入るぞ」とだけ声を掛け、廊下の明かりを付け、奥にある部屋の扉を開けた。つけたままにしていたパソコンの明かりだけが暗い部屋を照らしている。その前で、ユウが倒れていた。キーボードの上には大量の薬が散乱していた。俺は思わずユウの元へ行き、体を揺すった。しかし返事は無い。前のように大量に飲んで無いということは、残ったままの薬を見てわかった。口元へ耳を近づけると、小さな息遣いが聞こえる。俺はほっと胸を撫で下ろし、ユウの頬を叩いた。しばらくそれを続けていると、ユウの目がかっと開いた。
「あ、ああ、ごめんごめん。効き過ぎるようでさ、この薬」
言いながらユウは体を起こし、壁にもたれた。俺は部屋の明かりを付け、外へ出て自販機で缶コーヒーを買い、まだうつろなユウに差し出した。
「サンクス」
「死んだかと思ったわ」と俺が文句を言うが、ユウの耳には入っていないらしい。コーヒーを手に持ったまま、じっと天井を見つめている。
「このまま死ねたら、どんだけ楽かって思うよ」
「お前はそればかりだな」
飲み終わった缶コーヒーに煙草の灰を落とし、また目は天井へといく。
「何でそんなに死にたいんだよ」
「わかんね」
「何だそれ」
こっちの心配をよそに、と怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢する。
「そろそろ死ななきゃならないような気がするんだよね。なんて言うか、お迎えが着ているような気がする」
「わかんねえよ俺は。まだだって俺たち二十四だぜ? 人生の四分の一超えたばかりじゃねえか」
知らず知らずの内に、俺は声を荒げていた。手に持ったままにしていた空き缶が、少しだけ震えた。
「もう四分の一も超えちゃったんだよ。超えてこれだからな。あの話聞いてからだな、あいつがさ、自殺した話」
今年の一月に中学の同級生だったNが首を吊って自殺したという話は、俺とユウの共通の友人から聞かされていた。その友人はNと同じ町だったので、葬式に行ったようだ。Nは死の直前までノートに日記らしきものを書いていたらしい。どうやら自分の存在価値がわからなくなった、というのが自殺の原因だったようだ。
「ああ、Nのな」
「それ聞いてさ、ああ、死んでもいいんだって思ったわけ」
「周りのやつとか、親とか滅茶苦茶悲しんでたじゃん。現にお前も小学校の頃仲良かったんだろ? ショックじゃないのか?」
俺とNは同級生だったという以外に接点は無かったが、ユウは家に遊びに行くほどの仲だったと、死の知らせを聞いたときにユウから聞かされた。
「ショックより先に、羨ましいって思っちゃった」
ユウは軽く笑い、二本目の煙草に火をつけた。
「逃げてもいいんだ、ってね」
それからしばらく喋り、俺はアパートを後にした。何かがひっかかるような気がしていたが、俺には俺の人生がある、明日だって朝から仕事だ、と言い聞かせ、無理やり眠りについた。
ユウが自殺した。発見したのはユウの母親だったらしい。遺書らしきものは見つかっておらず、突発的にやったことだとユウの母親に聞かされた。死因は首吊り。職場へ休むと連絡をし、その日は一日中寝込んでいた。立ち上がろうにも気力が沸かない。指一本動かすことができない。
「もう死にたい」
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