103(第二回集英社ライトノベル新人賞一次通過作)

れつだん先生

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第三の事件

第15話 ぎゃふんと、言わせるのである

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 簡素な住宅街に囲まれた神社には、誰一人として近づく者はいない。住宅街と言うのに子供の遊ぶ声も聞こえないし、車でさえ通らない。本当に人は住んでいるのだろうか。私は意を決し、とある家のチャイムを鳴らした。まだ真新しい一軒家。カーテンは締め切り、人が住んでいる気配はしない。洗濯物も車も郵便物も何もない。小さな家庭菜園の跡地は、手入れもされず雑草が生い茂っている。
「住んでないのかな」
 私は別の家のチャイムも鳴らしてみた。しばらく待って、扉が開いた。四十代ぐらいの主婦が顔を出した。
「なんでしょうか」
 不安げな表情を浮かべている主婦に、私はとりあえずの自己紹介をした。見ず知らずの人間が家にやってきたのである。不安がるのはいた仕方ないこと。とりあえず怪しいものではないことを示さねばなるまい。
「はあ、アパートの学生さんですか。で、何の用ですか」
 主婦の表情が多少緩み、ドアもそれに習うかのように大きく開いた。
「あそこの神社のことでちょっ」
 大きな音を立ててドアが閉じられた。そして鍵をかける音。
「この事件は一筋縄ではいかないようですよ」
「呑気なこと言ってないで、次! 早く!」
 私は急かされるまま、隣の家に走った。

 しかし、どの家に行こうとも結果は同じ。ここまで非協力的なのかと、探偵業の大変さを思い知った私は、落胆の表情で家路についた。詳しい話を聞くために瀬名さんの部屋にお邪魔する。女性の一人暮らしの部屋にあがりこむほど図々しい男ではない私は、「入っていいよ」と微笑んだ瀬名さんに頑として拒否をした。それにあの約束を破ることなど私にはできない。とりあえず扉を閉め、玄関に立つ。このアパートは玄関と部屋がくっついているもので、その横に小さな台所がある。なので中へ入らずとも部屋の中は見えてしまうのであまり意味はないのだが。
 花柄のカーテンが朽ち果てたアパートを彩っている。台所は綺麗に整頓され、ゴミ一つ虫一つない。部屋の片隅にテレビと小さなテーブルが置いてある。洗濯物は綺麗にたたんでその隣に並べてある。床には動物柄のカーペットが敷かれ、その上に瀬名さんが正座した。
「とりあえずお茶入れよっか?」
「お構いなく。すぐ出ます故に」
 綺麗に決めたつもりだったが、私のとなりに浮いているサキエさんに尻をつねられたため小さな声をあげてしまった。不思議そうに見る瀬名さんに咳払いをし、探偵手帳を開いた。
「早速ですが、あの神社、今は誰が管理しているんですか?」
「ああ、誰もしてないみたい。あんなことが起きたからね」
「女生徒の自殺……ですね」
 瀬名さんは小さく頷いた。
「神主さんも居なくなっちゃって、まあ仕方ないけどね。近所の人も近づかないみたい」
 それであんなに非協力的だったのか。確かに、見ず知らずの人間があの神社のことを聞いて回っているのだ。もしかしたらもう噂になっているかもしれない。迂闊なことをしてしまったと反省した。
「で、変な話なんだけど、見ちゃったら受験に落ちちゃうんだけど、見なかったら受かるみたいな噂も出てるの」
 願掛けのようなものだろうか。それにしては危険が過ぎる。可能性は二分の一。いや、それ以上かもしれない。まあ、見てしまったところで確実に落ちるというわけではないのだが、見なければ受かる、と。噂というものはすぐに後付けがされ広まってゆくものなのである。私も用心しなければ。幽霊と同居する無職男性、その幽霊を使い世界征服を企む! などと言われかねない。
 それはないか。
「もう受験シーズンは終わったけど、試験ごとに賑わうみたいよ」
 成る程。そこにやってくる学生に聞き込みをすれば何か情報を得られそうだ。私は神主の幽霊のことは言わず、お礼を言い部屋を後にした。瀬名さんという情報通が知り合いにいて、本当に良かったと思った。
「学生って暇よねえ。ほんと下らない」
 私たちがしていることも傍から見れば下らないことかもしれませんよ、という言葉を飲み込んだ。
「やはり夜まで待ったほうがいいみたいですね」
 時計の針は七時を指している。が、まだ明るい。季節が暖かくなるにつれ、昼の時間が延びるのだ。外では蛙の鳴き声が聞こえる。サキエさんはいつの間にかいなくなっていた。何もすることのない私は、部屋に積んである一つの文庫本を手に取った。
 トラベルミステリの巨匠、北村光太郎の小説。部室から拝借してそのままにしておいたものである。今まではミステリ物に興味は無かったのだが、探偵業を始めた今、こういったものに何か事件の解決になるヒントがあるかもしれない、と手に取った次第である。
 気づけば私は時間も忘れ、小説の世界に入りきっていた。読みきり、文庫本を閉じたころにはもう日も完全に暮れ、開いたままの窓からは寒い風が流れ込んできた。十津山警部の軽快な推理に惚れ惚れとしてしまった。私は本をダンボールにしまい、上に服をはおり、携帯と煙草、そして懐中電灯と探偵手帳を鞄に詰め込み、それを持ってアパートの外へ出た。しんと静まり返るアパートの廊下に、切れかかった電球の明かりが点滅する。そういえばサキエさんは、と思いながら廊下を進み、庭に生えた桜さんに挨拶をしようと近づいた。
 サキエさんがいた。
 桜さんに寄りかかり、夜空を眺めている。月明かりが桜さんとサキエさんを照らし、言いようのない神秘さが垣間見れる。私は少しの間見とれてしまっていた。私の姿に気づいたサキエさんが、照れたような表情を浮かべながら近づいてきた。
「ここで殺されたから、なんか感慨深くてさ。ハハ」
「早く犯人を見つけましょう。私の華麗なる推理でぎゃふんと言わせてみますよ!」
「ぎゃふんなんて今時誰も言わないよ」
 他愛のない会話で緊張もほぐれ、私たちは神社へと歩いていった。電灯と月明かりが闇を切り裂くように私たちを照らしてくれる。私は煙草を取り出し火をつけた。
「それにしても大学辞めてよかったねえ」
「え、何でですか?」
「見ちゃったら悲惨じゃん」
 けらけらと笑うサキエさんに笑いかけ、夜空を見上げた。大学を辞めたことはまだ親には言っていない。無職となった今、仕送りの停止をお願いするつもりである。簡単なアルバイトなどでもして、気ままに生きていこうか。親は何と言うだろうか……。いつかは私の家族構成などもここに述べる時が来るだろう。その時についでといってはなんだが、退学のことも言えばいい。今はこの生活が楽しくて仕方ないのである。
 できることならば、サキエさんとずっと一緒にいたいものだ。
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