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第三の事件
第14話 これは、ホラー小説である
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「あの幽霊を見たら受験に失敗する」
そんな噂を読者諸兄はご存知だろうか。私も瀬名さんに聞くつい先ほどまでは知らなかった。知ったところで私とは無縁なのだが、サキエさんの興味が湧かないわけではなく、私はサキエさんに命令されるがまま、その噂のスポットへと行った。
アパートから徒歩で三十分ほどだろうか。自然に囲まれた静かな神社。時刻は昼を回っている。先ほどまでは暑かったはずなのに、この神社に足を踏み入れてからというもの、急に肌寒くなった。やはり何かあるのだろうか。見た目は至って普通。よくある小さな神社と言ったところだろうか。荒らされた形跡はない。管理者がいるのだろう、掃除が行き届いている。中へずんずん進んでいくサキエさんに呼びかけた。私はまだ入り口でまごついていた。
「サキエさん、何か怪しいところはありますか?」
「環もこっち来なよ。何にもない。ただの神社」
その一言で安心した私は、サキエさんを追うため神社の中を進んでいった。突然強風が吹き、木々がざわついた。私の心もざわついた。
「昼間に来てもやっぱ意味ないかもねえ」
サキエさんの隣に立ち、境内を見回す。確かに変なところは何もない。途端恐怖心は薄れていった。
「瀬名さんの情報によりますと、昔受験に失敗した女生徒が自殺してからこのような噂が囁かれるようになったそうです」
小さなメモ――探偵手帳と呼ぶ――を開き、瀬名さんに教わった情報を述べた。が、サキエさんは私の話にはあまり興味がないようだ。私はこのまま黙るのも何かと思い、先を続けた。
「名前はわかりません。死んだのはよりにもよって……」
賽銭を入れた後にがらがらと振り回すそれに紐をくくりつけ、自殺したようだ。私は思わず後ずさんだ。
「ここで死んだんだったら出そうなもんだけどねえ」
なぜサキエさんはそこまで呑気なのだろうかと考えたことがある。死んで幽霊になってしまえば、恐怖心など無くなるのだろうかと。全身に感じるこの悪寒、寒気。それは、ここには近づくなという誰かの警告なのではないだろうか。とりあえず私は、身を守ってもらうために賽銭を投げ入れ、手を叩いた。神様、私を守ってください。
「ここ合格祈願で有名な神社でしょ。学校辞めた人間が何拝んでんのよ」
いちいち痛いところをつくサキエさんの発言を無視し、私はまた探偵手帳を開いた。相手は女性、それも私より年下ではないか。何を怖がることがある。普通にしていればいい。もし何かあっても、五百円も奮発したのだ。いくら合格祈願とは言え、神様は神様である。真面目で好青年である私を守らない神など神ではない。
「強気だねえ。神様が怒るよ」
その瞬間また木々がざわついた。私はサキエさんにすがりたい衝動に駆られてしまったが、触れることはかなわないので仕方なく柱にしがみついた。素早い危機管理能力が大切なのである。
「ほんと何にもないわねえ。とりあえず神主さんみたいな人に聞いてみましょうか」
柱にしがみ付いた私を無視し、奥へと進んでいくサキエさんを追いかけた。サキエさんはB型だろうか。私は血液型占いなどといった下らないものは信じてはいないのだが、サキエさんには当てはめることができる。自己中心的性格、飽き性、完全なるB型ではないか。これでサキエさんが「いや、私はO型よ」などと言ってみろ。私は血液型占い撲滅運動を今すぐにでも始めることだろう。
「あ、おじいさんがいる。環ちょっと聞いてきなさい」
私は「はい」と短く返事し、竹ぼうきで掃除しているおじいさんに近づいた。が、何かがおかしい。地面には落ち葉ひとつ落ちていないのだ。そこをただ動くこともせずはたいている。神主の格好をしている。私が近づいても何の反応も示さず、綺麗な地面をはたいている。
「あ、こんにちわ」
好青年的スマイルと元気な挨拶。これに反応しない年寄りなどいないであろう。「そうかいそうかい。茶でも飲んで行きんせえ」と微笑み返してくれるはずだ。
神主が消えた。忽然と。私は腰を抜かし、悲鳴をあげた。また木々がざわつき、私はまた悲鳴をあげた。
「情けないわねえ環は」
私の無様な様子を見て腹を抱え笑うサキエさんに少しばかり怒りが湧いたのだが、今はそれどころじゃない。ここには幽霊と呼ばれる存在が二つあるのだ。瀬名さんは一言もそんなことは言わなかった。女生徒と神主。この二人に関係はあるのだろうか。管理人がいない神社がなぜこんなにも綺麗に保っているのだろうか。心霊スポットにもなれば、遊び半分の学生などが肝試しなどと称して場を荒らしに来るのがセオリーとなっているはずなのだが……。考えても謎は深まるばかりである。
「腰を抜かしたまま真剣な表情したって、かっこよくないわよ」
私は立ち上がり、尻をはたいた。そして探偵手帳を取り出し、ここまでのことを書き記しておいた。今まで以上に難事件になりそうな予感がする。聞き込み調査が重要になるだろう。
「女生徒も出ませんし神主も消えました。一旦戻って情報を集めましょう」
まだ物足りなそうなサキエさんの腕を強引に引っ張り、私は神社を出た。出た瞬間、また腰が抜けた。
そんな噂を読者諸兄はご存知だろうか。私も瀬名さんに聞くつい先ほどまでは知らなかった。知ったところで私とは無縁なのだが、サキエさんの興味が湧かないわけではなく、私はサキエさんに命令されるがまま、その噂のスポットへと行った。
アパートから徒歩で三十分ほどだろうか。自然に囲まれた静かな神社。時刻は昼を回っている。先ほどまでは暑かったはずなのに、この神社に足を踏み入れてからというもの、急に肌寒くなった。やはり何かあるのだろうか。見た目は至って普通。よくある小さな神社と言ったところだろうか。荒らされた形跡はない。管理者がいるのだろう、掃除が行き届いている。中へずんずん進んでいくサキエさんに呼びかけた。私はまだ入り口でまごついていた。
「サキエさん、何か怪しいところはありますか?」
「環もこっち来なよ。何にもない。ただの神社」
その一言で安心した私は、サキエさんを追うため神社の中を進んでいった。突然強風が吹き、木々がざわついた。私の心もざわついた。
「昼間に来てもやっぱ意味ないかもねえ」
サキエさんの隣に立ち、境内を見回す。確かに変なところは何もない。途端恐怖心は薄れていった。
「瀬名さんの情報によりますと、昔受験に失敗した女生徒が自殺してからこのような噂が囁かれるようになったそうです」
小さなメモ――探偵手帳と呼ぶ――を開き、瀬名さんに教わった情報を述べた。が、サキエさんは私の話にはあまり興味がないようだ。私はこのまま黙るのも何かと思い、先を続けた。
「名前はわかりません。死んだのはよりにもよって……」
賽銭を入れた後にがらがらと振り回すそれに紐をくくりつけ、自殺したようだ。私は思わず後ずさんだ。
「ここで死んだんだったら出そうなもんだけどねえ」
なぜサキエさんはそこまで呑気なのだろうかと考えたことがある。死んで幽霊になってしまえば、恐怖心など無くなるのだろうかと。全身に感じるこの悪寒、寒気。それは、ここには近づくなという誰かの警告なのではないだろうか。とりあえず私は、身を守ってもらうために賽銭を投げ入れ、手を叩いた。神様、私を守ってください。
「ここ合格祈願で有名な神社でしょ。学校辞めた人間が何拝んでんのよ」
いちいち痛いところをつくサキエさんの発言を無視し、私はまた探偵手帳を開いた。相手は女性、それも私より年下ではないか。何を怖がることがある。普通にしていればいい。もし何かあっても、五百円も奮発したのだ。いくら合格祈願とは言え、神様は神様である。真面目で好青年である私を守らない神など神ではない。
「強気だねえ。神様が怒るよ」
その瞬間また木々がざわついた。私はサキエさんにすがりたい衝動に駆られてしまったが、触れることはかなわないので仕方なく柱にしがみついた。素早い危機管理能力が大切なのである。
「ほんと何にもないわねえ。とりあえず神主さんみたいな人に聞いてみましょうか」
柱にしがみ付いた私を無視し、奥へと進んでいくサキエさんを追いかけた。サキエさんはB型だろうか。私は血液型占いなどといった下らないものは信じてはいないのだが、サキエさんには当てはめることができる。自己中心的性格、飽き性、完全なるB型ではないか。これでサキエさんが「いや、私はO型よ」などと言ってみろ。私は血液型占い撲滅運動を今すぐにでも始めることだろう。
「あ、おじいさんがいる。環ちょっと聞いてきなさい」
私は「はい」と短く返事し、竹ぼうきで掃除しているおじいさんに近づいた。が、何かがおかしい。地面には落ち葉ひとつ落ちていないのだ。そこをただ動くこともせずはたいている。神主の格好をしている。私が近づいても何の反応も示さず、綺麗な地面をはたいている。
「あ、こんにちわ」
好青年的スマイルと元気な挨拶。これに反応しない年寄りなどいないであろう。「そうかいそうかい。茶でも飲んで行きんせえ」と微笑み返してくれるはずだ。
神主が消えた。忽然と。私は腰を抜かし、悲鳴をあげた。また木々がざわつき、私はまた悲鳴をあげた。
「情けないわねえ環は」
私の無様な様子を見て腹を抱え笑うサキエさんに少しばかり怒りが湧いたのだが、今はそれどころじゃない。ここには幽霊と呼ばれる存在が二つあるのだ。瀬名さんは一言もそんなことは言わなかった。女生徒と神主。この二人に関係はあるのだろうか。管理人がいない神社がなぜこんなにも綺麗に保っているのだろうか。心霊スポットにもなれば、遊び半分の学生などが肝試しなどと称して場を荒らしに来るのがセオリーとなっているはずなのだが……。考えても謎は深まるばかりである。
「腰を抜かしたまま真剣な表情したって、かっこよくないわよ」
私は立ち上がり、尻をはたいた。そして探偵手帳を取り出し、ここまでのことを書き記しておいた。今まで以上に難事件になりそうな予感がする。聞き込み調査が重要になるだろう。
「女生徒も出ませんし神主も消えました。一旦戻って情報を集めましょう」
まだ物足りなそうなサキエさんの腕を強引に引っ張り、私は神社を出た。出た瞬間、また腰が抜けた。
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