103(第二回集英社ライトノベル新人賞一次通過作)

れつだん先生

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第四の事件

第19話 これは、討論番組である

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 狭い部屋に太った男と私とサキエさんが座っている。太った男はどうやら私の部屋の真下に住んでいる男で、名前は市原久司。二十八歳になる現役浪人生である。昨日の深夜にしていたアニメの素晴らしさを汗を流しながら語っているが、部屋にテレビのない私に興味が湧くわけもなく、ただ聞き流していた。
 この男はいつまで私の部屋にいるのだろうか。疑問に思ったので聞いてみた次第である。
「そ、そんな冷たいこと言わないで下さいよぉ。ぼ、ぼ僕と牧瀬君の仲じゃないですかぁ」
「桜の木が切られようとしていますね」
「そ、そうなんだよぉ。ちょ、ちょっと待って。じゅ、じゅ住人総出で、そそれを阻止しましょう」
 慌てて立ち上がり、部屋を出て行く市原を眺めていた。忙しい男である。
「なんかまた面倒なことになったわね」
 窓から桜さんを眺めながら呟いたサキエさんに返事をする。
「どうにかして阻止しなきゃいけませんよ」
「桜切られたら私どうなるのかな」
 桜の木の下で殺されたサキエさんは、推測ではあるが桜の木に地縛しているはずだ。それが無くなれば、言うまでもないがよからぬことが起こるというのはわかる。それが成仏と呼べるのかはわからないが、何にせよきれいな終わり方ではないだろう。しかしそれをあの男や市原に説明できるわけがない。
 廊下から多数の足音が聞こえ、乱暴に扉が開いた。市原より年上に見える男と、若い女が入ってきた。男は髪の毛を七三にぴっちりと分け、大きな眼鏡をかけている。若い女のほうが真っ黒なロングヘアで顔のほとんどを隠し、同じく眼鏡をかけている。こんな時期に黒いコートを着込んでいる。百人が見て百人が怪しいと感じるだろう。私とて例外ではない。部屋に招き入れるのを躊躇ったが、市原が勝手に招きいれてしまったので仕方なく「こんにちわ」と声をかけた。
「しょ、紹介しますね、こちら鈴木健太郎さん。彼女はいません」「そんなことまで言う必要ないだろう」「ほ、ほんとのことじゃ、な、ないですか」「大体君はね」「なんですか」「何だ!」
 狭い部屋で言い合いをする二人は放っておいて、私は若い女性に挨拶をした。
「……二宮香苗」
 消え入りそうな声。一瞬サキエさんを見たような気がしたが気のせいであろう。無言でいるわけにもいかず、二宮と世間話を交わす。どうやら大学生のようだ。オカルトサークルという誰が聞いても怪しいと思うであろう集いに参加することを日課としているらしい。今日も魔術的なことをしている所に市原が訪れ、無理やり連れてこられたようだ。市原の隣に住んでいる。
「その魔術とは一体?」
 話を膨らませる所が見つからず、とりあえずオカルトのことを聞いてみるが、私に興味が無くなったのだろうか、部屋を眺めては詰まらなそうにため息をつく。
「……あなたに言っても仕方ない」
 苦笑いをするしかない。やがて二人が言い合いをやめ、鈴木が会話に入ってきた。
「オカルトなど馬鹿げている」
 鼻をふんと鳴らし、腕を組みながら二宮を見る鈴木に、私は苦笑いするしか無かった。
「……信じない人には何も起こらないから」
「信じる信じないも、幽霊だのUFOだの魔術だのなんていうものはまやかしに過ぎない」
「……あなたに信じろと強制した覚えはないわ」
 サキエさんは二人の会話を興味の眼差しで見ている。自分のことを言われているわけだから当然だろう。私? 私は桜さんを眺めながら煙草をふかしている。いつになったらこの三人は帰るのだろうか。誰にも分からない。
「そういうオカルトなど、全て科学で証明できるのだよ」
「……怖いだけでしょ」
「違う! いい歳してそんなものに熱心になる人間の気持ちがわからないだけだ!」
 また熱くなる鈴木を市原がなだめるも、一向に冷める気配も無くオカルト否定論を繰り返している。自分の目の前に否定する対象がいるとも知らずに。思わず笑いそうになったため慌てて顔を伏せた。サキエさんもにやにやと笑っている。
「そ、そんなことは、い、いいんですよ。問題はあの、さ、桜の木なんだよぉ」
「君のそのつっかえ癖はどうにかならんのかね」
「そ、それは差別ですか」
「治す気があればなんでも治る」
 また言い合いしそうになったので、さすがに鬱陶しいを通り越した私は、話題の流れを変えるべく桜の木の話をした。
「あの木を切るのは僕も反対だ」
 鈴木が続き、市原が安心した表情で同じように続く。二宮は黙っている。
「二宮さんはどうかな?」
 機嫌を悪くさせないように、低姿勢で話し掛けるが、ぷいとそっぽを向かれてしまった。扱い辛いことこの上ない。
「に、二宮さ、さんは、あの木に幽霊を、よ、呼ぼうとしてるんですよ」
 けしからん話である。あの桜さんにそういったことをするのは、私は断固として反対していきたい。しかしそんなことが言えるはずも無く、「じゃあ私たちと同じですね」などと当り障りのないことを言っておいた。面倒くさい。
「そんな低俗なことは今は関係ないだろう。どうやってあの新管理人を納得させるかが問題なのであって、幽霊だのは関係ない。いるというのならここに連れてきたまえ。どうせ無理だろう」
 得意げにまた鼻をふんと鳴らした鈴木を、市原がなだめる。二宮は無表情のまま、サキエさんのいる場所を指差した。思わずそこを見る。サキエさんが、驚いた表情で「え? 私?」と言った。汗が少し浮かんだ。
「……そこにいるわ」
 市原も鈴木も、まさかそんなことを言われるとは思っていなかったらしく、神妙な顔でサキエさんを見るが、そこにはただ文庫本が積まれているだけでしかなく、鈴木は馬鹿にするように笑った。
「その文庫本が幽霊だと言うのかね君は。これはこれは、はは、冗談も程々にしたまえ」
「に、二宮さん、な、何も見えませんよ」
「……馬鹿には見えないわ」
 そう吐き捨てる二宮に、顔を真っ赤にして鈴木が言い返した。それを市原がなだめる。何度も繰り返される一連の行動に、怒りを通り越して呆れた私は、小さくため息をついた。
「二宮さん、その文庫本の場所にいる幽霊は、男かい?」
「……髪の長い女よ。どうやらここで殺されたみたい」
 サキエさんは楽しそうに笑っている。私はそれ以上聞くのをやめた。二人きりになった状態で聞くのがベストであると考えた私は、鈴木と市原に丁重にお帰りいただき、コップに水道水を入れ二宮に差し出した。廊下からは二人の言い合う声が響いてくる。私は静かに二宮と向き合い、重い口を開いた。
「ここに幽霊がいることは誰にも言わないでくれるかな」
「……それは命令?」
 二宮が冷たい視線を私に投げつけてくる。
「いや、お願い」
「……幽霊と一緒にいるのはあなたにとってよくない」
 サキエさんの表情は一転し、徐々に暗くなっていく。
「どういう危険があるのかな」
「……幽霊は幽霊を呼び寄せる力があるから」
 サキエさんがその他の幽霊を呼び寄せているなんてことは考えたくない。たとえそれが本当だとしても、今まで解決してきたではないか。見えたり会話したりできる私自信に問題があると思いたい。暗い表情のサキエさんを見て、より一層そう思った。
「……その窓、幽霊に割られたでしょう」
 オカルトサークルなど、と内心馬鹿にしていた私は、まさか二宮がここまでわかるとは思いもよらず、焦って頭が動転してしまい、二宮に差し出したはずの水を一気に飲み干した。煙草に火を付けようとするが思うように火が付かない。サキエさんが「あんたわかりやすすぎ」とため息をついた。
「……次はもっと手ごわい幽霊が来る。何より一番危ないのが、幽霊は生きている人間の生気を奪って現世に生き続けているということ」
「じゃ、それを阻止するには、私が離れればいいってわけ?」
 サキエさんが声を荒げながら二宮に近づいた。二宮は小さく悲鳴を上げ、なにか呪文のようなものを唱えだした。二宮には姿は見えど、会話はできないのであろう。サキエさんに恐怖する二宮が少し可愛く思えた。
「名前はサキエさん。別に君を取って食おうとしてるわけじゃないよ」
 体を硬くし呪文を唱える二宮の肩に手をかけるが、跳ね除けられてしまった。苦笑いしながらサキエさんと見合う。
「……どうか私をお助け下さい。偉大なる守護霊様、どうか私をお助け下さい」
 言いながらコートのポケットから何かを取り出し、サキエさんに向けた。変なマークが書かれた紙切れである。お札の一種であろうか。しかし私にはそれが何かわからない。うやむやとした表情のまま振り向く。サキエさんは苦痛に顔を歪め悲鳴をあげていた。焦った私は二宮の手から無理やりお札を剥ぎ取り、真っ二つに引き裂いた。しかし、遅かったようだ。サキエさんの姿が、徐々に、消えていった。私は時が止まったかのように口を開いたまま、消え行くサキエさんをただ見ていた。
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