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第2話 これは、恋愛小説ではない
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カーテンから零れる太陽の光と熱で気がついた私は、変わらず部屋にいる女幽霊の姿を確認し、溜息をついた。抵抗しようとカーテンを開け日光を浴びさせるも、なんら効果はない。平然とそこにたたずみ、時折私の慌てふためく姿をせせら笑っている。暇になったのだろうか、ベッドの下に隠していた卑猥な書物を手に取り、ふむ、と頷きながらそれを眺めている。私は自分の弱さを嘆き悲しんだ。例え科学の力をもってしても解決できない現象が起きたとて、冷静に対処し得る度胸や器量を持っているものだと思っていた。いや、思い込んでいた。
思い起こせば私の人生は所謂一般的なものとはかけ離れていたような気がする。読者諸兄は大学生活と聞けばどういった印象を受けるだろうか。もう既に華のキャンパスライフとかいう、大統領になったとて私には叶わぬ夢を手にした方もいるはずである。これから大学生になろうと考えている方がいるならば、今すぐこの手記を閉じたまえ。ここにはあなたの想像するような、仲間との思い出だとか恋人との淡くも切ない恋物語だとか夢に充ち溢れたサークル活動などといったものはない。あるのは暗くじめじめした汗くさいなめくじ男の物語である。
だがどうだろう。今私は、計らずとも女性との同棲生活を始めたとも考えられる。この際、相手がどういったものでもかまわないのではないだろうか。そう、もう一度言うがこれは恋愛物語である。
いや、待たれよ。これから先に起こる様々な波瀾に充ちた物語を読みたい読者諸兄の気持ちもわかるのだが、私はこう見えて自分自身を客観的に見ることができる。自分に対して起きたよいできごとを懐疑的な目で見ることがができるのだ。私は一つの仮説を唱えたい。ようやく本当の意味で冷静になれた今、どうか読者諸兄も冷静になっていただきたい。
「あなたは本当に幽霊なんでしょうか」
私は至極真面目に質問したのだが、かたや女性は卑猥書物を眺めていた目を私にやり、ぽかんとした表情で、次いで盛大に噴き出した。
「さっきから独り言をぶつぶつ言うわ、あげくの果てにあなたは幽霊か、だって?」
「無礼な質問になってしまいました」
頭を下げる私の体を、女性が文字通りすり抜けていった。初めての経験であった。私は少しだけ小便を漏らした。
「牧瀬環、二十一歳。大学生。恋人はいない。勿論童貞。私に惚れてる」
私は生まれて初めて出したであろうおかしな声で「ゆ、ゆ幽霊はそんなことまでわかるのですか!」と叫んだ。隣の住人が「うるせぇ!」と怒鳴り壁を叩いた。104号室の住人は短気である。隣が美人な女性なら壁に耳を当てるなどといった、男としては至極当然の行動を取ったりもするのだが、男ならば興味もない。会ったこともない。
「友達はあまりいない、大学にもあまり行ってない。……どう? 当たってるでしょ」
私は素直に頷いた。どこの情報にも、幽霊は人のことを手に取るようにわかるなどとは書いていない。恋愛だのと言っていた自分を恥じた。目の前にいる生物は、将来人間にとって一番の障害になるであろう。我々に勝ち目はない。だが私は、自分を犠牲にしても、将来の人々のため、そして将来起こりうる幽霊と人間との争いに勝つために、女性との交流をこうして記録に残し、後世に残すことを約束する。これは恋愛小説ではない。幽霊の研究レポートである。題して、牧瀬環著/幽霊に遭遇した時にとり憑かれないための◯つのルール~。数字の部分は変動するため◯にしておく。
決して美貌に優れた女性に対してやましい気持ちを持ったので交流しようと思ったわけではない。
テキスト・エディタを開き、幽霊に遭遇した時にとり憑かれないための◯つのルール、とタイトルを記した。
こうやって文章を書くのも何年振りだろうか。小学生の頃に作文でしばしば書き直しをさせられていたような私が書き残してよいのだろうか。願わくば文才のあるかたに書き直してもらいたい。その頃に私が生きているかどうかは、私にもわからん。
窓から見える空は私の心を映し出すかのように、ねずみ色の雲で覆われている。
幽霊が部屋に現れた。理由はわからない。交流してみるに、どうやら対話はできるようだ。何故だかはわからないが、私の情報を知っている。幽霊にも個人情報を調べることができるような機関があるのかもしれない。
体すり抜けを経験した。物理的攻撃は不可能であろう。太陽光も念仏も対した効果は見えない。どのようにして相手に効果的ダメージを与えるかが、これからの一番の研究目的である。本を手にすることができるのを確認した。物に触れることはできるようである。これが重要なファクターである気がしてならない。
これから先、気がついたことをここに記してゆく。
キーボードを熱心に叩く私の背後で研究日誌を見ていた女性が、私の頭に卑猥書物をたたき付けた。
「そんなつまんないことより、もっと他にすることがあるでしょうに」
他にすること……。つまり、それは……。
思い起こせば私の人生は所謂一般的なものとはかけ離れていたような気がする。読者諸兄は大学生活と聞けばどういった印象を受けるだろうか。もう既に華のキャンパスライフとかいう、大統領になったとて私には叶わぬ夢を手にした方もいるはずである。これから大学生になろうと考えている方がいるならば、今すぐこの手記を閉じたまえ。ここにはあなたの想像するような、仲間との思い出だとか恋人との淡くも切ない恋物語だとか夢に充ち溢れたサークル活動などといったものはない。あるのは暗くじめじめした汗くさいなめくじ男の物語である。
だがどうだろう。今私は、計らずとも女性との同棲生活を始めたとも考えられる。この際、相手がどういったものでもかまわないのではないだろうか。そう、もう一度言うがこれは恋愛物語である。
いや、待たれよ。これから先に起こる様々な波瀾に充ちた物語を読みたい読者諸兄の気持ちもわかるのだが、私はこう見えて自分自身を客観的に見ることができる。自分に対して起きたよいできごとを懐疑的な目で見ることがができるのだ。私は一つの仮説を唱えたい。ようやく本当の意味で冷静になれた今、どうか読者諸兄も冷静になっていただきたい。
「あなたは本当に幽霊なんでしょうか」
私は至極真面目に質問したのだが、かたや女性は卑猥書物を眺めていた目を私にやり、ぽかんとした表情で、次いで盛大に噴き出した。
「さっきから独り言をぶつぶつ言うわ、あげくの果てにあなたは幽霊か、だって?」
「無礼な質問になってしまいました」
頭を下げる私の体を、女性が文字通りすり抜けていった。初めての経験であった。私は少しだけ小便を漏らした。
「牧瀬環、二十一歳。大学生。恋人はいない。勿論童貞。私に惚れてる」
私は生まれて初めて出したであろうおかしな声で「ゆ、ゆ幽霊はそんなことまでわかるのですか!」と叫んだ。隣の住人が「うるせぇ!」と怒鳴り壁を叩いた。104号室の住人は短気である。隣が美人な女性なら壁に耳を当てるなどといった、男としては至極当然の行動を取ったりもするのだが、男ならば興味もない。会ったこともない。
「友達はあまりいない、大学にもあまり行ってない。……どう? 当たってるでしょ」
私は素直に頷いた。どこの情報にも、幽霊は人のことを手に取るようにわかるなどとは書いていない。恋愛だのと言っていた自分を恥じた。目の前にいる生物は、将来人間にとって一番の障害になるであろう。我々に勝ち目はない。だが私は、自分を犠牲にしても、将来の人々のため、そして将来起こりうる幽霊と人間との争いに勝つために、女性との交流をこうして記録に残し、後世に残すことを約束する。これは恋愛小説ではない。幽霊の研究レポートである。題して、牧瀬環著/幽霊に遭遇した時にとり憑かれないための◯つのルール~。数字の部分は変動するため◯にしておく。
決して美貌に優れた女性に対してやましい気持ちを持ったので交流しようと思ったわけではない。
テキスト・エディタを開き、幽霊に遭遇した時にとり憑かれないための◯つのルール、とタイトルを記した。
こうやって文章を書くのも何年振りだろうか。小学生の頃に作文でしばしば書き直しをさせられていたような私が書き残してよいのだろうか。願わくば文才のあるかたに書き直してもらいたい。その頃に私が生きているかどうかは、私にもわからん。
窓から見える空は私の心を映し出すかのように、ねずみ色の雲で覆われている。
幽霊が部屋に現れた。理由はわからない。交流してみるに、どうやら対話はできるようだ。何故だかはわからないが、私の情報を知っている。幽霊にも個人情報を調べることができるような機関があるのかもしれない。
体すり抜けを経験した。物理的攻撃は不可能であろう。太陽光も念仏も対した効果は見えない。どのようにして相手に効果的ダメージを与えるかが、これからの一番の研究目的である。本を手にすることができるのを確認した。物に触れることはできるようである。これが重要なファクターである気がしてならない。
これから先、気がついたことをここに記してゆく。
キーボードを熱心に叩く私の背後で研究日誌を見ていた女性が、私の頭に卑猥書物をたたき付けた。
「そんなつまんないことより、もっと他にすることがあるでしょうに」
他にすること……。つまり、それは……。
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