103(第二回集英社ライトノベル新人賞一次通過作)

れつだん先生

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第4話 私は、モテたいのである

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 しかし私は焦らない。焦ってよいことが起こるなどは有り得ないからである。サキエさんが「そろそろ部屋に戻ろうか」と言うまでここで耐える。男には耐えねばならぬ時があるのだ。今が正にその時である。にやにやと笑うサキエさんに、これ以上ないスマイルを向けた。ある意味落ちたなと。今落ちられても困るが。
 一人ほくそ笑む私を訝しげな目で見たサキエさんは、浮くのに飽きたのだろうか、私を部屋の中に放り投げた。予想以上の反動に尻餅を付き少しばかりの苦痛を浮かべる私を見下ろし、ため息をついた。
「せっかく空を飛ばしてあげたのに、反応もないの。つまんない」
 不満を漏らすサキエさんに反論すべく、ゆっくりと立ち上がった。余裕を持って、雄大に。アメリカ人並のオーバーリアクションで両手を広げ、サキエさんをみた。いつ見ても美人である。今はそれ所ではない。
「紳士たるもの、わあわあぎゃあぎゃあと騒いではならんのです。場の状況を確認し、的確な判断を下すためには常にどっしりと構えてなければならない」
「誰の受け売り?」
「う、受け売りではありません! 自分なりの考えを言ったまでです!」
「この本にも同じようなことが書いてあるねぇ」
 文庫本を片手にふらつかせ、良くない笑みを浮かべながらサキエさんが近づいて来た。形勢逆転である。議論で打ち負かすことは不可能に近いと書き記しておこう。
「男たるもの多少のイレギュラーに混乱してはな」「わあわあわあわあ! ああいい天気だなぁ」文庫本を開き「混乱してはならない。」奪い返そうと「どっしりと構えることにより」するのだが、相手は「女性は君を」幽霊である。なかなか「尊敬の眼差しで」かわされて「見るであろう」しまう。
「現役ホストに学ぶ! モテるための秘訣 第3巻から引用」
「あ、ああ、そ、そんな所にあったんですね! 友人が置き忘れて、探していた所なんですよ!」
「へぇ、友達いるんだ。私をお祓いしにきた子?」
 肩で息をしながら、サキエさんを見た。楽しそうに笑っている。
「そうです……がしかし! 私も花の大学生。サークル活動や勉学、交遊に明け暮れているのです。友人の一人や二人……いやいや、沢山います! 沢山いるのです」
「携帯のアドレスには家族しか入ってないみたいだけど」
 私の携帯を勝手に操作するサキエさんの右手から携帯を奪い取り、布団に投げた。
「大学でいつでも会えるのに、連絡先など必要ありますか? いやない! メールなどという相手が見えないツールで何がコミュニケーションか! 実際に会い、仕種を見て、対話するのが本当の意味でのコミュニケーションと言えるでしょう! ああ寂しい! 文字だけのやり取りなど、冷たすぎる!」
「認めなさい」
「携帯に使われる人間と、携帯を使う人間! どちらが人間らしいと言えるでしょう!」
「素直になりなさい」
「友達はいません」
 私は素直にそれに従った。なぜか涙は出なかった。

 正座でサキエさんの前に座る。今から有り難いお話が聞けるそうで、私は感謝の気持ちを伝えるために茶碗に米を詰め、差し出したが殴られた。「線香を買ってきましょうか」と提案したが、やはり殴られた。暴力的である。
「友達百人作るためにどうするか!」
 真剣な表情で騒ぐサキエさんを盛り上げるために何度か拍手をした。「わあわあ」という声も忘れずに。
「まずは……そうねえ。その性格が駄目なんじゃない?」
 根本的なものが駄目なら、私はもうお手上げである。何もできやしない。この性格を形成するにあたった様々な出来事や人、先天的なものや色々に責任がある。私だけの責任ではない。それに、私は、この性格で……今まで何不自由無く生きて来た。今更言われても……。
「あ、ごっめーんごめん! あ、ほら、もう一度浮いてみる? お、お腹空いたなぁー! なんか買いに行こう」
 いえ、私は大丈夫です。ありがとうございます。浮くのはまた今度にします。幽霊が腹なんか減るわけないでしょう。確かに自分でも気付いていましたから。性格に難がある、もといハンディキャップを抱えていることに。それですべてに対しての的確な答えが出るのです。逆に感謝したいぐらいだ。気付かせてくれてありがとう、と。この問題点について私は何もできないが、自分の欠点を知ることにより、より一層大きくなるので……。
「すみません、泣いてもいいですか」
「わたしの胸で大いに泣きなさい」
 両手を広げ私を向かえ入れようとするサキエさんの胸に飛び込んだ瞬間に思い出した。駄目だ、透けてしまう、と。しかしそれは起こらず、柔らかい感触が全身を包んだ。思わず跳ね返されそうなほどの弾力があるにも関わらず、どんな荒くれ者でも包み込んでしまいそうなほど包容力があった。特に両頬に当たる感触が、とてつもない幸福感を私に与えてくれる。その瞬間、股間に衝撃が走った。
「何やってんのよこの変態!」
 サキエさんではない女性が、凄まじいほどに顔を歪め、私の股間を蹴り上げた。サキエさんはその後ろで腹を抱えて笑っている。
 私に友人ができないのは、果たして私だけのせいでしょうか。そして私は床に倒れた。
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