103(第二回集英社ライトノベル新人賞一次通過作)

れつだん先生

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第6話 私は、霊探偵である

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 ~スタイル抜群、美貌に溢れたサキエさん最後の日~ (印税よこせよ)

「あぁ、苛々する!」
 なんで平の私がこんなに残業しなきゃならないのよ! おまけにサービスだし。課長がもっと仕事できる奴ならいいのに。あーあ、早く帰ってビール呑もう。いい男もいないしなぁ。もう二十七よ。お母さんは毎回お見合いを奨めるけど、なんかどれもつまんない。こんなに美人なのに。話しかけるのにびびってんのかしら。もっと親しみよくしなきゃなぁ。あ、彼氏募集中ね。アパートまであと歩いて十分て所か。いいや、ビール買っちゃおう。自販機で。
 ビールを開け、流し込む。うまぃ! それにしても寒いわね。もう夏だっていうのに

(中略)

 でさ、笑えるでしょ! 私に偉そうにするからいけないのよ。雑巾の水でさ、あービール買お。

(汚いので中略)

 ようやくアパートに着いたころには私、かなり酔っちゃってさ、いつものように木に吐いてたら背中をずぶり。発見が遅れてさ。そのまま死んだわけ。それから何人か103に住んだけど、なぜかすぐ出ちゃうのよね。あの時いたみんなももういないし。ん? ああ、交代? わかったわかった。

 つまり、犯人のことを見ていなければ覚えてもいないということだ。本人に聞いても、怨みを買った覚えはないという。しかし人たるものいつどこで恨みを買っているかはわからない。ましてや自由奔放なサキエさんのことだ。どこかで物凄い、それこそ殺されるような恨みを買っていたのではないだろうか。しかし犯人は一体何の目的でサキエさんを襲ったのか? 喧嘩や言い合いの末に殺したのならまだわかるが、いきなり刺すとあらばもう殺害が目的になっている。その後暴行されただとか物を取られた覚えもないという。やはり凄まじいほどの恨みなのだろうか。
「ま、考えても無駄だし、私自身今の自分を気に入ってるからね。ようやく話し相手もできたことだし。ここに住む人住む人、すぐどっか行っちゃうんだよ」
 それはあなたのせいです、と言おうとしてやめた。サキエさんは一人で寂しかったのだ。そこへようやく、相手が幽霊だろうと何だろうと歩み寄り対話を試みるような寛大な私が現れたのだ。気持ちはよくわかる。
「今までは一人だが、これからは僕がいます。安心したまえ」
 両手を開きサキエさんを待つ私の顔に卑猥文書が投げ付けられた。涙が浮かび、同時に鼻に激痛が走った。

 この手記の題名を、霊探偵牧瀬環に変更しようと思うのだどうだろうか。依頼のある幽霊の方々は私の所へ来たまえ。誠心誠意を尽くして、それに応えるよう努力する。

 私はまずこの事件を解決するに辺り、様々な難題があることに気付いた。第一に目撃者がいない。第二に被害者は加害者の姿を見ていない。第三に、被害者のせいで当時このアパートに住んでいた人はもういない。
 ……いきなり壁にぶち当たったようだ。地道に、それこそ時間をかけた聞き込みなどにより犯人を見出ださねばならない。頭ではない、足を使うのだ。それが探偵である私のすることである。
「今度は探偵ごっこ? 暇人だねぇ」
 第四に、当の被害者であるサキエさん本人のやる気がない。ここが一番重要ではないだろうか。ふよふよと漂うサキエさんを見ながら、私はパソコンを閉じた。
「私にとっちゃどうでもいいのよ。でもまあ、当時住んでた人にはもう一度会いたいわね」
「私の探偵ごっこに多少は付き合ってくれてもいいのでは?」
 呑気に言うサキエさんに言い返した。部屋を沈黙が包む。
「そりゃ付き合いたいけど」「けど?」
 先を促す。
「解決しちゃったら成仏しそうな気がするのよね」
 成る程……確かにその通りである。何かしら思いが残っているからそこに留まっているだけであり、それが終わればそこにいる意味が無くなるのは先程述べた通りである。しかし……。
「しかし、サキエさんにとってはその方がよいのでは? 輪廻転生という言葉もありますし、それ以前に単純に気になりませんか? 腹が立ちませんか?」
「そりゃまあそうなんだけどさ」
 何か詰まったような話し方で少しずつ言葉を出すサキエさんに、私は少しだけ苛ついた。
「私がいなくなったら名探偵さんが困るでしょ」
 ん?
 確かに多少の寂しさは感じるものの、それ以上の開放感を感じられそうな気もするのだが……。
「まあでも昔の知り合いに会いたい気持ちもあるからね、探偵業は続けていいわよ」
 許可が下りたので続けることにする。何かがおかしいが、今更もう気にしない。幽霊が私の目の前を飛んでいることがもう既におかしいのだから。
「まずは現在の住人から聞き込みをしていきましょう」
 私はまず瀬名さんの元へ行くことにした。同じアパートで知っているといえばこの人だけだし、その間、つまり104号室の住人は以前私に「うるせぇ」なんて叫んだ人であるからして、まともなコミュニケーションがとれるわけがないと思ったのだ。断じて怖気づいたわけではない。
 サキエさんが来ると話がややこしくなる可能性があるから、とついてくるのをやんわりと断ろうとしたのだが、そんなことで納得してくれる人ではない。「また抱き着いたりして警察沙汰になったら困るから」と言い、私の後ろで睨みを効かしている。私はもう言い返すことをやめた。
 所々抜け落ちている場所があるため、気をつけながら老朽化した廊下を歩く。鴬張りになっているのは、泥棒の侵入を拒むためだと自分に納得させる。しかし、私と違いちゃんとした仕事についている瀬名さんが、よりにもよってなぜこんなアパートに住んでいるのだろうが。身分を隠すため? どこかの組織に追われている? ……やめよう。人を勝手に詮索するなど失礼極まりない。私は高鳴る鼓動を落ち着かせながら、一度深呼吸し、扉をノックした。「はぁい」という少し間延びした声が聞こえ、扉が開いた。どこかで聞いたことのあるような声。
 私の知らない男が出てきた。気の強そうな男である。タンクトップからは鍛えぬいた腕が見えている。全身こんがりと焼いた小麦色で、髪の毛は上で束ねている。不精髭を生やし、口には煙草をくわえている。年齢は、私より多少上ぐらいであろうか。どうあがいても私に勝ち目はない。逃げ出したくなる衝動を押さえながら、自己紹介をした。
「ああ、103の学生さんか。俺、間宮大和。まあよろしくしてよ」
 その風貌からは予想できないようなスマイルを浮かべながら手を差し出してきた。言われるがまま、私もそれに応える。私は情けない。人を見た目で判断しようなどと、あってはならぬことだ。サキエさんが「失恋しちゃったね」と笑うが、無視をする。何かどうでもよくなってしまった。
「牧瀬環です。よろしくお願いします」
「ん。で、今日はどうした?」
「あ、いえ、大学の調べ物で、このアパートの歴史を調べようと思い、訪ねてみたのですが」
 そこまで言って、ようやく自分がノックした部屋が間違っていたということに気づいた。105ではなく104号室に来ていた。当然瀬名さんが出ないはずである。私と間宮は少しばかり世間話をして、扉を閉めた。
 今度こそ、と確認をした後、瀬名さんの部屋をノックした。
「はい?」
 途切れそうなほどに弱い声が扉の向こうから聞こえた。
「牧瀬ですが」
「瀬名夏美はいませんよ」
 どう考えても瀬名さんの声なのだが、という言葉を飲み込みながら、「では伝言をお願いします。すみませんでした、と言っておいてください」
「はい」
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