103(第二回集英社ライトノベル新人賞一次通過作)

れつだん先生

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第三の事件

第17話 壮絶な、戦いである

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 サキエさんの声で目を覚ました私は、まず自分が死んでいないかどうかを確認した。多少の傷はあるものの、命には別状ないようだ。サキエさんは私を抱えたまま涙を流していた。私は「大丈夫です」と言おうとしたが声がでないため、とりあえずそれを伝えるために微笑んだ。サキエさんが私の頭を泣きながら叩いた。
「無茶するからこんなことになるんでしょ!」
 無茶ばかりするのはあなたじゃないですか……。
「あの女生徒は?」
 サキエさんに腕を捕まれ、ゆっくりと立ち上がりながら辺りを見た。あの女生徒の姿はない。やはり消えたのは本当だったのか。時計を確認する。あれから十分と経っていない。腹に痛みが残っている。
「いてて……。まだ痛いです」
「そりゃあんな石が飛んできたんだもの。痛いに決まってるわ」
「あの時サキエさんはどこへ?」
 その質問にサキエさんは顔を赤くし、そっぽを向いた。何だろうか。
「ちょっと助けを呼びに行ってたのよ。誰も私の姿に気づいてくれなかったけどね!」
 私は笑った。笑うたびに腹に痛みが走るが、関係なく笑いつづけた。サキエさんも涙を浮かべたまま笑っていた。
「とりあえずサキエさんが大丈夫なようで、安心しましたよ」
「こっちは心配したのよ! 私にもちょっとは責任あるし」
 ちょっと、ではなくかなりだと思うのですが、と言おうとしてやめた。これ以上の痛みは食らいたくない。
「あ、あの神主いたでしょ。あの人、女生徒が消えると同時に出てきて」
 私は探偵手帳を取り出した。メモしなくては。
「私たちの所に近づいてきて、しきりに謝ってた。しばらくしたら消えたけど。何だったのかしら」
 女生徒と交代する形で姿を表し、女生徒の行いを詫びた神主。この二人の関係性が未だにわからない。女生徒に聞こうにもこの有様であるし、神主は神主でいつもタイミングが悪い。
「この件から手を引いたほうがよさそうね」
 まさかサキエさんの口からその様な言葉が出るとは。私は探偵手帳を鞄にしまい込み、煙草を取り出した。口の中が切れていた。煙がしみる。
「サキエさんらしくないじゃないですか」
「さすがにこんなことになっちゃったらねえ」
 自由奔放なサキエさんがいつも問題を起こし、私が尻拭いするのが当たり前となっている。そしてそれを心地よいと思う自分がいる。もう手を引けるところを当に過ぎている。私はサキエさんに笑いかけた。
「いつものサキエさんらしくないですよ。今日はとりあえず家に帰って、明日からまた調査を始めましょう」
 サキエさんは「あんたも大概馬鹿だね」と笑いながら私の煙草を取り上げた。
「味がしなーい」
「当然ですよ」

 出直そうと家に帰ったもののいい案が浮かぶわけでもなく、ただ時間だけを無駄に浪費していた。とくにすることもなく、かと言って寝るには早すぎるし、あんなことがあった後に「はいおやすみ」などというわけにもいかない。私はこう見えて繊細なのだ。サキエさんも暇だということなので、気持ちを切り替えるためと体を清潔にしたいと思い、銭湯へ行くことにした。タオルと下着を手に持ち、外へ出る。丁度廊下で瀬名さんと出くわした。よく出くわすが、別にタイミングを狙っているわけではない。単なる偶然である。瀬名さんもどこかへ行くのだろうか、おめかしなんかしている。
「あ、こんばんわあ」
 瀬名さんが微笑んだ。何をされても許してしまいそうな微笑。
「どうも。お出かけですか?」
「うん、ちょっとね。牧瀬君は銭湯?」
「はい、久しぶりに」
 これ以上の会話は、私以外が聞いても至極詰まらなく感じるだろうから割愛させていただく。五分ほど会話しただろうか、私たちはアパートの庭で二手に別れ、私とサキエさんは涼しげな風が舞う中、虫の音を聞きながら歩いていった。アパートから歩いて十分のところにある古ぼけた銭湯。当然のことながら最新の銭湯などには負けるものの、値段も安く小さなサウナまでついているこの銭湯を、私は大学時代からたまに利用していた。サキエさんはどうやら知らなかったようで、汚いだの古いだのとぼやいている。
「ていうか部屋に風呂あるでしょ。トイレは共同だけど」
 そういえば私の住むアパートについて書き記すことを忘れていたようだ。木造アパートで小さな庭があり、その真ん中に桜の木が立っている。部屋の中の簡単な説明はもうしただろうが、おさらいをしておこうとおもう。玄関入ってすぐに四畳半ほどの部屋があり、その隅に小さな台所が設置してある。トイレはアパートの廊下の奥にあるのだが、風呂は一応部屋についている。と言っても後からつけたようなシャワーだけという簡素なものだが。私はそれを使うのをよしとしなかった。シャワーだけで風呂に入ったつもりになっている現代人に活を入れてやりたい。やはり、一日の疲れを取るには湯船に浸からねばならぬ。そこで体を癒し、老廃物を出し切り、風呂上りに飲むコーヒー牛乳がたまらなく美味しいのだ。かといって毎日銭湯にいけるほど金銭的に恵まれた生活をしているわけでもなく、たまに思い出したように行くのがせいぜいではあるが。
「あんなシャワーだけのなんて風呂とは呼べませんよ」
「あのシャワー、私が付けさせたのよ。それまでは風呂無しトイレ共同の悲惨なアパートだったんだから」
 付けさせた。どういった手段を取ったのかは想像に難くない。私は管理人の気持ちを考え、身震いした。
「こんなTシャツ一枚で出てきたら、そりゃ震えるわよ」
 訂正はしない。そうしている内に銭湯が見えてきた。引き戸を開け、中へ入る。おばあさんが一人でやっている銭湯だ。私はポケットから小銭を出し、金を支払った。おばあさんに聞こえないように注意しながら、サキエさんに話し掛けた。
「サキエさんはここで待ってますか?」
「短時間なら物に触れることもできるのよ。タダなのに入らないわけないじゃない」
 文句言いつつ入るのか。言いながら女と書かれたのれんのほうへ飛んでいくサキエさんを目で追い、私も中へ入った。
 時間が時間だからだろうか、人は誰も居ない。しみる体を丁寧に荒い、湯船に入った。壁にもたれながら、今日のことを振り返る。女生徒との壮絶な戦い――とはいえ私はただやられていただけだが――、神主の謎、近所の住人のこと。いつの間にこの手記は戦い物になったのだろうか。しかし元々は未来に向けての警告だった。もしやすれば本当に、人類は幽霊に滅ぼされてしまうのかもしれない。以前見たゾンビ物の映画を想像し、一人恐怖した。私以外に同じようなことをしている人間がいるのではないだろうか。そして仲間を集め、幽霊と壮絶な戦いを繰り広げる。……物語の読みすぎか。私に起きているできごと自体が物語ではないか。幽霊と銭湯に行くような経験をした者がいるのなら名乗りでてもらいたい。
「たーまき」
 私は思わず湯船で溺れるところであった。め、目の、目の前に、は、はは、半裸の女性が……。
「純情だねえ」
 顔を背け、タオルを巻いた半裸のサキエさんの姿が目に入らないようにしながら鼻血が出ていないか確認した。大丈夫のようだ。胸の鼓動が高まってゆくのがわかる。意味がわからない。これをしてサキエさんに何の得があるのだろうか。そりゃあ私には大きな得だ。混浴風呂に入った経験もない私は、女性のこういった姿を生で見るのは初めてであるし、相手が美貌に優れたサキエさんならより一層有難いことである。が、しかし。健全な健康男子である私がこのようなことで気が動転することなどあってはならぬことであるし紳士はこういうときでも冷静に対応できるはずであるし私もそれに従わねばならないわけであのそのそれでつまり。
 いつの間にか私は湯船に沈んでいた。ぶくぶくと。私を湯船から出そうとするサキエさんの体からタオルが落ちた。湯の中から見るそれは、それはそれはとてもいいものであり、私の意識は徐々に無くなっていった。
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