103(第二回集英社ライトノベル新人賞一次通過作)

れつだん先生

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第7話 私は、幽霊成仏屋である

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「ま、人間ってのはさ、出会いと別れを繰り返して生きていくものなのよ」
 などと何かを悟ったような顔で語るサキエさんを無視し、私はまだ桜さんを眺めていた。あなたはなぜ黙っているのですか。何も言ってくれないのですか。なぜ私はこれほどまでにショックを受けているのですか。答えは……出ません。
「まあいいじゃん、わたしがいるんだし」
 あなたは幽霊じゃないですか、と発言した後でそれは失言だと気付いたのだが、それももう後の祭りだった。明らかに沈んだ表情を浮かべるサキエさんに、私は思いつく限りの褒める言葉を並べ立てた。ここに書き連ねることも恥ずかしいような言葉なので割愛させていただく。それにより表情が柔らかくなったサキエさんは満更でもないのであろうか、私の言葉にいちいち照れ隠しのための否定をし、私の頭や顔を叩く。正直痛いが我慢をする。男たるもの女性のためなら我慢も厭わないのである。
「あ、そうそう」とまるで思いだしたかのように口を開く。「あんたってさ、わたしだけしか見えないのかな?」
「霊感なるものは持ち合わせていないはずですが」
「じゃあなんでわたしだけ見えるの?」
 それはこちらが聞きたい。瀬名さんもあの間宮とかいう男も、サキエさんの存在に何の反応も見られなかった。それに私自身もここに住みだして一月ほどになるが、サキエさんを確認したのも今日の朝になってようやくである。
「あんたがここに越して来たのは前から知ってたけど、冴えない学生でしょ。さっきの男の子ならまだしも」
 読者諸兄の中に私と同じような生活を営んでいる者がいたら、どうか絶望に打ちひしがれることはやめていただきたい。できることなら胸を張り自信を持ちたまえ。私もこうやってどうにかして生きている。女性にモテるだけが人生ではないのだから。
「モテる必要はないけどさぁ」サキエさんは嫌な物を見るかのような目で、部屋をぐるりと見渡した。台所には大量の食器が乱雑に置かれ、部屋には大量の書物と何年も干さずに干からびた布団が置かれている。「もうちょっと人並みの生活しなよ」と苦笑い。
 失礼な。私は敢えてこの生活をしているのである。確かに私とて以前は虫も殺せぬようなシティボーイであったが、そのようなか弱き男が社会に出て勤まるであろうか。答えは否、である。妬みそねみ裏切りにいつ首を切られるやもわからぬ恐怖に震え、給料はカットされ生活は苦しくなり、サービス残業という名の強制的時間外労働により身も心も擦り減る。最終的に行き着く所は自殺である。我が国日本は、自殺者の数が世界一ではないか。
 しかしどうだろう、以前のようなシティボーイだった頃ならつゆ知れず、身も心も強靭になった今の私が負けるであろうか? 東に虫が現れれば素早く叩き、西に期限切れした食品が現れればそれを胃にほうり込み。飯が無ければ水を飲み、寒ければ震え、暑ければ汗を流し。言わばこの部屋はサバイバルを生き抜くためのトレーニングルームなのである!
 部屋の真ん中で身振り手振りで汗を滲ませながら演説をする私、感心した表情で拍手をするサキエさん。何かがおかしい気がするのは私だけだろうか。
「この部屋の素晴らしさはわかったわ。でもあなたバイトもしなくてお金あるの?」
 いや、それはつまり……その……なんと言いましょうか……。
「仕送り?」
 一般的に言えば……そうなりますね。
「いくら?」
 それは個人情報保護法案に基づき、お答えするこ……いでっ!
「へぇ。大学も行かず働きもせず、妄想と慰めの毎日が紳士の生き方なの。そんな紳士ならわたしはいらないなぁ」
 嘲笑うサキエさんに何も言い返すことのできない私は、ただ歯を食いしばり拳を握りしめ、一つあることを誓った。
 瀬名さんと付き合ってサキエさんを見返してやる、と。
「全然違うよ!」

 先ほどまでの晴天はどこへやら、突然降り出した雨が容赦なく桜さんを虐め抜いている。部屋も徐々に薄暗くなり、私は堪らず明かりの紐を引いた。しかし何も変わらない。
「電球切れてるね」
「サキエさん買ってきて下さいよ」
 私は数枚の小銭を財布から取り出し、サキエさんに差し出した。働くもの食うべからず。部屋に置いておく代わりに働いてもらわねばなるまい。サキエさんは私の手を跳ね返した。小銭がその衝撃により床を転がり、大量の書物の中へと隠れてしまった。必死に探すも、小銭は恥ずかしいのか一向にその姿を現せてはくれない。
「ふざけたこと言ってないで、早く買いに行くわよ」
 私も、ですか? 「当たり前でしょ」この肌寒い雨の中を? 「強靭な肉体はどうしたのよ」いやあれは言葉のあやとい「うだうだ言わないで早く来なさい!」

 雨に打たれながらサキエさんの後ろを肩をすくめ歩く私を見るに、もはや人権や尊厳などないに等しいことがわかるだろう。手助けをしようとしたのが間違いだったのだろうか。やはり最初から人間の敵として慎重に対応すべきだったのか……。今になればそれもわからない。ただただ自分の情けなさを嘆くのみである。頬を濡らすこれは冷たく降り注ぐ雨か、はたまた悲しみの涙か……。
「あ!」
 前を歩くサキエさんが、突然素っ頓狂な声を上げて止まった。私はサキエさんの背中にぶつかるわけでもなく、そのまま体を擦り抜けた。
「今までアパートからは出られなかったんだけど」はい。「出られるようになった! やったぁ!」ああ、そうですか。
 振り返り睨むサキエさんに私はたじろいだ。
「何よ、人ごとだと思って。自由になれたのよ、わたし」
 今までアパートに縛られていたから仕方なく私の元にいたからと推測すると、サキエさんが自由になると同時にようやく私も自由の身になれたと考えてもよいだろう。
「サキエさん。今まで、というか今日一日だけでしたが、楽しかったです。ありがとう」
 間宮氏にも負けぬ爽やかなスマイルで握手を求める私に、サキエさんは怪訝な表情を浮かべた。
「私が邪魔みたいな言い方ね」
 そ、それは誤解ですよ。
「あそこは私の部屋でもあるのよ。いたっていいじゃない」
 今は私の部屋になると思いますが。様々な論点から見るも、それは変わらない。
「あ、大丈夫よ。迷惑はかけないし、男の子だもんね、そういう時は言いなさいよ、部屋から出ておくから」
 迷惑はもう既に「何」……もありません。
「ま、これからもよろしくね、駄目人間君」
 サキエさんは笑顔を浮かべ、差し出したままの私の片手を固くにぎりしめた。その笑顔に負けたといえばその通りなのだが、私は自己犠牲をしてでも未来にこの手記を残すと誓ったのである。観察を今更やめればそれは人間の大敗を意味する。それだけは阻止せねばなるまい。
「時にサキエさん」
「なぁに?」
「他にもあなたのような幽霊という存在はこの世に存在しているのでしょうか」
「後ろ」
 思いきり首だけを後ろに回したため、首に激痛が走った。地面にうずくまり首を押さえながら痛みと戦う私に容赦なく降り注ぐサキエさんの笑い声と大粒の雨。……早く家に帰りたい。

「まあわかんないけどさ、多分いるんじゃないかな。環に見えるかどうかはわかんないけどね」
 目的であった電球を購入した頃にはすでに雨も止んでいた。先程までの荒れた天気はどこへやら、沈みゆく夕日が私やサキエさんを照らしている。天候は私と違い、自由である。遠くで虫の鳴く声が聞こえる。
「アパートにはいませんか?」
「見てないね。踏み切りとか自殺スポットにはうようよいそうだけど」
 それを聞いて身震いしたのは私だけではない筈だ。人間がこの世に誕生してから、一体どれほどの人が死んでいったのだろうか。寿命を全うした者、無残にも殺された者、運悪く事故に合い亡くなった者、病に蝕まれた者……。不謹慎であるのを承知で記すが、戦場などはどうなるのであろう。
「そう考えると、この世は霊で溢れかえることになりますね」
「たいていは天国とかあの世に行くんじゃない? 何かあるからここに留まるわけで」
 となるとやはり地縛霊のみになるのか。その瞬間私は閃いた。
「じゃあ、その何かを解決してやれば天国に帰るんですよね!」
「だから私の犯人を探したらそうなるって言ったじゃない」
 幽霊がこの世に存在すると知った今、何をすべきかようやくわかってしまったのである。やはり探偵という方向性は間違ってはいなかった。
「幽霊成仏屋をここに発足する!」
「そんなのお坊さんに任せればいいじゃない」
「宗教と私、どちらを信じますか!」
「そりゃまあ……。でも他に見えるかわかんないわよ」
「やってみなきゃわかりませんよ! やる前から諦めて何になりますか!」
「じゃあ学校行こうよ。」
 それとこれとは話は別です。
「何が何だか」
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